純粋なあなたと醜い私それでも一緒に 後編
ガルナを自室に迎え入れたライキルは、一度部屋の外に出て使用人に酒を持ってきてもらうように頼んで、彼女が待っている自室に戻った。
「お待たせ、ガルナ」
ライキルがテーブルの椅子に腰を下ろして待っていたガルナに言うと、彼女は、お帰り、とニッコリ笑顔を見せてくれた。
「後で美味しいお酒が来るので楽しみにしててくださいね」
「おお、ありがとう!ライキルちゃん!」
ライキルは、ガルナの正面の椅子に腰を下ろし席に着いた。
椅子に座り前を見ると当たり前だが、ガルナがいてテーブルの蠟燭の炎をジッと見つめていた。そんな彼女をライキルは注意深く眺めた。自分の瞳に彼女が映り込んで改めて彼女の容姿を再確認した。
シャワーの後だからか、彼女のピンク色のブロンドは肩のあたりで艶やかに揺れていたし、燃えるような赤い瞳は、テーブルの上に置かれた蝋燭の炎の光を反射して輝いていた。
獣人族特有のフサフサの獣の耳がぴくぴくとしきりに動き、ゴワゴワの尻尾は左右にゆっくりと揺れていた。
獣人は本来、腕や脚にも被毛があるはずなのだが、彼女はそこらへん普通の獣人族とは違い、基本族と言われる人族と同じ、毛のない腕や脚をしていた。そんな彼女の肌は小麦色の肌ですべすべしていたが、誰かさんと同じく傷だらけの身体だった。
そして、何よりも、完成された筋肉質の肉体はライキルが羨むほどだった。
そんな彼女の行動の中心には、常に戦闘があり、戦うことで誰かと理解しあうことが多い、戦闘狂と言えた。だけど、こうして戦っていない時は、自由気ままな猫のようで、なおかつ、可愛らしいしぐさや容姿は、ライキルでもずるいなぁと思ってしまうほどだった。
ライキルが微笑ましく彼女のことを見つめていると、お互いに目が合った。
「ん、どうしたんだ?」
「あ、いいえ、なんでもないです」
ライキルがニコッと笑うと、ガルナは首を傾げていた。
二人はお酒が来るまで他愛もない会話をした。最近はずっと天気が良く暑いなど、今日は来てくれてありがとうなど、お互いがあることを意識してしまっているため、今日は二人ともどこかよそよそしかった。
「ガルナは今日、何をしてたんですか?」
「私は、今日もエリザの奴らの相手をしてた」
「へぇ…」
ライキルの頭の中にグゼンというエリザ騎士の姿がよぎった。
「そうだ、それでグゼンのやつがライキルちゃんってどんな人だ?ってしつこく聞いてきたんだった」
ガルナが今日あった出来事を思い出すように話す。そこで、彼女は自分が意識しないまま、あることを口走る。二人がよそよそしくなっていた原因でもあることだ。
「アハハハハ!ダメだよな、ライキルちゃんには、もう、ハルがいるんだからさ………………あ…」
「う、うん…でも、ガルナもだよね…」
うつむくライキル。ガルナも知っているのだ。自分たちがどういう関係なのか。
お互い同じ一人の男の将来の婚約者。
しばらく二人の間に沈黙が続いた後、ライキルが顔を上げると、顔を真っ赤にしたガルナの姿があった。何を思い浮かべているのかと言うときっと彼のことなのだろう。
『全く、ハルは悪い男だな…グゼンってエリザの騎士なんか目じゃない、こうも夢中にさせるんだから…』
冷静に分析して、余裕ぶっているライキルだったが、いざ、ハルを前にすればころっと表情やしぐさまで彼に気に入られように変えようと自分もしてしまうのだろうと思った。そうやって、彼の注意を引き続け構ってもらいたいそんな思いから…。
『でも、今は私だけのハルじゃない、いや、前からずっとそうだったんだけど…』
ライキルは少し落ち込んだが、もう解決したことだったのですぐに立ち直り、目の前にいるガルナのことを観察した。彼女は顔をとても赤くして何かを呟いている彼女はやはり恋する乙女といった感じで可愛らしかった。
