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感情制御

 午後の第二運動場では、エリザ組の新兵たちが二人組に分かれて稽古を始める前に互いの身体をほぐすため体操をしていた。その光景をグゼンが日傘の下、そして、さらに土手の斜面に寝転がってボーっとしながら眺めていた。


「グゼン、なにしてるんだ?早くこっちに来てくれ、もう、始めるよ」


 シオルドが土手のふもとから声を掛けてきた。


「うん?ああ、待ってくれ、食後なんだもうちょっと休ませてくれ」


「みんな食後でもう動いてる。お前が動けないわけがないだろ。それにもうそろそろハルさんが来るかもしれないから、シャキッとしてくれ、頼んだよ」


 シオルドはそれだけいうと新兵たちのもとに戻って行った。


「はいはい、ハルさんねぇ…まったく、鬱陶しい名前をださんでくれ…」


 グゼンはすっかり休まった体を起こして、めんどくさそうな顔をで、新兵たちのもとに向かって指導を始めた。

 グゼンの指導方針は面白いやつらだけを徹底的に伸ばすことだった。そもそも、全員を伸ばすことは極めて非効率だと最初から感じていた。そのため、目をつけていない大多数の者たちはシオルドとマイラそして、これから来るハルに任せることにして、自分は成長の見込みのあるやつらだけを絞って指導することを決めていた。

 だから、グゼンが、向かったところはたった一組の場所だけだった。


「よう、ウィリアム、ビンス、相変わらず仲良くしてるか?」


「グゼンさんそれは嫌味ですか?」


 ウィリアムが恐ろしい剣幕で睨むが、グゼンは気にせずにニコニコしていた。


「そうですよ、グゼンさんどうして、私とウィリアムをお互いのパートナーなんかにしたんですか?今すぐ他の人と変えて頂きたいのですが?」


 来てそうそう、かたわれのビンスからも不平不満いっぱいの顔をで抗議されてしまう。

 エリザ組は最初に、二人一組のパートナーを作らせて、互いに協力して助け合うことで、少しでも早い成長を促していた。

 そのパートナー制の効果は一組を残して、かなり好評であり良い効果を生み出していた。みんな着実にパートナーを助け合い切磋琢磨していたのだ。

 しかし、ビンスとウィリアムは違った。二人は絶対にあいつとはパートナーにならないと神に誓っていたのにグゼンに強制的に組まされて簡単に神に裏切られていたのだった。


「変更は却下。それとお前ら二人をパートナーにしたのは、お前らがお互いをとっても嫌っているからだ。びっくりしたぞ、お前ら医務室でも殴り合いの喧嘩して白魔導士の人を困らせたらしいな」


 グゼンがそこまで言うと、二人がお互いを指さして、それはこいつが、と息を合わせて言うので、グゼンは声を出して笑ってしまった。


「いいね、そういうところが俺は好きよ、激しい感情は人を強くする。ただ制御できなきゃ意味がない。俺はお前ら二人にそのことでいろいろ教えたいんだ。正直、お前らほど相性のいい関係は見たことがないんでね」


 そこで二人は続けて、誰がこんな奴と!?と、二人より立場の上のグゼンを恐れもせずに怒りをあらわにしていた。けれど、グゼンは全く起こる様子はなく、そんな二人がおかしくてまたケラケラと笑っていた。


「そこだよ、お前ら、今、自分たちの怒りに任せて俺に噛みついてきただろ?その感情が使い方によっては、戦場や命のやり取りの時に、かなり効果的に働くんだよ」


 二人はイライラしながらもグゼンの話すことにはしっかり耳を傾けていた。


「いいか、感情ってのは生きるために超重要なもんだ。お前らが今見せてくれた怒りって感情。それは

 むかつくことがあって自分の中に沸き起こってあとは時間が経って霧散して行くものだと思ってるだろ?だけどな、そう考えるだけじゃもったいないんだ。感情をただ自分の中を通り過ぎていくものって捉えるのはあまりにも、もったいない。だってよ怒りってひとつの感情だけでもいろんな効果があるんだ。例えば、自分より遥かに強くて怖い相手にでも臆せずに立ち向かうことができるようになる。それは怒っている自分にしかできないアクションだろ?」


