愛すべきチーム
アストルは、第二騎士寮にある自室のベットで目を覚ました。寮内にある朝を告げる鐘が鳴る前に起きたため外はまだ少し薄暗かった。しかし、それでも、夏がいよいよ本格的に始まったからなのか、この朝の早い時間帯でも、すでに部屋の中は相当熱がこもって暑かった。そこで窓を開けて外の空気を取り込む、すると涼しい風が入り幾分かましになった。
アストルはしばらくその窓の外から外の景色を眺めた。一階の部屋からの眺めはあまり良くなかったが、遠くには古城アイビーというお城が小さく見えた。
『ここに来てもう、二か月?三か月ちょっとかな、本当にいろいろあったな…』
振り返ればアストルの中にみんなとの輝かしい楽しい思い出の日々が広がっていた。同じ志をもつ愉快な仲間たちやよき師匠たちに出会い、日々共に立派な騎士を目指して成長していけていることに毎日喜びを感じていた。
そんな毎日を充実させているアストルだったが、心の真ん中にはひとつぽっかりと穴が開いたような寂しさがあった。その原因はもちろんあるひとりの女性のことだった。
「アリス…」
小さい頃からの幼馴染で、アストルが一生隣で守っていくと決めた愛する人。
「俺、立派な騎士になるから、それまで…」
空を見上げると、明け方の空に、明星が輝いていた。アストルはただジッと鐘が鳴るまでその星を見つめていた。
それから、日が昇り、太陽が朝の光をパースの街にもばら撒くと、古城アイビーの第二騎士寮では朝の鐘が鳴り、騎士たちを眠りから起こし始めた。一日の始まりだ。
アストルは廊下の通路に出て食堂を目指す。いつもなら、フィルやウィリアムの部屋に寄るのだが、二人はエリザ組で第一騎士寮で生活しているため、ひとりで向かっていた。けれど食堂で待っていればどんどん人が集まってくるため、寂しいことは無い現にこうして廊下を歩いていれば、他の新兵たちともであう。たとえば、彼とか。
「おはよう、アストル、今日の調子はどう?」
「あ、おはよう、ジュニアス、今日も絶好調だよ」
「それはよかった、どう、一緒に食堂で飯でも」
「俺もちょうどそのつもりだった!」
「よっしゃ、ならいこう!」
彼の名は【ジュニアス・ダイナウォッチ】。少しくせっ毛の黒髪に金色の瞳が輝く爽やかな青年。彼はアストルと同じエウス組の新兵で、誰にでも友好的で、みんなと仲がいいため、彼はいろんなグループを転々とし、そのどのグループの人達とも仲良くなってしまう特技があった。だから、アストル、ウィリアム、フィル、ジュニアスの四人で食事をしたことなんかも何回かあったし、一緒に稽古をしたことも何度もあった。性格も気まぐれで人懐っこい猫のような男ともいえた。
そんなジュニアスと共に第二騎士寮の敷地を出てすぐそばにある第二食堂に向かう。
朝のランチを選んで、食堂のカウンターの料理人に自分が選んだものを告げて、料理が出て来るまで待った。数分後、美味しく焼かれた肉の皿に野菜や穀物のサラダが一緒に添えられた料理が出てきたので、用意していたプレートにその料理の皿を乗せて、カウンターを後にした。そこから、後ろに広がっていた広いテーブル席で二人は好みの席を探した。
「どこにしようかな、お、あそこにみんな固まってんじゃん、アストル、あっちにいこうぜ」
窓際のテーブル席にエウス組の新兵たちが何人か固まっていたので、アストルもいいねと賛成して、彼らのもとまで向かった。
「おはよう、みんな、一緒に飯食ってもいいか?」
ジュニアスが声を掛けると、そこにいた数人の新兵たちも気持ちよく挨拶を返してくれて、もちろんと言った。アストルもみんなに挨拶をしながら輪の中に入って行くとそこにいたみんなは歓迎してくれた。ジュニアスがいるから、すんなり入れたというよりは、新兵同士みんなお互いの仲は良かった。さらに今回、エウス組とエリザ組に分かれたことで、さらに組内での絆は深まっていた。
「あ、セラ、おはよう、隣いいかな?」
「おはよう、アストル君、もちろん、どうぞ、どうぞ」
ありがとうと言ってアストルは自分と同じくらい背の低い茶髪の男の子の隣に座った。そして、自分の隣にはジュニアスが座って、彼はすぐ自分の皿に乗ったパンにかぶりついていた。
そんな彼とは正反対に、アストルの隣で量の少ない朝食を大人しく取っていたのは【セラ・オーリー】というエウス組の新兵のひとりだった。
アストルから見ても彼は心優しく穏やかな性格の青年だった。お互いに性格というより雰囲気があっているため、彼とは度々新兵内で話すことは何度かあった。
ただ、一つ彼とアストルの違うところと言えば、それは騎士としての実力の差だった。
アストルは剣でも体力でも新兵の中でトップクラスについて行っているが、セラに関しては下から数えた方が早かった。これは戦う者である以上仕方のないことではあった。そもそも、エウス組は新兵全員を実力順に並べられた中から下半分を集めた者たちなのだ。セラのような新兵がいることも当然であった。上がいれば下もいるのだ。
