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指揮

 午前中、ハルは、エウスたちがいる第一運動場で彼らと一緒に剣の稽古をした。

 エウスたちは常に実戦向けの練習が中心で、ひたすら自分よりも強い者と手合わせをし、実力を伸ばしていくのがエウスたちの稽古の方針だった。

 エウスはまず新兵たちに最初に警告していた。『相手してくれるハル、俺、ビナは手厳しくいく、そうだな、魔獣だと思ってかかってこい、そうじゃなきゃ、かなり痛い目みるぜ』

 エウスからは新兵たちをボコボコしてくれと指示を受けていた。ハルもそのエウスの指示に関して、手を抜かないつもりだが、さすがに加減はするつもりだった。というより、稽古が始まってそうそうボコボコにしてはいけない。その日の稽古ができなくなるからだ。

 練習の内容は強者一人に対して五人の新兵が相手するという試合形式で、戦う場所も範囲が決められており、その外に出れば場外となり失格、試合の決着はどちらかが負けを認めるか場外に出されるまでは戦えるというシンプルなものだった。


「よし、それじゃあ、みんな始めるぞ」


 エウスの掛け声でハル、エウス、ビナの三つのそれぞれの場所に、五人の新兵たちが木の剣を持ち、防具をしっかりつけて入場してきた。残った新兵たちは試合をする同じ仲間に周りから声援を送っていた。



 周りにいたまだ出番の来ない新兵たちの中には、アストル、ユーリ、ヨアンもおり、これから始まる試合の行く末を見守っていた。


「そろそろ、始まるよ、二人とも、おーい、みんな頑張れよ!負けるな!」


 アストルがわくわくしながら、声援を送っていたが、一方でユーリとヨアンは冷めた目で試合が始まるのを眺めていた。


「どうしたの二人とも?なんか暗い顔してるけど…」


 気分が乗らなそうな二人に声を掛けるアストル、すると、ユーリが苦々しい表情で口を開いた。


「あ、いや、別にそのなんだ、もしかしたらだけど…」


「なになに?なんかあるの?」


 アストルは気付かなかったが、察しのいいユーリと冷静なヨアンは、ある程度この先の試合展開が予想できていた。


「まあ、なんだ、もう始まるから、見てれば分かる、応援よりもどうすれば自分たちの身を守れるかをな…」


 アストルは首を傾げていたが、試合が始まるとどういうことかは理解できた。




 試合が始まった。

 ひとりのエウス組の新兵は警戒していた。目の前にいる強者はエウス。自分たちの隊長だ。前にエウスの複数戦の戦い方は、アストル、ユーリ、ヨアンの三人が戦っているところを見ていたのである程度相手がどんな強さかは把握していた。


『大丈夫、事前に作戦は立ててる。まずは人数の有利を活かして…』


 と考えていたところで、隣に居た同じ仲間の新兵がいないことに気づいていた。


「え?」


 代わりにそこにはエウスがおり、前蹴りを食らわせたあとの状態で、次の標的であるこちらを横目でにらみつけていた。

「ヒィ」と小さく声が漏れた時には、木の剣で思いっきり打たれ、そのまま場外に吹き飛ばされていた。



 そんな隣の光景をハルは、容赦ないなぁと思いながら、新兵たちの相手をしていた。

『もう少し手加減してあげてもいいのに…あれじゃあ、学びもないんじゃないのかな?』

 そう思考を巡らせているとハルに同時に三方向から剣が伸びて来る。しかし、その三方向同時攻撃をハルはひらりとかわし、二人をその向かって来た勢いを利用して衝突させた。そうやって時間を稼ぐ間に、残ったひとりの新兵の相手をするハル。彼の手首を木の剣で軽く叩いて剣を捨てさせ、あとは剣の柄で軽く小突いて場外まで吹き飛ばしその新兵を撃破した。

 そこに体制を立て直した二人が向かってくるが、すぐにハルが素早く剣を横なぎに振って、二人の剣に当てると、彼らは簡単に手から剣を落としてしまった。そこでハルは剣を一旦離して二人を空いた両手で軽く押し出して、場外に吹き飛ばした。


