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夕暮れの稽古・懐かしき日々

 新兵たちの訓練を途中で切り上げてきたのは、ずっと楽しみにしてきたハルとの稽古があったからだった。あんなに食堂で熱く勝利に導くと新兵たちに語ったエウスだったが、長年叶わなかった願いには敵わなかった。しかし、エウスは自分が強くなればさらに新兵たちも強くなるとそう考えていた。

 エウスの心の中には、新兵たちみたいにまだまだ自らも騎士として強くなりたいという願望があった。

 ここ数日エウスは新兵たちの件で忙しくハルが自分たちに開いてくれた夕暮れの稽古に参加することができていなかった。そして今日ついにエウスは手が空いて稽古に参加することができたのだ。


「よっしゃー!ぜってーハルに勝つぞ!」


 エウスは嬉しさのあまりありえない矛盾を叫んでいた。第三運動場は目の前だ。


 ***


 夕焼け空が広がり辺りがオレンジ色に染まる頃。第三運動場の片隅でハルはライキルと一緒に地面に座り彼女に戦い方のアドバイスをしていた。


「ライキルの剣はすごく型に忠実で綺麗だから熟練者たちには読まれやすいんだと思うな」


「そうだったんですね…」


 落ち込むライキルを見て、ハルはすぐにそんなに落ち込むことは無いとフォローに入る。


「いや、いいことだよ、多分その癖はライキルが獣剣が得意だからだと思うんだ。魔獣相手には型どおりが一番効果的だからね。だけど、人が相手だといくら最高の技でも読まれていたら防がれる。意外性は戦闘の中で重要だと俺は思うんだ。だからライキルの前に放った死剣はとっても良かった」


 真剣に聞いてくれていたライキルの顔に笑顔がパッと花開く。そして、なんともむず痒い言葉を放ってきた。


「ありがとうございます。ハル先生、参考になります!」


 ライキルがキラキラした眼差しを向けてくる。が、ハルは一回視線をそらしたあともう一回彼女を見るという動作を挟んでから口を開いた。


「そのライキル?えっと、先生はやっぱりやめて欲しいな。それはどうにもなれなくて恥ずかしいからさ…」


「ええ、なんでですか?いいじゃないですか、ハル先生、私は好きです」


「団長とか師範とかなんてどうよ?」


「それだとなんか色気が無いです」


「どういうこと?」


 二人でそんなことを話していると、近くの土手からひとりの見知った青年が急いで下りてくる。そして、ハルたちに声を掛けてきた。


「おーい、ハル、待たせたな」


「あ、エウス、お疲れ」


 エウスがハルのもとに到着すると何よりも先に彼は木の剣を取り出し構えた。


「ハル、さっそく俺にも稽古をつけてくれ!」


「やる気満々だね」


 エウスがもちろんと言ってにやりと笑った。

 だが、そこでライキルが聞き捨てならないといった感じでエウスを睨んだ。


「え、ちょっとエウス今、私がハルに教わってたんですよ、邪魔しないでください」


「はい?俺から見ればライキルさんただ座って休憩してるようにしか見えないんですけど?」


「ちょっと待って二人ともそんなすぐに喧嘩しないで、落ち着いて」


 ハルが止めに入るとすぐにその場は治まった。そして、ハルはライキルに向き直ってなだめる。


「ライキル、その、少しエウスの相手をしてもいいかな?久しぶりに俺もエウスの成長ぶりをこの手で実感したいんだ。それにライキルとはさっきまでたくさん訓練したし…」


 むすっとした顔をで黙り込むライキル。そんな彼女をハルは子供をあやすようにさとす、というよりはお願いをする。


「ダメかな?ね?」


 そうやってハルが笑いかけると、ライキルはわかったと不機嫌そうなまま許してくれた。もちろん、イライラの方向はエウスの勝ち誇った笑顔に向けられている。


「ありがとう、ライキル」


「その代わり訓練中はハルのことハル先生と呼びます。いいですよね」


「分かった、好きに呼んでいいよ」


 ハルはライキルの頭を優しくポンポンとなでると立ち上がった。


「よし、エウス、やろうか」


「待ってました!」


「それじゃあ、はいこれ」


「サンキュー、こっちのほうがしっくりくる」


 エウスは刃の無い鉄の剣をハルから渡されると木の剣をおいた。

 そして、ハルとエウスは二人で第三運動場に歩いていく。



 ***



「なんだか昔を思い出すな…」


 ライキルが、ハルとエウスの二人が対峙しているのを見てふとそんな言葉が自然に出て来ていた。ライキルが地べたに座って、昔の思い出に浸っていると、さっきまで近くで稽古していたビナとガルナが戻ってきた。


