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三対一

 エウス組の新兵たちは食堂で隊長エウスから入れられた活のおかげで、午後の厳しい訓練をみんな熱意をもって取り組むことができていた。

 午後の訓練は以前は自由に自主練だったが、今回、組も分かれて目標もできたことで、エウスの指導のもと付きっきりの訓練が実施されていた。

 午後の訓練内容としては、とにかく一対一の実戦に近い形式の試合を剣が上がらなくなるまで続けることだった。

 そんな中、エウスを取り囲む三人の新兵たちがいた。


「そんじゃ、続き行くぞ、いいか?」


 エウスの呼びかけに、ユーリ、ヨアン、アストルの三人は無言で答える。三人とも顔から汗を滝のように大量に流し、肩で息をして苦しそうに呼吸をしていた。

 そんな三人の限界に近い姿を、エウスはというと余裕の表情でニヤニヤしながら、彼らひとりひとりの顔を木の剣を手で回して遊びながら見渡していた。


「まさか、お前たちもう限界か?おいおい、しっかりしてくれ。俺ぐらい軽くひねってもらわないと精鋭騎士にはなれないぞ?」


「あのエウス隊長、俺たちまだ騎士ですらないんですけど…」


 ユーリが辛そうに息をしながらなんとか声をだした。


「いや、お前ら三人はもう騎士っていえるな、それだけ実力がある。あと足りないのは経験だけだ」


 エウスが見ても、新兵の中で上位二十名のトップを維持し続けることは優しいことではない。もし、エウスが、同世代百人集められて、同じことをしろと言われたら厳しいところがあった。


『ほんと俺がこいつらと同い年だったら、この三人には誰にも勝てなかったかもな…』


 エウスはそんな想像をするとなんだか今の状況がおかしくて少し笑みが零れてしまった。


「だから、まずは経験を積め、そして、積んだ経験をこのチームに活かせ、それがお前らの当分の役目だいいな?」


「ハイ!」と返事だけは力ずよく三人は返してくれたが、エウスから見ても分かる通りこの一試合で、もう限界といったところだった。


「よし、じゃあ、かかってこい」


 その一言でエウスの目が真剣な色に変わる。三人もこのエウスの本気の圧に先ほどから何度もさらされてきたがなれることはなかった。彼に睨まれるたびに身体は強張り息を呑んだ。

 おちゃらけた普段の隊長の姿とは一変してそこには騎士の本気の姿があった。


 最初に仕掛けたのはユーリだった。剣の腕前ではウィリアムと並んで新兵の中でトップクラスであり、エウスでも気の抜けない相手ではあった。

 ユーリの高速で鮮やかな剣の連撃が繰り出される。ユーリの剣撃はエウスの剣を一定の間隔で右左に防御させるように揺さぶった。そして、そのリズムにエウスが完全に慣れた頃合いに突然ユーリの剣の振る速度が倍以上に跳ね上がって隙をついて来ようとした。

 しかし、そのユーリの揺さぶりからの一撃をエウスはまるで知っていたかの様に簡単に防ぐ。

 ただ、その連撃を見たエウスは心底才能があるなと心の中で感心していた。


『ほんとユーリは剣の才能があるな。あ、そういえば小さい頃から剣は触ってたんだっけか?』


 もし、新兵がこのユーリの剣の連撃を受ければ、さばききれずに終わってしまうだろう。たとえさばけたとしても最後の素早い剣は予想できずにもらってしまうのがおちだろう。何故なら今の連撃は王剣の技術が組み込まれていたからだ。

 連撃で重要なことは攻め続けることと、剣を振るうリズムを一定にしないことだった。これは王剣を知るものならば誰もが知っていることだった。だから、まだ王剣を少ししか知らない新兵たちがユーリと対決すれば、負けてしまうのだ。


『綺麗な型どおりの連撃、努力の賜物だな、だが、王剣ってのは対人戦に特化してるだけで…』


 ユーリの連撃を剣で防ぎ続ける最中エウスは、彼の振り下げた剣の当たるぎりぎりで身体を横に外してとっさに避けた。


 すると、エウスの背後からアストルが突然現れた。


「なっ!」


 ユーリの振り下ろした木の剣は、威力を殺すことができず、そのまま、アストル目掛けて振り下ろされてしまった。


「アストル!」


 バキッ!