「うん、みんな悪くない動きだよ、君たちもね」


 ハルが振り向いて語り掛けたのは、奇襲攻撃を仕掛けて来ていた五人の内残り二人となった新兵たちだった。


「だけど、タイミングは少し遅いね」


 二人はあっという間にハルに拾い直された剣で、持っていた剣をなぎ払われると、なすすべもなくなってしまっていた。


「みんながやられる前に仕掛けて来なくちゃ、手遅れだよ」


 ハルがその二人の新兵たちに剣を向けてニッコリ笑うと、二人は手を上げて降参した。


 次の相手が来るまでハルはビナが試合をしているところを眺めた。

 大陸中でもトップクラスの強さを誇るレイド王国のライラ騎士団に所属していた精鋭騎士であるビナ。そんな彼女に新兵たちはしっかり打倒されていた。しかし、そこでビナはしっかり新兵たちにアドバイスをしていた。剣の前に身体の使い方がなっていないと。


 そのようにハルが関心してビナの方を見ていると、自分の前に、次の五人組が入場して来て、再び試合が始まろうとしていた。


 が、その時だった。


 反対側で歓声が上がった。ハルはそこで隣のエウスの方に目をやると、彼の周りは大いに盛り上がって白熱した戦闘が展開されていた。


「次だ、次の五人、ささっとこいや!」


「お願いします!エウス隊長!」


「よし、はじめ!さあ、こっちから行くぞ、覚悟せい!!」


 エウスが容赦なく新兵たちを叩きのめし、場外に吹き飛ばして行くが、新兵たちも負けじと、どんどん、続けて休みなく次の新兵たちが彼に戦いを挑んでいた。

 隣は稽古というよりはもうお祭り状態だった。だが、しかし、エウスも新兵たちも、互いに本気でぶつかり合っているので、互いにいい戦士たちの笑顔を浮かべていた。みんな次のことなど考えずに今この瞬間に全力をだしている感じだった。


『なんかいいな…ああいうの…』


 そんな本気でぶつかり合う彼らをハルは少し羨ましいと思っている自分がいた。


「ハル団長、よろしくお願いします」


「ああ、うん、よろしくね」


 ハルの戦う新兵たちの中には、彼らの中で一番実力あるユーリがいた。


「よし、それじゃあ、こっちも始めようか」



 ハルの二試合目の試合が始まった。ユーリが指揮を執り、他の四人の新兵たちが統制のとれた攻めをハルに見せてくれた。

 ハルが孤立したひとりを攻めようとすると、全体を把握しているユーリが指示を出して、近くにいる仲間にフォローに行かせる。もちろん、これは訓練であるため、ハルは二人でも当然薙ぎ払えるのだが、状況に応じた的確な判断をされた時は、あえて引いて別の攻め方を試してあげた。そうすることで、まずはユーリの指揮の能力の高さを把握し、どこまで出来てどんな判断を下すか見ることができたからだ。


『うん、いいチームだけど、ユーリの指揮のおかげかなこれは…それだったらこれはどうかな?』


 ハルの目つきが変わる。


「!?」


 すると、辺りの空気が張りつめ新兵たちに緊張が走った。明らかに対峙していたものが圧倒的強者であることを一瞬で改めて理解したのだ。


「おい、お前ら、怯えるな、しっかり剣を握れ!相手が魔獣だったら、剣を落とした時点で終わりなんだからな…」


 ユーリの頬にも一筋の汗が伝った。緊張する身体を剣を握り込むことでわすれさせようとしていた。

 ユーリたちが戦闘前に立てた作戦は、仲間を孤立させないことを重点に置いた波状連携攻撃を仕掛けることだった。エウスが言っていた相手は魔獣だと思え、それを考慮するならば、隙を見せるとそこから一気に崩壊すること、これを一番に避けなくてはならなかった。


