七騎士物語 始まりはここから
第一運動場に剣と剣がぶつかる音が響き渡る。
額に汗を流すユーリに三本の剣が連携しながらタイミングを外して迫って来る。そのうち二本は王剣の型で対応できたので、相手の剣を華麗に叩き落とすことができた。だが、最後の一本とはつばぜり合いになってしまった。その間に剣を落とされた二人が剣を拾って試合場から退場していき、他の二人と交代してつばぜり合いをしているユーリに向かって襲いかかって来た。
ユーリは再び三人となった敵の相手をするために、すぐにつばぜり合いをやめて体勢を立て直すために一旦その場を引いた。そして、一対一の状況になんとか持って行こうと、三人から離れながら誘導するが、それが失敗だった。いつの間にか試合場の場外ぎりぎりにまで逆に追い込まれてしまったユーリは、三人の固まった三本同時攻撃を回避する場所が無かった。ユーリに残された選択は、その攻撃を一本の剣でしのぐだけだった。しかし、結果は多勢に無勢ひとりは何とか剣を落とすところまで行くが、残りの二人には斬られてしまった。
身につけていた防具に木の剣の衝撃が二度あり、ユーリの身体は場外にはみ出てしまった。
あ、とユーリが声を出した時には、相手をしていた三人の新兵たちが歓喜の声をあげていた。
「よっしゃ、やっと、ユーリを倒したぞ…」
「お前らやったぞ!」
「つ、疲れた…」
その三人の新兵たちが後ろにいた二十人ほどの新兵たちに腕を掲げると、後ろにいた彼らも三人のもとに走って来て互いに喜びあっていた。
「おまえらなぁ、まったく、場外に出しただけで、倒せては無いんだぞ…それにもう四回戦目の十九人目だぞ…」
ユーリは確かに負けを認めるが、自分なんかを場外に出せただけでその喜びかたでいいのかと思っていた。
ユーリが今やっていたのは一対大勢を相手にする練習だった。ユーリが一なのに対して、相手は二十人ほどで、三人ずつ試合場に出てそのひとりの強者この場合はユーリと戦うというものだった。
勝利条件は、相手を場外にだすか、相手の剣を落とすか、降参させるか、試合場のなかで相手を打倒すかのどれかで相手を先に負かしたほうの勝ちとなる。
ちなみにこのルールでユーリはすでに先に三勝しており、四戦目でやっと場外に出されて負けていた。
「ユーリ、お疲れ様、惜しかったね!あれだね、最後の三人の同時攻撃、あれを防ぐのは難しいよね」
声だけで誰だか一瞬で理解したユーリが息を切らしながら声を掛けて来てくれた人に礼を言う。
「ハル団長、ありがとうございます!あれは俺の場所取りの悪さと、あいつらの連携が上手くかみ合ってしまった結果だと思います…俺がもうちょっと考えて誘導できたら、まだ戦ってたかもしれません」
「うんうん、そう、最後逃げた場所が悪かったね。いやあ、でも、言いたいこと全部言われちゃったな……あ、でも、ひとりの相手に固執しない立ち回りは良くなったよ!自分の場所が危なくなったらすぐにその場から逃げる。一対大勢だと、周囲の状況は目まぐるしく変わるからね!」
「はい、心に留めておきます!」
「それより、ユーリも疲れたでしょ?少し休まない?連戦は辛いでしょ?」
憧れの人が気軽に話しかけてくるこの状況はユーリからしたら少し不思議な感じがした。まるで近所のお兄ちゃんに剣の修行に付き合ってもらってるような感覚。それでも、目の前にいる人が計り知れない力を持った英雄なのはわかってるのだが、それでも、ここ数週間一緒に稽古したり、言葉を重ねていくと彼が自分たちと、二、三歳ぐらいしか違わない気さくなどこか抜けてるけれどとっても優しいお兄さんにしか見えなくなる時がたまにあった。もちろん、口に出してそんな恐れ多いことを彼に対して言ったことはない。
「ハル団長、俺はまだまだやれるんで、稽古を続けたいです」
「そうか、でも、あっちのみんなはもう体力の限界って感じだね…」
「え?」
