七騎士物語 上からの景色
古城アイビーの東館の屋上のふちにハルは座っていた。外に足を放り出して、下を覗き込み、三つの戦場を眺めていた。
その戦場の戦況は、エウス組が最初は優勢だったが、エリザ組の巻き返しの逆襲が始まったことが見て取れた。
エウス組は最初から主力の兵士を投入していたが、エリザ組は後半戦までずっと主力の兵士を温存していることが試合を見ていれば分かることだった。しかし、エウス組とエリザ組、一人一人の新兵たちの実力は大きく離れているため、エウス組が戦力を出し渋ることは愚策だった。戦場では兵士たちの士気の高さを維持することが勝利に近づくために何よりも必要不可欠なことだった。最初から敵わないと分かってしまえば士気も下がる。一度下がった士気に熱を戻すことは難しい。それだったら、最初に大きな勝ちを手にして熱い熱が冷めないように最後まで突っ走るのが得策と言えた。
『相変わらず、エウスは良い判断をするね……』
ハルが眺める三つの戦場は大きな動きを見せていた。
まずは主戦場、ユーリが前に出ていたことにより、怒涛の勢いで相手のエリザ組の新兵たちを薙ぎ倒していたが、彼は一端後ろに下がり後ろにいた味方の二人を前に出し彼らを指揮していた。今まで消耗した体力を回復して、さらに終盤に備えるつもりなのだろう。これは良案であった。
『主戦場はまだまだ長引きそうだな…でも…』
ハルが左翼場に目をやると、ビンスがひとりで二対一を背負って戦っている姿があった。しかし、苦戦しているのはエウス組の二人の方で、ビンス相手に手も足も出ない状況だった。
『ヨアンがやられたから左翼場は一気に総崩れだね、それにしても、ビンスは本当に腕を上げたな…ウィリアムと一緒にいたおかげかな…』
「ハハッ…」
思いだして苦笑いをする。
二人の中の悪さはこの短期間でよく知れた。会えば喧嘩、目を合わせると暴言、しまいには殴り合い、ハルが仲裁に入ると二人はすぐに争いをやめてくれたが、目を離すとすぐに暴れまわっていた。そんな彼らはエリザ組のルールで、稽古中はパートナーといつも一緒に行動しなければならなかった。ビンスとウィリアム、二人はパートナーだった。つまり、相性最悪の二人がいつも一緒ということになる。そのため、稽古のたびに二人は何度も医務室送りになっていた。理由は稽古中の剣の打ち合いによるケガだった。お互いが手加減なしで本気で打ち合うためだ。なんなら午後にハルがエリザ組のもとに訪れると、午前中に暴れた二人が医務室にいるなどということはしょっちゅうあった。しかも、見舞いに行くと二人がベットの上でも口喧嘩しているのを見た時は、もう笑うしかなかった。
そんなビンスは、ウィリアムとの喧嘩の末、確実に前より強くなっており、左翼場にいる残りの新兵たちでは対処できないと見るのが妥当だった。二人はいつだって目の前の相手に負けたくないからという意地で本気で稽古をしていた。相手がウィリアムだったのも良かったのだろう。彼の成長は目覚しいものだった。
『さて、最後は右翼場だけど、こっちはどうなるかな…』
ハルの見下ろす視線の先には右翼場には、アストルとフィルが剣を交えていた。
『人数的にはエウス組が有利だけど、ここからエリザ組の新兵たちは強い子しか残ってないからな…』
「どうなるかな…」
ハルはどっちのチームも応援しつつ戦況の行く末を見守っていた。ただ、なぜハルがこんな古城アイビーの屋上から観ているのかというと、それはどちらのチームにも肩入れしないようにするためであった。
二つのチームを行き来していたハルがアドバイスをしないようにということで、当日はどちらのチームのテントにも入れてもらえないことになっていた。
ただ、屋上を選んだのは単純にハルが好きだからで、深い意味はなかった。別に第一運動場にハル専用のテントを用意してもいいと言われたのだが、そこまでしてもらうのはなんだか気が引けたので、こうして、ひとり、上から見物という形をとっていた。
「アストル、いい動きするな…フィルはついていけ…そうそう…」
ハルがひとりでみんなの活躍を眺めていると、後ろから声がかかった。
「ハル」
名前を呼ばれたので後ろを振り向くとそこには、ライキルとガルナの二人がこっちに歩いて来ていた。
「こんな炎天下の中、暑くないですか?」
