エウス組
午前中にあった新兵たちの組み分けから時は流れ、お昼の鐘が鳴り終わった頃。ハルはいつも通り昼食を食べるため古城アイビーの中庭に顔を出していた。
中庭ではライキル、ビナ、ガルナがテーブルや椅子やら日傘やらを用意していたため、ハルも慌てて駆けつけて準備の手伝いをした。
「ごめん、お待たせ」
「ハル、お疲れ様です」
「手伝うよ、後は何を…」
「ああ、いいですよ、もう、ほとんど終わってますから、はい、ここに座って一緒に休みましょう?」
ライキルが椅子を引いて座るよう促してくれた。申し訳なさを抱えつつもほんとに準備は終わり後は昼食が来るのを待つだけだったので、ハルは素直に用意された椅子に腰を下ろさせてもらった。
ハルが腰を下ろすと、隣の席にライキルが座った。
「あ、ハル、来てたのか、待ってたぞ」
「ハル団長、お疲れ様です」
ガルナとビナが日傘と椅子を持ってハルの前に現れる。そこでガルナがテーブルの中央の穴に日傘を入れて設置するとそのまま、傘を開き日陰を作った。中庭は夏の暑い日差しが降り注ぐが、西館の食堂よりも、風通しが良く、日傘を差せば一気に快適な空間に生まれ変わった。
そして、ガルナが当然の様にライキルとは反対側のハルの隣に椅子をおいて座った。
「本部に行ってたみたいですが、何かあったんですか?」
ビナはライキルの隣に椅子を持っていくとハルにそう尋ねた。
「いや、特に何かあったわけじゃないよ、ただ、ちょっと作戦の準備がどうなってるのか進捗をデイラス団長に聞きに行っただけかな」
「そうでしたか」
ビナは納得すると、本館のエントランスの扉から吹いて来た風を感じて後ろを向いていた。
「ところでエウスが見当たらないんだけど…?」
「ああ、エウスなら今日は食堂で新兵たちと作戦会議だぁ!って言ってましたから、多分、第二食堂の方にいると思いますよ」
ライキルがニコニコしながら答えてくれた。
新兵たちは二組のチームに分けられ、エウス率いる新兵たちはエウス組。エリザ騎士団の精鋭騎士たちが率いる新兵たちはエリザ組と今のところ呼ばれていた。最終的にその二組で大会が開かれることがさっき決まった。と言うよりはエウスがそうなるように前から企んでいたようなのだが、訓練の成果を発揮させる場所を作ってあげるのにはみんな賛成だったので、誰も彼の企みに異論はなかった。
そんなエウスは、新兵たちと信頼を深めるため、いや、もう十分信頼されているため、本当にその大会で勝つために今後のことを飯でも食べながら語り合っているのだろうとハルは思った。
彼はチーム戦などのリーダーとして素質やカリスマ性などは他の誰よりもあった。要するに人を動かし導く才能があるとハルは思っていた。そうじゃなければ、レイド王国に新参者で大きな商会を立ち上げられるわけがないのだ。
そんなエウスがいないことで、寂しそうに「そっかいないのか」と残念そうに呟くハルとは反対に、ライキルとビナの二人はいつもより気分が明るく笑顔が輝いている気がした。
「ビナ、今日はなんだかいい日ですね!」
「はい、そうですね!いつもより空気が澄んでる気がします!」
ハルは「アハハ…」と絞り出したような乾いた笑いを一つ出すと、昼食が来るのを待つのだった。
*** *** ***
「まずは食うぞ、いただきます!!」
「いただきます!!!」
エウスに続いて周りにいた新兵たちが復唱した。
第二騎士寮の隣にある第二食堂と呼ばれる大きな食堂の中で、エウスは、自分が率いる五十人ほどの新兵たちと、昼食を共にしていた。
新兵たちはテーブルに並べられた料理を次々と取っては自分たちの胃袋の中におさめていった。
「エウス隊長、それにしてもこれはどういうことなんでしょうか?食堂にきたらもうこんな豪華な料理が待ってるなんて…」
食事中、ひとりの新兵が声をあげた。食堂は一人一人がメニューの中から料理を頼む仕組みなのだが、今回は新兵たちが食堂に訪れるとすでに場所と料理が用意されており、一斉に食事にありつけている状態だった。
「これは今日だけ特別予約して準備してもらったんだ。だから遠慮なく食え!そして残すなよ!」
「さすがっすね、エウス隊長!」
「まあな、何事も準備が大事ってことだよ…ていうか、やっぱりこっちの料理もうめぇな」
エウスは食事の手を止めずに、食べながら説明していく。
美味しい料理に手が止まらないエウスだったが、新兵たちからの質問の嵐は止まない。
「エウス隊長、今回のこの組み分けって誰が決めたんですか?」
「あぁ?そりゃあ俺だよ、お前たちを一番近くで見てたのは俺とビナぐらいだろ?でもビナはこういうの苦手そうだったから俺が独断で決めたんだよ」
「どういう基準で決めたんですか?やっぱり、俺たちってエウス隊長に認められたからこっちに来たんですよね?」
エウスはその質問に食べていた肉をよく噛んで味わってから答えた。
「ブァアアカ!逆だよ逆、こっちはザコの寄せ集めだよ」
「うええええ!酷くないすっか!?」
新兵たちの視線が一気に集まるが全く気にしないエウスは続けた。
「あ、でも、そうだな、お前らを選んで集めた基準は一つあるぞ」
「なんですか、それは!?」
さらにエウスに新兵たちの注目が集まった。
「バカで陽気そうな奴らを中心に集めてみた」
当然、新兵たちから、この人最低だよ、隊長として失格だ、俺はあっちに寝返るよ、エウス隊長のバーカ、とくだらない罵声がしばらく飛んできた。
エウスはそんな言葉には耳を貸さずに飯に集中していた。
が、しかし。
バン!