 そこでグゼンは二人の目を交互に真剣に覗き込んだ。二人はこう見えても真っ直ぐな性格なのだろうと二人に会って日は浅いがそう思った。だから、ぶつかるとお互い一歩も譲れないのだろうとも。

「だってそうだろ、お前らだって、もし自分の大切な人を傷つけた奴が目の前にいたらなりふり構わず殴りかかるだろ?たとえそれがどんな奴でも」


 二人は、そこで、いつの間にか治まっていた自分たちの中の怒り確認しながら、声をそろえてハイと返事をしていた。


「まあ、そういうことだ、二人ともだいたいわかってくれたな?よし、だったらお互いのいいところを十個言い合え、それがお前らがここを出て行くまでの俺からの最終課題だ」


 ウィリアムとビンスが絶望した顔をしていたので、グゼンは大笑いして、その笑い声は運動場中に響いていた。


 ただ、そうやって笑っているの束の間、他の新兵たちの何気ない一言でグゼンの笑顔はかき消された。


「あ、ハル団長だ…」


「あれってガルナさんだよな?」


 第二運動場にいた新兵たちの視線が一気に一点に集中していた。グゼンがその方向を見ると、そこにはハルとガルナが一緒に運動場に入って来る姿があった。


「二人とも感情ってやつが大事ってことちゃんと覚えておけよ?」


 グゼンの中である感情がひとつ猛烈に溢れでてくる。


「はい、わかりました。って、あれ、なんでグゼンさん、そんなに眉間にしわ寄せてるんですか?」


「ほっとけ!」


「ええ…」


 ウィリアムのことを冷たく突っぱねた、グゼンは、ガルナと楽しそうに話しながら歩いて来るハルに、純粋な怒りをまっすぐ向けており、それはもう制御不能であった。



 ***


 ハルがガルナと一緒に第二運動場に着くとまずはシオルドのもとへ真っ直ぐ足を進めた。彼と軽い挨拶を交わした後、今日はどのような稽古をするのかある程度の予定を聞いた。エリザ組の稽古の内容を決めるのはエリザ騎士団側なのでハルはそのサポートをするといった形での参加だった。


「じゃあ、午後は剣術に関することが中心なんですね?」


「そうです。ただ、彼らには他にも馬術や剣以外の武器の扱い、簡単な魔法など、騎士として知っておいたことがいいことを教えたいのですが、それはエウスさんたちとの大会が終わってからにしたいと思います」


「シオルドさんたちも本気なんですね?」


「ええ、もちろんです。競うからには私たちも彼らに勝たせてあげたいので大会に向けて全力を尽くすつもりです」


 シオルドの少しも勝ちを譲る気のない覚悟の表情に、ハルも深く頷いた。


「俺も全力でお手伝いさせてもらいます」


「ありがとうございます」


 シオルドと固く握手して、そこで簡単な打ち合わせは無事に終わった。


 それからエリザ組の新兵たちの稽古が始まった。こっちはエウス組とは違って最初から剣の模擬戦ではなく、王剣の型の確認からだった。

 新兵たちが教わった王剣の型を繰り返しパートナーと一緒に確認していく。ひとつ、ひとつゆっくりと丁寧に、自分の身体に染みつくように覚えさせていた。ハルもそんな彼らに、正しい剣の振り方や身体の運び方、その型の役割などを分かりやすくみんなに教えて回った。


「王剣の型はどんどん繋がっていくようにできてるから、この型の次はさっきやった型だと隙が無くていいと思うよ、ああ、うん、そうそう、いいね、それそれ、完璧だね」


 新兵たちに熱心に教えているとエウスが言っていたことを思い出した。それは、エリザ組には剣の試合でも上位に入っていた子が多いということだった。そのため、どの子たちも少し教えてあげるだけで、すぐに自分のものにしている子がとても多かった。

