長い一日
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お城の裏手の右にあるホールでは、ハルたちの到着を歓迎する宴が開かれていた。
ハルたちはそこで有意義な時間を過ごしていた、ある時までは。
「…そういえば、ハル、エリザ騎士団の副団長まだ見てないな」
食事の途中、エウスはふと思い出したようにハルに言った。
「え?」
ホールの扉が勢いよく開かれた。
開かれた扉の音に遅れてゆっくり振り向いた者には、そこに誰もいないように見えただろう。
「ハルーーーーーーーーーー!!!!」
彼女が叫びながらハルの背後、目掛けて飛び込んでくる、しかし彼女の手には赤い大剣が握られており、ハル目掛けてそれを振り下ろしながら飛び込んできた。
「あ…」
ハルは彼女の姿を一瞥すると、クリームたっぷりのデザートを手ですくった。
そして、空いてる方の手で、振り下ろされる大剣を簡単に受け止め、事なきを得た。
「ぐっ」
彼女は急に止まった大剣の勢いの反動でうめいた。
それから彼女は、全く微動だにしなくなったその大剣の柄から手を放した。
ハルがデザート片手に改めて後ろを振り向くと、そこには、血まみれ姿の女性が立っていた。
「ハル、久しぶりだな、会いたかったぞ」
「ああ、久しぶりだな……って……血なまぐさ!」
大剣を彼女に渡し、ハルは鼻をつまんだ。
「ははは、嘘つけ!ハル、嘘つけ!」
彼女はニコニコしながら言った。
「いや、血なまぐさいのは本当だよ」
その突然の出来事に多くの兵士やビナは愕然としていた。
しかし、デイラス、エウス、ライキルは全く驚かず、彼女とハルのやり取りを見ていた。
「エウス、あの人、ハル団長の頭に、た、大剣振り下ろしましたよ!」
ビナが慌てた様子で言った。
「ん?ああ、あれか、いつものことだ、久しぶりに会うとあんな感じだ、彼女なりのハルへの挨拶みたいなもんだ」
「ええ!お、おかしいですよ」
「ビナ、あいつに常識が通用すると思うなよ、あいつに一つ常識を教えるのに十年はかかる、そして覚えた次の日には忘れてるような奴だ」
「ええ…」
そうすると彼女はエウスの方に来た。
「エウス、久しぶりだな」
「よっ相変わらず元気いっぱいのようで」
「おう、どうだ組手しないか?」
「しないよ、飯食ってんのがわからんのか」
「分からん」
彼女の瞳にはビナの姿が映った。
「あれ?こんなとこに少女がいる、かわええ」
「ひっ!」
ビナは彼女が近くに来ると、小動物のように縮こまってしまった。
「おい、あんまりビナを怖がらせないでくれ」
ハルが横から口を出す。
「ふふふ、ビナちゃんか、よろしく、私はガルナ・ブルヘルだよ、へへへ」
彼女は血なまぐさい顔をビナに近づけて言った。
「は、はい」
ビナは小さく返事をした。
そして、ガルナはまたハルの方に歩いて行った。
「なあ、ハル、私と戦おうぜ!」
ハルの後ろに来て、ハルを後ろから抱きしめるように腕を回して艶めかしく言った。
それを見ていたライキルが立ち上がった。
「ガルナだったら私が遊んであげますよ」
「おお、言うね、ライキル」
エウスが茶化しながらライキルに言った。
「おお、ライキルちゃん久しぶり」
ガルナはライキルの方に駆けより手を握る。
「私と戦ってくれるのか!」
彼女は嬉しそうに尻尾を左右に大きく振っていた。
「ええ、その代わりこっちにはエウスが付きます」
ガタ!
