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七騎士物語 幼馴染

 左翼場でヨアンが敗北した情報がアストルの耳にも入って来た。それはやられた味方と交代して新たに入って来たエウス組の新兵から告げられたことだった。


 現在、右翼場にいるアストルはひとりで戦う一対二の戦法から、二対二の戦法に切り替えてもう一人の仲間にも戦闘に積極的に参加してもらっていた。

 さっきまで、アストルはひとりで暴れ回って、怒涛の勢いでエリザ組の新兵たちを撃破していたが、それもあるところを境に急に勢いが衰えてしまっていた。それは、アストル自身の体力の消耗と、相手が上位二十に入る実力者を一気に投入させてきたことが原因だった。

 そんなピンチの中、味方の新兵たちからの申し出で、自分たちも本格的に参戦するからその間にアストルは少しでも休んで欲しいとのことだった。その案をアストルは了承するが、もちろん、自分もひとりは相手をする。なぜなら、味方の新兵たちが上位二十に入る新兵二人を相手に戦っていられる時間はごくわずかだ。すぐに二人の連携攻撃でやられてしまう。それではアストルも休んでいる場合ではない。だから、片方の敵を肩代わりをして、前よりは身体の負荷を和らげるといった感じだった。


 味方の新兵たちと相手の上位二十に入るような新兵たちとでは実力の差が開いている。こちらにはまだまだ人数差で相手に有利であるためとれるこの見方を消費する戦法が取れたが、しかし、それも時間の問題であった。やられても待機している味方の新兵が次々と出て来てくれるが、それも無限ではない。右翼場の味方の新兵たちが全員やられれば、後はアストルひとりになってしまい、そうなれば、右翼場も敗色濃厚になってしまう。ただでさえ、左翼場でヨアンが敗北したという情報が入ってきたのに、右翼場の自分が負けたのでは、全体の士気が下がるのもそうであるが、それ以上に二つの左右の戦場で敗北が決まれば、主戦場が圧倒的不利に陥ってしまう。それでは負けたも同然だった。


 アストルが迫って来る自分の敵を王剣で一度追い返し、隣で苦戦している新たに入って来た味方の新兵を援護した。


「ありがとう、アストル助かった…」


 相手が体勢を立て直してすぐに襲いかかってきそうで、時間が無かったためアストルは聞きたいことだけ尋ねた。


「左翼場の敵の残り人数は?何人までこっちは削った?」


 味方の新兵も状況を把握しすぐに返答する。


「ひとりです」


「ひとり!?」


「はい、左翼場は最後ビンスしか残ってません、それに対してこちらは……!?」


 味方の新兵が伝えようとしてくれるが、体勢を立て直した相手のエリザ組の新兵たちに襲われる。


 アストルも彼を助けに行こうとするが、当然、自分が相手をしていたエリザ組の新兵も仕掛けて来ていた。


「アストル、よそ見している暇なんてないぜ!」


 アストルとエリザ組の新兵との間で何度か剣戟が交わされる。やはり、これまでに倒してきたエリザ組の新兵の中の誰よりも一撃一撃が重かった。


「どんどん行かせてもらうぜ!」


 消耗しているアストルと、一方で万全の状態の相手。その差が剣技の押しの強さに影響し、アストルが押されつつあった。


『このままだとマズイ…どこかで斬り返さないと…繋げられる……』


 アストルが危惧していたことは、このまま剣の打ち合いで押し負け、相手が王剣の連撃を繰り出せる態勢に入ってしまうことだった。そうなれば、アストルもただでは済まない。可能性としてはそのまま、綺麗に相手の王剣の型にはめられ、なすすべもなく、負けてしまうことだってあり得た。


 相手の剣撃の速度がさらに上がった。これは王剣に入る前兆だった。


『来る!』


 相手の王剣が始まった。すでに押されているアストルにとってここで王剣の連撃がくるのは痛手でしかなった。


「おらおら、食らいやがれ!」


 迫りくる剣をアストルは必死に目で追う。そして、自分の身体が今どこでどういう状態なのかを把握して、振るわれる流れるような剣が自分の身体に命中しないように、相手の剣に自分の剣を正確に合わせていく。

 王剣の連撃はひとつの流れになっているため、一度防御に失敗するとそこからなし崩し的に攻略される恐れがあった。だから、王剣の前ではひとつのミスも許されない。


『早い…けど…これは…』


 相手の王剣を防いでいる間に、アストルは相手の振るう剣の特徴を見抜きにかかっていた。


『狙いは急所に絞って来てるってことか?』


 相手の王剣を受けるたびに彼の振るう剣の特徴をなんとなく掴みかけていた。相手は人間の急所を確実に狙って来ていた。戦闘に必要な感覚器官が集中している頭や、喉やみぞおちなど当たれば身体の動きが強制的に止まってしまう部位を徹底的に狙って来ていた。