「ライキル、あれってハル団長とエウスですよね?」


 汗だくのビナが額をぬぐいながら、顔だけハルとエウスの方に向けていた。


「そうですよ、さっき奴がきて私からハルを奪っていきました…」


「アハハ…それは災難でしたね…」


 ライキルの目が本気で怒っていたので、ビナは苦笑いをするしかなかった。そして、そんなビナを後ろから抱きしめたガルナがそのまま一緒にライキルの隣に座った。


「うわわ、ちょっとガルナさん」


「一緒に座ろ、ビナちゃん疲れたでしょ?」


「まあ、そのそうですけど、私汗だらだらですよ?」


「私もだから大丈夫!」


「そうですか…ガルナさんがいいならいいですけど」


「いいよ、いいよ!」


「なら遠慮なく…」


 ビナが少し恥ずかしそうにしながらも、ガルナに背中を預けた。彼女は寄りかかれるぶん普通に地べたに座るよりかは快適そうにガルナの前にすっぽりと収まっていた。そんな彼女が呟く。


「でも、私、ハル団長とエウスが戦うところ初めて見るかも…」


「確かにビナはそうかもしれないですね」


 人との戦闘を避けていたハルがライキルやエウス達とも手合わせしないのは当然のことだった。ただ、二人はそれぞれしっかりハルのことを理解していたのでそのことで無理にお願いしたりしたことは無い。たまにアドバイスをもらうぐらいはしていたが。


「ハルにはいろいろありましたからね…」


「あ、二人ともほら始まったよ!」


 ガルナが興味津々で二人の試合を見る。彼女に関してはハルの剣さばきにしか興味がないのだろうが、ライキルはエウスがハルにどこまで通用するのか見定めておきたかった。


『エウスには負けたくないな…』


 ライキルは二人の試合を齧りつくように見つめていた。



 ***



 エウスの前にはハルが立っていた。幼い頃は何度も見た光景だった。道場に入門(殴り込み)したての頃、ハルは大人もびっくりするような怪力が備わっていたが、剣の腕はからきしダメだった。おかげで何事もそつなく器用にこなすエウスの方が格段に剣の上達は早かった。だから、最初の頃はずっとハルがエウスに負かされていた。ただ、ハルの凄いところは試合に負けても楽しそうに剣を振るうところだった。いや、あの時は勝ち負けよりも一緒に剣を通して成長していくのがあまりにも楽しかったから、当時そんなこと考えもしなかったのは当然のことだったのかもしれない。

 小さな少年二人が立派な騎士を目指して駆け抜ける日々はまさに黄金そのものだった。違う、きっと黄金が転がっていても二人は気づきもしなかったと思う。それくらい二人の世界は煌々と輝き眩しかったのだから。だけど、その眩しい輝きがまた自分のもとで光ってくれることはエウスにとって素直に嬉しかった。


「ハル、俺と戦うの怖くないか?」


 エウスは冗談を一つ飛ばした。


 その冗談にハルは静かな笑みを浮かべた。


「そうだな、ちょっと怖いかもな、でも」


 思い出すのは昔のこと、二人の間にあった確かな絆。


「きっと、エウスとだから楽しいと思う」


 その返しを聞いたエウスはにやりと笑い剣を構えた。


「期待に応えてやるよ」


「期待してる」


 ただ、ひとつ、エウスは悲しく思うことがあった。


『わりぃな、ハル、先に謝っておく…期待に応えられなくてごめんな…』


 ハルは遥か先にいて、エウスのような半端者では、足元にも及ばないほど実力が開いていた。それはもうずっと前から知っていることだった。エウスはハルのずっと隣にいた。だから知っている。剣聖が束になっても勝てない男。誰も手が出せなかった神獣の群れをたった一人で壊滅させてしまう英雄。そんな相手にエウスができることは何もなかった。