白青の騎士服を纏ったライキルの手には剣ではなく日傘が握られていた。
「ハル、遊びに来たぞ!」
嬉しそうな笑顔のガルナは、相変わらず、へそ出しの服に短いズボンを履いて、綺麗な小麦色で傷だらけの肌を露出させていた。
「二人ともどうしてここに?」
ハルは身体をひねり、空中にぶら下げていた足を屋上の内側に戻して、二人のもとに駆け寄った。
「どうしてって、ハルがひとりで寂しそうだったから来てやったんだ!私たちに礼を言っていいぞ!」
ガルナが図々しく、偉そうにふんぞり返る。
「そっか、ありがとう、二人とも…」
ハルが目を細めて薄く笑顔を振りまくと、ガルナの態度は一変し、赤くなった彼女は固まっていた。ライキルはニッコリと透き通るような笑顔を返してくれていた。
「ハル、食堂によって少しお菓子をもらって来たんです。どうですか、私たちと一緒に食べながら試合の方を見ませんか?」
ライキルの日傘と反対側の手にはかごが握られており、パンや菓子さらに水の入った瓶が敷き詰められていた。
「いいね、そうしよう」
三人は一足先に少し早い昼食に入った。
屋上のふちにハルを真ん中に三人で座って、足を空中に放り出し、第一運動場を眺める。
試合展開は、ハルの予想していた通り、左翼場でビンスが暴れまわっていた。次々にエウス組の新兵たちが投入されるがことごとく彼の鮮やかな剣技で撃破されていた。
主戦場に関しては、ユーリの的確な指示により、エウス組の新兵二人がエリザ組の三人相手に健闘しており時間を稼いでいた。これにより、ユーリは休め彼の復活は近いが、それと同時に左翼場の敗北も時間の問題であるため、ユーリの体力が戻る頃には、三対四と数的不利を背負うことになりそうだった。
そこでやはり注目するところは右翼場。エウス組が勝利するためには、右翼場の勝利が必須といえる状況であった。
ハルがそのように全体の流れを見ていた。一方で、ハルの左にいたガルナは新兵たちの熱い戦いよりもおいしいお菓子に夢中であった。ただ、彼女が新兵たちの戦いに興味がないのは一番最初からで、なんとも彼女らしいなと思うところではあった。それはそういう性格なのだから仕方ない。新兵たちそっちのけで「これ、おいしい!」と菓子の感想を述べていた。
そして、ハルの右にいるライキルはというと、彼女はずっと右に見える右翼場に目を向けていた。
「あっちでフィルが戦ってます、相手は…」
ライキルが右翼場の方を見てフィルの対戦相手の名前を思い出そうとしていた。
「アストルだね」
「そうです、そうです。アストル、私、何回か筋トレしてる時に会ってたんで顔は覚えてるんですが、名前が覚えられないんですよね…」
「まあ、ライキルは新兵たちとは接点が少ないから仕方ないね」
「ええ、でも、私、フィルのことなら少しは知ってますよ、一応、私の弟子ですからね!」
ライキルに弟子入りしたフィル。彼はライキルのような美しい筋肉を手に入れることが目的で弟子入りしたと言っていた。ハルもライキルの筋肉に目をつける彼の考え方はいいセンスをしていると思った。ライキルはレイド王国の王都にいたころ、身体づくりの専門家に弟子入りしていたため、筋肉の育て方に関しては、ハルも彼女を師匠と呼ぶほどだった。
そんなライキルは、唯一フィルだけが新兵たちとの繋がりと言えた。
「例えば、どんなこと知ってるの?」
「あれです、今戦ってるアストルって子とフィルは、幼馴染らしいんですよ」
ハルはエウスもそんなことを言っていたような気がしたことを思い出す。
「えっと、それで、どっちでしたっけ…確かフィル?かそのアストル?って子のどっちかが、将来を誓い合った女の子のために騎士になるって頑張ってるって…あれ、どっちでしたっけ…ううん、ちょっと忘れちゃいました…えへへ」
凄く曖昧にライキルがたどたどしく語るが、ハルはその話をエウスからよく聞かされていたため知っていた。正解はアストルの方が、ある一人の女の子のために騎士になると頑張っているということだった。
エウスが熱く語るから覚えているのだが、どうやら彼は身分違いの恋をしているらしいのだ。そのため、立派な騎士になって、地位を高めて、その女の子と将来共に暮らそうという話であり、なんとも物語に出てきそうな展開であり、小説好きのハルもエウスにその話を聞かされたときは、熱心に耳を傾けたものだった。
