七騎士物語 いつだって自分の中に
主戦場に赤き化け物と青き騎士が互いに一歩も譲らない剣の応酬を繰り返していた。
青き騎士のウィリアムが対人戦に特化した剣術である【王剣】で化け物退治を遂行する。一方、赤き化け物のアストルが振るう剣はもはやどの剣の型にも当てはまらない完全に逸脱した剣を振るっていた。感覚的にアストルは直感と身体の反射を使って戦い、ウィリアムは正確で洗練されたいくつもの剣の型を駆使して戦っていた。両者は対極の戦闘スタイルでほぼ互角の戦闘を繰り広げていた。
『こいつは俺がここで仕留める』
ウィリアムは目の前にいる友人のことを完全に敵として認識していた。そう気づかせてくれたのは他の誰でもない、今、目の前にいるその友人であるアストルだった。
ウィリアムはアストルとの間合いを一気に詰め、容赦なくアストルの顔面目掛けて剣を振り下ろす。が、アストルはもはや本当に獣の様にその攻撃をあらかじめ予見していたのか、振り下ろされる前にその場から素早く移動してしまう。
『アストルの奴、マジで人間離れした感覚で動くな……』
剣を振り下ろしたのも束の間、即座にウィリアムは防御と反撃に転じられる構えを取るように剣を構えの位置まで上げる。そうじゃなければ、アストルの即座の反撃が待っているからだ。
そう考えを巡らせるやいなや、ウィリアムの構えが完成する前に、攻撃を回避した直後のアストルが急にトップスピードで駆け出してきた。
構えが未完成のままウィリアムとアストルの剣が激しく激突した。
ウィリアムは両手で剣を握り向かってきた剣を防ぐ形になったが、アストルの方は片手に全体重とスピードを全部乗せた片手の大振りだった。
『確か、アストルはフィルとの戦いで左手がもう…』
それでもアストルの一撃はウィリアムを後退させるほどの力がこもっていた。
『片手でこれって化け物かよ…』
ウィリアムがすぐに反撃に出ようと斬りかかるが、アストルの人間離れした感覚と動きで先を読まれ、剣を振る前にその場から移動されてしまう。
『調子狂うな…』
先ほどから剣を振ろうとすると、アストルがその場から消える。そして、やっと振れたと思ったら、絶対に当たらず、反撃に転じて来ていた。
『このままじゃ、いつか、やばいやつ、もらっちまうかもな…』
ウィリアムの視線の先では、アストルが血走った目でこちらを睨んで様子をうかがっていた。
『じゃあ、あれをやるしかねえな…』
ウィリアムはひとつため息をつくと剣を構えずにその場に立ち尽くした。
そして、あろうことかその場で目を閉じていた。
アストルの視界はぼんやりと霞んでいた。身体には常に激痛が走りまわっているが、剣を振るっている間、息を切らして走っている間は、その痛みはずっと遠いところにあった。アストルはその痛みが自分のところに来ないように全力で剣を振るっていた。この痛みを実感してしまえば次はもう無いと思っていた。だから、アストルは朦朧とする意識と酷く重い身体を無理やり動かし続けていた。
『ウィリアムの動きが止まった?』
アストルがウィリアムを見ると、そこには剣も構えないで目を閉じてただ突っ立っている彼がいた。
『罠か…?』
当然、そう考えるのが妥当でアストルの予想は合っているのだろう。しかし、今のアストルに立ち止まってる時間はない。タイムリミットが来る。身体の至るとこから無理やり忘れていた痛みが迫っていた。
アストルは全速力で駆け出す。剣を前に構え刺突攻撃の体勢に入る。姿勢を低くしてさらに加速する。狙いはウィリアムの顎、下からすくい上げるアッパーのような刺突をお見舞いして、一気に意識を飛ばすのが狙いだった。
『これで終わらす…』
アストルとウィリアムの距離がどんどん迫り、その時がやって来た。
「!?」
アストルが大きく目を見開きながら、下から上へ突き抜ける刺突の体勢に入った。
『なんで何も…』
アストルは、彼の間合に入った瞬間、ウィリアムがその目を見開いて、反撃に転じるかと思っていた。それでも今のアストルは彼の剣をかいくぐる自信と技量があったのだが期待は大きく外れた。
『ウィリアム…』
アストルが少し残念そうに彼を見つめた。振り上げた刺突はもう回避も防御もできない必中の段階に入っていた。
アストルの刺突が地面から空に駆け上がり、ウィリアムの顎を粉砕した。
そこでウィリアムの目が開く。
「え…」
勝ったと思った。身体が頑丈なフィルでさえ動けなくなる衝撃を与えたから。だが、ウィリアムは一切動じず、打ち上げれた頭をそのまま、こちらを見下ろしていた。
「クソ痛かったぞ、アストル!」
動揺したアストルの頭にウィリアムの渾身の一撃が振り下ろされる。
凄まじい衝撃がアストルの頭を揺さぶった。そして、アストルは思いっきり地面に叩き付けられていた。