『この様子じゃあ、グゼンって男のこと聞くまでもないと思うけど、一応、聞いておこうか、これからのためにも』
「ガルナ、その…」
「な、なんだ!?」
ガルナがライキルのことを凝視する。
「あ、えっと、その…」
グゼンのことを聞こうとしたがなんと聞けばいいのか分からないまま呼びかけてしまっていた。
「………」
お互い変に緊張してしまって、また、もどかしい静寂が訪れようとした時だった。
トントン
部屋にノックの音が響いた。
「はーい、ごめんなさい、ガルナちょっと待っててください」
ライキルが急いで駆け寄ってドアを開けてあげた。
ドアの向こうには、使用人のヒルデがたくさんのお酒を乗せたワゴンの隣に立っていた。
「失礼します。ライキル様、お酒の準備ができましたので、お持ちしました」
「ありがとう、ヒルデさん」
ライキルが名前で呼びかけると、ヒルデは一瞬目を丸くして驚いていたが、すぐに無表情に少しだけ微笑を添えた表情に戻った彼女が、名前を憶えていただきありがとうございます、と丁寧にお辞儀をした。
「お酒の用意をさせて頂きたいので、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
ヒルデを部屋に入れると彼女は手際よく、ワゴンからお酒が入ったボトルをテーブルの上に移していった。
その間、ガルナはずっと一人で妄想の世界に入り込んでぶつぶつ何かを呟いて使用人のヒルデにも全くきづいていない様子だった。
「他に用があれば私たちにお声かけください。それでは私はこれで失礼します」
去り際のヒルデにもう一度、ありがとう、と言うと彼女は微笑んでくれた。その微笑は普通の人なら笑顔に匹敵するものだとライキルは勝手に感じていた。
ドアが静かに閉められると、再び、ライキルとガルナの二人っきりになった。二人とも相手を気遣ってしまっているため、上手く話せないこの変な雰囲気の中に戻って来てしまう。しかし、ライキルもこうなることは予想していたため対策はちゃんと取っていた。それは、量さへ間違わなければ、互いの仲を円滑にしてくれる頼もしい味方。
「美味しいお酒が来ましたよ、一緒に飲みませんか?」
「え!?…おお、いつの間に、こんなにお酒が…」
ヒルデがテキパキと見事な手際で用意したお酒とガラスのグラスがテーブルの上にはいくつも広がっていた。
「今日はたくさん飲んでたくさん話しましょう。私たちは話さなきゃいけないことがたくさんあると思うんです」
ライキルがずらりと並べられた酒のボトルの中から一つ手に取って、小さなショットグラスに注いだ。
「だから、はいこれ」
ガルナの前に琥珀色の綺麗な液体が差し出して、ライキルも同じものを自分の分のショットグラスに注いで、軽く持ち上げて前に差し出した。
「乾杯しましょう!」
堅苦しかった空気が崩れ去る音が聞こえた気がした。その音を合図にガルナも満面の笑みでグラスを持ち上げてくれた。
二人は互いのグラスを軽く当て乾杯し、ショットグラスに入ったお酒を飲みほした。
なにも混ぜないストレートの酒はライキルの頭にはずっしりと重い刺激を与え、体の中の平衡感覚を一瞬狂わせた。じわじわと気分が良くなって解放的な気持ちになる予感を感じ、それはもう一杯飲めばさらに加速して行くのだろう。気づいたときには次の酒をグラスに注いでいた。
ショットグラスで強いお酒を五杯は身体に流したころに、ライキルとガルナは互いの触れなかった部分について少しずつ話し出していた。
「私、あなたに聞きたいことがあったんですよぉ!」
気分が良くなったライキルがショットグラスのお酒の六杯目を一気に飲み干して言った。
「いいよ!いいよ!なんでも聞いて!」
