戦闘狂
*** *** ***
日が暮れはじめ、パースの夜の街に明かりがつき始める。
自分の家に帰ったり、今日の出来事を友人に話すために酒屋に向かう最中の人などで、パースの下の街は人でごった返しになっていた。
そんな中、一人の酔っ払いが昼間っから飲んでいたのか、べろんべろんで人にぶつかりながら歩いていた。
ドン!
「おい、あぶねえじゃねえか、この野郎!俺様を誰だと思ってるう!」
そう、酔っぱらった男は、ぶつかった人たちに怒鳴り散らしていた。
「くそう、俺は偉大な商人様だぞ、お前らが一生かかっても稼げないほど、金をもってるんだぞ!」
嘘か本当か、酔っぱらってる男は道を歩いていく。
大勢の人が行きかっているが、その酔っ払いの周りには自然と人々が離れ、小さな空間ができていた。
「へっ!庶民どもめ、俺がこわいのか」
そう、彼がすれ違う人々を睨みつけながらあるいていると、遠くの方で人々がざわついていた。
「ああ?」
そのざわめきはどんどん男の方に近づいてくる。
「なんだ?」
そして多くの人々がそのざわめきの中心から順番に大きく横に避けていく様子が見られた。
それもそのはずだった。
一人の尻尾の生えた女性が、数十頭の魔獣をロープで縛り、それを片手で軽々引っ張っていた。
その女性はワンレングスボブの髪形で、ボサボサの髪だったが、透き通った金髪に赤色を混ぜたような色をしており、オオカミのような大きい尻尾を持っていた。
肌は小麦色の綺麗な色をしており、獣人族に見えたが彼女の耳は、人族の耳と同じ耳だった。
さらに、短パンや白い半袖のシャツから見える腕や足には獣人族、特有のぶ厚い毛が生えておらず、その代わり無数の大きな傷跡がいくつもあった。
瞳は燃えるような赤色をしており、胸はあまり大きくないが、それよりも引き締まった筋肉の大きさが目立ち、背は女性にしては高いほうだった。
引っ張っている魔獣は、どれも体長がおよそ四メートルを超え、体高が2メートルを超えた白色の虎型の魔獣だった。
どれもひどい傷があり、それが彼女の背負っている大きく真っ赤な太い大剣で、切り裂かれ、引き潰されたことが容易に想像できた。
さらに返り血だと思われるもので、彼女は全身血まみれだった。
その人知を超えた光景に、人々は黙って道を開けていった。
彼女が酔っ払いの男の前まで来る。
「な、なんだよ」
男はそう言いながら後ずさりするが、彼女は、その男を気にも留めず、ただまっすぐ道を進んでいく。
彼女の瞳は、人殺しのような鋭い目つきをしていた。
酔っぱらった男もその彼女の目に怖気づいたのか、すっと横に避けた。
彼女の魔獣を引く後ろ姿はまさに化け物そのものに見えた。
「なんだったんだ、あいつ…」
いつの間にか男の酔いは覚めていた。
*** *** ***
冒険者ギルドの酒場は基本的に仕事の依頼をする受付のカウンターや、仕事の内容が張り出される壁と同じ空間にあった。
その酒場である複数人の冒険者たちが気持ちよくお酒を飲んでいた。
お金があるのか彼らのテーブルには高いお酒が何本も置いてあった。
「それでよ、その女の子、めちゃくちゃいいおんな…」
バン!!!
冒険者ギルドの建物の表の扉が勢いよく開かれた、酒場で飲んでる冒険者たちや受付の人などの視線が一気にその音の方向に向けられる。
「なんだ?」
そうすると、大剣を背負った血だらけの尻尾の生えた女性が現れた。
「な、なんだ、なんだ!?」
辺りの冒険者ざわつきだす。
そうすると、彼女はロープをひぱって中に入って来る。
「おいおい、なんだあの女?」
そしてたら、次の瞬間、冒険者ギルドのある程度大きい扉に多くの魔獣の首がぎゅうぎゅうに顔を出した。
「うあ、化け物だ!!!」
辺りの冒険者が騒ぎ出す。
しかし、よく見たらたくさんの魔獣の死体が、ロープでぐるぐる巻きになっているだけだった。
「なんだ、死体かよ、ビックリした」
酒場にいた多くの冒険者が安堵すると。
バキバキ!!!