 そこから察するにエウスがとにかく実戦を想定した稽古しかしていない理由がよく分かった。短期間で、この差を縮めるのは、とても難しいそうだとハルでさへ思ってしまった。


『ほんとにエウスは自分を追い込むよね…』


 そんなことをぼんやりと考えていると、ある一組だけやけに高速で型を確認している二人組のところが目に入って来た。


「あの二人、ウィリアムとビンスだよね…」


 その二人は、型の確認というよりはもう普通の剣の打ち合いをしていた。


「かなり、早いっていうか…あれ、でも」


 二人のもとまで行き、近くで彼らの剣を見た。すると意外なことに彼らはでたらめに剣を振っているわけではなく、本当に型の確認をしているだけだった。その確認がかなり高速であるため、一歩間違うと勢いでそのまま相手を叩きのめしてしまうのではないかといった感じではあるのだが、二人は正しい王剣を振るっていた。

 止めようかと思ったが二人ともかなり集中しているため水を差すのはやめた。


『危なくなったら止めればいい、今、二人はとってもいい感じだ…』


 しばらく、ハルは、二人のことを見守っていた。




 ***




 グゼンは、ちょうどさっきまで自分がいた日傘の下に、ガルナが避難して、寝っ転がっているのを見つけていた。


「よお、ガルナ、こんなところで暇そうだな」


「ん?ああ、なんだグゼンか」


 彼女はこちらを一瞥するとすぐに視線を運動場の方に戻していた。


「私は今すごい忙しいんだ、ほっといてくれ」


「いや、どこがだよ…」


 ぐってりと寝転がっている彼女のどこが忙しいのかさっぱり分からなかったので、ここはひとつ彼女に対して良い提案をした。


「なあ、ガルナ、あっちの少し空いてる方で一緒に稽古しないか?」


 その問いにガルナが一言、嫌、と言って遠慮した。

 これは彼女のやる気を起こさせるのに時間が掛かるぞと思ったグゼンは彼女の隣に腰をおろした。


「なんでだよ、いいだろ、前は普通に相手してくれてたし、ここ最近俺なんか新兵たちの指導で忙しかったんだ。だから腕が鈍ってるんだよ。そうだ、いいか、これは重大なことだぜ?エリザでお前の次に腕の立つ俺が全力をだせないなんて、もし、緊急事態にでもなったら大変だ。万全の対応できなくなっちまう、そうだろ?」


 もっともらしい適当な説明をだらだらと続ければガルナが考えるのがめんどくさくなって相手をしてくれるのではと浅はかだが、彼女には効果的な説得をした。これを続けるとガルナはめんどくさそうに剣を取ってくれることが多々あった。

 しかし、今回、返ってきた答えはこちらの機嫌を損ねるものだった。


「緊急事態?そんなのハルがいるから大丈夫だ」


「………」


 なんだその答えはと怒りが込み上がってきたが、当然、その矛先は彼女ではなく憎いハルという男にだった。


『ほんとにこいつの口からハルって名前出して欲しくないな…ていうか…はぁ、もうこうなったら本人に直接聞くしかないな…』


 グゼンはガルナのことを真剣に見つめたあと、覚悟を決めてあることを尋ねた。その時のグゼンの心の中は揺れに揺れていたが、そこは先ほど新兵たちに言った。感情のコントロールで冷静さを保つことができた。


「お前にひとつ聞きたいことがあるんだけどいいか?」


 夏の日差しの中、二人だけの空間でグゼンは彼女を呼びかけた。


「なんだ」


「お前、ハルに惚れてるのか?」


「ああ、そうだが?」


 彼女は当たり前と言った感じで間を置かずに答えた。

 その時、グゼンの中でバキッと何かが折れる音がした。それは心だったのだろうか?いや、心はまだ折れてはいなかった。ただ、彼の気持ちをずっと制御して抑えこんでくれていた心の檻が壊れてしまっていた。だから、感情が勝手に漏れ出して行く。


『なんであんなぽっと出てきた男なんかにガルナが奪われなくちゃならねぇんだよ…クソ、こっちは五年以上も前からこいつのこと知ってるんだぞ!それなのにどうして…あんな奴に…』