ガルナはボトルのコルクを開け、グラス注がず、直接ボトルに口をつけて飲み始めていた。
「まず聞きたかったのはグゼンって男のことです。ガルナ、あの男とどういう関係なんですか!?詳しく聞かせてください!」
「グゼン?ああ、あいつか、あいつはエリザの精鋭騎士だ」
「え、精鋭なんですかあの男!?」
「まあ、弱いけどな!?アハハハハハハ」
ガルナがボトルの酒を飲み干し、次の酒をどれにしようか選びだした。
「なんか、気に入らないです。あんな奴が精鋭だなんて…」
「ライキルちゃんならすぐ追い越せるから大丈夫だよ」
「あ、ガルナ、今、平気で嘘つきましたね。酷いですぅ!」
「え!そんなことない、ほんとだよ!ライキルちゃんならすぐなれるよぉ!」
「ありがとうございます…でも、私のことは私が一番よく分かってるんです。精鋭には届かないって…」
いじけた表情でやけ酒を飲む、ライキル。喉に熱い酒が流れ、意識がふわふわし始め視界がぐらつく。
「ガルナが羨ましいです、強くて可愛くて…」
「そ、そうか?えへへ、ありがとう!」
彼女は照れくさそうに頭をかいて、笑顔をむけてきた。その反面、ライキルはムッとした表情で睨む。
「そういう純粋無垢なところもガルナはずるいんですよぉ!」
ライキルが空になったグラスに勢いよく追加の酒を注ぐ。
「それより、話しを戻しますけど、どういう関係なんですか?グゼンとガルナは?なんか今日、親し気に話してましたよね?」
新しい酒のコルクを噛んで開けているガルナをじっとりと疑い深く見つめた。
「うーん、そうだな、私がここに戻って来ると、よく一緒に稽古しようって誘ってくるやつだ」
それだけ言うと彼女は酒を飲み、飲み終わるとそのままライキルが喋るのを待っていた。
「え、それだけですか?」
「それだけだが?」
ライキルはさらに探りを入れるため思いきった質問を飛ばす。
「えっと、その稽古ってのは夜の稽古っていうかそういう感じですか?」
「夜?いや、夜は暗いから稽古はしないなぁ」
が、もちろん、ガルナにはライキルの伝えたいことは明確には伝わらず、素直に返されてしまった。
「違いますよ、全くガルナは素直に物事を捉えすぎです。いいですかこういうことです」
ライキルが席を立って彼女のもとに行き、伝えたかったことを直接耳打ちした。すると今度はガルナの顔がむすっとした顔になり不満をあらわにし始めていた。
「ライキルちゃん、私、あいつとそんなことしないよ、私がそういうことをするのは……えっと…」
何かを言いづらそうに口ごもり、同時にみるみる彼女の顔が赤くなり始めた。
「私はそういうことはあの…あのひと……」
「はいはい、いいですよ、言いたいことは分かりましたし、そうですよね、ガルナもぞっこんですもんね。あ、そうだそのことについて話しましょう?」
「…なんか、今日のライキルちゃんはちょっと意地悪だ…」
ガルナがそう呟くと、ライキルは嬉しそうに天使の様に微笑んだ。
「気づきませんでしたか?私って結構、醜くて嫌な女なんですよぉ…」
ライキルは席に戻って、たくさんあるお酒をいくつか取って一つのグラスに注ぎ混ぜ合わせた。その様々な種類の酒が混ざった液体を少しづつライキルは喉に流し込んでいった。その結果、頭はふらふらしはじめ、視界がぐらつき、すっかりライキルは出来上がってしまった。
「ハルから聞きましたよぉ、結婚のこと受け入れたそうですね!」
ライキルが気さくに語りかけるが、反対にガルナは少し視線をそらして気まずそうに、うん、と頷くだけだった。
「ガルナ、私たち家族になるんですよ!すごくないですか!フフフ!」
「う、うん…」
「…あ、あれ?どうかしましたか?」
決まりが悪そうな彼女の顔を覗きこむと、行き場をなくし観念したかの様に口を開いた。
「ライキルちゃんは嫌じゃなかった?」