その音は彼女が、魔獣たちの死体を無理やり冒険者ギルドの受付に、入れようとしてなっている音だった。
「んーーーーー」
彼女が両手で引っ張ろうとした時、受付の女の人が飛んできた。
「ま、待ってください!魔獣の受け渡しは別の場所になります」
「そうか、どこ?」
「この建物の裏にあります」
「ありがと」
そう言うと彼女は魔獣を押し返して、裏に移動していった。
彼女が出て行ったあと、少しだけ冒険者ギルドは静寂に包まれた。
「なんだったんだ…」
そのあと、しばらくさっきのことで酒場の話題は彼女の話で持ちきりになった。
「おい、あれ一人で全部やったのかな?」
「絶対そうだろ、全身血まみれだったし」
「あの女が背負ってた大剣見たか、人が振るえるものじゃねえよ」
そのように話していると、扉が勢いよく開けられ彼女が戻ってきた。
辺りは彼女に一瞬、注目するが誰も目を合わせなかった。
彼女は酒場の一人用のカウンターの席に座りお酒を注文していた。
「マスター、このお金で私はどれくらい飲める?」
「これだと、安いボトルだったらいくらでも飲めますよ」
「よし、じゃあ、安いボトル一本くれ」
「はい、かしこまりました」
酒場のマスターは血だらけの女性相手にも冷静に接客していた、さすがは冒険者ギルドの酒場だった。
ボトルとコップが用意されると、彼女はボトルの栓を抜き、そのまま直接ボトルに口をつけてお酒を流し込んでいった。
冒険者たちはそんな彼女の後姿をしばらく見ていたが、それにも飽きたのか自分たちの会話に戻っていた。
「そうだ、それでよお、今日七人、女の子に声をかけたんだけどさ、誰も引っかからなくてさ」
「ぎゃはははははは、お前、顔はいいのにな」
仲間の一人がそう言った。
気持ちのいい空間に話している冒険者の男の声も大きくなる。
「それでよ、最後に声かけた女の子がさ、そこの冒険者ギルドの前にいたんだけど、超きれいな顔してたんだよ」
「冒険者だったのか?」
「いやわからない、鍛えてる感じだったけどな」
「へーおれも会いたかったな、その子に」
「はは、お前じゃむりだな」
「お前にいわれたくねえよ」
その冒険者たちが和気あいあいと話していた。
しかしその冒険者があることを話し出す。
「でも、その女の子には連れがいてな、背がでかくて少し青っぽい髪した男でよ、これがまたへらへらした奴だったんだけどな、ちょっと疲れていてイライラしてたんだ」
「お前手出したのか?」
「あ?ああ、ちょっと胸倉つかんだだけだよ」
「おまえ、しらふだったんだろ、人に迷惑かけてるんじゃねえよ」
「違うんだって、聞いてくれそのあとなんだよ」
彼があの時のことを思い出し少し体が震えたが楽しい笑い話として消化しようとした。
「俺が胸倉つかんだ瞬間、目の前が真っ暗になったんだよ」
「はあ?なんじゃそりゃ、魔法かなんかか?」
「分からない、それでな、自分では目開けてるんだけど全く何にも見えないわけ、それでだんだん周りの音もスーと小さくなっていってな、体の感覚も消えていったんだ」
話していた男は今日体験した不思議な話に熱が入り、大きな声になっていた。
「なんだそれ、本当の話か?」
聞いていた男が疑いつつ言った。
「いや、あの時、先輩結構やばい顔してましたよ」
年下ぽい男が話してる彼を擁護した。
「俺はあのとき、まじで死んだと思ったよ」
彼はそう言うとコップに入った酒を一杯飲みほして、笑っていた。
「いや、ちょっと待てよ、背が高くて青い髪ってどっかで…」
聞いていた男が何か思い出そうとすると。
「うああああ」
後ろを振り向くとさっきの血まみれの女性が真後ろに立っていた。
「びっくりした、な、なんだよ」
「さっきの話本当か?」
彼女が話していた男に尋ねた。
「あ、ああ全部本当の話だ、今日あった出来事だ」
震えながらその男は言った。
彼女からは、かなり血なまぐさい匂いがした。
「そうか、ありがとう」
彼女は酒場のマスターのもとに戻り、彼と何か話した後、ものすごい勢いで外に飛び出して行った。
「なんだったんだ…」
冒険者たちが頭をかしげているとマスターがやってきた。
「この店で一番高いボトルになります」
「そんなもの頼んだ覚えはないぞ」
冒険者の一人が言うと。
「先ほどの血に染まった女性からの贈り物です、代金はいただいています」
冒険者たちはきょとんとした顔でしばらく固まっていた。