 グゼンが運動場の方を睨む。その先にはハルが二人の新兵たちを静かに見守っている姿があった。

『あいつ、俺のお気に入りの新兵たちにまで…』


 怒りが頂点に達したときだった。グゼンは、向こうにいるハルの隣にマイラが話しかけに言ったのをちょうど目撃した。


「なあ、ガルナ知ってるか?ハルさんって剣聖の中でも歴代最強って呼ばれてるとんでもない騎士なんだぜ?それで、今回、四大神獣の白虎も討伐しちまっただろ?」


 癪に障るが今は彼を持ち上げるしかなかった。


「知ってる、だからハルはほんとに凄い…」


 彼女が小さな笑みを浮かべる。


 グゼンはその笑みが向けらているのが遠くにいるハルだと思うと頭がおかしくなりそうになったが、そこはこれから伝えることを考えれば我慢することができた。

 それが何なのかというと、簡単なことだった。

 それは身分差のことだ。

 一冊の本の題材にまでなる恋における身分差の問題。それは超えられない壁であり、恋する男女の最大の敵。だからこそ、その事実は恋愛感情を破壊するには一番効果的なことだった。


 そして、グゼンはマイラが言っていたことを思い出す。


『一夫多妻…』


 そもそも、彼の将来の婚約者など社会的情勢から考えても、各大国の王族や大貴族の権力者たちの令嬢であるということは絶対的な条件で、それは誰もが簡単に予想できることだった。なぜなら、彼を欲しているのは、国家だからである。

 彼の絶大な力。四大神獣の白虎をたったひとりで討伐してしまうほどの力を一国だけが保有するということに、他の大国並びに各周辺国家が許すわけがない。そのため、一番効果的な方法が婚約で彼を縛り、自分たちの家族にしてしまうという考えにたどり着く、いわゆる政略結婚だ。

 グゼンでもこの程度の頭が回ったのに、他の大国のお偉いさん方がここら辺のことを、考えていないわけがない。

 そして、そのようなハルという男の身の回りの環境から考えると思うことがひとつあった。


『そんな特権階級の女がごろごろいる場所で、ガルナが生きていけるわけがねぇんだ…こいつは俺みたいなやつと一生好きなだけ外で剣振り回してればいいんだ…』


 グゼンはそれが彼女にとって一番の幸せだと思った。


「そう、ハルさんってめちゃくちゃ凄い人なんだ。それでガルナ身分って分かるか?」


「ああ、知ってるぞ、それが高いと偉いってやつだろ」


「そうそう、そこでだ。ハルさんとガルナの身分がどれくらい離れているか考えたことがあるか?」


 ガルナが、ない、と答えるとグゼンは心の中で小さく喜んだ。


「いいか、まず、王様がいてその次に大貴族や剣聖がいる。そして、その次に上位貴族、貴族、騎士と続いて、普通の平民たちがいる。ハルさんがどの場所分かるか?」


「剣聖のところだろ?」


「そう、ガルナは騎士だからどれくらい離れてると思う?」


「私は騎士だから…えっと…どこだ、あれ、グゼン、さっきなんて言った?その身分は何個あるんだっけ?もう一回言ってくれ」


 ガルナが身体を起こして聞いてきた。やはり彼女は今、暇なのだろう、興味のある問題を出すとこうして食いついてくる。


「身分は大まかにいうと三つで、さっきは細かくいったから全部で六つだ」


 大まかな三つは王族、貴族、平民だった。

 細かいのが一番上から王族、二番目が大貴族や剣聖、三番目が上位貴族や軍の幹部である騎士の大団長がここに来る。後は各地域を治めている貴族が四番、国の守護者である一般の騎士たちが五番、最後に位を持っていない普通の国民たちが六番目に来る。七番目に罪人が来るが、通常、このような身分の話しをする際にはわざわざ上げる者はいない。

 そして、グゼンがしたここまでの身分の説明は、まだまだ分かりやすく簡略化された説明であるため、正確なものではないが、分かりやすい捉え方ではあった。


「えっと、王様がキャミルちゃんで、とっても偉くて、ハルはキャミルちゃんと友達で私もキャミルちゃんと友達だから…」


「待て待て、落ち着け、いろいろ間違ってる。てか、なんでそうなる。俺の説明はどこに行ったの?たく、いいか、ハルさんとガルナ、お前らはすでに三つも身分が離れてるんだ。一つでも違うだけでまず結婚はおろか恋人になることですら困難なんだ分かるか?」