 木と木の剣がぶつかり合う。アストルの防御が直前で間に合い、仲間内での同士討ちは避けることができていた。


「あぶなかった…」


 エウスの後ろではアストルが仕掛けており、まんまと利用されていたのだ。


「アストル、すまなッ……ハッ!?」


 ドン!


 気づいたときにはもう遅く、エウスの前蹴りがユーリの身体を遠くに吹き飛ばしていた。


「ユーリ、今の蹴りじゃなくて、剣だったら首を持ってかれてたぞ、気をつけろ」


「はぃ…」と遠くから小さくげっそりとした声が、エウスの耳に聞こえた気がしていた。


「さて、残るはふたり、どうやって俺を倒す?」


 アストルとヨアンの前に立ちふさがる強者。


「ヨアン、さっきみたいに同士討ちを狙われないように一人ずつでいこう」


 アストルがそうとっさに提案するが、ヨアンは疲れ切った頭を回転させ冷静に返答した。


「ダメだ、アストル、ひとりずつでかかるのはエウス隊長の思い通りだ」


「そうだな、ヨアン。一対複数人の時、ひとりの方はなるべく一対一に持ち込みたいんだよ。だからそういった点ではここはふたり同時にかかって来るのが得策ってことだな」


 エウスは二人の前で頷きながら余裕を見せる。


 アストルとヨアンは、互いにそばに寄って、エウスを正面に捉えた。そして、二人はエウスに聞こえないように小さな声で素早く作戦を立てた。


「アストル、俺がおとりになって、エウス隊長の隙をつくる」


「でも、どうやって…」


「俺には秘策がある、それで必ず隙は作ってやる。だからアストルはチャンスが来るまで攻撃しないで常に俺とエウス隊長の傍で様子を伺っててくれ」


「わかった…」


「それじゃあ、始めるぞ」


 作戦通りにヨアンがエウスに一人で斬りかかって行き、アストルはただ、チャンスが来るまで傍で見守っていた。


「あれ、二人同時じゃなくていいのか?ヨアンが自分でそう言ってなかったっけ?」


「ええ、そうですよ」


 ヨアンが連撃を叩きこみ、エウスの反撃の隙を何とか奪うが、体力も限界でそれも持ってあと数秒。この連撃が終れば待っているのはエウスからの反撃のみ。


『だったらやることは一つ…』


「エウス隊長」


「なんだ、ヨアン」


 連撃の中、最後にヨアンがエウスの注意を引いた。


「これからはチーム戦なんですよね?」


「ああ、そうだ」


「だったら、何よりも大事なのは味方が勝つことですよね?」


 ヨアンが剣を捨ててエウスの懐に飛び込む。エウスは防御で剣を振り下げた状態であり、ヨアンはそこを狙い、剣の持っている方の腕とエウスの身体を固定するように抱きつき拘束した。