ユーリが相手にしていた二十人ほどの新兵たちは喜びも束の間、暑さと疲労でぐったりしていた。ユーリがしょうがない奴らだと、みんなを稽古の続きをようと声を掛けようとした時だった。ハル団長がひとつ提案をしてきた。
「みんな疲れてるし、そうだ、ここはどう?俺と戦わない?」
「いいんですか…」
「いいよ、その代わりみんなを休ませてあげていい?」
「もちろんです、よろしくお願いします!」
ハル団長がユーリの相手をしていた新兵たちに、テントで休んできていいよと許可をだしたら、ハル団長に礼を言って一目散にテントに駆けていった。疲れていたのではなかったのか?まあ、こうして絶好の機会が回って来たのでよしとした。
ユーリとハルが剣を構える。ルールは特にない、ただ全力でかかって来てとだけ言われた。自分の全力でなんなら殺す気でなんて冗談も言われた。
息を整え戦闘の幕が上がるのを待つ。憧れの人と一対一の真剣勝負。
『どこまで俺の剣が届くか…いや、どこまで自分が全力でやれるかか…』
剣はきっと一振りも届かないだろう、だが、それでいい、ここでやることは自分の限界に挑むことだ。全力で挑める相手に、持ちうるすべてをぶつける。認めてもらうためではなく、強くなるために自分の剣を振るう。
「よしじゃあ、始め!」
ハルの開始の合図とともにユーリは全力で駆け出した。初手は刺突による先手必勝と見せかけたカウンターを狙う技で仕掛ける。本に載っていた剣のひとつで、先手必殺の死剣から派生したものだった。自分から仕掛けるため、相手をその型通りに誘導しやすいのが、自分から仕掛けるカウンターのいいところだ。
さらに死剣を知ってるものなら、なおさら引っかかりやすい、と本には書いてあった。
「へえ、なるほど…」
突撃していったときにハルがそう呟いたのをユーリが聞いたときだった。構えを解いたハルがその身一つで軽くユーリの刺突を避けた。ここから相手が仕掛けて来る剣にカウンターを合わせるのだが、ハルは反撃はせずにふらふらとユーリから一端後退し距離をとっていった。
『ダメか、バレバレみたいだな…』
死剣の剣はすべて隙が大きい、リスクが大きい剣だった。死剣は一撃必殺を信条としていることが多いため、剣士の後のことは考えられていない。しかし、そこに例えば王剣を取り入れることで、その技の後にもフォローがいれられたらと、考えられたものだった。こういった他の五つの戦型、王、獣、龍、魔、死の型と型を掛け合わせた剣は、応用の領域だった。
「いいよ、ユーリ、最初はどんどん攻めて見て」
「ハイ!」
次にユーリが見せた剣は王剣と獣剣の掛け合わせだった。王剣の得意とする連撃の最中に、本来魔獣を足止めするための、相手の最下段を狙う刺突や斬撃があるのだが、ユーリは連撃の最中にその獣剣を挟むことで、相手の機動力を削ぐのが目的だった。ただ、現在は木の剣で稽古しているため、その効果は薄いがやる価値はある。あの剣聖相手に一撃を入れられたら、きっと、もう精鋭騎士以上の実力者だ。
連撃を受ける最中にハルの前からユーリの姿が消える。ユーリはそのまま、ハルの足を狙う。
本来、王剣の連撃の最中に体勢を崩すことはよくないのだが、そこはトリッキーな動きが多い獣剣に移るため、体勢が崩れるのはむしろ相手の気も引けるのもあって都合が良かった。
下に勢いよく滑り込み、足を斬ったあと一気に離脱するのが、ここでは肝心だった。
意表をつけたと思い込んだ、ユーリは心の中でいけると思いつつ剣を振るうが、その剣が命中することはなかった。
ハルに軽く片脚を上げられると、剣はそのまま空を切るだけに終わってしまった。
ユーリはそのままハルの元から一気に姿勢を低く保ったまま距離を取った。
「ユーリは戦い方をどこで習った?いい動きするよ」
「剣は父親からです、ただ、型の組み合わせの多くは全部本で独学です」
「え、凄いね!本か、ああ、そうか、そういうのもありだよね!」