『狙いはわかった…あとは…』


 人によって王剣の組み合わせの型はいくらでもある。その中で相手にどのような特徴があるのか掴むのが、防御する上で重要といえた。


 そして、相手の情報が分かってしまえば、後は対策を立て、反撃に転じるだけであった。


 アストルは相手の連撃のおおよその流れを把握したあと、相手の攻撃を避け反撃にでるため、タイミングを合わせることに意識を向ける。しかし、そのタイミングというものが、自分の喉を刺突攻撃で相手が狙ってくる瞬間であったためこれは賭けのようなものであった。当たれば有無を言わさず負けが決まる攻撃に、アストルは剣を下ろして、タイミングを合わせることだけに全身を集中させる。


 相手の剣がアストルの喉めがけて飛んで来る。が、しかし、相手の刺突がアストルの喉を破壊することは無かった。アストルは身体を少し斜めにそらしぎりぎりでかわした。


「!?」


 一瞬の隙が生まれる。アストルが相手の懐に潜り込んで全力の剣を返しとして相手の喉に振るう。


「ヒッ…」


 その時、エリザ組のその新兵はアストルの凍りつくような冷たい目に恐怖を感じたが、次の瞬間には呼吸ができなくなって視界が真っ暗になっていた。


 アストルがひとりを撃破すると、戦場の外から各戦場の傍で待機していた救助班の白魔導士たちが急いで駆けつけて白魔を駆けていた。するとアストルに打倒された息をしてなかった新兵の容態はすぐに安定して、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。


 しかし、アストルがそんな彼らに目をくれるはずもない。ここは戦場すぐに味方の援護に駆けつけようとしたが、そんなときに彼は現れた。


「やあ、アストル、いい暴れっぷりだったね!だけど、それもここで終わり、今度は俺が相手だからね!あ、言っておくけどアストルが疲れてるからって手加減はしないよ!」


 ニッコリと背が高く身体のガッチリした男がそこには立っていた。


「もう、出て来るんだ…」


 右翼場に投入されたのはアストルの幼馴染であるフィル・トロプトルだった。


 ***


 アストルはまず仲間のいる方向を一瞥して様子をうかがった。何とか耐えしのいでいるようであったが、防戦一方といったところであった。


『注意を引いてくれるだけありがたい…よし、とにかく俺はフィルを倒すことだけを考えなきゃ…』


 フィルは新兵たちの間で行われていた勝ち残りの剣術試合で優勝もしたこともあり、言ってしまえば上位二十の中でもさらにトップクラスの相手と言えた。


 アストルとフィル、二人が過去に戦ってきた中での勝敗は、悔しいがフィルの方が多かった。体格差からもアストルには不利な部分が多く勝っても辛勝することが度々だった。しかし、だからと言ってアストルはここで絶対に引くわけにはいかなかった。


 アストルは深く息を吸った。夏の灼熱の空気が取り込まれ胸を焼くが、深い集中状態に入るためには深呼吸は必要だった。

 アストルの中で、次第に周りの雑音や景色が遠のき消えていった。アストルが知覚できる存在がフィルだけになっていき、やがて、世界にフィル以外の存在が消えて彼だけになった瞬間、アストルは身体全身のばねを使って彼に向かって飛び出した。

 剣を前に構え刺突の構えに入り、アストルは剣とひとつになった。

 アストルはボロボロの自分を見て余裕そうにしていたフィルの不意をついて、この刺突の一撃で仕留めるつもりだった。このアストルが今思いついた奇襲は、完全に死剣を扱う者の思考で、さらにアストルが放った刺突も、そのまんま死剣の型のひとつであった。アストルは完全に自分の知らないところでひとつの死剣というスタイルを確立していた。


 突然飛び込んできたアストルの奇襲に、死剣の防ぎ方を知らないフィルは、一瞬の判断で防ぐよりもかわす方が安全だと判断した。


「あぶね!!」


 フィルはかわす際に転んだが、ケガは擦り傷程度済んでいた。


「おいおい、なんだよ、アストル、奇襲とはらしくないな」


「ハハッ、ごめんフィル、でも、俺は今ちょっとどうしても勝ちたいんだよね…」


「そうか……」


 フィルはそこでアストルを見て息を呑んだ。


 アストルの目が何かにとりつかれたようにうつろであった。


『まずい、アストルが本気だ…』


 アストルの口は開けっ放しでただ狙った獲物を狩るためだけに浅く呼吸しており、姿勢が前のめりで今にも襲いかかってきそうだった。

 そんな彼の今の姿を一言で表すなら狂犬といったところだった。いつもの優しく愛らしい子犬のようなアストルを知る人なら、彼がこんなに人に敵意をむき出しにできることなど想像すらしないだろう。けれど、フィルは何度もアストルと一緒にいてこの感情を失ったような狂気的な目を見てきたことがあった。


『これは俺も止められるか分からないな……』


 フィルの中で不安が募る。



 *** *** ***



 アストルの最初の狂気的な一面を見たのは、まだフィルが幼い頃であった。


 フィルとアストルには小さい頃から一緒によく遊んでいたアリスとポーラという女の子が二人いた。四人はとても仲がよく、特にアストルとアリスの二人は、将来を誓い合うくらいには仲が良かった。