「ほう、そう考えたか…」


「アストル、いまだやれ!」


 ヨアンの掛け声とともにアストルが剣を構えながら突撃してきた。


『自己犠牲か…騎士の鑑だな…』


 そう思うと同時にエウスは膝を思いっきり上げて、飛び込んできたヨアンの腹を蹴り上げた。


「ごはぁ」


 腹から全身に激痛が走ったヨアンはそのまま苦痛の表情と共に地面に倒れた。


「ヨアン!」


 アストルの駆ける勢いが弱まると、目の前にはエウスが立っていた。


「よし、じゃあ、最後はアストルだけか、俺はこの後ちょっと用事があるから本気で行かせてもらうぞ」


「え、え、ええええええええええええ!!」


 ひとりになったアストルがボコボコにされるのにそう時間はかからなかった。



 ***



 ユーリ、アストル、ヨアンの三人が仲良く第一運動場の地面にボロボロで寝そべっているとエウスが顔をだした。


「お疲れ様、三人とも、やっぱり、お前らは強いよ」


 夕日に染まった隊長の嬉しそうな笑顔がそこにはあった。


「どこがですか?俺たちこんなにボコボコにされて…」


 ユーリが脇腹を押さえながらかすれた声で言った。


「ユーリ、お前はもう王剣の基礎がしっかりできてるみたいだから後は応用だけだ」


「本当ですか、そう言ってもらえるとありがたいです…」


 エウスは次にヨアンを見た。


「ヨアン、今日の最後のあの飛び込む判断は見事だった。お前が疲れてなければあの膝蹴りくらっても放さなかっただろうな、惜しかったな」


「…でも、あれ、剣の試合じゃ、反則ですよ…」


「ハハッ、そうだな、ルールとかがある剣の大会とかなら失格だな。だが、俺が今日やってたのは実戦訓練だ。負ければ死、勝てば生き残るそれだけがルールの世界で、ヨアンお前は自分を犠牲にして仲間を勝たせようとした。あの判断は騎士としていや、人として素晴らしい判断だよ…」


 そう言うとヨアンは自らを嫌うかの様に顔をしかめながら素直に言った。


「…ああ、いえ、俺はきっと本当の殺し合いだったらさっきの判断ができたかは分かりません。訓練だからできたことだと思います……」


「…ああ、まあ、そっか、そうだよな……」


 エウスも確かにいくら実戦を想定したものでも所詮は訓練であると理解はしていた。実戦では本当に自分の命をかけなくてはいけない。そんな時、誰かのために自分の命を捨てられるかと言われれば…。


「それは難しいよな…」


 エウスがひとりで難しい顔をして呟いていると、ふとアストルが視界に入った。


「ああ、そうだ、アストル、お前はやっぱりタフだな」


「え、どこがですか…こんなにボロボロなんですけど…」


 アストルは他の二人よりひどいやられっぷりだった。


「最後本気でいったのに立ち上がって来るんだからな、そりゃあ俺も力んじまうわけだ。すまなかったな…」


「いえ、そんな、そう言ってもらえただけで嬉しいです。俺は今日特に二人に何も貢献できませんでしたから…」


「アストルは自分でそう思ってるのか?」


「はい、だから、もっといろいろみんなを見て学んでいきたいと思います」


「そうか、それはいい心がけだ…」


 エウスはむしろここ最近のアストルの成長には驚かされていた。あらゆることを素直に吸収する彼はとにかく強くなることに貪欲だった。


『それもアリスちゃんって子のためだっけか…まったくアストルは可愛い奴だな…』


 と思うがエウス自身もなんやかんや同じ状況であることに気づきハッとさせられてひとり恥ずかしくなっていた。


「エウス隊長どうしたんですか?」


 片手で顔を隠したエウスにアストルが尋ねる。


「あ、いや、なんでもねぇよ。それより、お前ら今日はもう帰っていいぞ、俺はこれから大事な用事があるから」


「それって、ハル団長たちと訓練のことですか?」


 ユーリがボロボロの身体で上体を上げた。


「そうだ、これから第三運動場行って、俺も強くなるための訓練をしに行くってことだ。それで実はもうハルたち訓練を始めてるから俺ちょっと行って来ていいか?」


「分かりました。俺からみんなにエウス隊長の伝言は伝えておきます。だから、気にせず行って来てください」


「すまない、ありがとな」


 エウスは三人にそう言うとすぐに駆け出して行ってしまった。


「エウス隊長嬉しそうだったね」


 行ってしまった隊長の顔を思い出したアストルがそう呟いた。


「そうだな、俺も着いて行きたかったが、身体が…」


 ユーリが再び地面に倒れ込んだ。空には綺麗な夕焼け空が広がっていた。


「俺たちもっと強くなろう…」


 アストルが天に拳を伸ばしてそう言うと、隣にいた二人も天に拳を掲げた。


「賛成だ」


 三人はお互いの拳をぶつけ、強くなることを誓ったのだった。


































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