「え?」
「ほんとはライキルちゃん、二人だけが良かったんじゃないか?」
「…………」
「ライキルちゃんはずっとハルと一緒だったから、私は邪魔だったんじゃないか…?」
ガルナの身体は強張っていた。どんな魔獣にも臆せず立ち向かう彼女だったが今目の前にいる金髪の少女が次に発する拒絶の言葉に怯えていた。が、しかし、そんな緊張をよそに返って来た言葉は気の抜けたものだった。
「うーん、そんなことないですよ、私、ガルナとも家族になれて嬉しいです」
その言葉で少しだけ彼女に明るい表情が戻るが、まだ何か遠慮しているようだった。
「…私、ライキルちゃんにハルのことが好きって打ち明けてから、少し自分で考えてみたんだ。ライキルちゃんはずっとハルのこと好きだったのに、途中からの私が好きなんて言ってよかったのかなって……」
それを聞いてからライキルが少し考えを巡らせてから口を開いた。
「ふむふむ、でもそれは別にそれはガルナの好きにしたらいいと思いますよ。誰かを好きになることっていうのは他の人が止められるものじゃないですからね。だけどその好きが相手に受け入れてもらえるかそこが重要なんだと私は気づかされましたよ」
ガルナは自分も結ばれたことに少し負い目を感じているようだったが、ライキルからすればそれは勘違いというものだった。確かに好きな人を独占したいその気持ちはライキルの中にもあった。たが、ライキルが一番重要視していたことは、ハルが自分を選んでくれるかどうかこれに尽きた。だから、告白成功前のライキルがガルナに醜い嫉妬の感情を抱いていたのは、自分が選んでもらえなくなるからであり、告白が成功して選んでもらえたライキルからすればあとはどうでも良かった。一番欲しかった彼に受け入れてもらえた。それだけで、他に臨むことは無かった。人生の終わりまでずっと彼のそばに居られることになったのだから。
「今のわたしぃは、ハルに愛してるって言われたのであとはもうどうでもいいんです。これからハルが何人の花嫁を迎え入れようと私は許せますよ。逆にガルナはそこのところどうなんですか?そんなハルが許せますか?私は、ハルがちゃんと愛してくれるって約束してくれたんで平気なんです!うへへ」
ライキルはだらしなく緩み切った顔をして、彼のことを思い出した。
「わ、私はそのたくさん増えたらそれだけ構ってもらえなくなるから…少ない方がいいぞ…」
「ああ!ガルナは強欲です!ハルがいったい何人の女性からつけ狙われているか分かってるんですかぁ?王都にいた時なんて大変だったんですからね!あちらこちらから貴族の女たちが寄ってたかって来てたんですからね!そう考えるとこうして二人の花嫁を迎え入れることになった事実が広まったら私も私も状態ですよ、きっと。だから、それぐらいは覚悟しておかないとハルの隣にはいられませんよぉ?」
「ライキルちゃん、二人じゃなくて三人だよ」
「え、三人?」
「アザリアちゃんのこと忘れてる」
「…ああ、そうでしたね、ガルナも彼女のこと聞いたんですね…」
ハルが口にするアザリアという不思議な女性の話し。一体どこの誰でどんな人物なのかもわからないが、ハルが死を選んでまで会いに行こうとしたほどの女性。
さっきは大口を叩いてハルがこれから何人もの花嫁を迎え入れても気にしないと言ったのは、もう、誰にもハルから受ける愛で自分が負ける気がしなかったからなのだが、ひとりだけアザリアのことだけは引っかかっていた。どこかアザリアという女性だけにはライキルでも届かないものがあるとそんな思いがあった。
「ガルナはアザリアって人のことどう聞いてますか?」
「どうってハルの大切な人だって聞いたなぁ…」
「私もそう聞きました…」
もうこの世にはいない女の子。そんな彼女のこともハルは迎え入れたいと言った。
