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小さな違和感

 夏の日差しがまだ穏やかな時間帯の朝に、古城アイビーの中庭ではひとつおっきな日傘が開いていた。その日傘の下では、いつもの五人が美味しい朝食を頂いていた。


「そう言えば、エウスは昨日も新兵たちと訓練してたんだよね?」


 ハルが、正面で上品に食事をするエウスに声を掛けた。

 昨日はエリザ騎士団が休日であり、一部のエリザ騎士たち以外は全員休みをもらっていた。ハルたちの休日も彼らに合わせて動いているため、昨日は新兵含めたみんなが休日だった。


「ん?ああ、そうだな、俺の組の新兵たちの中の奴らで相手して欲しいって言われてな、俺も暇だったから剣の相手してやったんだよ。それで、あ、そうそう、あとそこにいる…」


「私だ、私もそれに参加してた!」


 エウスの言葉を遮る様にガルナが手を上げた。どうやら彼女もエウスたちの剣の稽古に参加したようで、それは大丈夫だったのだろうか?とハルがエウスたちの方を少し心配するような顔色を浮かべていた。


「大変だったんだぜ、最初、俺含め参加した新兵たちが、ガルナにボコボコにされてよ」


「ほんとに弱かった」


 口に食べ物をたくさん頬張ったままのガルナが薄笑い浮かべて素直な感想を口にする。


「あのなぁ、ガルナ、お前が強すぎるんだよ、俺と新兵たちがまとまってかかっても勝てるわけないのしってるだろ?」


 エウスが言ったことに、ハルもその通りだなと思ったのか、昨日やられた新兵たちの身を案じている様子だった。


「まあ、なんだ途中でエリザの精鋭、ほら、あのグゼンさんとかやってきて代わってもらったから、助かったんだけどさ」


「へぇ…そうなんだ…」


 平坦なハルの声。


「そうなんだよ、全く、グゼンさんたちが来なかったら、俺ら今日ボロボロで訓練どころじゃなかったぜ、なあ、ガルナさん?」


「ん、ああ」


 嫌味っぽくエウスが、ガルナに向けて言うが、彼女はまるで気にしないで次の料理に手を伸ばしていた。


「ガルナ?」


「なんだ、ハル?」


 肉を素手で食べながらガルナが隣にいるハルの方を向いた。


「一緒に訓練してたのはグゼンさんの他に誰々がいた?」


 淡々としたハルの声。


「えっと、マイラとあとは、ジョイル、ラドバフ、あとは誰だっけ……」


 ガルナが五人程度のエリザの精鋭騎士の名前をあげていった。ハルが述べられる人の名前をただ静かに頷きながら聞いていた。

 あと他に十人程度騎士たちはいたようだが名前は知らないと彼女は言っていった。そこはエリザ騎士団。大きな組織なので名前を知らない人たちがいても仕方がない。


「それぐらいだ、すまない、みんなの名前が言えなくて…」


 肉を嚙みながら、しゅんとするガルナに、優しくハルが、いいよ、構わないよ、と言い続ける。


「ガルナはみんなとやったその稽古楽しかった?」


 ハルの問いに、ガルナは素直に答えた。


「ううん、あんまり、あいつらもそこまで強くないからな…」


 首を横に振る彼女の答えに、そっか、と呟いたハルが優しく微笑んでいた。


「今日の夕方、俺とも稽古しようね」


「おお、もちろんだ!」


 満面の笑みで喜ぶガルナ。そんな彼女の口や手は肉の油でべとべとだった。そこにハルが腰のポーチから取り出したハンカチで口や手をふき取って行き、綺麗にしていた。そして、ハルがビナにも休日の話題を振っていた。


「そうだ、ビナは、昨日何してたの?」


「私ですか!?えっと、私は、昨日、ずっと図書館でフルミーナさんと一緒に過ごしてました。面白い本捜したり、お昼にはちょっと城壁内のレストランに出かけたり」


「へえ、それは、いい休日だったね!そうだ、城壁内のレストランってどこに行ったの?」


「あ、そうです。そのことで城壁内にもなかなかいいレストランがあったんですよ!フルミーナさんが教えてくれたんですけど、確か名前が…」


 微笑ましいみんなのやり取りが続く。何も変わらない日常が目の前には流れていた。賑やかでみんなでバカやってるそんな楽しい時間がここにはあった。そう、あるのだ。あるのだが、この、のどかで幸せな空間にひとり違和感を感じている者がいた。


