目覚めた隣に君がいて
「朝か…」
早朝の陽ざしが瞼を照らす。瞼越しに光を感じた。真っ暗だった視界を光に慣らすため、徐々に薄く目を開けながら、光が入って来る窓の外をハルは見た。
天気は晴れで朝から今日も夏の暑さが厳しいことを予感させる。そして、夏に鳴く虫たちの大合唱がより一層、今が夏という季節のど真ん中であることを認識させてくれた。
「………えっと…」
身体はまだズシリと重く、眠りが浅いと感じることから、再びベットに倒れこみ目を閉じようとしたところで、ハルの視界に獣人の女の子がひとり映った。
「………」
ハルは隣で眠っていたその女の子に寄って、優しく彼女の頭を撫でた。
朝、目を覚ますとそこには愛する人がいる。ハルにとってこれほど幸せなことはなかった。遠い記憶の奥にあった日々が戻ってきたような感覚があった。
「おはよう、ガルナ。昨日は邪魔して悪かったね…」
静かに声を掛ける。彼女は、まだ静かな寝息をたてて気持ちよさそうに、眠りの中で夢を見ているようだった。
「先に起きてるからね…」
寝ている彼女にそう言って、頬に軽く口づけをすると、ハルはガルナが眠るベットから抜け出そうとした。
「ん?」
けれどそこでハルの腕が掴まれる。
「ハル…」
「あれ、ごめん、起こしちゃった…」
寝ぼけ眼をこすりながらガルナが起き上がって来た。
「ガルナはまだ寝てていいよ、眠いでしょ?ほら、今日は何にもないからさ」
ハルが、彼女のもとに戻って、ボサボサの髪を軽く直してあげる。髪をかき分けるとまだまだ眠そうな彼女の顔が現れる。
「私も…起きる、ハルと…一緒に……起き……る………………」
そう呟いたガルナが、ハルにもたれかかるように倒れて来て、再び深い眠りに突入していった。寄りかかられたハルはガルナをベットに寝かせてあげようとしたが、彼女の身体を離そうとするたびに、逆に深く抱きつかれ、全く離れようとしなかった。
強引に引き離すことも簡単だったが、いろいろ諦めたハルは、ガルナを軽く抱きかかえて彼女が楽な体勢を取らせてあげた。
「わかった、傍に居るよ………」
次に目覚めたとき、ガルナが自分と同じ気持ちになってくれたらと思って、ハルはずっと彼女が起きるまで支えてあげていた。
それから、すっかり外が明るくなってくると、ハルの腕の中でスヤスヤと眠っていたガルナが目を覚ました。
「あ、ハルだ…おはよう……」
「おはよう、ガルナ、よく眠れた?」
「うう…よく眠れた!!」
ガルナが勢いよくハルの腕から上体を起こして、勢いよく抱きしめて来てくれた。その勢いでハルは押し倒される。ハルはそこで、覆いかぶさってきたガルナの顔を見ることができたのだが、ずっと幸せそうにニヤニヤしており、何よりだった。
「それは、良かった」
朝から彼女の笑顔で心が満たされる。
「よし、じゃあ、身支度して食事にしようか」
それからハルとガルナは、毎朝中庭で開かれる朝食に出るために一緒に準備を始めた。
まずは服を着替える。ハルは一旦自分の部屋に戻り騎士服ではなく楽で動きやすい私服に、ガルナはいつも通りたくさん持っている半袖半ズボンの中から適当な洗濯に出し終わっているものに着替えた。それから、二人は二階にもある洗面所に行き歯を磨き終えてから、再びガルナの部屋に戻った。
ハルがガルナをベットに座らせて、部屋に乱雑に置かれていたヘアブラシを取って、彼女のボサボサの髪をとかしてあげた。寝癖が強いところはガルナに水魔法で水を出してもらい軽く濡らしてとかしてあげた。
「ガルナ、尻尾用のブラシはどれかな?」
ハルがたくさんあるブラシの中から彼女の尻尾の毛をとかすブラシを探していた。
「どれでもいいぞ、私は別に気にしてないからな、へへッ」