「はい、俺にとって本は小さい頃からなんでも知ってる物知りで教え上手な師匠みたいなものでしたから」
静かにただ自分に知識を与えてくれた本はユーリにとって大切なものだった。そんな本との時間を邪魔されたくないからユーリは賑やかな場所より、静寂が聞こえてくるような場所が好きだった。ただ、この古城アイビーにみんなと合宿に来てから賑やかな場所も悪くはないと思えており、ユーリの中に変化を与えているのも確かだった。
「本か、久々に俺も図書館に行こうかな、調べたいこともたくさん溜まってたし…」
「ハル団長でしたら、俺もその時、お手伝いとして一緒についていってもいいですか?俺、こう見えても結構あのトロンって図書館には通ってるんです。お役には立てると思います」
「ほんと!じゃあ、今度一緒に図書館に行こうか」
ユーリは、ハイ!と元気よく返事を返したあと拳を握りしめ喜びをかみしめた。
「よし、それじゃあ、続きを始めようか」
ユーリとハルの二人はそれから何度も剣を交えた。途中、ハルがユーリに、今度は俺が攻めるから防いでみてね、と軽く言って猛攻が始まったときは、ユーリも焦ったものだった。
ただ、全意識を集中させて、団長が振るってくる防げるか避けるか迷う剣の二択を正解し続けていると、次第に周りには人が集まって来ていた。
さっき休みにいった二十人ほどの新兵に、エウス隊長やビナ隊長。最終的にエウス組みんながハルとユーリを囲って、声援送ってくれていた。
「ユーリ、耐えろ!」
「自分の力を出し切れ!」
「反撃しろ!」
「羨ましいな、おい!」
「お前の本気を見せて見ろ!」
ユーリは思う。
『そうそう、こういう賑やかな場所は全然嫌いじゃなくなったんだ…だから、俺も少し成長したってことかな…』
なんとかハルからの連撃を切り抜けたユーリは後ろに大きく後退して距離をとった。
『じゃあ、俺のとっておきを最後に見せて終わるか…』
ユーリは剣を構えた。
***
「ん!?」
ハルはそこでユーリの構えが見たこともない構えに変わったことに驚いた。
「あれ、あの構え…どこかで…」
ユーリが半身になって軽く腰を落とし、右手で剣を逆手に身体の後ろに隠すように持って、左手は手前に構えていた。
周りにいた新兵たちの間でもユーリが見たこともない構えをしていたので、ざわつき始めていた。
ただ、エウスとビナはユーリの構えをどこかで見たことがあるような気がしていた。
「あの構え、どこかで見たことあったな、どこだったっけな…」
「私もどこかで…」
二人がしばらくの間、自分の頭の中の記憶を旅している時だった。
「あ、あの時だ…」
「思い出しました。そうです、あの時です!」
二人が声をそろえて言った。
「剣闘祭」
この技で勝負がつくことをユーリは分かっていた。結果は自分の負けであることはこれからする技からもわかっていた。しかし、ユーリは、ハルを相手に勝ち負けを気にしてはいなかった。ユーリがただひとつ望んでいたのは自分の成長だった。強くなること、強くなって、憧れのハル・シアード・レイのような立派な騎士になること。
『ただ、それだけなんだ…俺が目指す場所はハル団長それだけだ。だから、少しでも強く前に進めるなら俺は自分の限界に挑戦する』
ユーリは走り出した直後大きく飛んだ。
そして。
後ろに構えていた剣を大きく振りかぶって、そのまま、憧れの人めがけて放った。
「竜剣!!!」
本来は、竜の背に乗って急降下しながら、剣を投げ放つ剣術なのだが、竜がいないため元のやり方とはだいぶ違い、もはや別物であったが、なんとか攻撃というところにまで持っていくことができていた。
周りの観戦客たちであるエウス組のみんなは、放たれたまっすぐに飛ぶ鮮やかな剣技に見惚れ、さらに竜剣という言葉を聞いて呆然としていた。
「それは最高だね…」