「そういえば、ハル団長は昨日何やってたんですか?」


「俺?ああ、俺はその、昨日はライキルと二人で街の外にお出かけって感じかな」


 ハルが少し照れくさそうに笑っている。


「そうだったんですね!」とビナが目をキラキラさせるのと同時に、ガルナが膨れた顔で、いいなぁ。と言っていじけていた。ハルがガルナにごめんと謝って、その代わりガルナにはたくさん稽古の時間を取ってあげるから…それじゃダメかな?と小声で言ってなだめると、彼女は少し嬉しそうにけれどまだ納得いかないといった不満そうな顔で「ならいいが絶対だぞ、ハル…」とハルに約束を取り付けていた。


「ライキル、ハル団長とのデートどうだったんですか?」


 ビナが今度はこっちに話の話題を振って来た。


「え?」


「二人でお出かけしたんですよね?」


「……ああ、うん、楽しかったですよ…」


 ビナの急な質問に、一瞬答えに詰まってしまった。さらに小さな声で元気がなさそうに暗い調子で返してしまったものだから、ハルを傷つけてしまったのではないかと思って彼のいる隣の席を横目で一瞥するが、彼はこちらに背を向けてガルナをなだめるのに必死そうだった…。


「…なんか、ライキル、暗い顔してますけど、具合でも悪いんですか?」


「え、そうなのライキル?」


 ビナのその言葉に反応したハルが心配そうにこちらを見つめてきた。

 ライキルは、心臓がドクンと跳ね上がり、慌ててそんなことは無いということを彼らに伝えた。


「いえ、別に大丈夫ですよ、なんでもありません」


 二人はそれなら良かったと安堵し、賑やかな会話に戻っていったのだがそこで。


「ん?」


 テーブルの下にあった自分の手がそっと誰かに握られる感触がしたから急いでその方向に目をやると、そこにはハルが自分の手を優しくみんなにばれないように優しく握って、美麗に微笑んでいた。


「ライキル、何かあったら言ってね、力になるから」


 少しこちらに顔を寄せたハルが小さな声でそう気遣ってくれた。


「…はい、ありがとうございます」


 それだけハルが言うと彼は手を離してガルナの相手に戻っていった。いつものライキルだったらさっきのような彼の言動に、とびきり元気な声と笑顔を返し、そしてなかなか手も離してはあげないつもりだったのだが…。


『どうしちゃったんだろう、わたし…』


 ハルから離れた手を見つめると、離さなければ良かったと後悔した。けれど今はそのように素直に甘えられない自分がいた。

 彼のことが嫌いになった。というよりはむしろ真逆で、子供の頃から一緒にいて今では結婚の約束までした仲だったはずが、今は彼の顔を見るだけで声を聞くだけで頭が真っ白になって上手く話せなくなってしまっていた。

 まるで最近、初めて出会った人のようにハルを感じ、さらにそこで恋に落ち続けているような、恋の焼き直しを何度もしているようなこの感覚が、自分をおかしくさせていた。

 この自分の変化は昨日のハルとのデートが発端なのは確かなのだが、今朝会ったことが決定的な気もしていた。




 *** *** ***




 ライキルが昨日の真夜中に目を覚ましたら、大量の宝石が自室に送り届けられていた。

 気づけばそこら中に大量の宝石が入った黒い箱がいくつも山のように積み上がっており、テーブルの上にはガラスのケースに入った黄色い宝石の髪飾りが置いてあった。

 それらはハルとのデートの際に【メイメイ】という宝石店で、二人が見ていたものだった。


 メイメイという宝石店。この店だけは唯一他の宝石店とは比べものにならないくらい特別なお店だった。

 メイメイはそもそも王族や大貴族、大商人などの莫大な富を有している特権階級の者たちを専門に相手にしている店であった。

 そのため、店に入るためには誰かから一度は紹介されなければ利用はできず、さらに店内の入場料も高額で、平民や位の低い貴族などでは払えない額が提示されており、客層を完全に絞っていた。

 そのように特別な人間ばかりを相手にしているメイメイの名のついた宝石には特別な付加価値がついていた。簡単に言うとメイメイで買った宝石はその者の財の豊かさや地位をある程度示し、上流階級の間で人を見る時のひとつの指標になっていた。

 例えばそのメイメイで購入した宝石を社交場などで身に着けていけば、知っている者たちからは一目置かれ、その数が多ければ多いほど相当な地位の者であると証明することができた。