「そんなことないと私は思うぞ…」


「まあ、なんだ、金とか特別な何かがあれば確かにべつだが、でも、三つも離れてるともう住んでる世界が違うんだよ、知ってるか身分の上の奴らなんか、俺たちが一生かかっても買えないような宝石身に着けて毎日美味しもの食ってんだぞ?」


「美味しいものか、それはいいな…」


 どこに食いついてんだと思ったが、それだけではないという厳しさを彼女に告げる。


「いいか、ハルさんを好きになるってことは、俺たちが買えないような高価な宝石やドレスを用意して、パーティーに出席して、いろんな人に好かれるように努力して、そして、ダンスまで完璧に踊らなくちゃいけない」


「ダンスなら、私、前に踊ったぞ、とっても楽しかった」


「違うそうじゃない、そんなお遊びのダンスじゃなくてだな、周りに恥じないように踊らなくちゃいけないんだ」


 ガルナがダンスなど踊れないことは知っていた。それに踊れたとしてもきっとそのダンスはめちゃくちゃだろうと簡単に想像もできた。


「だから、えっと、そうじゃなければ、ハルさん…くそ……あいつの品格を落としちまうだろ?って聞いてんのか?」


 ガルナが遠い目をして、あの時のダンスは楽しかったな、と呟いていた。


「なあ、ここまで聞けばわかっただろ?ハルさんに恋したって、そんなの夢物語だし、叶ったって待ってるのは窮屈で辛い日々だぞ…きっと、お前、剣だっていつかあいつと一緒にいたら振らせてもらえなくなるぞ」


「それでもいいよ」


「お前、本気で言ってんのか…だって…はあ?」


 戦闘狂の彼女にハルという男はそこまで言わせた。グゼンはそれが許せなかった。


「ハルがそばにいるなら、私は剣を下ろしてもいい…」


「なんでそうなるんだよ、あいつのためになんでお前が我慢しなきゃいけないんだよ!」


 グゼンは怒っていた。自分の中の彼女が変わっていくことが許せなかった。


「我慢じゃない、そういう生き方もあるって私はハルの中に見つけたんだ」


「………」


 呆れてグゼンは言葉も出てこなかった。そして、そこで溢れたものは暗く汚れた黒い感情だった。


「ガルナに言っておくがハルさんは、これからいろんな国のお姫様や大貴族の令嬢なんかと結婚して行くと思うぞ」


「そうなのか?」


「ああ、これは絶対に来る未来だ。そしたらガルナお前なんか見向きもされなくなるぞ」


「大丈夫だ。私は、結構、ハルから好かれているからその心配はない、安心しろグゼン」


 黒い感情は止まらない。どうしてここまで彼女は彼を信じることができるのだろうか?それが理解できなくて苛立ちが治まらない。


「ハルさんの隣にいたらお前いつか死ぬぞ?」


「はあ、どういうことだ?」


「神獣討伐の時に、霧の森に駆り出されたんだろ?お前」


「ああ、そうだが」


「本来、エリザ騎士団はこの街の護衛だけで良かったんだよ、それなのに、お前、あいつについて行って、特危にまで入ったんだろ?」


「そうだ、そこで超でっかい白虎にあったんだが、そこでハルが守ってくれたんだ」


 グゼンはそこでガルナに掴みかかろうとした時だった。


 バズズズズズズ!