「あれって、分けた方がいいんじゃないの?」
「めんどくさいんだ、それに尻尾には全然ブラシをかけておらん!」
彼女のゴワゴワの毛並みの尻尾が、ベットの上で元気に左右に揺れていた。
「そうなんだ…」
「すまんながさつな女で!ガハハハハハハハハ!」
「いや、俺、ガルナのそういう豪快に生きてるって感じのところ好きよ」
ハルが適当にブラシを取って、ガルナもとに戻った。
「…おい、しれっと私を困らすな!」
「え、何が?」
ハルが、ガルナの顔を覗きこむと、彼女はなんともいえない表情で顔を赤らめていた。
「ずるいぞ、そんなこと言ったらな、私もハルの子供みたいに甘えてくるところが可愛くて好きだ!」
「ガルナさん、いつ俺がそんなことしましたか?どちらかといえば、それはあなたの方じゃないですか?」
ハルがガルナの尻尾にブラシをかける。
「………」
彼女は気持ちよさそうな顔をでブラッシングを満喫している。
「ふう、気持ちいいなぁ…って、そ、そ、そんなことないわぃ!!」
動揺する彼女にハルは笑っていた。
「全く、ガルナは、可愛いな…」
ブラシをかけている間、二人は互いの可愛いと思うところをあげていった。ガルナは意地悪になったハルの言葉攻めに動揺しまくり、ちぐはぐなことばかり言っては、ずっとハルを笑わせていた。
相手を幸せにしかしない口喧嘩は二人の仲を前よりもずっと近づけた。
ガルナを完全に褒めちぎって言い負かしたハルはブラシが終わるころには、顔を真っ赤にしたガルナに睨まれ続けていた。その時、何気ない日常の美しさの中にハルは居るような気がして幸せな気持ちになっていた。
そんな、二人の幸せな朝の身支度は終わり、中庭に向かって朝食を取る準備に出るのだった。
***
ハルとガルナは、中庭で朝食を取るために、ガルナの部屋から廊下に出た。ガルナの部屋は角部屋であり、彼女の部屋を出て真っ直ぐ行くと、そのまま、城の本館のエントランスに繋がっているため、二人はまっすぐ歩いて最初にエントランスに向かった。
そして、二人がエントランスの二階から一階に下りる階段を下りているところで、ちょうど本館と東館を繋ぐ渡り廊下の扉から出てきた、ライキルとビナの二人と遭遇した。
「あ!おはよう、ライキルちゃん、ビナちゃん!」
「ガルナさん!おはようございます!」
ガルナが二人のもとに走って行くとぎゅっと抱きしめていた。特にビナは抱きしめられた時、持ち上げられており、じたばたと手足をばたつかせていた。息が苦しそうであった。
そこでハルも階段を下りて、三人のもとに行きまずはライキルに挨拶をした。
「おはよう、ライキル」
「おはようございます、ハル」
そこで、しばらく、二人だけで見つめ合っていると、ライキルがガルナの腕をかいくぐってハルのもとまで駆け寄って来て、耳元で囁いた。
「今晩は、私ですよ?」
「うん、必ず行く…」
ハルが視線を外し少し手で自分の顔を隠しながら即答した。そのときは顔から火が出そうになるほど熱を帯びて赤くなっていた。すべてを見透かされているようで恥ずかしかった。それに、ライキルは肉食獣のように舌なめずりをして、悪そうな表情でニヤニヤしていた気もした。
意地が悪いと思いつつもハルは彼女たちに感謝しかしていなかった。ただでさえ、二人と将来を誓い合うという行為が稀で特殊な環境であるのにも関わらず受け入れてくれること。このことには感謝してもしきれなかった。
ただ、それでも、正面切って言われると、ハルでも動揺するものであった。
「大丈夫ですよ、私たち、もう夫婦なんですから」
気持ちがざわついていたハルにとどめのように彼女が囁き、そして、そっと手を握ってきた。
ハルは握られた手を、握り返していた。
自分のそばから離れないようにと願いを込めて。