「もしハルがそのアザリアって女の子に取られたらガルナだったらどうします?」
その質問に飲んでいた酒をおいたガルナは真剣な表情で考え始めた。
「私も一緒にいたいってハルに頼んでみる」
「…そうですね、私もそうすると思います。でも、それでもダメって言われたらどうします?」
「うーん、そのときはもう一回頼んでみる…」
「それでもダメだと言われたら?」
「もう一回頼んでみる」
「じゃあ、それでも…」
数回ほど同じ質問と答えを繰り返した二人は完全に酔いの中にいた。
「でも、私、アザリアちゃんって子がハルを取って行くような人じゃない気がするんだ」
「ガルナ、女の子は愛のためならどんなことをするか分からない生き物なんです。私みたいな悪い女もいるんですよ」
「ライキルちゃんは別に悪い女の子じゃないよ」
「そう見えますか?そう見えるなら嬉しいんですけど、実のところ私、結構性根が腐ってる女なんです。自分でも理解しています。まあ、小さい頃にいた道場でだいぶまともに育ててもらったのでそこまで今は腐ってませんが…」
ライキルは空になっていたグラスに酒を注ごうとひとつボトルを手に取った。
「きっとその道場に居なければ私は愛や家族や友情いえ、人なんか二度と信用しない他人を憎むだけの怪物になってたかもしれないですね。フフッ!」
ボトルのコルクをコルク開けで開け、ショットグラスに少量の酒を入れてすぐにそれを喉の奥に流し、言葉を続けた。
「そうだ、私が今と昔で違うところで一番の大きな違いを教えてあげます」
「どんなことだ?」
「私、小さい頃は、ハルのことが嫌いだったんですよ」
酔っていたガルナでもそんなことは信じられなかった。いつも彼にべたべたしてるライキルからそんな言葉が飛び出て来るなんて理解ができなかった。
「嘘だぁ、ライキルちゃんが、今、嘘をついた!」
「聞いてください、ほんとなんですよぉ。最初は口も聞きたくなかったし喧嘩もしてました」
「ハルとライキルちゃんが喧嘩してるところの想像ができない…」
「そうですね、じゃあ、ちょっと私の生い立ちを聞いてください」
ライキルはそこで自分が、この大陸の東のとある小さな村で生まれたことを告げた。
「え、ライキルちゃん、ここらへんで生まれたんじゃないの?」
彼女の言う、ここら辺とは六大国が存在する【レゾフロン大陸】の西部のことを指していた。レゾフロンには他に中央と東部があるが、西部から離れるほど、治安は悪い貧しい国や街が多かった。
「実は私の出身は東部の貧しい名もなき村だったんです。そこで幸せに暮らしてたんですけど、ある時友達と遊び終わって、村に帰って来てみれば誰もいなくて、家に帰れば家族が魔獣の手に掛けられていてといった感じでですね…私も殺されかけたんですけど、当時、ちょうど各地を旅していたシルバ道場の師範で私の育ての親の【ギンゼス】っておじいちゃんが助けてくれたんです」
ライキルは当時の光景を思い出すが、動揺することは無かった。酔いで感情が不安定な状態でもだった。
「助かった私は、シルバ道場ってところにそのまま拾われたんです。ただ、そこからです。最初に告げられたことが私が捨てられた真実だったんですよ!ありえなくないですかぁ?いいですか、聞いてください『お前の家族は飢えをしのぐために村の奴らが企てた策略に謀られた』って最初は信じられませんでしたよ、助けられたとはいえ、知らない人たちにいきなりそんなこと言われれば、それにこっちは家族が殺されたショックからも立ち直れていなかったんですからね」
ライキルはまた軽くショットグラスに酒を入れすぐに飲み干し何回かその動作を繰り返して喉を潤わせた。
「だけど、最初に本当のことを話してもらえて今はよかったと思ってます。だってそれで村に残るって私が言ったら今ここにいませんでしたからね」