と机を叩いてエウスが立ち上がった。
「いいかお前らには言っておきたいことがある」
急に立ち上がった者だから、すぐに新兵たちは静まり返った。
「バカで陽気でザコなお前らを、俺は!先にある大会で勝たせ勝利の美酒を飲んでもらいたいと思ってる…」
その時のエウスの目は本気で冗談など一つも言ってなかったことは新兵たち全員に伝わった。
「残念なことにこのチームはあっちのチームより弱い、良く周りを見回してみろ気づかないか?上位に二十名に名を連ねる常連がアストル、ユーリ、ヨアン、しかいないことによ」
新兵たちが辺りを見回したりしてハッとしていた。
「正直、俺は本当に下から順にしか選ばないつもりでいたが、それではあまりにも勝てる見込みがなかったから、しぶしぶ、みんなの癒しアストルさんや、剣術試合でトップのユーリさん、そして、陽気なお前らとは正反対の冷静なヨアンさんを連れてきてやったんだ」
エウスは静かに現実を突きつけていく。
「それでもこのチームは弱いんだよ。今、向こうのチームと戦えば必ず負けるぐらい、このチームは弱い…」
新兵たちの熱は次第に冷めていき、静まり返ろうとしていた。上位二十名とは本当に自分たちとは違う化け物だと他の新兵たちは思っていた。日課の走り込みをみんなはこなしているが、それだけで精一杯という者もいる。その中で、剣の腕まで立つ上位者たちは、下位の者たちからすればはるか先を行く者たちだった。
そんな上位者たちがたくさん向こうに行ってしまったのだから試合をして勝てないのは全員の目に見えていた。
しかし、そんな現実を許さない男がひとりいた。
「だが、しかし!」
もちろん、その男はエウス・ルオ。みんなの隊長だった。
「そんな、お前たちには誰が付いてるよ?」
エウスの問いかけに静まり返っていた中一人の新兵が勇気を振り絞って言った。
「エウス隊長でしょうか?」
「そうだ、ほかには?」
別の新兵も声をあげた。
「ビナ隊長でしょうか?」
「はい、そう、ほかは?」
今度は複数人が同時に、ハル団長、ライキルさん、ガルナさん?と声をあげていった。
「みんな正解だ、だが、まだだ、まだお前らは重要な人を二人あげてない」
そこでエウスの隣にいたアストルが発言した。
「ここにいる仲間!」
「はい、アストル、正解」
それじゃあ、最後のひとりは誰だろうとみんなが悩んでいる時だった。指導してくれる先輩や仲間まで出し切ると、あと誰がいるか難しい問いだったが…。
テーブルの端の方から一言、ある言葉が飛んできた。
「自分」
すると一斉にその声のした方をみんなが見るとそこには食事をしているユーリの姿があった。
「はい、ユーリ、大正解」
そして、答えが出そろったところでエウスは続けてみんなに語った。
「俺はこれからお前たちに勝つ喜びを教えようと思ってる。それも小さな喜びじゃねえ、大きな喜びだ。そのために俺は全力でお前たちを鍛えていくつもりだ。そこは安心しろ、ていうか、しつこいぐらいお前らを支えてやるし見ていてやるよ」
そこでエウスは言葉を少し区切ったあと続けた。
「だけどな、ひとつだけ言っておくぞ…」
その場の空気が変わったのを新兵たちが肌で感じた。
「お前らがもし本当に自分のことを弱いだのザコだの思ってるなら言っておくが俺は一切手助けはしてやんねぇ。むしろそんな奴はすぐにあっちのチームに移ってもらう」
エウスは先ほどみんなのことを弱いと罵りバカにしたが、エウスが本当に伝えたいことは全く逆のことだった。
「さっき俺がお前たちのことを弱いとバカにして本気で歯向かってくる奴はいなかった。それはどこかでお前たちが諦めてる証拠なんじゃねぇか?」
エウスは知っていた。諦めがつくということを、何と言っても小さい頃から隣にはいつも最強がいたから。今、下位にいる新兵たちの気持ちもよくわかっていた。
「だけど、たとえお前らが誰かから弱いと言われバカにされようが、そんな言葉絶対に無視しろ、俺からの言葉でもだぁ!!自分のことは常に最強だと胸を張って前を向け。いいか、自分が自分のことを信じてやれなくなった、その時、お前らが思う理想の自分には絶対になれねえってことだけは忘れるな」
諦めがつくことが多かったからいろんなことを諦めらてこなかった。そして、今もエウスの挑戦は続いていた。
たった一人の愛する女性の隣に立つために、今も、エウスはもがき続けていた。
「諦めなければまだ夢の途中なんだ…」
エウスはそれだけ言うと、大きく息を吸って最後に叫んだ。
「よし!自分を信じる者だけ俺についてこい!いいか、わかった奴らは返事だぁ!」
「ハイ!!!」
その場にいた新兵全員が一糸乱れぬ返事をエウスに返した。
「よろしい諸君、ならば飯の続きだ!大いに食べて盛り上がれ、午後の訓練からは厳しく行くからな!!!」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
食堂は、最初の頃よりも一段と賑やかにそして熱を抱え盛り上がった。
「こっちのチームは当たりだったな」
ヨアンが静かに呟く。
「そうだな」
隣にいたユーリが嬉しそうに微笑みを浮かべてそう言った。
新兵たちが集う中央では、すでにエウスとアストルによる早食い競争がいつの間にか開催されており、白熱した試合が展開されていた。
そんなバカ騒ぎを、ユーリとヨアンは、静かに端からその様子を眺めていた。