七騎士物語 忠誠と友情
ここまで主戦場、左翼場、右翼場の三つの戦場で、エウス組は最小限の犠牲で多くの相手を撃破してきた。エリザ組は残り二十二名、エウス組は三十九名と半数以上差をつけていた。ただ、それはユーリ、アストル、ヨアンの三人が中心となって戦ってくれていたからであって、彼らがいなかったら結果が逆転している可能性は十分にあった。
しかし、そんな彼らの華々しい活躍もある時を境に次第に勢いが衰えていた。そのタイミングがどこかと言うと、相手チームのエリザ組の人数が半数を切った時からだった。
ヨアンは左翼場で戦っている最中だった。息が荒く、全身からは大量の汗が流れ、連戦の影響で疲労が蓄積され、身体の動きが鈍り、剣さばきに切れがなくなっていた。どうしてここまで疲れているのか?それは、ヨアンがずっとここまでひとりで二人を相手にして来たからであった。
仲間を守るため、ヨアンは味方に頼らず、ひとりで剣を振るっていた。そのため、エウス組の左翼場でやられた仲間は、ここまででまだひとりしかいなかった。それは褒められることだが、三人の中で一番消耗し限界が迫っているのもヨアンだった。
『まだだ、まだ、倒れられない…』
ヨアンが二人の敵に剣を振るう。仲間のために、チームのために、誰かのために。
エウス組で出された作戦は、各戦場でユーリ、アストル、ヨアンを中心として戦い、他の新兵たちは彼らの援護に徹するというものだった。
その作戦をチームのみんなに伝えているときにエウスは言っていた。
『せっかく、厳しい稽古をしてきたのに、援護しかできないのかって思っただろ…残念ながら、これからお前らが出て行く世界ってのはそういう場所だ…』
そのときのエウスは少し寂しそうな顔で語っていた。
『誰もが活躍して功績を上げ誰もが英雄になる。騎士の世界ってのはそんなに甘くない。この世界は強い奴をみんなで支える基本こっちのほうが多い。考えてみてくれ、例えば、神獣白虎にただの騎士が何百人もの数で、一斉に挑んでも、一瞬でその騎士たちが消し炭になるのがおちだろ?それだったらひとり剣聖をぶつけた方が遥かにいい、その間に周りの人々を避難させたり、剣聖と神獣が一対一の状況で戦えるように周囲の魔獣を百人で狩った方が一番犠牲が少なく効果的だろ?』
さらにエウスが続けて口にしていた場面を思い出す。
『だから、みんなはひとりのために、ひとりの奴はみんなのために死ぬ気で頑張んなくちゃいけない…だってそうだろ?ひとりの奴は、そいつしかいないんだからさ、替えが効かないんだよ…でもさ…』
そうエウスが言っていた時、彼が誰かを思い出している様子だったのを覚えているが、彼が誰を思い出しているかはエウス組のみんなは分かっていた。自分たちの団長の顔がそのときのみんなの頭の中には浮かんでいたのだろう。
なんとか今戦っていた相手を倒し、一息つこうとおもったが、当然、まだ残っている相手側の新兵たちが審判のビナから許可を得て左翼場に入場してくる。
その新たに入って来たエリザ組の二人と、ヨアンはすかさず剣を交える。だが、ここで、今、入って来た相手の二人の実力が、今まで戦ってきた者たちと比べると、数段跳ね上がったことを、剣を合わせることと、相手の顔を見て気づいていた。その二人は上位二十名によく顔を出している者たちだった。
「はあああああああ!!!」
その二人が戦場に入って来るやいなや威勢のいい掛け声と共にヨアンに猛攻を仕掛けてきた。強力な相手の一撃。その一撃を、ヨアンが疲れで力が入りきらない勢いのない剣で受ける。
『これは、きついな…』
敵の二人は残りのヨアンの仲間である新兵には目もくれない。そういった者たちはこれまでにも何人もおり、その結果、痛い目に遭ってきたが、この二人は違った。まずこの三人に割り込もうなら即座にお前から潰すぞという強い意志を放っていた。それほど、鬼気迫る剣のやり取りが三人の間で繰り広げられていた。だから、少し離れた場所で立っているヨアンの仲間も手が出せずにいた。
怯えているわけではない、ただ、入っていくタイミングが見つからないといった感じであった。
「クッ、俺は足で纏いか…ヨアン!俺はどうすれば…!?」
「待機だ、そこにいろ!」
無理に入って来てもらっても、彼の場合ただ犠牲になるだけだ。それはヨアンの避けたいことだった。しかし、相手の二人の連携攻撃をしのぎきり、反撃のチャンスがあるかというと、そんな余裕はなかった。
このまま、守るだけでは、ヨアンの体力が尽きるのが先だった。
「…グッ…傷が……」
二人から振るわれる剣をひとりで対処しながら、ヨアンはうめく。
ヨアンの身体はすでにいくつもの戦いを乗り越えているため傷だらけであった。大きなケガはないが、積み重なった小さな痛みが、ヨアンの身体をゆっくりと蝕んでいた。
そして、無理している身体の反応が遅れたときだった。
「ハッ!?」
バキィ!