 そのため、メイメイの店では、社交場でも目立つような宝石のついたアクセサリーなどが数多く売られていたのである。

 メイメイの宝石一個の値段は相当な額がする。それはメイメイという名がついているからでもあった。誰もが欲しがるメイメイの宝石。そんな宝石はいくら大商人や大貴族でも、一度に買う宝石の量はせいぜい数個が限界であった。本当に名の知れた大商会や莫大な富を保有している国の王族の金庫を開けない限り、メイメイの宝石をいくつも買うことは不可能だった。なぜそこまでメイメイの宝石が高いのかというと、まず一つに宝石たちのひとつひとつの質があまりにも良すぎるという点があった。どのように加工しているかは分からないが、形、色、大きさなどすべてが一級品で、見ただけでその宝石がメイメイの宝石と分かってしまうほどだった。

 そして、最後がメイメイの宝石を高額にしている本当の理由でもあった。それはメイメイの宝石はメイメイの宝石と証明できることにあった。簡単にいうとメイメイの宝石を特殊魔法の魔力感知を通してみると、赤く鈍く光ることが確認されていた。これは他の店が真似をすることが不可能な技術であった。そのため、メイメイの宝石にはとてつもない価値がついており、超高額になっていたのだ。

 しかし、それでも上流階級の者たちにとってメイメイの宝石というものは、口から手が出るほど欲しい代物なのだ。


 そこで、話しは戻るが、そんな宝石たちがライキルの部屋に数えれば、数十個…数百個…と当たり前のように置いてあったのだ。

 ライキルは、どうすればいいのか分からず、その日はとりあえず再びベットに戻って寝てしまった。


 しかし、翌朝、つまり今朝起きてみると、宝石たちは当たり前の様にライキルの部屋に置かれていた。夢ではなく確かに現実にライキルのもとに宝石たちはあった。

 そこでライキルが最初にとった行動は、隣のハルの部屋に向かうことだった。

 彼の部屋の扉をノックして起きているか確認する。

 すると、どうぞ、と返事が返ってきた。

 ライキルがドアを開けて中に入ると、ハルがひとりベットの上で、早朝の朝の光に照らされながら、真剣な表情で本に目を通している姿があった。

「おはよう、いい朝だね…」

 本から目を離してこっちを見たハルが、ドアの前で固まっていたライキルに代わり映えのない挨拶をした。


「…………」


 ライキルも挨拶を返そうとしたが、なぜか上手く言葉が出てこず、黙ってしまった。ハルにどうしたの?と尋ねられても、息をするばかりで頭の中は真っ白だった。まず、何から話せばいいか分からないし、どうすればいいのかも分からなかった。


「ライキル、こっちにおいで」


 ハルがベットに座ったまま、手でトントンと自分の隣を叩いて、隣に来るように促していた。

 何も考えられなかったが、そうやって呼ばれると身体は素直に動いて、ハルの隣に腰を下ろした。だけど依然として彼にどう接していいのか分からなくなってしまっていた。

 まず、どうして、自分はハルとデートしていたのに途中から気が付けば自室のベットの上でひとりで眠っていて、おまけに断ったはずの宝石がいくつも部屋に置いてあるのか、もうわけが分からなかった。


「ハル、わたし、えっと、その…」


 言葉に迷っていると、ハルが身体を寄せてきて言った。


「言いたいこと言っていいよ」


 さらにハルが手を握ってきた。その手の温かさはライキルの心を落ち着かせると同時に酷く動揺させた。


「わ、私の部屋にある宝石あれハルがやったんですよね…」


「そうだよ、あれ全部、ライキルのものだから好きにしていいよ、誰かにあげてもいいし、売ってお金にしてもいい。できればライキルにはどれも似合うから身に着けて欲しいけど、メイメイの宝石を売れる人は幸せになれる、なんて言われたりもするからね」