「あれ……ハッ!?」


 五人の前から一瞬でハルの姿が消える。と、同時に辺りに強烈な風が吹き、大量の砂煙が舞い上がる。視界が一気に悪くなり、周りの状況が一気に見えなくなっていく。


「マズイ、みんな、陣形を変えろ、周囲に目を配れるように、円を作れ!」


 そこでユーリは五人で均等に円陣を組んで、周りの状況をいち早くとれるようにした。そして、息を潜めてその時が来るのを待った。


『砂煙が止む……』


 ユーリが晴れていくことで、周りの視界が正常に戻り、小さな安心を手にしたときだった。


「いい指揮だった。だけど、惜しい…」


 まだ視界が晴れていない砂煙の奥から声がした。


「みんな敵は一時の方向!構えろ!」


 ユーリが掛け声をかけて全員に一時の方向を向かせた時だった。後ろにいた四人が順番に場外に吹き飛ばされるのが、ユーリの目に飛び込んで来た。


「おい、お前らどうしッ……」


 ユーリは背後に誰かいるのと、首元に木の剣が静かにかかっているのを確認すると動きを止めた。


「本当にとってもいい指揮だったよ、ユーリ」


 ハルがユーリの首元にあった剣を下ろして、一振り剣を振ると、辺りを漂っていた砂煙が一瞬で霧散していった。


「ありがとうございます」


「だけどひとついいかな?」


 ハルはなぜ砂煙で視界が覆われたときに、円形の陣を組んだのか聞いた。


「あれが一番早く周囲の状況を知れる陣形だと思ったからです」


「うん、その考えは当たってる、何よりも戦闘で周囲の状況は一番重要だよね。何が起こってるのか分からない時が一番危険だってのは基本中の基本だ…でもね…」


 ハルはそこで少しだけ言葉に詰まるが続きを述べた。


「あの場面では、指揮を執る君を中心に陣形を組まなくちゃダメだ。戦闘中、チームで動いてるとき、もっとも重要な位置に立っているのは指揮を執る人なんだ」


 ハルがユーリを見ると彼は真剣に耳を傾けてくれていた。


「あの時ユーリはみんなに守られながら周囲を警戒しなくちゃいけなかった。君は円陣の真ん中にいてそこで指揮を執るべきだったんだ。じゃないと、さっきみたいに敵の位置を間違って伝えてしまったとき、後ろから来た敵に対処ができないよね。指揮権を持ってる人の声は戦闘中だと騎士たちの大切な道しるべになるんだ。だから、指揮官は常にみんなの中心で、みんなのことを考えて行動しなくちゃいけないんだ」


「なるほど…俺は、あの時、自分もみんなと同じく周囲を警戒しなきゃと思ってました。それは間違いだったんですね…」


「そうだね、指揮官は一番眺めのいい場所に居なきゃいけない、覚えておいて」


 ハルがユーリの肩を軽く叩いた。


「はい、ご指導ありがとうございます!」


 そして、ハルはもう一度、ユーリの指揮の高さを褒めると、次の新兵たちの相手をするのだった。



 午前中、第一運動場では、そのようにハルたちと新兵たちのぶつかり合いが絶えず続いていった。午後には第二運動場でエリザ騎士たちの方の新兵たちをハルは見ることが決まっていた。だから、午前の稽古が終って、昼食にエウスとビナと一緒に中庭に向かうときに、エウスからは『この裏切り者め!』と泣きつかれた。当然、いつもの彼の冗談なので、ハイハイと適当に受け流した。だが、その後、エウスに、あんまりあっちのやつらにいいこと教えないでくれよ、と冗談ぽいがどこか本気で言われたので、少し笑って、分かった、と嘘をついておいた。

 ちなみにそんな二人の会話を隣で聞いていたビナはエウスに向かって最低で卑怯者ですねと言って蔑んだ目で彼を軽蔑していた。


 そこでハルは思いっきり笑ってしまっていた。


 三人で中庭に向かう、その賑やかな時間は、ハルが抱えていた不安を忘れさせてくれていた。


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