 ハルがゆらりと片手で剣を上げ、こちらに向けた。互いが剣を構えたら戦いの準備が整ったことを意味した。


 最初に仕掛けたのは、もちろん、ハルだった。


『おいおい、まじかよ…』


 エウスは内心でため息をつくが、すぐに目の色が変わり戦闘態勢に入った。


 ハルの初撃。それはあまりにも早すぎてエウスの目では捉えきれなかった。そうなると取れる行動はたった一つだけなのだが…。


 エウスはすぐに上段に対しての防御を固めた。瞬間、握っていた剣にとんでもない衝撃が走った。


「いてぇ!!!」


 と叫ぶが相手は休む暇を与えずにほぼ同時といってもいい速さで、さっきよりゆっくりな中段からの攻撃が迫っているのをエウスは目の端に捉えることができた。しびれる両手を何とか動かして、その中段の攻撃も防ぐことに成功する。

 が、しかし、剣と剣が衝突した時、エウスの身体は宙に浮いた。というよりは防いだ方とは逆の方に吹き飛ばされていた。


 地面に倒れるエウスは何度も地面を跳ねた後ようやく止まった。


「いてえ、ほんとにマジでいてえ…」


 だが痛がっている場合ではない、エウスは砂ぼこりの中すぐに立ち上がると、ハルがいるであろう方向に剣を構えて周囲の状況を探った。しかし、エウスのその警戒とは反対に遠くでハルが手を振っていた。


「ごめん、エウス、剣折れちゃった!」


 ハルの手には柄しかない剣が握られていたが、よく見るとエウスの剣にもひびが入っており今にも折れてしまいそうだった。というより、剣を振り下げたら、剣は簡単に折れてた。


「…ハハッ、まったく、強くなり過ぎだ。バカハル」


 エウスは力なく笑うとひとり呟いた。そして、折れた剣を持って駆け寄ってきたハルの頭にチョップをした。


「いて」


「バカ、どうすんだ剣壊して、俺はお前との久々の剣の稽古を楽しみにしてたんだぞ!」


 ハルに組み付いて締め上げようとするのだが…。


「ごめん、エウス、新しい剣もらってこなきゃね…」


 組み付こうとしたら簡単に力で負けたエウスが逆にハルに締め技を掛けられた。


「ぐぇ、待て、待て、ハルさん、あれ?痛い痛い、なんでなんで、俺が技かけられてるの!?」


「いや、エウスが勝負を挑んで来たから俺も真剣に応えてあげただけだよ…」


「なんでだよ、そこは大人しくやられておけよ」


 ハルとエウスがじゃれ合っていると、観戦していたライキルたちが駆け寄って来た。


「二人ともケガはないですか?」


 ライキルが心配そうに一番に声を掛けてきてくれた。


「エウス、どうなの?」


「俺は大丈夫だよ、そういうハルこそどうなんだ?」


「それ俺に聞くの?」


「だって、ハル、小さい時はいつもボロボロだっただろ?俺に負けて」


「でも、エウスもいつもボロボロだったよね、俺の攻撃一発もらうだけで」


「それはハル、お前の小さい頃の一撃でも大人が悲鳴をあげる威力だったからだろ?子供の時の俺が耐えれるわけないだろ…」


 二人の思いで話に花が咲く。が、次第にあれはこうだった、いや、あれはこうだったと言い合いに熱が入り、再び取っ組み合い(一方的)な展開になっていた。

 その間、ライキルはその二人のやり取りを懐かしく想い、二人のくだらない言い争いに耳を傾けては笑っていた。その際に、ガルナとビナがちょくちょくどういうことか聞くので、ライキルは二人に丁寧にそして面白おかしく解説していた。


 結局、ハルとエウスの二人の稽古は剣が折れてしまったことで終わってしまったが、この日、二人は夕食中もずっと昔話に花を咲かせては仲良く子供みたいに喧嘩をしていた。そんな二人を見ていた女性たちはずっと彼らのそばで笑っていた。


 そこには幸せな時間が絶え間なく流れていた。


 エウスにとって今日は久々に子供の頃に戻れたそんな気がした一日だった。





















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