薄暮の帰り道
古城アイビーまでの道のりをハルとライキルは手を繋いで歩いた。それはどちらかが意識するわけもなく、自然と互いの手が近づいたときに、息を合わせるように同時に握っていた。手を繋いだことに関して二人は特に言葉を交わすこともなかったし、会話の途中だったので、互いの意識はそちらに向いていた。
「ライキルの剣、とっても成長してて、びっくりした」
「ほんとですか!ハルにそう言ってもらえると嬉しいです!」
「うん、死剣を使って殺そうとしてきたときには驚いたよ」
「…はあ、ハルの意地悪…」
いじける顔もまた可愛らしく、しばらく眺めていたいと思ったが、嫌われても困るのですぐに謝る。
「ごめん、ごめん、でも、成長してたのはほんとだよ、ところでさっきの死剣は誰に教わったの?」
聞きそびれたことをハルはもう一度質問した。
「あれは道場にいた時、おじいちゃんから教わったんです。自分の身を護るためだ、って言われて死剣の中のあの突き技だけを磨かれたんです。あ、ちなみに拳でも同じことできるように稽古されました」
彼女の言うおじいちゃんとは、ハルたちが幼い頃にいたシルバ道場と言われる道場の師範だった。
「へえ、そんな前から身に着けてた技だったんだね」
「はい、でも、むやみに使うなって言われましたし、あれですよ、死剣は秘めれば秘めるほど、その力が増すってやつです」
それはハルも聞いたことのあるもので、五つの【王、獣、竜、魔、死】の特性には、知る人ぞ知る、それぞれ固有の格言のようなものがあった。
死剣の、秘めれば秘めるほどその力が増すというのは、単に死剣は最後の切り札としてとっておけという意味だった。
しかし、このそれぞれの格言、誰が言いだしたかもわからず、間違って伝わったり、曲解して伝わるなど、場所や地域によって知っている者でも違った格言を話すことはよくあった。
そのため、ある死剣の格言の中には、先手必勝なんてものもあった。
「じゃあ、やっぱり、ライキルは本気で俺を殺そうと…」
「……ふん…」
ライキルが繋いでいた手を離して歩く速度を上げたので、慌ててハルは彼女を追って、もう一度手を繋いだ。ただ、再び手を繋いだ二人は、楽しそうに笑っていた。
そこからしばらく互いの手の温かさを実感しながら歩いているときにハルは、ライキルに話しておきたかったことを口にした。
「そういえばライキルに言っておかなくちゃいけないことがあったんだ」
「はい、なんですか?」
「昨日、ガルナに告白して、その…いいって許可をもらった。ライキルと俺と一緒でいいって…」
少しだけライキルにこのことを告げるのが怖かった。どんな表情をするのか息を呑んだ。が、しかし、隣に居る彼女が目をキラキラさせながら良かったですね!と笑ってくれた時には、ハルの心の中にも温かいものが広がった。
「それじゃあ、私とハルとガルナは本当に家族になるんですね!」
ハルはそこで繋いでいたライキルの手に少し力を入れて離れないようにぎゅっと握った。そして、立ち止まって言った。
「ライキル…俺は、えっと…アザリアも家族に迎え入れたいと思ってるんだけどダメかな…」
ライキルが目を見開いて、立ち止まったハルを凝視した。
「ごめんなさい、私、アザリアさんのこと忘れてました…」
「ううん、いいんだ。ライキルは何にも悪くないよ、悪いのは俺だよ」
誰か一人だけを選んでいれば良かったのだろうか?ライキルを選んで二人のことは忘れて、愛を伝えないで、全部見なかったことにして、たったひとりの女性を人生の終わりまで愛せばよかったのだろうか?
その問いに答えはないのだろう。きっと間違ってるし当たっている。もし三人がハル以外の人をそれぞれ愛していたなら、ハルは彼女たちから見向きもされないだろう。当たり前だ。
彼女たちと人生の途中でこうして出会って、一緒に生きてきて、今、ここにいる。
それは偶然だったかもしれないし、運命だったかもしれない。
「話を複雑にして、ごめん…だけど、ライキルやガルナと同じくらい、彼女のことも愛してるんだ…」
三人を同時に愛したことを、ハルは一切後悔していない。ただ、ライキルとガルナが自分のわがままを受け入れてくれたことに関しては、申し訳ないと思っていた。
アザリアにはまだ二人のことを話してはいないし、聞けていない。当然のことなのだが…。
「ええ、ハルがアザリアさんにべた惚れなことは分かってますよ、私よりもずっと、ずっと深くアザリアさんのこと愛してるんですよね!」
そんなことを意地悪そうに笑ってライキルは言う。比べたくはない、比べられるわけがない。三人とも同じくらい…。
「ライキルはそう思ってるんだ。だったら、いいよ、アザリアとガルナにばっかり構うから」
いじけたハルが、すねた表情で言った。すると今度はライキルが焦り出す。
「待ってください、ごめんなさい、ハル、嘘です。嘘ですから、私のこともちゃんと見てください、お願いします」
「どうしようかな、ライキルは意地悪だからな…」
「わ、分かりました、ハルは私のことを一番に愛してくれているこれでどうですか?」
「間違っては無いけど、それはなんだかずるくない…?」
えへへ、とライキルが照れくさそうに笑う。結局のところ彼女に上手いこと転がされているハルだったのだが…。
「ところでハルは後、何人の女性を迎え入れるんですか?」
「え?」
「ほら、いつも朝にお茶してるヒルデさんとか、お花を育ててるマリーさんとか、祭りであったルナさんでしたっけ?あ、もしかしたら、他の国の王女様なんかともあるかもしれません。そしたら、私、無礼が無いようにしないといけませんね!」
隣でライキルが真剣にいろいろ考えながら呟いていた。あと何人花嫁を迎え入れ、どんな人と結婚したいのか。
『あと何人…?他の国の王女…?迎え入れる?』
ハルは彼女の言ってることを理解すると、我慢ならくなり、再び立ち止まって、ゆっくりと何も言わずに彼女を自分のもとに抱き寄せた。
「ん!?ハル?急にどうしたんですか…?」
「………」
ハルは何も言わなかった。ただ、黙って少しの間、彼女の体温を感じていた。ライキルは不思議そうになぜ自分が急に抱きしめられたか分からず、ハルの中に答えを求めようとしていたが、やがて、諦めて、とにかく、抱きしめ返して、この状況に幸せを感じていた。
ハルの身体に抱きついていたライキルは、ゆっくりと彼に離れさせられる。至福の時間が終り、ライキルは少し俯いて眉をひそめた。
しかし、彼が手を強引にけれど優しく握ってくると、びっくりしたライキルは顔を上げた。
「ハル?」
ライキルが首をかしげながら名前を呼ぶ。
「ねえ、ライキル」
すると、ずっと聞いていたい優しい声が耳に届く。
「はい…何でしょう?」
「たまにこうしてライキルのこと抱きしめてもいいかな?」
そう言ったハルの顔は見えなかったけれど、どこか寂しそうな背中がそこにはあった。
「ええ、もちろん、そんなのいつでも構いませんよ!私のことがしがし抱きしめてください、なんだったら私がハルのこと嫌になるくらい抱きしめてあげますよ、ていうか、逆にそれでいいですか?」
ハルの提案に、ライキルが、がっつり食いついて言うと、彼は笑った。
「じゃあ、それでお願い」
「やったー!」
ライキルはハルの腕に抱きついた。
二人は薄暗い帰り道をゆっくりと歩いて行った。