準備期間
ハルは夢を見た。
小屋の中は多くの本と植物に囲まれていた。
ハルは木の椅子に座って、赤みがかったお茶を飲んでいた。
「でしょ、紅茶っていうんだ」
彼女は幸せそうに彼の顔を覗き込んだ。
「いや、別に、ただハルがおいしそうにしている顔、好きなんだ、わたし」
顔に霧がかかった女性の頬のあたりに優しく触れる。
「え、えへへ、ありがとう」
紅茶を飲み終わり、彼女の机に置かれた本を興味本位で見る。
「そう、面白いよ、特にハルにとっては新鮮かも」
本をパラパラとめくっていく。
「フフ、ありえるよ、だって、同じ……」
ハルが彼女の言葉の断片だけしか聞き取れず、振り向くと、彼女は目の前まで来ていた。
「そう、一緒だよ」
そのまま彼女は、ハルの服の襟を掴み踵をあげて口づけした。
「だからハルも愛してあげてみて……」
ハルは彼女の顔を見つめて固まっていた。
「大丈夫、できるよ」
そう言った、彼女の顔は相変わらず曇っていて見えないが、優しく笑っていると確信できた。
ハルは目を覚ました。
*** *** ***
エウスが目が覚めるとまだ日が昇りきっていない、薄明るい朝だった。
ひとつあくびをすると昨日、ガルナに裏拳された場所がまだ痛んだ。
「あいつ、本当に手加減したのかよ」
エウス達の部屋は城の一階にあって、昔は教室だったのを改築して、豪華な寝室にしたらしい。
エウスが空腹のため、城の正面玄関のあるエントランスに歩いていく。
その途中に、正面玄関とは反対にある、中庭に続く扉が開いていた。
そして、その先にハルがひとりで椅子に座り、まるい小さなテーブルでお茶をしている姿があった。
エウスはハルに声をかけた。
「おはよう、ハル、朝早いな」
そう言いながら、ハルの方を見ると、ハルの正面にも椅子があり、カップも余分にもう一つ置いてあった。
「おはよう、エウス、そっちこそ早いな」
「ああ、顔が痛くて目が覚めたよ」
「そうか」
「ちょっとキッチンでなんかあさって来るよ、お腹がすいた」
「キッチンにメイドさんいるから、その子に何か作ってもらいな」
「本当か、こんな時間から起きてるのか、すごいな」
「そうだね」
エウスはハルたちの部屋がある城の東館とは、反対のエントランスでつながっている、西館に歩いて行った。
少し冷え、薄い霧がかかった、早朝特有の別世界のような景色は、すぐに朝日とともにこの世から姿を消す。
使用人たちが起きてきて、今日も一日、自分たちの仕事をこなし始める。
昔、奴隷制度という、人が、同じ人をものとして扱うひどい時代があった。
少しの食べ物だけ与えられ、ずっと働かされる人々がいた。
そのころに比べたら、今は、誰もがとはいかないが、そのように働かされる人はこの大陸からほとんどいなくなった。
貴族と庶民で状況は違うが、みんな生きるために、働き、対価をもらい、ご飯を食べて、そして毎日を懸命に生きていた。
その当たりまえが続くように今回の神獣討伐をハルは提案した。
人々の日々を守るために。
人々の命を守るために。
ハルは起きてきたデイラスに挨拶をして、昨日、話し合ったアスラ帝国との会議の詳細な日程を尋ねた。
「すみません、昨日、話し合ったのに帝国との会議がいつだったか忘れてしまって」
「会議は一週間後だよ、もう彼らは来ているけど、早めるかい?」
「いえ、大丈夫です。それまでに少し調べたり、準備したいので、一週間後でお願いします」
「うむ、承知したよ」
ハルはこの城の近くにある有名な図書館で調べものするために、足を運ぼうとしていた時に、ちょうど城の前の噴水のある広場でビナに会った。
「ハル団長、おはようございます」
「おはよう、ビナ」
ビナの綺麗な赤い髪の毛は、寝起きなのかボサボサだったが全く気にせず外に出て来ていた。
「ハル団長どこかに行くんですか?」
「ああ、ちょっと図書館で調べものがしたくてね」
その言葉にビナはキラキラと目を輝かせた。
「本当ですか!?私も図書館行くところだったんですよ、一緒にいきませんか?」
「ああ、もちろん、いいよ」
「やったー!」
ハルはビナの頭の上に立っている寝癖をみながら、少し笑って、ビナと図書館まで歩くことにした。
門兵に挨拶をして、鉄格子の門を抜ける。
「ハル団長、みんなはどうしているんですか?」
ビナは図書館に向かう途中の道で聞いた。
「エウスはこの街のエリー商会の支部に行ったよ、ライキルは朝からガルナと稽古って言ってたな」
「へー」
ビナはハルと二人っきりで隣を歩けてることに少しドキドキしていた。
ハルの背はビナから見たら、とても大きくて、たくましかった。
ビナは背の高い人から威圧を感じることが多かったが、彼からは、威圧的な印象を受けたことが一度もなかった。
それは短いがともに旅をして、いろいろな一面を見てきたからでもあっただろう。
しかし、それよりずっと前から剣聖ハルという存在を見てきたビナは、この旅で初めてハルと話せたとき、イメージ通りのとてもやさしい人だったことを覚えていた。
それから、ますます彼のファンになって彼に魅かれていった。
そんな彼と二人っきりでいられるのはビナにとって夢のような時間だった。
「どうしたの?」
いつの間にかハルの後ろ姿をボーと眺めていたビナの足は止まっていた。
「な、なんでもないです、行きましょう」
「そっか」
ハルの優しい笑顔にビナの顔は赤くなったが、それを隠すようにハルの隣に行き一緒に歩いた。
ハルとビナが図書館の前に着くと図書館は休館日だった。
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