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ただの青年と…………

 午前中の訓練を終えたグゼン・セセイは、昼食を終えると、シオルドとマイラを連れて、古城アイビーの本館に足を運んでいた。

 目的はこの古城アイビーに訪れている、新兵たちについてのことだった。そのことで三人は呼び出されていた。

 一階のエントランスから、会議室がある二階の階段を上がる途中でシオルドに声を掛けた。


「なあ、俺たちである必要があるかこれ?」


 新兵を鍛えるなどグゼンからしたら時間の無駄なことの様に思えてしかたがなかった。それだったら、その時間を使って、自分たちが強くなることを率先させた方が何倍もいい気がしていたのだが。


「なに言ってんだよ、未来の英雄たちがこのエリザに来てくれるかもしれないだろ?大切だよこういう新兵たちの教育は」


「はあ、まあ、そうだけどよ、なんで俺なんだよ、他にも精鋭騎士はいっぱいいるだろ?」


「それはグゼンさんがエリザの中では一番強いからですよ」


 マイラにそう言われたが、完全に間違っているので訂正させた。


「ばか、うちで一番強い騎士はガルナに決まってるだろ、忘れるなよ…」


「ああ、そうでした、すみません…」


 普段から全くエリザ騎士団のところに顔を出さないガルナが、他の騎士たちに存在をすっぽりと忘れられることは多々あった。マイラもそうだったのだろう。


『まあ、仕方ないんだがな、そもそも、全然ガルナは顔ださねえし…』


 グゼンは、少し寂しい気持ちを抱きながら会議室に向かった。


 会議室につくとグゼンたちは、扉をノックしたあと中に入った。

 そこには待ち合わせをしていた自分たちの団長のデイラス・オリアが先に椅子に腰を掛け紅茶を啜っていた。


「デイラス団長、お待たせしました」


「ああ、よく来てくれたね、待ってたよ、さあさあ、三人とも適当に座ってくれ」


 三人はそれぞれ一つのテーブルの左右にあるふかふかのソファに、シオルドは左にひとりで、右にグゼンとマイラが二人で座った。

 デイラスはというと、真ん中に用意された一人用の豪華な椅子に紅茶を持って座っていた。

 彼がエリザの騎士たちと話すとき、いつも堅苦しいことは気にせずに、親戚のおじさんの様に接してくる。無礼の無いようにいつも気を引き締めているが、それでもたまにその礼儀も緩んでしまうほどだった。


「みんな日々の訓練頑張ってるようだが、どうだいここ最近の調子は?」


「ええ、我々のガルナ副団長も帰って来て、日々彼女に鍛えてもらってる状況です」


 グゼンが率先して答える。


「そうか、ガルナも、討伐作戦の関係で珍しくずっとこっちにいるからな」


「はい、ガルナ副団長にはもっと、我々を鍛えてもらいたいところです」


「ふむ、そうか、そうか」


 デイラスが紅茶を啜る。すると会議室の扉がゆっくりと開いて、三人のための紅茶を運んできた使用人が入って来た。

 その使用人は手慣れた手つきで素早く紅茶を用意するとすぐに会議室の外にでていった。


「だが、その前に、君たち三人には鍛えてもらいたい子たちがいるんだ」


「王都から来ている新兵たちのことですね?」


「そうだ、数年に何回かこうして新兵たちを迎え入れてたから知ってると思うが、彼らは今、ハル剣聖のもとで訓練をしている。それは本来私たちがやらなくてはならないんだが、白虎の件もあって手がでなかった。だから、彼らの負担を減らすためにも、比較的手の空いている我々が半分引き受けることになったんだ」