「!?」


 二人が慌てて上を見ると、日傘に木の剣が一本深々と刺さって、大きな穴を開けていた、


「うわああ、すみません、グゼンさん、ガルナ副団長!って、ああ!日傘に穴が空いてる……」


 マイラが申し訳なさそうに二人の日傘のもとにまで走って来ていた。


「お前、なんで、なにしたら…」


 そこでグゼンは、遠くで呆然と突っ立ってこちらを見ている人物に気が付いた。


「あいつか…」


 彼の見つめ方は、以前中庭でライキルという女性から感じた冷たい目線と同じだったが、グゼンは明確に彼に敵対しているため、恐れることは何もなかった。むしろ、ガルナという同じ大切な団員をもてあそんでいるという大義名分もあるため、彼の眼差しに怯むこともなかった。ただ、これは怒りの過剰放出のおかげなのだろう。


「あ、えっと、グゼンさん、この日傘今すぐ直してきますから、本当にごめんなさいでした!」


「え、あ、おい、待てって…」


 マイラが日傘を二人から没収すると、慌てて第一運動場を目指し、城の本館にまで走って行った。彼女のこういった慌てて周りが見えなくなるのは勘弁して欲しいところだった。


 そして、ガルナが落ちていた木の剣を拾うと、届けて来る、と言ってグゼンの元から去って行った。



 *** *** ***



 ウィリアムとビンス、二人のことを見守っていた時のことだった。ハルの視界には、ガルナと一緒に日傘の下で何やら親しく会話をしている男の姿があった。

『あれってたしか、ガルナと同じエリザ騎士団の人だよな、たしか名前はグゼンさん』


 二人が怪我をしないように見ながら、ガルナとグゼンの方にも視線をたびたび盗み見るように向けていた。


『仲がいいだけだよね…そうそう、仲がいいだけ…』


 ただ、時間が経過して二人が楽しそうに何かを話しているところを見ると、喉や胸に何か詰まったような違和感を覚え始めた。

 けれど、ウィリアムとビンスのもはや、やりすぎな、剣の打ち合いを放っておくわけにもいかない。


『邪魔したい…奪われたくない…』


 自分の中に邪悪な独占欲が渦巻いているのを確認するが止められない。


『ガルナと気安く話して欲しくない…』


 最近、自分がおかしくなっていることをハルは自覚していた。けれど、日に日に感情は暴走して行き自分でも止められなくなっていた。


『あいつ、いつまで…』


「すごいですよね、彼ら」


「!?」


 気が付けば隣には赤い髪の女性が立っていた。一瞬その鮮やかな赤い髪からビナかと思ったが、人族の中でも平均的な位置の背から、別人だということが一目でわかった。


「多分、この二人が新兵の中で一番伸びると思いますよ、だって、もう、こんなに王剣を使いこなしちゃってるんですからね」


 彼女はこのエリザ組の新兵たちを指導する騎士のうちのひとりで名前を、マイラ・ダースリンといった。どこかあどけなさを感じさせるが、彼女も精鋭騎士で、そこら辺の騎士とはひと味違うものを持っていることはたしかだった。


「それにこの二人、グゼンさんのお気に入りみたいですし!」


 彼女と話すことでハルはこの変な気を紛らわせようと努めた。


「…俺も、そう思います。二人の剣の切れ、前よりも良くなっていると思います。ただ、なんていうか執念みたいなものも感じますがね…」


 二人の攻防は何か相手には絶対に負けないという鬼気迫るものがあった。いいことではあるが度が過ぎている気がした。


「この二人仲が悪いみたいなんですよ」


「え、そうだったんですか」


 それは把握しきれていないことだった。


「ええ、最近じゃ、二人は稽古中に喧嘩に喧嘩、だから、グゼンさんが二人をパートナーにしたところあるみたいなんですけど」


 それではあまりにも荒療治ではないかと心配の方が大きかった。


「グゼンさんってああ見えて結構人を見る目があって凄い人なんです」


「そうなんだ…」


 少しだけ彼へ見方が変わった。他の精鋭騎士から褒められるということはそれなりに理由があることを知っているからだ。


「それでですね、グゼンさんは…」


 ただ、それだったら、最後までしっかり彼らを見て欲しいものだとハルは思った。


 マイラの前からハルが消える。そして、ハルはウィリアムとビンス、二人の振るったそれぞれの剣を素手掴んで止めていた。


 二人は争いを止められたことで、怒りの矛先をその止めた人物に向けようとしたが、ハルの顔を見るとその二人の怒りはどこかにあっという間に吹き飛んでいた。


「ああ、ハル団長…」


「ウィリアムとビンス、見事な打ち合いだったよ、だけど、最初からこんなに飛ばしていいの?この後の稽古二人ともできなくなるところだったよ」


 ハルが止めた二人の最後の剣の軌道は完全に相打ちで防ぐ気がなかった。まさに諸刃の剣だ。午後の稽古の最初の段階からそこまでヒートアップしてしまってはいくら伸びしろがあっても身が持たないことは確かだ。