「それ、アストルの方だよ」
「ハル、知ってるんですか?」
「うん、ほら、エウスが新兵たちのみんなと仲がいいじゃん?だからよくエウスがね、彼らのこと報告っていうかなんて言うかいろいろ教えてくれるんだよね」
「ああ、エウスですか…うへぇ…」
露骨に嫌な顔をするライキルに、ハルは笑顔を維持したまま固まった。まあ、いつものことである。
「ハハッ、まあまあ、それでね、そのアストルの恋人の名前が……」
***
「お初にお目にかかります、アリス・パルフェ様、ようこそ、お越しくださいました…」
古城アイビー西館の四階の一室に、エリザ騎士団団長であるデイラス・オリアはいた。彼の視線の先には二人の女性がいた。ひとりは、窓際に座って優雅に紅茶を飲みながら外でやっている試合を観戦している女性で、もう一人はその女性の傍でただ静かに立っていた。その立っている女性は執事の恰好をしているため、見た目通りそうなのだろう。だが、窓際に座っている女性こちらはただものではなかった。
窓際で座っているその女性は、白と黒を基調とした動きやすそうなスマートなドレスを身につけていた。そして、透き通る白い肌で、金色の長髪は腰のあたりで揺れて、紫色の瞳が怪しく輝いており、その外見は妖艶で誰が見ても息を吞むほどであった。
さらに彼女の周りの空気だけが酷く重厚感があり、デイラスでさえ息が詰まりそうで近づきたいとは思わないほど、高貴なオーラを放っていた。
彼女の名はアリス・パルフェ、貴族なら彼女の家の名を知らぬ者はいなかった。
「…………」
挨拶をするが、アリスは窓の外に夢中のようで、デイラスには見向きもしなかった。
現在は王都からこの古城アイビーに騎士の養成で合宿中の新兵たちが、第一運動場で剣の試合を行っている真っ最中。そんなに彼女を引きつけるものがあるのかと思うが、温室育ちの貴族の令嬢、争いという場所では無縁のところで育ったのだろう。新兵たちが戦う姿が珍しいのだとデイラスは思った。
「デイラス・オリア様、今回は急な訪問にも関わらず、このお城に招待して頂きありがとうございます」
執事の女性が主の代わりに挨拶をした。
「いえいえ、そんな、ちゃんと、手紙も拝見させていただきましたから…」
この古城アイビーに昨日、銘家の家紋の入った蝋封が押された手紙が送られていた。その手紙には明日、そちらに伺うとの内容が簡単に書かれているだけだった。
「それより、今日、この試合が終わり次第盛大にパーティーを執り行うのですが、お二方も参加していきませんか?」
新兵たちの試合が終ったら、今日は一日中、宴をすることが決まっていた。
「お誘いいただきありがとうございます。しかし、我々はもうすぐここをたたなければいけないので、パーティーの参加の方は遠慮させていただきます」
「そうでしたか、それは失礼いたしました…ところで質問させて頂きたいのですが、ここにはどういったご用件で?」
窓の外を見つめる主人のアリスは一向に答えてくれないが、その代わりに執事が答えてくれた。
「ああ、それは、アリス様がどうしても騎士たちが戦っているところを見たいとおっしゃられたのでこちらに寄らせていただいたしだいでございます…」
執事の彼女が頭をきっちりと下げた。
「なるほど…」
昨日送られてきた手紙には、当たり障りのないあいさつと、急な訪問の謝罪文と、訪問する時刻しか書いておらず、なにが目的で来るのかは書いてなかった。
しかし、デイラスが思った通りだった。やはり、貴族令嬢のわがまま…というと言い方は悪いが、珍しいもの見たさというのは納得した。
貴族の令嬢でよくいるのだが権力を使って無理を通そうとする者がよくいた。特に、現在、この古城アイビーには、ハル・シアード・レイがいるため、彼に会おうと古城アイビーへの入場許可を求めて来る、貴族の娘たちの手紙は後を絶たない。
ただし、そんなわがままでもデイラスは、目の前にいるアリスという女性を満足させなければならなかった。なぜなら、彼女の地位はそこら辺の貴族の令嬢と一緒にできないほど特別な家の出だからだであった。下手をするとデイラスの首など簡単に飛んでいくほどに…。
「でしたら、我々、エリザ騎士団の騎士たちの試合に切り替えますか?…その現在、戦っている者たちはまだ未熟な新兵たちでして…まだ粗削りな部分が多々ありますので…」
