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七騎士物語 最後の騎士

 剣を離さないで良かった。手放していたらもう戦えなかったから。

 彼女を諦めないでよかった。諦める気なんてさらさらなかったけど、心はその都度、折れるし、曲がるし、潰れるしで、移り行く世の中で、理想の自分でい続けるのはとても難しい。

 だけど、悩んで迷って自分の情けなさに絶望しても、大好きな人の前ではカッコつけたい。無様な姿は見せたくない。いつだってきみの理想の人でいたいってそう思う。

 長い人生で、きみと一緒にいる瞬間を切り取ったとき、全ての場面で自分はきみの最愛の人でありたい。そのためには無理をするし、背伸びをするし、嫌なことも苦しいことも辛いことも悲しいことも我慢する。だって好きなんだ。大好きなんだ。きみのことが、ありえないくらい好きなんだ。この世界にきみがいてくれてよかったって毎日ありがとうってそう思ってる。


 きみはどうかな?


 こんな俺なんかのこと好きでいてくれるかな?


 狂ったようにきみを愛する俺なんかのこと、最後まで好きでいてくれるかな…。


 無理かな…?



 ***



 ユーリを含めた三人相手に圧倒した力を見せつけるビンスは、視界の端にボーッと倒れたアストルの前でただ突っ立っているウィリアムを見た。


『あいつ何やってんだ…まあ、いい、ここは俺が終わらせる』


 死んでもウィリアムに手なんて貸して欲しくないビンスは彼のことはほっといて、確実に三人を仕留めるために剣を振るい続けた。




 ウィリアムの視界は揺れに揺れていた。さらに顎からは常に強烈な痛みが走り、声を出すのが苦痛で、ビンスに呼びかけることが出来なかった。


『戦闘で一番有効なのは相手の想像の外で待ち伏せして隙ができたところでぶちのめすこと…肉を切らせて骨をたつのよ……』


 我ながら上手くいったとウィリアムは思った。


 ウィリアムがわざわざ相手の最高の一撃を正面から無防備な状態で受け止めたのはアストルに不意の一撃をくらわせるためだった。そして、このアイディアをくれたのは紛れもなく、今、目の前で倒れているアストルから思いついたものだった。ずっと、テントの中から見ていた。アストルが打ちのめされても反撃する姿を自分の目に焼き付けていた。


『俺はさ、アストル、お前に憧れてたんだぜ…』


 ウィリアムは次第に痛みになれて視界も安定して来ていた。が、まだ足元はふらつき足を動かすのは難しかった。


『覚えてるか、俺たちが王都を出発して、森で魔獣に襲われたとき、あの時、俺は怖くて声上げちまったんだよ、それなのにお前ときたら、魔獣を追っかけていっちまうんだもんな……』


 ウィリアムは思い出す。みんなが槍を持って襲いかかって来る魔獣たちに怖がり叫ぶ中、一緒に怯えていたことに、しかし、今でも覚えているのは追い払った魔獣をアストルが追いかけて行ったことだった。

 その時、ウィリアムはアストルを止めようと呼びかけたが、彼は後ろを振り向きもしなかった。


『俺もあの時、本当はお前の後を追って駆け出すべきだったんだ…でも、怖くてさ、そん時俺は動けなかったんだよ…』


 ウィリアムの身体が衝撃の余韻に慣れてくると、視界のふらつきも足元のふらつきも治まっていきやっと足が動くようになり戦闘態勢に入ることができた。


『アストル…こんな情けない俺と友人(だち)になってくれて…』


「あ、あり…がとな…」


 ウィリアムはビンスのもとに駆けつけた。ただ、その急いで駆けつけている途中で、ウィリアムは後ろの方からアストルの名前を呼ぶ女の子の声が聞こえた気がした。


 しかし、振り返りはしなかった。仲間であるビンスがまだ戦っていたから急を要していた。


『急がねぇと一応あいつも仲間ではあるからな…』


 走り去ったウィリアムの背後で、赤い亡霊がゆらりと立ち上がった。



 ***



 少しでも前に、勝利に近づくために、ユーリはビンスの猛攻をひとりで受けきっていた。もう、さっきまで傍にいてくれた二人はいない。ビンスの王剣の流れの犠牲になってしまった。


「ぐぉおらぁ!!!!」


 ユーリが口から血を流しながら叫ぶ。剣で薙ぎ払い自分の前からようやくビンスを追い払い、彼の王剣による連続攻撃に区切りをつけることができた。


「ハァ…ハァ…ハァ……クッ…ハァ…」


 肩で息をしている最中に、倒れそうになるが、何とか片足を前に突き出して踏みとどまる。


 流れに乗った王剣を止めるのは難しい。さらに疲労から防ぐための剣が全く追いつかず、ユーリは複数個所に剣撃をもらっていた。利き腕の右腕に一撃、胸に二、三撃、顔の頬、鼻、左目と左耳に一撃ずつ、左足に三撃、その結果、右腕には上手く力が入らず、口から大量の血を流し、あばらが折れたのか呼吸をするたびに痛みが走り、さらに顔周りは酷く腫れ、鼻は折れ、左目の視界はぼやけ、左耳は鼓膜が破れたのか上手く聞こえずらく、左足は骨折したのか激痛が走り足を引きずる結果になってしまった。