「ライキルちゃん、そんな辛いことを抱えてたんだね…」
ガルナも一緒に悲しんでくれているようだったが、ライキルは少しだけ首を傾けて数秒考えこむと答えた。
「…ううん、私も最初はそう思いました。なんで私だけがこんな目にって。だけど、シルバ道場に行ったらその考えは変わりました。だって、シルバにいた人達はみんなそういう魔獣孤児の集まりだったんですからね…」
ライキルはそこで立ち上がって、ふらふらの足でベランダの前まで行き、扉を開けて夜空の星を眺めた。もちろん、手には酒のボトルを持って。
「それに大人になってだんだん分かったことなんですが、私のような魔獣孤児は別に珍しくないようで誰かしら家族を魔獣たちで失くしている人たちは多いんです…悲しいですがね…」
そこでライキルもガルナの様に直接ボトルに口をつけて胃にお酒を流し込んだ。きつい刺激が身体の中心から全身に広がり、頭を麻痺させる。
くらくらの視界とふらふらの足で何とかもとのテーブルの椅子に戻って来てたライキルが続きを話した。
「はにゃしを戻します。これで分かってもらえたと思うんですが、私は魔獣も人もみんな憎んでました。そんなところにです、人や動物そして魔獣も生きとし生けるもの全てを愛する少年が道場に殴り込みに来たんです。あれ?ちょっと矛盾してる?いや、違います。殴り込みはあのバカの提案だったからその少年は乗せられただけなんですけどぉ」
頭の中に当時の記憶が蘇った。シルバ道場の道場の扉が蹴破られた時はライキルも驚いたものだった。道場破りなんて本当にあるのかと目を疑ったしそれに、登場したのは大人しそうな青髪の少年と悪ガキの二人だったからだ。
「もちろん、その殴り込みにきた二人はハルとエウスで、そこからもすごかったんですがまあ、その話は置いといて、ハルと当時の私どう見ても正反対で相性悪いと思いませんか?」
「うん、でも、ライキルちゃん、そこからハルのこと好きになるんだよね?」
「あ、はい…それはもうめっちゃくちゃ惚れました。彼のことを知れば知るほど沼にはまるようにズブズブと落ちていきました。ガルナだってそうでしょ?」
「私は、その、気づいたらっていう感じだ。気づいたらそばにいてくれていろいろしてくれるっていうか…」
「ああ、なんですか、その惚気話、ずるいです。よく聞かせてくださいよ」
「うええ…私はライキルちゃんとハルの方が聞きたい…」
「分かりました。仕方ないですね…」
それからライキルはガルナに道場であったハルとの小さいころの話をたくさん聞かせてあげた。面白い話、びっくりする話、憧れる話、愉快な話、悲しい話もありとあらゆる話を彼女に聞かせた。
最終的にガルナは私も一緒にそこにいたかったといった。
「ええ、ガルナが小さい頃からいたら絶対にハルが取られてたんで私は嫌ですぅ」
「そんなことない、その時の私なら、ライキルちゃんにもたまにハルを貸してあげてたよ」
「なんですか、たまにって、ずっとじゃなきゃ嫌です!」
酒のボトルを空にしたライキルがニコニコしながら言った。
「ライキルちゃん、ほんとに私のことも家族って認めてくれてるの?もし、ほんとに嫌だったら…私は…」
ガルナが俯いていた顔を上げてそう言った時だった。
「ダメですよ、絶対逃がしませんからね?」
冷ややかで重みのある言葉が室内を支配した。聞いているだけで芯まで凍るほど恐ろしい声。力の差なんかでは決してない、揺るぎない意思からにじみ出る気迫からの圧迫感。
「………」
圧倒されたガルナだったが内心抱いていたのは心の底からの安堵だった。
「ガルナはもう私とハルの大事な家族なんですから…」
一緒にいようと言ってくれている人がハル以外にもいた。