「え、半分ですか?全員ではなく?」


「あれ、シオルドから聞いてなかった?ハル剣聖がどうしても自分たちでもいろいろ教えたいって言うから半分だけってことになったんだ」


 グゼンは、ハルのことを奴などと呼び、毛嫌いするほどだが、剣の腕前や戦闘に関する実力は認めざる負えなかった。

 グゼンは精鋭騎士。さらにレイド王国でも、三番目に強い騎士団の中でも、二番目に強い騎士。そんな彼でも、白虎の小型神獣一体を一人で倒せるか怪しいくらいなのだ。だから、そんな白虎の群れを倒し、歴代最強と言われるほどの元剣聖相手に、自分が戦闘で勝てるとは微塵も思ってもいなかった。そこはひとりの騎士として十分冷静になることができた。


「…それはなんだか、贅沢ですね……」


 グゼンがぽつりと言葉をこぼす。

 ガルナが良いというのも、個人的な気持ちから、もちろんグゼンの中にはあったが、その前に一人の騎士として、現役の剣聖から直接指導を受けられるのならグゼンも彼にご教示願いたいものだった。


『だが、やっぱり、なんか気に食わねぇ…』


 その後、デイラスからだいたいの説明を受けた三人は、今後の予定を決めて、会議室を後にした。

 その帰り道、グゼン、シオルド、マイラの三人が、城の本館から中庭を抜けて、第二運動場に向かう途中の出来事だった。


 エントランスの一階から、城の中庭に出る大きな扉をくぐると、入って正面の右側に日よけの傘をさし、その下にテーブルや椅子をおいて食事をしている者たちがいた。


『こんなところで食事とは物好きな奴らもいたもんだ』


 グゼンがそんなことを思いながら、その日傘を横切ろうとした時だった。


「ハッ!」


 思わず声が出てしまった。それもそのはず、そこには予想外の人物が座っていたからだった。


「ガルナ!!」


 日傘の下には、肉にかぶりついている、ガルナの姿があった。


「ん?ああ、なんだお前たちか、どうしたなんでここにいるんだ?飯食いにきたのか?」


 肉を素手で持ち、そして、美味しそうにかぶりつく、ガルナが口元を油まみれにしながら言った。


「ガルナ、なんでこんなところで食事なんか…って!?」


 グゼンはそこでガルナの隣にいる人物に目がいった。その目線の先にいた男が、どうしたの?とガルナに声を掛けていた。


 その男の名は、ハル・シアード・レイ。

 グゼンからすれば彼は気に入らない存在だった。

 騎士たちの最高峰の称号である剣聖の位を一度授かり、二度の神獣によるレイド王国への襲撃を防ぎ、さらには今回、四大神獣の白虎討伐まで成し遂げたまさに英雄。見たところ彼にはライキルという美人の彼女もおり、地位も名誉も金も女も全て手に入れた男。そんな奴が、今、エリザの騎士から自分たちの副団長まで奪おうとしているのだ。

 グゼンの中にはそんな英雄を敵意の目で見ることしかできなかったが当然表には出さない。


「あ、どうも、こんにちは、皆さん、ガルナの知り合いですか?って、あ、シオルドさん!」


 こちらに気づいたハルがニコニコしながら日傘の中から外に出てきた。すると、中にいた人たちも順番に顔をだしてきた。

 ガルナとハルの他に、一度だけあったことのあるエウスという男と、ライキルと言われる噂の女性。

 そして、最後のひとりは赤髪の小さな女の子だった。


『はて、このちっこい子は…?いや、ここにいるってことは騎士だよな…子供がこんなところにいるわけねえもんな……あ、待てよ一回、他の精鋭の奴からバカ強い赤髪の少女がいるって聞いたことあるな…まさかこの子のことか?』


 グゼンが珍しそうに小さい子を凝視すると、彼女はライキルの後ろに隠れるようにスーッと消えていった。


「こんにちは、ハルさん、お食事中お邪魔してしまって、すみません」


「いえいえ、大丈夫ですよ。ところでそちらのお二人は?」


「こっちは、グゼンとマイラ、私と同じエリザの精鋭騎士です」


「あ、初めまして、ハル・シアード・レイです」


 そう言った英雄様は自ら手を差し出してきた。


「………」


 差し出された手にグゼンは硬直してしまった。本来なら地位も軍の中の位でもどちらも上の人間。すぐに握り返した方がいいのだが、グゼンの中で変なプライドが邪魔をしていた。

