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七騎士物語 繋いだ日々

 グゼンは大きく目を見開いて主戦場を見つめていた。


「おいおい、おいおい、マジかよ…なんであの新兵がまだ試合に出てんだよ!!」


 グゼンが急いで立ち上がってテントを出た。目指した場所は試合真っ最中の主戦場だった。目的はひとりの新兵のことを止めるため。


「グゼンさん、どうしたんですか!?どこ行くんですか?」


 飛び出していったグゼンの後をテントに戻って来ていたマイラが追った。エリザ組のテントの中がざわつき始めた。


「グゼンさん、そっちはまだ試合中ですよ!」


 マイラの声も聞かないでグゼンは主戦場の足を踏み入れようとしていた。


「マイラ、止めるな、ここで俺を止めたらお前、人殺しになるぞ」


「………」


 マイラも止めたくはなかった。正しいことをしているのはグゼンだと分かっていたからだ。

 しかし、立ちふさがる者がひとりいた。


「シオルド…お前、何やってんだ、今すぐこの試合を止めろよ…」


「ダメだ、現在は試合中だ」


「お前それ本気で言ってるのか…」


「ああ…」


 シオルドの目がすわっていた。


「そうか、じゃあ、無理にでもここ通らせてもらうぜ…」


 グゼンが腰の真ンは大きく目を見開いて主戦場を見つめていた。


「おいおい、おいおい、マジかよ…なんであの新兵が試合に出てんだよ!!」


 グゼンが急いで立ち上がってテントを出た。目指した場所は試合真っ最中の主戦場だった。目的はひとりの新兵のことを止めるため。


「グゼンさん、どうしたんですか!?どこ行くんですか?」


 飛び出していったグゼンの後をマイラが追った。エリザ組のテントの中がざわつき始めた。


「グゼンさん、そっちはまだ試合中ですよ!」


 マイラの声も聞かないでグゼンは主戦場の足を踏み入れようとしていた。


「マイラ、止めるな、ここで俺を止めたらお前、人殺しになるぞ」


「………」


 マイラも止めたくはなかった。正しいことをしているのはグゼンだと分かっていたからだ。

 しかし、立ちふさがる者がひとりいた。


「シオルド…お前、何やってんだ、今すぐこの試合を止めろよ…」


「ダメだ、試合は終わってない」


「お前それ本気で言ってるのか…」


「ああ…」


 シオルドの目がすわっていた。


「そうか、じゃあ、無理にでもここ通らせてもらうぜ…」


 グゼンが腰の剣を抜こうとした時だった。


「待ってください…」


 グゼンが横を見るとそこには相手チームの隊長が立っていた。


「エウスさん、あんた何やってんだよ…あそこにいる新兵、もう戦えるって状況じゃないでしょ…」


 怒りを抑える礼儀はわきまえていたが、人の命がかかっていると分かっていたから、そんな礼儀はすぐに忘れてしまった。


「エウスさん!今すぐあの新兵を下がらせて手当をしろよ!」


「怖いんですか…」


「あ?」


「負けるのが怖いんですか?」


「あんたそれ本気で言ってんのか…?」


 グゼンはエウスの発言に怒りを通り越して呆れてしまった。だから、もう、無視して主戦場に足を踏み出した時だった。


 さらに呆れたことにエウスが両手を広げて、グゼンの前に立ちふさがった。


「あんたみたいな無能、ここで斬り殺してもいいんだぞ…」


 人の命を何だと思ってるのか?ありえない行動の連続に、グゼンは剣を引き抜いた。


「グゼン!!」


 シオルドが叫ぶが倍以上の大きな声でグゼンが返した。


「黙ってろ!おい、お前そこどけよ…」


「俺はどきませんよ」


 エウスが一歩も引かずにただまっすぐ、相対するグゼンを見据えていた。


「俺は、今、戦場に出てるお前のチームのあの子を助けるって言ってんだよぉ!!」


「余計なお世話だ!!」


 後の主戦場では四対四の戦いが続き、激化の一途をたどっていた。


「あの子、死ぬぞ」


「彼が選んだ」


「選んだとかじゃねえんだよ」


「あんたは彼を殺す気か?」


「はぁ?」


 もう意味が分からなかった。こちらは救い出すといっているのに殺すとは何を彼は言っているのかもうグゼンには何が何だか分からなかった。