 しかし、ある時、そんな平和で幸せな日々に、悪ガキのグループがちょっかいをかけてくるようになった時期があった。今、思うと彼らはアリスと仲良くしているアストルにやきもちを焼いていただけなのもかもしれないと思ってしまう。なぜなら、自分たちが住んでいた小さな町で、アリスという女の子は特に可愛かったからだ。そして、どこか大人びてもおり、お邪魔な存在が勝手に集まって来るくらいには、やはり可愛かったのだ。

 だからだろう、そんな彼女を独占しているアストルという男の子が許せなかったのだろう。

 次第に悪ガキたちの悪戯はたちが悪くなっていった。最初は、四人が遊んでいるところに遠くから少しからかうように笑う程度だったが『男なのにいつも女と遊んでやがる』『弱虫アストル』『気持ちわりぃな』と遠くから暴言を飛ばして来る日が増えていた。

 ただ、そんな心無い言葉にアストルはニコニコしながら、彼らに言い返したことは一度もなかった。

 もちろん、その時のフィルとポーラは頭に来て何度かアストルに代わって言い返していたが、最終的にはアストルとアリスに止められていた。

 しかし、ある日、事件は起こった。

 その日はしびれを切らしたのか悪ガキたちが四人で遊んでいた場所に押しかけてきて、アストルの胸倉をつかんで暴言を吐いていた。それでもアストルはニコニコしながら謝っていたのだが…。


『お前にそんなんで守れるのか?この女とかよ!』


 その悪ガキのリーダーが、アリスの髪を強く掴んで引っ張り上げた時だった。

 今でも覚えている。

 人生で初めてこの世に死や恐怖、闇や狂気が存在するということを、フィルは隣にいた友人の目の奥の狂気から知ったのだ。

 アストルの瞳が狂気に染まると、同時にアリスの髪を掴んでいた悪ガキのリーダーの顔面を思いっきりなんのためらいもなく殴り抜けた。

 悪ガキのリーダーが後ろに倒れたあと、アストルはそんな奴のことを見向きもしないで、地面に大人しく座っていたアリスの前で屈んで、優しく頭を撫でながら痛くなかった?と心配していた。アリスも嬉しそうな笑顔でアストルに『大丈夫、ありがとう』と言っていた。


『お前、よくも…』


 ただ、一発殴っただけじゃガタイが良かった悪ガキのリーダーはしぶといので立ち上がって来て、後ろからアストルを殴ろうとしていた。


『アストル!』


 それに気づいた自分が庇うために駆けだそうとしたのだが、そのとき、アストルに睨まれて身体が動かなかったことを今でも覚えていた。

 まるで大蛇に睨まれた蛙の子のように全身が死に直面したかのような恐怖で凍り付いた。

 しかし、口元は静かにこちらを安心させるために『大丈夫』と動いていた。

 そして、アストルが振り向くと、悪ガキのリーダーの拳をもろに顔面に食らっていた。それでもアストルは何事もなかったかのようにその場で立ち上がった。その悪ガキのパンチで鼻や口から血を流していたのだが、一歩も引くことはなかった。歳も少し上でパンチもアストルにとっては重かったはずだがアストルが動じることは少しも無かった。

 それから悪ガキのリーダーが何発もアストルの顔を殴った後だった。アストルが殴られている途中、悪ガキのリーダー以外その取り巻きも、フィルもポーラもそしてアリスも動けなかった。その場はアストルというひとりの男の子に完全に支配されていた。


『クソ…なんだよ、お前…』


 悪ガキのリーダーが殴り疲れたところで、アストルは相手の髪を掴んで思いっきり引っ張った。


『痛い、痛い、痛い、痛い!』


 悪ガキのリーダーが叫ぶが、アストルは縦横無尽に掴んだ髪を振り回す。悪ガキのリーダーは痛みを和らげるためにアストルの手の動く方向に頭を動かすのに必死だった。そして、悪ガキのリーダーもアストルの髪を掴もうとした瞬間だった。アストルは、その悪ガキのリーダーの髪の毛を両手で掴み直し勢いよく彼の頭を地面に向けて叩きつけた。その後、アストルは悪ガキのリーダーの髪を掴みながら足で思いっきり頭を踏みつけ、屈んで相手の顔を覗きこんで口を開いた。


『お前、もう、俺たちと関わるな…わかったな……』


 悪ガキのリーダーは、その時、自分に死というものが迫っていることを知ったのだろう。ひとこと素直に『はい』と返事をしていた。


 アストルが優しく彼を離してやると悪ガキたちはその場から逃げるように去っていった。


 悪ガキたちは軽傷だったが、いい場所にパンチをもらい続けていたアストルの顔面はもう真っ赤で血だらけだった。そんなアストルの顔面をアリスが取り出したハンカチで拭いてあげながら、二人は何事もなかったかのようにまた幸せに笑っていたことが印象的だった。



 *** *** ***



 今、アストルはその目でこちらを見据えていた。恐怖を直接注入してくるような冷たい視線が、フィルを震えあがらせる。


『でも、俺も強くなった。あの時の自分とはもう違うってところ見せなくちゃな…』


 狂気を纏った幼馴染を前にフィルは剣を構えた。


「アストル、行くぞ!!」


 フィルが叫び駆け出すと、狂犬が牙を剥いた。






































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