「ずっと私たちの傍にいてください、どこにも行っちゃったダメです…」
自分の探し求めていた居場所が見つかる。すぐそばで見つかった。
「うん、わかった!私、いつまでも、いつまでもずっとみんなと一緒にいる!約束する!」
そこでライキルの表情にも変化が現れる。冷たく凍りついた表情がガルナの笑顔で緩やかに溶けていった。
二人のそれぞれ抱えていた互いのわだかまりが解けていく。だけどライキルは彼女に謝らなければいけないことがあった。
テーブルの上にあった酒がほとんどなくなると、二人は互いに最後のボトルをそれぞれ手に持ってベランダに出た。
夜空には先ほど見上げた星々がまだその輝きを全く失わせずに光を放っていた。
ベランダに出た二人は柵に寄りかかり一緒に空を見上げながら酒を飲み語り合った。
「ガルナ…」
「何?」
「ごめんなさい」
「ん、何が?」
「私、ずっとあなたに憧れてたと同時に嫉妬して、それで憎んでました」
「そうなの?」
「そう、なんです…」
「そっか、じゃあ許すよ」
「軽すぎませんか?」
「許しちゃだめだった?」
「いえ、そのありがとうございます、ほんとにごめんなさい…」
「いいよ、いいよ」
ライキルが横にいるガルナのことを眺めた。星を見ながら酒を飲んでる姿は荒々しかったが、全体的な仕草がふわふわした印象の彼女は、動くたびに可愛らしかった。そして、それと同時に存在している戦闘の中で自然に身についたであろう筋肉は完璧で美しかった。
『そうだ、私、ガルナに憧れて鍛え始めたんだった…ハルも前にガルナのこと褒めてたからそれが悔しくて…』
ライキルはボトルに口をつけ、一気に傾けるとすぐにもとに戻した。
どろどろした自分とはまったく違い、さっきのさっぱりした性格や考え方など、ライキルの欲しいものはガルナの中に、たくさん散らばっていた。
『私ってなんていうかほんとに情けないし、ガルナには全然なんにも勝てないな…』
「はぁ…」
ライキルが落ち込んでうなだれているとガルナが不意に口を開いた。
「私もね、実はライキルちゃんのこと前からいいなとは思ってた。いつもキラキラしてて頭良くて美人でカッコよくて、私もライキルちゃんみたいな女の子になってみたかったんだ」
「…え、ほんとですか?」
「ほんとだよ、みんなから愛されるまともな女の子になりたかった」
「私、まともな女なんかじゃないですよ、憎悪の塊みたいな女です」
「そんなことない」
空になったボトルを置いた、ガルナがライキルの手を両手で握った。
「ライキルちゃんは素直でいい子で私の大事な家族だよ」
月光を浴びたガルナの真剣な表情がそこにはあっただけどその後すぐに酔いでふにゃふにゃになった彼女の顔がそこにはあった。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいです………って、あれ、ガルナ!?」
ライキルが照れくさそうにそう呟く間に、ガルナがフラフラとこちらに寄って来て倒れ込んで来たのでキャッチしてあげた。
「ごめん、もう、飲めないよ………」
「分かりました。今日は私のベットを使ってください」
「ごめん…」
ガルナに肩を貸して、自室のベットまで運びそこに寝そべらせ、毛布を掛けてあげた。
「そうだ、最後に聞きたかったんだけど…」
目をトロンとさせ、寝る寸前のガルナが質問してきた。
「なんですか?」
「どうして、ライキルちゃんは騎士になったの?」
「え、それは……それはですね…」
上手く言葉にできないでいると、ガルナがもうすでにすやすやと深い眠りの中に落ちていた。
「ってあれ、寝ちゃうんですか…」
ライキルが騎士になった理由。
「決まってるじゃないですか…」