 しかし、その変なプライドも目の前にいるただの背の高い好青年だと思うと自然とこちらからも手を出して握手をしてしまった。


「…グゼン・セセイだ。こちらもよろしく頼む……」


 本人を目の前にしてグゼンは完全にどうしたらいいのか分からず握手をした後は固まってしまった。


 握手を終えたハルがニッコリと会釈をしてマイラの方に挨拶をしに行った。


「私、マイラ・ダースリンと申します。ハル・シアード・レイ様お会いできて光栄です!」


「よろしく、ハルでいいですよ。あ、そうだこっちもみんなを紹介しますね」


 そう言うとハルが、ひとり、ひとり、エウス、ライキル、ビナと順番に彼の仲間たちを紹介していった。


 そして。


「最後に、彼女がって、皆さんご存じですよね」


 ハルが最後にふわふわの耳とごわごわの尻尾、そして傷だらけで素晴らしい筋肉質の身体を持った獣人ガルナ・ブルヘルのことを紹介しようとしたところでやめる。何と言っても彼女はエリザ騎士団の副団長だからだ。


「あ、でも、ハル、私は結構、エリザの奴らからは忘れられてることが多いから、こいつらにも紹介しておいた方がいいぞ!」


「え、でも、それってガルナがずっと旅したから、ガルナが悪いよね?」


「ふむ、まあな!!グハハハハハハハハ!」


 豪快に笑った後、ガルナは肉を食べる作業に戻っていった。相変わらずこっちでも協調性が無く自由のようだった。


「あ、ハルさん、先ほど、デイラス団長と新兵たちのことについて予定を決めてきたのでお話の時間を頂いてもよろしいですか?できればエウスさんとビナさんも」


 シオルドがそう確認すると、ハルとエウスだけが頷いて分かりましたと返事をしていた。


 その後、グゼンはシオルドとハルとエウスの四人で今後のことを話しあった。気に入らない奴と話すのは我慢ならなかったが、新兵たちのことに関しては、仕方がないことだったので、平然を装って、スムーズに話しを進めていった。


 その間少し離れた場所でマイラが、ライキルと後ろに隠れていたビナに話しかけにいって何やら盛り上がっていた。


「………」


 そこでグゼンはあることに気づき、自然にハル、シオルド、エウスの会話から抜けて、日傘の下でみんなの輪から外れて、ひとり一生懸命、肉を頬張っているガルナのもとに向かった。


「ガルナ、ちょっといいか?」


「なんふぁ、ひま、ふぉっても忙しいんだが?」


 口をもぐもぐ、もぐもぐ、動かしながらしゃべるので多少聞きづらかった。


「お前嫌なことされてないか?」


 グゼンは、ガルナがなんだか仲間外れにされているみたいで、可哀想だと思った。


「嫌?なんのことだ?」


「いや、その例えば…」


 大きな声では言えなかった。近くにまだ彼らもいたから。


「仲間外れにされてるとかさ…」


 そんなことをされていたら、たとえ相手が剣聖だろうがグゼンは関係なく正義を執行しようとしていたが…。


「ないな、あ、でも、エウスはうざいからたまにボコボコにしてるな」


「え?あ、そうか…」


 こうなるとグゼンが正義を執行しなければならないのがガルナということになるので、いい加減なことを考えるのはやめた。


『というかエウスさんを?なぜだ?』


 どういうことなのかグゼンにはさっぱりわけが分からなかった。あのエウスという男、初対面だったが、かなり真面目で好印象なイメージの男だったからだ。そんな男をなぜぞんざいに扱うのか理解できなかった。