痛みで鈍った身体に重い相手の剣の一撃が炸裂した。振るわれた剣が当たった場所はちょうど防具が無い脇腹の部分で衝撃が内部にまで伝わる嫌な感覚があった。息が一瞬止まるが、ヨアンはすぐに剣を大きく横に振るって相手が追撃してこないように牽制した。
「ヨアン!!」
仲間の新兵が心配そうに叫ぶ。
「待機!!」
負けるわけにもいかない、自分がここで負ければ、みんなに迷惑が掛かる。けれど、仲間を犠牲にするわけにもいかない。自分一人の力で何としてでもここを乗り越える。ヨアンには強い思いがあった。
『犠牲は俺だけでいい…俺の傍にいる人たちには、少しでも楽な道を歩いていて欲しい…』
そう思ってしまうのは、ずっと立派な貴族に仕えられたからなのだろうか?
ヨアンは自然と自分のために誰かを犠牲にすることはできなかった。仲間を犠牲にすれば自分はもっと楽ができ、勝利にもぐっと近づくのだが、ヨアンの自己犠牲の精神が邪魔をして決してそれを許さなかった。
この場では勝つために仲間を犠牲にしててでも自分が生き残らなければならないのに。
『ビンス様…』
どうしようもなくなった状況で、頭の中に主人であり友人の顔が思い浮かぶ。
自分が使用人時代だったころ、主人だったビンスが言ってくれたことを思い出す。それは何気ない日常の中で言ってくれた言葉だった。
『ヨアン、いつもありがとう。君の働きは本当に素晴らしいよ』
その時、ビンスが誰かに手紙を書いており、自分が彼の部屋の窓ふきをしているときだった気がした。
『そうですか?』
『そうだとも、私は君ほど人のために行動できる人間を見たことが無いよ』
『…ありがとうございます…』
『フフッ、いいんだ。ところで、前に話した私と友人になるってことについて、そろそろいい返事をもらおうじゃないか……』
思い出が脳内に広がったとき、ヨアンの頭には衝撃が走っていた。防御からすり抜けた相手の剣がヨアンの頭を強打していた。
ヨアンは、そのまま吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。しかし、ヨアンは自分が戦わなければいけないという使命感から、即座にそして無理やり上体を起こした。
起き上がると、ショックで視界がぼやけ、口内が切れたのか大量の血が口から溢れていた。
ただ、剣は何とか手放さずに持っていただけ良かったと思えたのだが…。
「クソッ…」
ヨアンが前を向いた時にはもう、ダメ押しにと相手の二人の剣が迫っていた。
結局、最後まで自分は誰かのために役に立つことができなかった。そして、主人であり友人であるビンスにもついぞ追いつくことはできなかった。
『何やってんだ…俺は……』
迫る剣をヨアンは受け入れる。痛みに耐えるため目を閉じた。だが、いつまで経っても、その時は訪れるなかった。ただ、代わりに、ギィン!と剣と剣が、何度もぶつかり合う音がした。
「ヨアン、大丈夫か!?」
声が聞こえ、目を開けるとそこには。
「ジュニアス…お前……」
ヨアンはそこで初めてこの戦場で一緒にいた仲間の名前を呼んだ。
ヨアンの前で、ジュニアスがたどたどしい剣さばきで、二人の剣をぎりぎりで防いでくれていた。
「はやく、これ以上は無理だ!防ぎきれねえ!」
「ああ…」