観戦する分には新兵たちのまだ未完成な試合より、熟練された技を持っている騎士たちの試合を見た方が盛り上がりはする。さらに今日は白魔導士もたくさん来ているため、魔法を使った模擬戦闘も可能であった。魔法が使えれば戦闘に幅がでて見た目は派手になる。見た目が派手な方が戦闘に関して素人のお嬢様が見る分には楽しめることは確かだった。
しかし、デイラスはそこで、息が詰まる思いをした。
「…キリサ」
アリスがその執事を一瞥して呟いた。その声色はどこか不機嫌で怒っているようだった。
そして、キリサと呼ばれた執事が主人の気持ちを汲み取ったのか笑顔で口を開いた。
「オリア様、お気遣いいただきありがとうございます。ですが、アリス様は現在今行われている試合に満足しているので、大丈夫です」
「ああ、そうでしたか…」
アリスは熱心に外で繰り広げられる試合を見つめていた。よほど興味をもったのだろうか、少し彼女の目つきが怖かった。
「オリア様?」
「あ、はい?」
アリスという不思議な女性を見つめ観察していると、執事のキリサがニッコリと笑いながら視界に入って来た。
「少々、我々だけにして頂いてもよろしいでしょうか?」
「…ああ、どうぞ、どうぞ。すみません、長居しすぎました。何かありましたら扉の前に使用人をひとり待機させておきますので彼女にお声掛けください」
「感謝いたします」
デイラスは深くお辞儀をして部屋の外に出た。部屋の外で待機していた使用人に中にいるお客さんに無礼が無いようにと告げると、西館の隣にある作戦本部を目指して足を進めた。
『初めて見たな、パルフェ家の娘さん…まさかこんなところに訪れるとは、ここも有名になったものだ…』
デイラスは少し嬉しくなって足取りは軽かった。
***
エリザ騎士団団長のデイラス・オリアが去った部屋では、アリスと執事のキリサの二人っきりだけになっていた。
相変わらず外を眺めるアリスが独り言のようにつぶやいた。
「ほんとにこんなに早くまたアストルを見れるなんて思ってもみなかった…夢みたい……」
「良かったですね、アリス様」
「ええ、本当に良かった…でも……」
アリスは幸せそうな笑顔を浮かべるが、窓の外の試合を見ると、少し顔色を曇らせた。
「あんなにボロボロになって…」
「アストル様は、アリス様のために頑張っていらっしゃるのでしょう。愛する人のために頑張る姿はやはり素敵ですね!」
「愛する人か…」
「ええ、アストル様は前からアリス様を愛していらっしゃってますから…」
「……まあ、そうね…」
キリサがおだててくるがアリスからしたら何にも嬉しくなかった。あくまで本人から直接耳元で愛を囁いて欲しかった。
「それにしても、アストル、立派な騎士になってて私、嬉しいなぁ…」
試合の序盤から齧りつくように見ていたアリスは、アストルの活躍っぷりをずっとその目に焼き付けていた。
「ええ、報告通り、アストル様は立派になられております、将来が楽しみですね!」
キリサがニコニコしながら笑いかけるが、そこでアリスの表情が曇っていき眉をひそめていた。
「ふん、あんたは良いわね、気が楽で…」
「フフッ、またそのお話しですか?大丈夫ですよ、アストル様は必ずアリス様を受け入れてくれますよ。それか、無理やりにでも、アリス様の傍に縛り付けておけばいいんですよ」
「キリサ、あんたね、私はあの女みたいに狂ってはないの分かるでしょ?」
下では、アストルとフィルが対峙していた。
「アリス様、その言い方は失礼かと思います…それに、お二人は似ていらっしゃると思いますよ、非常に…」
「どこがよ!?あんな女と一緒にしないでくれるかしら?」
「…そうですね、申し訳ございません、アリス様」
キリサは窓の外を一生懸命見つめているアリスに謝罪をした。
「いいわ、別に、私とあなたの仲だから」
アリスが一瞬こちらを向いて微笑むが、すぐに窓の外に視線を戻していた。
「あ、ほら、見て、アストルが死剣を使ってる、凄い!凄い!はあ、カッコイイ……」
キリサも窓の外を見る。そこではアストルとフィルが死闘を繰り広げていた。
「………」
『やはり、似てますよ…そういうところが……』
呆れた表情でキリサがアリスを見るが、とっても楽しそうに試合を観戦していたので、深く考えることはやめた。
キリサは主人が幸せであればそれでよかった。