「俺は……ハァ…ハァ……」


 ユーリはそれでも剣を構え戦う意思を見せる。剣を右手で持つが力が入らず支えているだけの状態で今にも落としてしまいそうだった。


「ユーリ、無理するなよ、これは模擬戦だが、下手をすれば死ぬからな…」


 紳士なビンスの心配の声が飛んで来るが、そんな言葉聞きたくなかった。

 ユーリが思ってることはたったひとつだった。


「勝ちたい…」


 勝利は果てしなく遠く、高い壁が立ちふさがっているが、少しでも前に自分を犠牲にしてでも前にこの手に勝利をつかみ取りたかった。


「ここまで来たんだ、みんなの力で来れたんだ…」


「ああ、そうだな…」


「あと少しなんだ……あと少しで俺たちは勝てる……だから、俺が、俺が導かないと…」


「そうか…」


 ビンスは意識が朦朧としているユーリに優しく相槌を打つ。そして、彼はゆっくりとこちらに歩いて来た。


「俺が…」


 迫って来るビンスに剣を向けるが、その剣を持つユーリの手は震えていた。もう限界はすぐそこまで来ていた。戦いは戦う前から決まってしまっていた。


「ユーリ、もう、休んでろ…」


 ユーリに剣が振り下ろされる。


「俺が戦わなきゃ……」


 虚ろな目で振り下ろされる剣をただ見つめることしかできなかた。


「ああ…」


 ユーリはエウス組の負けを悟ってしまった。


 バキッと剣で骨が砕かれる音がした。


「!?」


 しかし、その音はユーリの身体からではなかった。ユーリの目の前にはひとりの騎士がおり、その身でビンスの剣を受け止めていた。


「ユーリさん、助けにきました!」


 剣をもろに受けながらも笑っている最後の騎士が戦場に姿を現した。その最後の騎士は弱くてこの状況をどうすることもできないが、その最後の騎士は確かにユーリの命を救った。


 その最後の騎士の名前は…。



 *きみが最後の騎士で本当に良かった…*



「セラ…か……」


「そうですよ、ユーリさん!」


 セラが振り向いて笑顔を見せてくれた。ただ、出てきてそうそうきつい一撃をその身にくらったセラはダラダラと口から血が溢れていた。


「セラ、お前…もうやばいじゃねぇか…」


「ええ、正直もう限界です。体に力が入らなくなってきました」


「………プッ、アハハハハハハハハハハ、マジかよ!!」


 セラのあまりのもろさにユーリは笑ってしまった。


「しょうがないじゃないですか、ビンスさんの一撃重すぎなんですよ」


「いや、まあ、そうなんだけどな…」


 それでも一撃で瀕死になるとはユーリも思ってもいなかったから笑ってしまった。笑ったら傷口が広がったが代わりに痛みが和らいだ気がした。おかしなことだがきっと痛みから気が逸れた結果だった。


「それにしても、セラ、いいところに来てくれたな!」


「そう言ってもらえると駆けつけたかいがありました、へへッ」


 しかし、この時間稼ぎがエウス組にまだまだ勝利を望めるまでの可能性を生み出していた…。


「よし、二人ともそろそろ、行くがいいかな?」


 容赦がないが誇り高いビンスは二人の会話に邪魔をしなかった。だが、もう時間切れなのだろうビンスは剣を構えて近づいて来た。


「セラ、構えろ、来るぞ!」


 ユーリが両手で剣を握って構える。


「はい、ユーリさん!」


 セラも剣を構え、打ち合いに備える。


 ユーリ、セラ対ビンスの、二対一の戦闘が始まろうとしていた。ただ…。


「!?」


 三人に向かってひとりの騎士が剣を構えて迫って来ていた。


 その走って来ている騎士はウィリアムだった。ビンスに加勢をしようと駆けつけてきていたのだ。

 ウィリアムも来たのではユーリとセラのエウス組に勝ち目はなかった。


 絶望が二人を包み込む。


 しかし、その時だった、ビンスがそのウィリアムを見るや否や彼の方向に全力で駆け出していったのは。


「ウィリアム!!!」


 ウィリアムは、剣を振りかぶりながら叫んで自分の方に走って来るビンスに驚愕した。それもそのはず、彼はものすごい剣幕で、もはや殺しにかかってるんじゃないかと思うぐらい必死にウィリアムのもとに駆けつけていたのだから。


「ビンス、お前、何やって……」


 しかし、ウィリアムが驚くのも束の間、ビンスが怒鳴った。


「後ろだバカ者!!!」


 ウィリアムの横をすり抜けたビンスが、背後から息を殺して迫って来ていた化け物の剣を受け止めた。


「なんだ……ハッ!?」


 ウィリアムが、後ろを振り向いた時、戦慄した。なぜなら、ビンス越しに、化け物と目が合っていたからだった。そこには自分で打倒したはずの化け物がいて、充血した赤い目を血走らせてこちらを凝視していた。

 その化け物の目はもはや誰も何も映さず、正気を保っている目ではなかった。


「アストル……」


「…殺す……」


 不死身の化け物が君臨し、騎士になった新兵たちの最後の戦いが始まった。

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