時間稼ぎをしてくれているジュニアスの援護に向かおうとすぐに立ち上がろうとするが、身体に力が入らなかった。
『こんな時に、身体が……』
自分が思っている以上に身体が疲労とケガで限界を迎えていた。もう、剣まで落としてしまいそうなほど身体に力が入らなかった。
「ぐあああああああ!」
ヨアンの前で、ジュニアスが二人の剣で薙ぎ倒される。もともと数秒も持ちそうにないつたない剣さばきであったため無理もなかった。
そして、再び、ヨアンに二人の剣が迫る。
「お疲れ様だ、ヨアン、左翼場の勝ちは俺たちがもらうぜ!」
相手の勝利宣言を聞いて悔しく思う。
ジュニアスが稼いでくれた数秒を結局無駄にしてしまった。
ヨアンは二人の剣を受けて負ける。
そう思っていた。
ひとりの男が戦場にいるこちらに叫ぶまでは…。
「ヨアン!立てぇ、立って戦え!これは私からの命令だ、ビンス・ラザイドからの絶対命令だ!!」
左翼場の手前には、エリザ組から左翼場に出る最後のひとりとしてビンスが、そこに立っていた。
「君を倒すのはこの私だ!それ以外の奴に負けることは絶対に許さん!さあ、いけえ!ヨアン!!」
ビンスの叫びで、敵二人の動きが止まり彼らの意識がヨアンから逸れた。その一瞬の隙をヨアンは見逃さなかった。
『力が入らない?甘えるな俺、ご主人様の言葉に従え!ヨアン・ハワード!!』
決着は刹那。ヨアンの屈んだ状態から跳ね起きた身体のばねを利用した抜刀術のような剣は、まず相手の一人目の顎を砕いた。
そのひとりが倒れる間に、もう一人の剣撃がヨアンの頭を捉えようとするが、ヨアンはその剣を片腕を犠牲にして受け止めた。そのとき腕から鈍い音がなり衝撃が当たった場所に激しい熱と痛が走るが、ビンスはその痛みも無視して、両手で剣を握り直し、相手の頭に剣を振り下ろして地面に叩きつけた。
決着がつき、満身創痍のヨアンは剣を構える。
なぜ、そんなすぐに剣を構えるかというと、もう、ヨアンの眼前には全力で迫って来るビンスがいたからだ。
「ヨアン、本気で来い、これも命令だ!そして俺を倒して勝利を掴め!!」
「はい、ビンスさん!!」
もう立っているのも自分で不思議に思うくらい意識は徐々に遠のいていくが、その反対に身体には力がみなぎっていた。きっと、自分の身体がビンスの命令に従おうと、彼を本気で倒そうとしているのだ。
ヨアンが振るう全力の剣を、ビンスは鮮やかな王剣で返していく。それでも、諦めるわけにはいかない、自分の目が閉じるまで、剣が握れなくなるまで、何も考えられなくなるまで、ヨアンは必死に剣を振るう。命令されたのだから、彼に忠誠をささげたのだから、応えなければならない。最後の最後まで主人の命令に…?
いや、きっと違う、これは…。
「ヨアン、もっと本気で来い!君は私より本当はもっと強いはずだろ!!」
『そう、彼の友人として…』
ビンスが王剣でヨアンの剣を弾き飛ばした。くるくる宙を描いてヨアンの握っていた剣は彼の手を離れて飛んでいった。
決着がついた、はずだったのだが…。
「!?」
ビンスの首をヨアンが片手で掴んで来た。
「ヨアン…」
声を掛けるがヨアンは白目を向いており、すでに意識は無かった。
「そうか、君ってやつは本当に…」
ビンスは、思いっきり、ヨアンに向かって剣を振るった。
「最高の友人だよ…」