「俺は彼と約束した。この試合が終わるまで誰にも邪魔させないと…」


「もう、話しにならねえ…」


 剣を持ってエウスの脇を通り過ぎたときだった。


 殺気と共に自分の顔の横に剣が向けられていた。


「エウスさん、剣抜いたからには覚悟してもらおうか…」


「覚悟すんのはてめえの方だろ…このくそ野郎……」


 二人の間に緊張が走ったときだった。



 周囲で主戦場を応援していた観客たちから大歓声が上がった。


 グゼンが振り向くと、そこにはエリザ組の新兵たちが、アストルに次々に薙ぎ倒されている光景が広がっていた。


「なんだよ、ありえねえ…」


 今出ている新兵たちは決して弱くはない、むしろエリザ組の中でも上位に匹敵する強者たちだった。そんな彼らがひとりの大けがをしている新兵ひとりに圧倒されていた。


「グゼンさん、彼のこと止められますか…」


 エウスが剣を下ろして彼の隣に立った。


 グゼンは彼の戦う姿に見惚れていた。それは騎士としてあまりに完成されており、もはや一挙手一投足がどこをとっても絵画のように美しかった。そんな完成された彼の活躍を自分のような部外者が止めることはもはや不可能だった。主戦場は完全に新兵たちの戦場になっていた。


「無理だ…」


 グゼンは小さくこぼした。


「…俺も止めました…でも……」


 隣でエウスも落ち込んだ悔しそうな顔を浮かべていた。


 グゼンは剣をしまってその場で主戦場の成り行きを見守った。それしか、部外者たちにはできることは残されていなかった。




 *** *** ***




 右翼場が終って直後のことだった。テントに走って戻ってきたアストルが最初に言った言葉が。


「次、もう出ます!」


 テントにいた新兵全員とエウスのみんなが彼の言動に、言葉を失っていた。


 激しい沈黙の中、エウスが告げた。


「アストル、残念だが、その身体じゃもうダメだ。お前は、このまま白魔導士たちのいるテントにいってもらう、というかいけ、これは命令だ」


「エウス隊長、俺、まだやれます!」


「ダメだ、命令って言っただろ?」


 エウスの中でこの時から嫌な予感が渦巻いていた。その予感とはもしかしたら自分は彼に言い負かされて、彼を試合に出してしまうのではないかということを…。


「エウス隊長、俺、もう、行きますね!順番は確か勝った戦場の人達なら、いつでも主戦場に参戦できるんでしたよね」


「アストル!!」


 エウスが立ち上がって勝手に戦場に行こうとしているアストルを怒鳴りつけた。いつもへらへらしているエウスの本気の怒鳴り声に周りの新兵たちはみんな息を吞んでいた。


 そこでアストルは振り向かないで戦場を指さした。


「エウス隊長は、今戦ってる、みんなを見殺しにするんですか?」


「見殺しってお前、これはただの試合……」


「エウス隊長、違いますよね。これはただの試合なんかじゃないですよね…」


「………」


「きっと、俺が行かなきゃ、もう、主戦場は持ちませんよ?」


「………」


「勝つんじゃなかったんですか!?」


「…いや、だって……それは…」


「エウス隊長、俺たちは知ってますよ、あなたがずっと俺たちのために頑張ってくれていたこと」


 エウスの心臓が跳ね上がり、呼吸が一瞬止まった感覚に襲われた。


『試合じゃない…これはただの試合なんかじゃない……』


 これはただの試合なんかじゃない。この日のためにみんなで繋いで来たものがあった。灼熱の日々の稽古を超えて、唐突な豪雨の中でもみんなで剣を振るった。そして、ときにはみんなで食堂に集まって作戦会議をして、もっと強くなるためにはどうすればいいか考えた。ハルにだってたくさんアドバイスをもらった。嫌だったけどライキルにも頭を下げて、筋肉や身体の構造の知識を教えてもらった。ガルナにも彼女の卓越した戦闘センスがどんな感覚なのか聞いたりもした。ビナとはずっと一緒に新兵たちのことばかり話し合っては考えていた。自分のチームの新兵ひとり、ひとりのことを詳しく観察し、特徴やどんなアドバイスができるか探った。試合に近づくたびに寝る時間が削れていった。今日は柄にもなく緊張して朝から喉に何も通らなかった。