「セラ、俺の名前は呼び捨てで良いよ」
「ああ、うん、ごめん、でも、アストル君って呼びたいな、僕なんかがアストル君のこと呼び捨てするのはちょっと」
アストルが薄目で睨むと、セラは焦った様子で微笑んでいた。
「なぜ、セラはそんなに自分を下にするんだよ」
「うんと、それは、自分が弱いからじゃないかな……」
「あ、そう言うと、エウス隊長が化け物みたいな顔して飛んでくるよ」
「そうだった!?周りにいないよね…大丈夫だよね…」
セラが辺りをキョロキョロ見回し、辺りに自分たちの隊長らしき影が無いのを確認すると深い息をひとつ吐いた。
「でもさ、俺は思うんだけど、セラは強いよ…」
「え!?どこが、僕なんていつも走り込みじゃ最後だし、剣の試合でも誰にも勝ったことがないんだ。これをどうフォローできるのさ!」
何故か自分の弱さを語るときだけセラは誇らしい顔で自信満々だった。しかし、アストルはそんな彼のことを弱いなどとは少しも思っていなかった。
「セラは自分のことがよく分かってる。それはひとつの強みだよ」
アストルが真面目な顔で言った。隣ではジュニアスと他の新兵たちが、エウス組とエリザ組の間で開かれる剣の大会の話題で盛り上がり会話が白熱していた。それに比べ二人の会話には真剣さというものが含まれており、いい意味で二人の会話は冷却されていた。
「いや、僕は自分が弱いってことしか分かってないよ、それは強みにはなりえないし、こんなことみんな知ってるよ…」
肩を落とすセラにアストルは野菜をスプーンですくいもしゃもしゃと嚙みながら少しだけ頭の中で考えて野菜を飲み込んでから口を開いた。
「自分のことが分からない奴は、きっと手負いの魔獣を追いかけるよ」
「え?」
「知らない?バカな新兵が、強くなりたいがために、軍の規律を乱して、魔獣を狩ろうとしたこと」
平然とした顔でアストルは、セラに言った。
「えっと、それってこの合宿の最初にあったアストル君が…起こした事件だよね…」
「そう、そのアストルってバカが、命からがらエウス隊長とハル団長に助けられた事件」
新兵なら誰でもその事件のことを知っていた。そのおかげでアストルが新兵たちの間で名を知られるのは早かったりもしたのだが、あの時の自分はどうかしていたと思う。
「自分の実力を知らないとあんな危険な行動に出るんだ。だから、セラの自分のことを理解しているってことは、とっても素晴らしいことだと思う。案外他の人はそういうこと考えてなかったりするからさ…」
そこまで言うと、アストルは何食わぬ顔で自分の朝食を食べ続けた。
「アストル君、ありがとう…その、こんな弱い僕にそこまで言ってくれて…」
「セラ、その弱いって言葉口癖になるとエウス隊長にどつかれるよ」
「うわああ、そうだった!」
「アハハハハハハハハハ!」
セラが慌てて口をふさぐので、アストルはつい笑ってしまった。
二人で話していると、そこに隣にいたジュニアスが二人に語り掛けてきた。
「なあ、お二人さんはどう思う?今回の俺たちの剣の大会ってどんな形で行われるのか?」
エウス組とエリザ組の二手に分かれての大会のことを彼は言っていた。一度、エウス隊長に新兵たちが聞いたことがあったが、剣の試合であることは確かだが、ルールや試合の内容は何をやるかまだ決まってはいないと言われた。ただ、全員が剣を使って戦うことは決まっているようだった。
「そうだね…五十人対五十人のぶつかり合いとか?」
「やっぱ、そうだよな、それが熱いよな、セラはどう思う?」
「え、ううんと、僕は勝ち残りだと思うな、二つの組から一人ずつ出してって、みたいな」
「うわ、それも絶対おもしろいやつじゃん!なあ、なあ、みんな勝ち残りもありだよな!」
大会の日が迫っているのは確かで、みんなのやる気もエウス隊長のおかげで底上げされていた。もし、彼がいなかったら最初からここまでみんな熱意を持って稽古に打ち込んでは来なかっただろう。なぜなら、相手は新兵の中でも実力者ぞろい、言ってしまえば、自分が相手する者たちはみんな格上相手ということになるのだ。普通、そんな大会が迫ってきているのなら気が滅入るのだが、エウス組のみんなはそこらへん、なんとも思っていない様子だった。セラでさえ、自分のことを弱いと言っているが、諦めてはいなかった。
逆境にも屈しないで愉快に笑うみんなのことがアストルは気に入っていた。
『このチーム、やっぱり、なんか好きだな…』
食堂にはそれから、ユーリやヨアンや他のエウス組の新兵たちが入って来る。そうすると第二騎士寮の賑やかさは激しさを増す。
朝からご機嫌なみんなの輪の中の一部でアストルも心の底から愉快に笑う。
『あっちには悪いけど…良かったこんな素敵なみんなと一緒のチームに居られて…俺も大会頑張ろう…』
アストルが決意を固め、軽く窓の外を見つめると、夏の日差しが眩しかった。外はうんざりするくらい暑いのだろう。
今日も一日、新兵たちの稽古が始まる。
そこまで迫っている大会に向けて。
ここにいるみんなと少しでも強くなれるように。