それを聞いたエウスは椅子から落ちそうになる。
「なんでそうなるんだよ」
「エウスと私、二人相手でいいですよね、ガルナ」
ライキルはエウスの確認なんかとらずに言った。
「いいよ、いいよ、組手しよ」
それを聞いていた、デイラスが楽しそうにニコニコしていた。
「うむ、兵士のみんな、すまんがホールの真ん中を開けてくれ!」
デイラスがそう告げると、兵士たちや使用人たちは協力して、真ん中にスペースを作った。
そしてガルナが腕を伸ばしながら、ホールの真ん中に立って、周りの兵士たちに笑顔で手を振っていた。
兵士たちもこれから何が始まるのかワクワクして、ホールは一気に盛りあがった。
ライキルとエウスがしぶしぶ出てきて、ホールの熱は一気に過熱する。
エリザ騎士団の兵士はガルナを応援し、ハルたちの兵士はライキルとエウスを応援していた。
その中にアストルもエウスの名前を叫んで応援していた。
「ライキルちゃん強くなった?」
「ええ、訓練は積んできたつもりです」
ライキルの目から本気なのが分かった。
「おいおい、まじかよ…まあ、当たり前か」
エウスも本気でやらざる負えなくなる、そもそも、ガルナ相手に本気を出さなければ、かなり痛い目を見るのをガルナを知る者なら誰もが知っていた。
デイラスもワクワクしながら、一歩前に出てきた。
「それでは、ここに我がエリザ騎士団副団長のガルナ対、ハル剣聖の騎士団の騎士ライキルとエウスの二人のチームによる対決を始める」
デイラスが、周りの観客みんなに聞こえるように叫ぶ。
その掛け声に、ライキルとエウスはそれぞれ、構えた。
ガルナは腕を鳴らしながら、ニコニコその場に突っ立っていた。
しかし。
「はじめ!!」
その言葉と同時にガルナは、とんでもない速さでエウスの方に飛んできた。
「俺からかよ…」
ガルナ移動しながら振りかぶってエウスに拳を振るってくる。
エウスはこれをぎりぎりでかわすが、空を切った拳から、『ブオゥ!!』と、とんでもない音がして、エウスは肝を冷やした。
エウスに殴りかかっているガルナに、ライキルはガルナの頭めがけて右足のハイキックを放つ。
ガルナはこれを常人離れした反射神経で、少ししゃがんで、すれすれでかわしたあと、すぐに体をひねりながら起こし、そのまま体を半回転以上させる勢いで、かかとを横向きにライキルの脇腹めがけて、振ってきた。
ライキルはこれに反応して両腕でガードするが、体がうしろに吹き飛んだ。
「おお、倒れなくなったんだ」
「ええ、これしき、もう余裕です」
「いいね!ライキルちゃんいいよ!」
周りの兵士たちも、熱い戦いに応援に熱が入る、デイラスも両方応援しながら、その勝負に熱狂していた。
そんな白熱した試合が続くなか、ハルとビナは二人でほのぼのと後ろでおいしいデザートを食べていた。
「ハル団長、このデザートおいしいですよ」
「どれどれ」
ビナの手から差し出された小さなケーキにハルはかぶりつく。
「ほんとだ、うまい」
「ですよね、こっちもどうですか?」
「どれどれ、うん、うまい」
ビナが幸せそうにハルに餌付けしていると、ホールの中心で大きな歓声が上がった。
「ハル団長、ガルナさんってどれぐらい強いんですか?」
盛り上がっている方を見て言った。
ハルも遠くで戦っている三人を少しだけ見る。
「正直、ライキルとエウスが二人でかかっても、お話しにならないかな、あれは遊ばれてるよ」
「え!?」
「最初だけ見てたけど、ガルナが本気だったら、エウスは最初のパンチで地面にたたきつけられてるし、ライキルが受けたガルナの回し蹴りは普通の人が生身で食らったらまず立っていられない、どんなにガードを固めていてもな」
「手加減してくれてるってことですか?」