 ハルが優しく笑っているのだが、その笑顔はどこかいつものハルの笑顔とは違い歪んでいた。


「ハル、私、あそこにある宝石ひとつもいらないです…」


「………」


「全部、ひとつも私のものにしたくありません…」


「…な、なんで?」


 ハルが少し狼狽した表情で尋ねる。ライキルもこんな彼を初めて見たかもしれなかった。


「だ、だって、あれ、メイメイの宝石だよ、あれがあればライキルなんだってできるし、ほら、みんなからも凄いって言われるし、一生お金にも困らないよ…」


「それでも私は受け取れません…」


「そんな、だって、ライキルも知ってるよね…あそこにある宝石が普通の宝石じゃないってこと、とっても高価で特別な宝石ってこと…」


「私はそれでもいりません!」


 強く言い放ってしまった。

 受け取ってしまえばよかったのだろう。そうすればハルも喜んだのだろう。だが、身に余る財はライキルにとってはあまりにも自分を歪めてしまうもののひとつだと思っていたし、それに、ここで宝石たちをもらってしまえば、自分の歪んではいるが純粋なハルへの愛に不純物が混ざってしまうと思ったのだ。そうなってしまえば、ハルのことを愛せなくなってしまいそうで怖かった。


『絶対に受け取れない…』


 しかし、その時だった。ライキルはハルに乱暴に抱きしめられベットに押し倒されていた。


「ハル!?」


 急なことで驚いたが、ライキルはそこで確かに聞いた。


「お願い…受け取って…」


 消え入りそうな悲しい声で囁くハルの声を…。


「…………」


 二人は、そのまましばらく、ベットに倒れて動かない状態が続いていたが、やがて、ハルが、ごめんね、とひとこと呟いて起き上がると、こちらに手を伸ばしてくれていた。

 ライキルがその手に掴まって上体を起こすと、いつも通りのハルがそこには立っていた。


「宝石、全部、俺の王都の金庫に送っておくよ」


「え?」


「だって、ライキル、ひとつもいらないんでしょ?」


「はい、そうですが…」


 あまりの彼の変わりようにライキルは呆然としていた。


「ねえ、ほんとにひとつもいらないの?」


「ええ」


「あの黄色い宝石の髪飾りのやつも?」


「はい」


「そっか、わかった、じゃあ、全部回収するね。あ、でも、ちょっと全部送るのに時間かかりそうだからデイラス団長と相談してここにある金庫貸してもらうように頼んでみるよ、さすがにそこらへんの適当なところに保管しておくといろいろ面倒ごとが起こりそうだからさ」


「ごめんなさい、その…」


「え!?いいよ、いいよ、というよりなんでライキルが謝るわけ?俺が勝手にやったのにさ」


「でも…」


 ライキルがどうすればいいか分からず、うなだれていると、ハルが、今度は優しく包み込んでくれた。


「本当にごめんね、そうだよね、いらないよね…」


 ハルのその呟きにそんなことないとライキルは口では言えなかったが抱きしめ返して自分があなたを愛していますよということだけはしっかり行動で示していた。



 その後ライキルは朝の身支度を済ませるために、ハルの部屋を後にした。


「それじゃあ、ハル、またあとで、朝食で…」


「うん、また、朝食のときにね」


 ライキルの今朝の記憶はここで途切れた。




 *** *** ***




 ライキルが今朝の記憶をぼんやりと思い出していると、ビナが目を見開いて驚いている姿があった。


「ハル団長、二人と結婚するんですか!?」


「最近、決まったことでさ。ビナが今のところ報告する最後の人だったんだけど、その、言うの遅れちゃって、ごめん、ずっと一緒にいたのに、隠してたわけじゃなかったんだけど…」


「い、いえ、とんでもないです!教えてくれてありがとうございます。それよりも、ハル団長、それと二人とも、おめでとう!!」


「ありがとう、ビナ」

「えへへ、ビナちゃん、ありがとね!」


 二人は素直に喜ぶが、今朝の記憶に思いをはせていたためライキルは話しにつてい行けず「あ、う、うん、ありがとう…」と少しどこかぎこち無くなってしまっていた。


「それにしても、エウスが私よりも先に知っていたのは悔しいですね」


「へへん、それは当たり前だろ?ビナ、お前が一番新参者で下っ端なんだからよ!」


 エウスが嫌味っぽくいうが、いつものことといった感じでビナが冷静に切り返す。


「一番嫌われてるのはエウスですけどね」


「ほお、よくそんな口が俺に聞けるなぁ、今日の夕方の稽古覚えておけよ?」


「いいですよ、ボコボコにしてあげます」


 今日の朝食も結局は、ビナとエウス二人の仲良しな口喧嘩で幕を閉じたのであった。




 *** *** ***




「それじゃあ、ハル、またあとで、朝食で…」


「うん、また、朝食のときにね」


 静寂に包まれた部屋でひとりになったハルはベットに座ってうなだれると静かに呟いた。


「なんで、ライキル…」


 静寂の中にハルのひとりごとは消えていった。




 *** *** ***

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