「すみませんでした、ハル団長。私としたことがつい熱くなってしまって…止めて頂きありがとうございました」


 ビンスが前に出て頭を下げて、ウィリアムにも礼を言えと頭を下げた状態で目くばせをした。ウィリアもビンスの隣に来て命令するなと小声で言ったあと、剣を止めてもらった礼を丁寧に言った。


「二人とも顔を上げて、俺に礼なんていらないよ」


 ハルは二人の肩を持って、交互に彼らの顔を見ながら言った。


「だけど約束して欲しい、正直これだけ人がいれば苦手な人や嫌いな人がいるのは仕方がないと思ってる」


 ハルは続けて小声で秘密を打ち明けた。


「俺も実は苦手な人とかいるからさ」


 ウィリアとビンスは驚いた表情をしていたので、ハルは少し笑った。


「でもね、みんな大切な同じ命を預け合う仲間だってことは、忘れないでいて、それさえ覚えておけば、きっとこれから最悪の結末だけは向かえないと思うからさ」


 ハルは最後に約束できるかな?というと、二人は声をそろえてハイと返事をした。


「よし、じゃあ、最後二人がどういった行動をとればよかったか、実際に説明するために俺と…マイラさん少し手を貸してもらっていいですか?」


「あ、はい!もちろんです!」


 ハルの一瞬の行動に呆然としていたマイラが正気を取り戻すと急いでこっちに走ってきて、まだ、少しボケっとしていた。

 実際の剣聖の力の一端を目の当たりにしてまだ驚きを隠せていなかった。


 ハルとマイラが二人で、先ほどのウィリアとビンスの状況を再現して、どうすれば二人は良かったかを丁寧に解説していた。


「よし、じゃあ、マイラさん、さっきの型通り、俺に向かって剣を打ってきてください」


「はい、分かりました!行きますよ、ハル師匠!」


「…いや、別に俺は君の師匠ではないんだけど……」


 その時、視界に、ガルナに掴みかかろうとするグゼンの姿が目に飛び込んで来た。

 マイラが高く振り上げた剣をハルが剣で軽く弾く、すると彼女の手から、木の剣が離れる。その離れた剣をハルは右手に持っていた剣で強く打ち放った。すると、木の剣は遠くにあった日傘に向かって真っすぐ飛んでいき、その傘に突き刺さっていった。


「おりゃあああ、ってあれ、私の木の剣が無い…」


 ハルが静かに指をさすと、マイラは後ろを振り向き青ざめたあと、すっぽ抜けてしまった、と悲鳴を上げて日傘の方に全速力で走っていった。


「マイラさんって少しドジっ子な人なのかもな…」


「あの、吹っ飛ばしかた、否定はできんな…」


 ここに来て初めて意見を合わせていたウィリアムとビンス、そんな二人をハルは一瞥して微笑むとガラッと表情を変えた。

 殺気は見せないし送らない、ただ、ジッと、グゼンの後にある遠くの景色に目を向けていた。


『次は無い…』


 ドロドロした最悪な感情がハルの中に溜まっていたのだが、しかし、次の瞬間にはその感情も、ひとりの女の子が笑顔で木の剣を持って走って来ると、どうでもよくなっていた。


「ハル、こっちにこれが飛んできてたから持って来たぞ!使うだろ?」


「ありがとう、ガルナ!そうだちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」


「なんだいいぞ、ハルの頼みなら何でも聞こう!」


「うん、じゃあ、この二人にお手本を見せたいから、ガルナは振りかぶって俺にかかって来てくれないかな?」


「おお、そんなことか、任せろ!私の得意なことだ!行くぞ!」


 ガルナが全力で振りかぶって振るった縦斬りを、ハルは綺麗な型で返していた。


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