 そして、今、みんなが頑張ってくれたおかげでここまで来ていた。


「俺たちずっとあなたのこと見てましたよ…」


「違う…」


 だからってここでアストルを行かせていい理由にはならない。


「誰よりも本気でこのチームのことを考えていてくれたのは…」


『ダメだ、アストル…その先は……』


 予感は当たってしまった。


「エウス隊長、あなたなんですから」


 振り向いた真っ赤に染まった青年はいつもの優しい笑顔を浮かべていた。


「………」


「エウス隊長、約束してくれませんか?俺が必ずこのチームに勝利を持って帰ってきます。だから、俺を戦場で戦わせてください、今、戦ってる仲間たちを救わせてください…」


 アストルはそこで息を吸い込んで続けて、元気な笑顔で言った。


「俺、騎士になりたいんです!」


 騎士はその身一つで、みんなをあらゆる脅威から守るのが役目、強さは関係ない。


 彼はもうひとりの立派な騎士だった。


「分かった、いけ、アストル、戦場で死にそうになってるやつら全員救ってこい…」


「はい、了解です!」


 アストルが戦場に駆けだしていった。大けがの痛みなんかまるでないみたいに全力で仲間の危機に颯爽と現れて見事に救い出していた。


「俺は、隊長失格だな…」


 エウスはひとり呟いた。




 *** *** ***




 四人一気に倒したアストルのもとに、ユーリとエウス組の新兵二人が駆け寄ってきた。


「アストル、大丈夫か?」


 剣を地面に突き付けて何とか立っている姿のアストルの背中をユーリはさすった。


「無理するな、もう、いい、ここからは俺に任せろ」


「ユーリ…敵を早く…敵を用意してくれ…剣を振ってない時間が一番辛い……」


「アストル、お前…」


 そこに残りわずか五人となった内の四人のエリザ組の新兵たちが、主戦場に姿を現した。


「よう、アストル、見ない間に随分、カッコよくなったな!」


「ウィリアムか……」


 ユーリが苦虫を嚙み潰したような顔をした。それもそのはず、状況的には、もう消えかかった炎の前に、暴風が吹いているようなものだった。

 剣の腕でも新兵全体で一番と言ってもいい彼が今になって現れるのだから最悪なのは当然だ。さらにその取り巻きも強者ぞろい、連戦で疲弊しているユーリや、もう限界を超えているアストル、残りの二人でも実力的に、彼らを対処するのはほぼ不可能だった。


『俺が指示を出しても負けない時間を延ばすだけで勝てない、残りの俺たちで相手するのは無理か…』


 ただ、そう思っているのはユーリだけだった。


「ウィリアム、いいところに来てくれたね…」


 アストルが剣を地面から抜き取るとすぐに四人のもとに駆け出していった。


「アストル、よせ!」


 アストルが迫って来ると、ウィリアムが軽く手で三人に指示を出した。すると、その三人が一斉にアストルを取り囲むように動き出した。


 ウィリアムに一直線に向かい剣を突き出すアストル。しかし、三人の内のひとりに間に入られ防がれウィリアムに剣が届くことは無かった。

 迫っていた残りの二人がアストル目掛けて剣を振った。一人は首に、もう一人は左胴体に、その結果、どちらの攻撃もアストルに直撃した。


「…グッハッ……」


 アストルが口に溜まっていた血を地面に吐いた。


「お前ら来るぞ、離れろ!」


 反撃が来るアストルが真正面の相手との鍔迫り合いをやめた。


「おい、お前ら離れろって!!」


「いや、見れば分かるアストルはもうあと一振りで倒せる!」


 正面にいたエリザ組の新兵がウィリアムに背いて、正面がら空きのアストル目掛けて剣を振り下ろした。このときの、新兵の判断は決して間違ってはいなかった。本来ならもうとっくにアストルは倒れていてもしかたがない状態だったからだ。周りから見てもそれは一目瞭然だった。