地に伏したアストルは、体中の痛みを思い出してしまった。
***
「アストル!!」
地面に叩き付けられたアストルを見たユーリが助けに行こうとするが、ひとりの男に剣を振るわれ、その対応を強制的に迫られる。それほど、振るわれたその剣は鋭かった。
「グッ…この!」
ユーリが振るわれた剣を防ぎ弾いて距離をとった。
「ユーリ、きみたちの相手は私のはずだが?」
ユーリの前に立ちふさがっているのはビンスだった。現在主戦場は最終局面を迎えており、エウス組が五人で、エリザ組が残り二人とあと少しのところまで来ていた。
ユーリは先ほどからアストルの助けに駆けつけたかったが、ビンスに足止めされていた。三対一の圧倒的に有利な人数差で彼を相手にしているのだが、完全に三人のユーリ側が押し負けていた。そのため、ユーリたちとビンスの試合展開はビンスひとりに支配されつつあった。
『どうすれば…このままじゃ…こっちにウィリアムが来たらもう持たねえ…』
ユーリが左右の味方を見るが疲弊していた。彼らはよくやってくれていたユーリの指示にすぐに対応してくれて、ユーリ自身この短い間で何度も二人に助けれていた。
しかし、結果は変わらない。ビンスひとりに押し負けているのだ。ウィリアムまで来たら、ユーリたちはすぐに打ちのめされるのは目に見えていた。きっと数十秒も持たないで壊滅する。
『この状況から勝つためにはどうすればいい…どうすれば……』
勝ちたい気持ちの焦りと圧倒的劣勢の絶望が、ユーリの中の思考をぐちゃぐちゃに乱し始めていた。
『どうすれば…』
ユーリが勝たなければいけない責任感に追い詰められた時だった。
味方の新兵二人がユーリの前に出た。
「ユーリ、ここは俺たちに任せて、休んでくれ」
「は…?何言ってんだ…」
「俺とこいつで時間を稼ぐって言ってんだよ」
味方の新兵二人がユーリを守る様にビンスの前に立った。
「なんで…」
ユーリが小さくこぼした。そんなの無理だと思ったが、彼らの目を見るとそこには希望があった。
「勝つためにはユーリ、あんたが戦うしかないだろ?だからだよ」
「そうそう、俺たちは最強だけどそれでも自分の実力はわきまえてるつもりだ。ここで生き残らなきゃいけないのはユーリ、きみだけなんだ」
エウス組の新兵たちが戦場に出ていた順番はチーム内の実力順だった。だから、ここにいる二人はエウス組のチーム内でも実力は後ろから数えた方が早い。そんな彼らだったが、ちっともこの状況に絶望していなかった。二人は最後まで自分のチームが勝つことを信じて疑っていなかった。
『ああ、そうか…何だよ、俺は何ひとりでごちゃごちゃ悩んでんだよこんなときに……さっきアストルに言っただろ!』
「ありがとう、二人とも…だがその案は却下だ」
ユーリがさらに二人の前に出る。指揮官としてではなくひとりの騎士として…。
「一緒に行くぞ!!」
「おう!!」
「はい!!」
ユーリが剣を前に掲げると、二人も剣を構え、三人は一斉に目の前の難敵に駆けだした。
*** *** ***
一番最初の彼女との記憶が蘇る。
ある日、幼いアストルがいつも遊んでいる森の手前にある緑豊かな広場でひとり退屈そうに歩いている時だった。アストルはそこで、ひとりの女の子に出会った。
広場のあちらこちらでは、何人かの子供たちが楽しそうに遊んでいる中、その女の子はつまらなそうにひとり地面に広がる小さな白い花をむしり取っていた。
アストルはそんな彼女をしばらく眺めていた。
フィルもポーラも今日はそれぞれ二人とも用事があるらしく、遊びを断られていた。幼いアストルは退屈というものを激しく嫌っていた。それはいつも遊んでる二人との日々が楽しいからで、一人になるのは我慢ならなかった。そんな退屈極まる時、アストルは、自分と同じように退屈そうにしている子を運良く見つけていた。
その女の子がひとりでただ花をむしり取っていると気が付けば隣にはアストルがいた。
アストルは、その女の子がただ摘み取って散らかしていた命の束を拾って繋ぎ編み込んでいった。
その女の子はアストルが来ても興味も何も示さずにただ花をむしり取るという行為を永遠と続けていた。
しかし、それもアストルが花の冠をその女の子に被せてあげるまではだった。
「はい、どうぞ」
「………」
女の子が不思議そうにアストルのことを見つめる。
「もう一個つくるね」
アストルが女の子にそう言うともう一個花の冠を編み始めた。あたりに無残に散らばっている花を拾い上げて。
女の子は花をむしり取るのをやめて、そばにいたアストルのことを見つめ続けた。
ただ、アストルはその女の子に熱い視線を送られているのに全く気づかず、無心で花の冠を作っていた。
「はい、完成」