全力には全力で応えるハル。飛んで来るユーリの竜剣を鮮やかな王剣の防御術で容赦なく叩き落とすと、着地したユーリの首元に、ハルは剣を当てた。
決着はあっさりとついた。
ただ、ハルの動作も一瞬の出来事で、ユーリにも周りの新兵たちにも何が起こったのか分かっていなかった。
「見事だったよ、ユーリ」
「ありがとうございます」
ハルが剣を下ろすと二人は握手をした。そして、周りの人達はただ二人を静かに見守っていた。周りに大勢の人がいるのに静まり返る運動場はなんだか図書館みたいで落ち着いた。しかし、そんな沈黙はすぐに崩れ去る。
いっせいに新兵たちがユーリのもとに押し寄せてくると、先ほどの技に興味深々だった。
「すごいぜ、ユーリ、俺たちにも教えてくれ!」
「剣を投げるなんてありかよ!」
「いつからそんな技考えてたんだよ!」
もみくちゃにされるユーリの周りはもう新兵たちの空間だった。そんな盛り上がっているみんなの邪魔をしないようにハルはこっそり抜け出し、エウスとビナのもとに行った。
「いやあ、まさか竜剣を使ってくるなんて思わなかったよ、二人とも見てた?」
ハルが自分の新兵の成長を喜びながら戻って来ると、エウスとビナは何やら会話の途中であった。
「へえ、じゃあ、お前もあの祭りにいたのかよ」
「そうですよ、ってことはエウスもいたんですか?」
「当たり前だろ、ハルのいる場所に俺は必ずいるからな」
「ううん、あ、確かに思い返してみれば、いた気がします。鬱陶しい男がいつもハル団長のそばに…」
「おいおい、そりゃないぜ、その男は爽やかで紳士だったはずだぜ…」
久しぶりに喧嘩にまで発展しない二人の会話にハルも興味を持った。
「二人で何話してるの?」
「ああ、ハル、聞いたか、ビナもあの四年前の剣闘祭の祭りにいたんだってよ」
「え、ほんとに!?」
「はい、あの最高のイベントに私行ってました!というより、ハル団長の晴れ舞台でもあったので見逃すはずがありませんよ!」
ビナが得意げな顔で誇らしげに言った。
「そっか、あの場にビナもいたのか、なんかそう言われると不思議だよ」
「そうですよね、私もこうしてハル団長と普通にお話しできてるのが不思議ですけど…」
「アハハハ、そっか、でも、実際に普通に喋れてるから良かったのかな?」
「もちろんです。私の毎日はいまや最高です!」
「それなら良かったよ…」
ちょっとした昔話で三人が盛り上がったあと、正午を伝える鐘が鳴った。そこから、エウス組のみんなが昼食をとるために移動しようとし始めた時だった。
「みんな、昼食に行く前に、ちょっと集まってくれ、話しておきたいことがある」
エウスの呼びかけで、新兵たちが集まってきた。全員そろったのを確認したエウスは手短に言った。
「えっと、シオルドさんと話したんだが、大会は一週間後に繰り上げになった。それと試合の内容が決まったから言っておくぞ」
新兵全員が静かに傾聴した。
「試合内容は…」
エウスの口から大まかな試合の内容が簡単に言い渡されるのだった。
それから一週間、新兵たちはその大会に向けて毎日厳しい稽古に励むのだった。
*** *** ***
時はゆっくりと進みあらゆる物事を前に進めていく。その時の流れでは誰も立ち止まってはいられない。
その去り行く時の中で、人は多くの光と影を経験する。成功、喜び、幸福、友情、絆。そして、失敗、悔しさ、辛さ、喧嘩、別れ。
まだまだ、たくさんあるがそれらの経験をみんなが、味わい、受け止め、分かち合うことで将来、未来で彼らの大切な思い出となる。
ここにいる新兵たちは誰も忘れはしないだろう。短くはあったが、最高の毎日が続いた、この古城アイビーで過ごした日々の出来事を…互いに腹の底から笑い合った日々を…絆を深めあったかけがえのない日々を…。
ここは学び舎。誰もが学び成長し巣立っていく場所。古城アイビーは代々そういう場所である。
だから、新兵たちの物語が本当に幕を開けたのも、きっとここからだった…。