「間違いなくガルナは手を抜いてるよ、というよりは二人の稽古してあげてるって感じだけどな」
ハルはまたパクパクとデザートを食べ始めた。
「す、すごいですね」
「もしかしたら、ビナの方がもっとガルナの本気引き出せたかもな」
ハルがビナに笑いかけながら言った。
「そ、そんなことはありませんよ」
恥ずかしそうにビナは下を向いた。
勝負がついたのか、今まで一番大きな歓声が上がった。
「お、決着か?」
エウスがガルナの隙を見つけたと思い、脇腹に蹴りを入れようとした瞬間。
ガルナは肘でエウスの足をたたき落とし、体勢の崩れたエウスはガルナの前に顔を無防備に突き出してしまった。
「あっ」
次の瞬間、ガルナは、エウスの足を叩き落した肘と同じ方の手の甲で、思いっきりエウスの顔をビンタした。
エウスは観客の方に吹き飛んでいった。
ドサ!兵士たちのキャッチで地面にたたきつけられることはなかった。
「エウス隊長!!」
応援していたアストルが駆けつけた。
「う、すまないアストル情けない姿を…」
エウスはそのまま気絶した。
「エウスたいちょーーーーう!」
周りにいたアストルやハルの兵士たちは悲痛に叫んでいた。
ガルナは残ったライキルに近づく、ライキルは一人になってしまったので、牽制をするため足技を出そうと片足を上げた瞬間、ガルナが視界から消えた。
次の瞬間には、ライキルの体が宙を舞っており、完全に受け身をとれないほど、体のバランスが崩されていた。
『落ちる!』とライキルが思ったとき、ガルナは優しくライキルをキャッチし、地面に動けないように両手両足を体で素早くおさえこんだあと、ライキルの首に弱くかみついた。
その動作の一連の流れは一瞬の出来事だった。
「参りました、ガルナ」
「ふっふっふ、どょうだぁ、みゃいったか?」
ガルナは、ライキルの首にかみつきながらしゃべっているため、ほとんど何を言っているのかわからなった。
ガルナはかみつくのをやめ、ライキルを起こした。
「やはり、全然、ガルナには敵いません」
「ライキルちゃんすごく強くなってるよ、エウスも前より動きが良くなってた」
そう辺りを見渡すと兵士に囲まれていたエウスが目を覚ましていた。
「やっぱり、ガルナの一撃は効くぜ、まじで意識が飛んでた」
「手加減したから、大丈夫」
「ですよね」
そこにデイラスが興奮気味に駆けつけてきた。
「見事な試合であった、やはり鍛え抜かれた体に、洗練された技と技のぶつかり合いは、素晴らしいものだ、みんなこの三人に拍手を!」
大きな歓声と拍手がホール全体に響いていた。
宴が終わり、その帰り道、ハルとライキル、エウスと、ビナは城に帰る途中だった。
「ああ、おいしかったな、デザート」
ハルがご満悦そうに言った。
「ハルとビナ、俺とライキルの勇士を見ていなかっただろ」
エウスが痛そうに自分の顔をさすっていた。
「見てたよ、最初の数秒は」
「数秒だけかよ」
「だって、デザートが俺を呼んでたんだよ」
「はあ、そうですか」
エウスは呆れた様子で言った。
「ビナもハルとデザート食べていたんですか」
ライキルがすかさずビナに疑問を投げかけた。
「え!?え、あ、うん、デザートおいしかったよ」
ジー―とライキルはビナを見つめていた。
それにビナは冷や汗ダラダラたらしながら笑顔で対応していた。
そんな二人のやり取りを見てエウスは笑っていた。
ハルは、少し立ち止まって、夜空を見上げると、そこには美しい月が出ていた。
「それにしてもなんだか、今日は長い一日だったような気がしたな」
夜風に吹かれて、ハルのくすんだ青い髪がなびいた。
「ハル、どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
ハルは、三人のもとに戻っていく。
長い一日の幕が閉じた。