 グゼンは疑問に思いつつも、分からないことは、忘れて彼女に新しい質問をした。


「なあ、ガルナ、お前はこれからどうするんだ?」


「私は、これからここにある肉をハルとエウスが来る前に食べようと思ってる。二人は私から肉を奪うのが上手いからな」


「あ、いや、そうじゃなくて…」


 投げた質問は、遠くて深いところに飛ばしたつもりだったが、あまりにも近くて、浅い答えが返って来たのでグゼンは困惑した。


「ガルナはハルさんたちとずっと一緒にいるつもりなのか?」


「………」


 その言葉でガルナの手の動きが止まったのをグゼンは見た。そこで、どうにか振り向いてもらうために情に訴えかけようとした時だった。


「ガルナ、肉ばっかり食べてないでこっちに来てみんなとお話ししませんか?」


 気が付くとグゼンの隣にはいい匂いのする金髪の美人で慎ましそうな女性が立っていた。


「ライキルちゃんの頼みなら仕方ないな!その代わりこれは手放さないけどいいか?」


「ええ、いいですよ」


「わーい」


 両手に骨付き肉を持ったガルナが椅子から立ち上がって、ビナとマイラのもとに駆けていった。


「あ、ごめんなさい、ちょっとガルナのこと借りますね!」


「あ、はい…」


 ライキルの眩しい笑顔にやられてグゼンは数秒ばかしその場に固まっていた。


「………」


 グゼンの目線の先には、ガルナが、マイラやビナに肉を振舞っている姿があり、それをしばらく呆然と眺めていた。


「グゼン、どうした?何してる、ちょっとこっちに来てくれ!」


 シオルドの呼びかけでグゼンは我に返り、すぐに彼らのもとに戻って行った。



 *** 



 それから、ある程度話も済んだところで、グゼンたちは第二運動場に向かうことになった。


「それじゃあ、また、後日よろしくお願いします」


 シオルドが代表して言うと、三人は中庭を歩き出し、第二運動場に再び向かった。



 グゼンは歩きながらふと後ろを振り返ると、日傘の下では賑やかな笑い声と共に彼らは楽しそうに食事の続きをしていた。



「いい人達でしたね!私、ライキルさんとビナさんと友達になれましたし、ガルナさんとは距離が縮まった気がします!」


「それは良かった。こっちもいろいろ二人と話し合えてスムーズにことが進みそうだよ」


 二人が盛り上がってる中、グゼンだけは釈然としない気分だった。結局、ガルナの本心は聞き出せなかったし、ハル・シアード・レイは偉そうで嫌な奴というわけでもなかったからだ。


『もっと、くそ野郎であってくれれば、こっちも…』


 グゼンがむすっとした顔で歩いていると、シオルドがニヤニヤしながら話しかけてきた。


「ハルさん、嫌な奴じゃなかったでしょ?」


「…うるせえな、まだわかんねえだろ、今日初めて会ったんだから」


「ハハ、そうですね!」


 勝ち誇ったシオルドの顔に腹を立てながらも、もう一度だけ、グゼンは後ろを振り返って彼らのことを確認した、その時だった。





 日傘の下の、ある一人の女性が、こちらをジッと見つめていた。





「!?」


 日傘の下でみんなが楽しそうに騒いでる中、たった一人、ライキルという女性だけが、瞬きもしないでこちらを見つめていた。


 異質な彼女の行為は極めて不気味だった。


 そこだけ温度が低かった。


 一切微動だにせず、ただ、呪いをかけるかの様に彼女はずっとこちらを見つめていた。


「………ハァ……ハァ……」


 グゼンはすぐに前を向いた。そして、今も見つめられているのかと思うと後ろを振り向くことは絶対できなかった。そんな緊張からか、嫌な汗が額から頬を伝って地面に落ちた…。


「あれ、どうしたんですか?グゼンさん?」


 マイラの声がグゼンの緊張を幾分かマシにした。


「……あ、ああ、なんでもない、早く行こう、時間がもったいない…」


 グゼンは歩幅を広げ早歩きで中庭を後にした。


 中庭を出るまで身体は恐怖で震えていた。




















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