ライキルの瞳には焼き付いて離れない目覚めの悪い記憶があった。だけど今この瞬間に映っていく瞳の過ぎ去る景色はどれも大切で、幸せで、ずっとこの景色が続いて欲しくて、でも、きっと、ちゃんとこの瞳に映る光にも寿命があって、それが早く終わって欲しくないから、奪われたくないから、少しでもこの瞳に自分の愛する人たちをとどめておきたいから…
『私は騎士になろうと思ったんだ。自分のために、誰かのために、みんながずっと一緒にいられるように、いい子も悪い子も好きな人も嫌いな人もみんな一緒に、当たり前の日常が送れるように私は強くなろうと思ったんだ…』
ライキルの頭の中に強者のイメージが浮かび上がった。それはどれも人々を守ってきた後姿だった。
最初は刀を抜いた老人の後姿が浮かんだ。
次は、挑んでも全く勝てる見込みが見えない目の前にいる獣人の女の子のこと。
そして。
霧が晴れ上がった森の中、神のごとき獣を前にしても一切ひるまず、ただいつもの優しい笑顔を浮かべて安心させてくれた愛する人の背中を思い浮かべた。
「私、もっと強くなって、みんなを守れるようになりたいんです。そうすればずっとみんなで一緒にいられますから、私が騎士になった理由はきっとそれです。それにします」
ライキルはベットで寝かせたガルナの頭を軽く撫でると、部屋中についていた明かりを水魔法で消して、歪んだ視界とフラフラの足で部屋の外に出た。
薄暗い廊下を壁を伝って右に進み、廊下の角までたどり着くと目の前にある壊れたドアを開けて部屋の中に勝手に入った。部屋の間取りは自分の部屋と対して変わらないのでスムーズに、そのままベットに直行した。
「ぐへへぇ」
にやけるライキルの目の前にはすやすやと眠っている青髪の青年がいた。
「ハル、良かったですね、あなたの愛しのガルナはあなたにぞっこんでしたよ?」
ライキルはハルの耳元で甘ったるく囁いた。
「って、あれ、おーい、聞いてるんですか?おーい」
と言いつつも彼を起きないように細心の注意を払った声量で語りかける。
「聞こえてないなら私のお願い一つ聞いてもらいますよ、いいですね?」
返事を待たずライキルはお邪魔しますといってハルの寝ているベットの中に侵入し一緒の毛布に入った。
仰向けで寝ているハルの隣にぴったりとくっつくように寄り添い彼の腕を抱きしめた。
「はあ、幸せです。幸せ過ぎてため息が出ました…」
彼の顔のすぐ横に自分の顔を移動させ、少しの間、その寝顔を眺めたあと静かにライキルは話しかけ始めた。
「ハル、こんなどうしようもない私を選んでくれてほんとにありがとう感謝してる。それでね、私、これからもっと強くなってハルの負担を軽減してあげたいとも思ってるんだ。まあ、私なんかじゃ微々たるものだと思うけどさ…」
月光に照らされて眠っているハルを、隣で寝そべっているライキルは慈愛の目で見つめながら、彼の頬に手の甲で優しく触れた。
「どうすれば私はハルの力になれるかな?それは無理?ううん、あなたは強すぎるからなぁ…」
そこでライキルにも酔いの限界が回って来たのか、視界がぼやけて眠くなっていた。
「ふぁ眠いぃ、あぁ、そうだ、最後に言っておくよ。いつも私たちの当たり前の日々を守ってくれてありがとね、私そんなハルが好きだよ…愛してる……」
最後の力を振り絞って彼の頬に口付けしたライキルはそのまま夢の中に意識を落としていった。
そんなライキルと入れ替わる様に、ハルはゆっくりと目を開け身体を横にして彼女の方に向いた。
「ありがとう、俺も愛してるよ、でもさ…」
ハルは眠るライキルの頭を軽く一度撫でると一言呟いた。
「俺のことは…もう大丈夫だから…何も心配しなくていいよ………」
暗い声が静かにそう告げた後、彼女のおでこにハルも口付けをし、再び仰向けになって目を閉じた。
「おやすみ、ライキル」
辺りは静まり返り、世界はただ、次の朝の光を待っていた。