 しかし、そこでアストルに一発当てられたらだった。


 アストルの目つきが一瞬にして変わった。すると人が変わったかのように人間離れした動きで振るわれた剣を交わして、正面の新兵の顎めがけてカウンターを入れた。

 その豹変ぶりに残りの二人の新兵も慌てて剣を振るってしまった。


「バカ、お前たちさっきまで何見てたんだよ…」


 ウィリアムが剣を構える、残った味方の二人を助けに行くのではない。彼らはもう手遅れだった。数秒後、二人はアストルの振るわれた剣で、正確な大技の剣で頭を狙われ、意識を刈り取られていた。そして、二人を食い散らかした化け物の二つの双眸がウィリアムを捉えるとすぐに襲いかかって来た。


「アストル、お前、いつの間にか強くなりすぎじゃないか?」


 真っ赤に染まった獣はもう何も答えてはくれなかった。血走った目で、ただ、ウィリアムを捉え、対象を排除するために剣という名の牙を何度も振るっていた。


『喋る余裕もないか…そうだよな…お前、ずっと頑張ってたもんな……』


 今まで試合に出るまでウィリアムは、右翼場のアストルをずっと眺めていた。少しづつ勝ちを仲間と共に勝ち取っていく姿には、魅かれていくものがあった。敵ながら自分もエウス組のチームだったら、一緒に彼らと力を合わせて戦えたのかなと思った。それはこっちのチームより楽しい日々だったのではないかと思ってしまっていた。


『俺は、いいのか、お前たちをここで倒してしまっても…』


 ウィリアムに迷いが生じた時だった。


 アストルの剣撃が止んだ。


「あ…?」


 目の前でアストルが大量の吐血をして、さらに胃の中のものまで全部吐き出していた。


「アストル、お前、大丈夫…」


 アストルに手を差し出した時だった。


「ウィリアム!!!」


 アストルが次に吐き出したのは激昂から来る言葉だった。


「お前、戦場で敵に手なんか差し出してんじゃねぇよ!!殺されたいのか!!!」


 その時、彼に見つめられて初めてウィリアムもアストルの目の怖さを知った。その目は今すぐにでも潰さないと自分が保っていられなくなるほどの恐怖がそこにはあった。


 アストルがフラフラと立ち上がる。あまりの剣幕にウィリアムは一歩後ずさってしまう。


「ウィリアム…お前今まで何見てたんだよ、お前のチームが積み上げたもの全部台無しにする気かよ!」


 ウィリアムの奥底に眠っていたものが目を覚ます。


「なんのために、俺ら別れてチーム組まされたと思ってる?」


 大切な友人の言葉でウィリアムの冷めていた心に火が灯る。


「例え、誰が敵になっても自分たちの大切なもの守れるようになるためだろうが!」


 例え相手が誰であろうと騎士は守るべきものがあるなら剣を振るわなければならない。相手が知り合いだからといって剣が振り下ろせないのならば、そのような人は何も守れはしない。


「ウィリアム、お前は自分のチームが負けていいのか?騎士になる俺たちが負けるってことは、その後ろにいる人達も全員死ぬってことなんだぞ!!!」


 ウィリアムがそこで剣を構えた。


「…わりぃ、アストル、俺どうかしてたわ…」


 その時ウィリアムから異様な圧をアストルは感じ取った。その圧を浴びただけでアストルの限界を迎えた身体から汗が流れて止まらなくなった。これは決して暑さのせいではなかった。アストルは思った、この受け取った圧は殺気であると。


「ここからはもう一切、容赦はしない、目が覚めたよ…」


 ウィリアムの目がすわるのと同時に、アストルは嬉しそうに笑った。


「ありがとう、アストル…」


「ハハッ、こちらこそだよ…」


 アストルの前にやっと対等に渡り合える騎士が現れた。












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