そう言うとアストルは自分の頭の上にも花の冠を乗せた。
そこには花の冠を被った少年と少女の二人が座っていた。
「ポーラはさ、この花の冠作るのが楽しいって言うんだけど君はどう?これ楽しい?」
退屈なら誰か暇な人と一緒に遊んだら楽しいんじゃないかと、この時のアストルの頭の中はそれくらいのことしか考えてなかった。退屈なら誰かと一緒に楽しいことをすればいい。ただ、それだけだった。
花の冠を作ることはアストルからすれば面白くは全然ないが、何もしないでボーッとしてるよりはいくらかマシだった。
その女の子はひとこと言った。
「楽しい…」
「え、そうなの?ほんとに?ふーん、やっぱり、女の子ってこれ好きなんだね…」
アストルが退屈そうにあたりに散らばる花に目を向けていた。
「とっても楽しい…」
その時の女の子はただアストルをジッと見つめていた。そして、いつの間にか、一筋の涙が彼女の頬を伝っていた。
「え、泣いてるの…」
「違う、とっても嬉しいの…」
「そっか、なら良かった」
アストルはその女の子の嬉し泣きが終わるのを彼女の隣でボーッと待った後、自己紹介をした。
「俺の名前アストルっていうんだ、きみは?」
「私は、アリス…」
「そっか、よろしくね、アリス!」
新しい友達ができて嬉しくなったアストルは無邪気な笑顔で笑いかけた。
その時、アリスの表情に光が差した。
「うん!よろしく、アストル!」
さっきまで、まるで曇天のように重く暗い顔をしていたのに、今となっては雲ひとつない快晴のように明るい彼女の笑顔がそこにはあった。
*** *** ***
気が付けば乾いた地面に血だらけで倒れていた。
『早く起きて戦わなきゃ…』
起き上がろうと身体に力を入れると、全身に無理やり忘れていた激痛が駆け巡った。気が遠くなるような痛みが無限に襲って、体中が一気に熱を持った。
『さすがに…痛いな……』
連戦で蓄積された傷は深く、身体を動かそうとすると、どの身体の部位も死んでしまいそうなほどの激痛でこれ以上は危険だと警告してきた。
『まだ、何もしてないんだけど…』
激痛で起き上がれない自分自身に文句を言う。
『俺、まだ、騎士にもなってない、神獣も倒してない、誰かの役にも立ってない、何も功績を残せてない』
焦る、何も成し遂げていない自分に、焦る。
『早く大勢の人に認められて、彼女に会いに行かなきゃいけないのに…』
遥か遠くにいる彼女の傍に居たいのに、自分の不甲斐なさで愛する人との会えない時間が延びていく。
『こんなところで何してんだよ…俺はさ……』
このどうしようもなくずっと溜まっていた感情はどうすればいい?いくら頑張っても焦燥に駆られるこの気持ちはどうすればいい?騎士として前に進んでも意味がない届かないと思ってしまうこの気持ちはどうすればいい?ずっと離れ離れで会えないこのやるせなさはどうすればいい?
『アリス…きみの隣にいられるようにするには俺はいったいどうしたらいい…』
失意の中に沈んでいくと気が付くことがあった。
そう、全ては簡単なことで、答えはすぐ近くに転がっていた。
諦めればいい。
全てを諦めて身分違いの恋などやめればいい。愛する人が自分とはあまりにもかけ離れた場所に立っていた。多分どう頑張ったって自分のような庶民じゃ絶対に届かない。無謀なことに無茶なことに無理なことにわざわざ時間を費やす意味はない。
だから、諦めればいい、彼女に謝ってもう待ってなくてもいいと言って別れればいい。そうすれば、こんなに頑張んなくてもいいし、痛い思いをしなくて済む。
もう十分頑張った。騎士になると決めたあの幼い日から今まで十分よく頑張った。
自分はもう立ち上がらなくていい。
ここで眠って後のことは誰かに任せて素敵な夢を見ればいい。
だって、いくら頑張ったって、自分なんかでは、何も変えられないのだから。
「アストル!!」
誰かの声が聞こえた。
「アストル!!!」
聞いたことのある声だから周りが騒がしくてもその声だけ鮮明に自分のもとに届いた。
「私、ずっと、あなたのこと見てたよ!!」
もう、ほとんど視界が霞んで見えていない目を開けた。視線の先には観客席があり、その中にひとりの女の子がいた。
その女の子は懸命に力の限り自分のことなんかを応援してくれていた。
「凄いよ、やっぱりあなたは私の自慢の人だよ!!」
金色の髪をなびかせ彼女は叫ぶ。
「でも、ごめんね、そんなになるまで頑張らせちゃって、辛いでしょ…」
頭を打たれた衝撃で幻覚が見えているのかと思った。のだが、そこには、そこには…。
「だから、もう、無理しなくていいよ!!!」
アストルの目には確かにアリスの姿が映っていた。
『ああ、そうか、諦めなくていいんだ…』
本当の答えは自分の中にあった。
アストルは答えを得た。