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これから先も一緒に…

 手入れされた緑の芝生の土手に、ハルが腰を下ろすと、隣ではガルナがその緑の絨毯に寝転がっていた。

 今いる土手から第三運動場を見渡す。遠くの端にエリザの騎士が数人いる以外は他に人は見当たらない。

 時刻は夕暮れでそれはオレンジ色に染まり、時間も時間なため帰りの支度をしているのだろう、第二運動場からは賑やかな声が聞こえて来る。

 隣のガルナに目をやると、疲れた身体を仰向けに深呼吸をしながら、夕焼けの空を眺めていた。

 少しだけ寝転がっているガルナの傍に身体を寄せたハルは、彼女の顔を覗き込み尋ねる。


「疲れた?」


 彼女の赤い瞳が、夕焼け空からハルの顔に視線が移る。


「疲れたけど、ハル、私はまだまだやれるよ!でも、今は疲れてるだけ…だから、もうちょっと時間をくれ!」


「もちろん、ガルナの体力が戻ったらまた続けよう、日没までにはあと少しあるから」


「ああ、それだ、ハル。一日が短すぎる、もう少し、長くならんのか?」


「ハハッ、そうだね、俺もそう思う。一日が短すぎて時間が足りない…」


 日々はあっという間に過ぎていく、だから、今を大切にしたい。当たり前だが、意識しないと大切瞬間をのがしてしまう。

 今はどうだろう?このガルナと一緒に居るこの時間は…。

 それは答えなくても当然ハルにとって今この時間はとても重要だった。

 今日、ガルナに思いを伝えると決心して、昨日、ライキルとも話した。どこで思いを伝えるかも決めていた。この稽古を終えて、食事も終わって、みんなが眠りにつく前に、彼女を呼び出して、夜城の周辺を散歩しながら……。


「ハル…どうかしたのか?顔が真っ赤だぞ…?」


「………」


 自分の顔にハルは両手を当てて確認する。熱い、そして、先ほどの訓練で汗ひとつかいていなかったのに、今は、焦りと動揺で、頬に汗が一筋流れた。


「もしかして、熱でもあるのか…?」


 起き上がって近づいてきたガルナの手が、ハルの頬に触れた。一瞬何が起こったか分からなかったが、そのまま、頭の後ろに腕を回され、引き寄せられた。

 ハルの額と、ガルナの額がぶつかる。

 その間、ハルが前を見ると、熱があるか測ってくれているのか、彼女は目を閉じて、真剣に自分の温度を読み取ってくれていた。

 しかし、やがて、ハルが彼女のその姿を見つめていると、目を開いた彼女の赤い瞳と青い瞳の視線が交じり合った。


「………」


「………」


 しばらく、お互い黄夕暮れの静寂の中にいた。


『よ、よし、もう、熱も測り終わってくれただろう…離れないと…』


 ハルがゆっくり彼女から身を引こうとした時だった。


「ハル、離れないで…」


「…え……」


「もう少しだけ、このままでいさせて欲しい…」


「…ああ……」


 ガルナの手がまるで逃さないようにハルの頭を後ろから支える。

 あまりに唐突な状況に、ハルの目はあちこちに泳いでいた。それでも、視線を彼女にやると吸い込まれるような赤い瞳が真っ直ぐこちらを見つめており、最終的にはハルもその魅力に惹きつけられ、彼女に釘付けになってしまった。


『…君が好きだ…』


 ハルが、そこで思うことは、やっぱり自分がガルナのことを好きだということだった。アザリアやライキルと同じくらい。女性として愛していた。

 アザリアに目を覚まさせもらってから、ハルは考えを改めて人のため、愛する人たちのために生きようと決めていた。自分勝手な理想に生きるのではなく、目の前にいる人たちと共に明日を生きていこうという考えに変わっていっていた。


 愛する人たちを守るためならなんだってする。


『君たちが好きだ…心の底から…』


 アザリアのようにわけがわからないまま、もう大切な人を失わないように…。



 ***



「好きだよ、ガルナ」


 心の底から思っている言葉が溢れた。雰囲気はガルナが作ってくれたものに乗っかっただけかもしれない。

 今日、いろいろ考えていた計画はこの場で消えたとも言えた。ライキルやアザリアの説明しなくちゃいけないことも頭の中にしっかりあったが、とにかくハルは今伝えなくちゃいけないと思った。衝動的行動だった。


「…え…なに?」


「こうして目の前にいるガルナのことが好きだなって思っただけ」


「はあ?ハルが私のことを?」


「そういうこと、大好きって意味。ハル・シアード・レイが、ガルナ・ブルヘルのことを愛してるってこと」


「あ、えっと…え?え?え?」


 ハルの後ろに回っていたガルナの手がすっと引いていった。そして、彼女の燃えるような赤い瞳も遠ざかっていく。

 だけど…。

 その赤い瞳は、さっきよりもまじまじと、ハルの青い瞳を見つめていた。


 彼女が離れたことで一瞬拒絶されたかもしれないと思ったハルだったが、覚悟を決めて、諦めずに彼女のそばに行き手を握った。


「ハル…私は、えっと、どういうことだ?ハルが私のことが好きっていうことか…?」


「そう。ガルナのことが好きで、愛してる。だから俺と結婚を前提に付き合って欲しいって思ってる」


 今度は自分から言えた。前はライキルに先を越されたが、自分からこうして告白するのはやっぱり勇気が必要で、相手にどう思われているかと考えると怖かった。だけど、怖くても相手に自分の思いを伝えることが素敵なことだということはもう知っていた。

 例え結果が散々でも、あなたが好きです。愛しています。心の底から出た本気の思いなら絶対に告白して後悔はしない。


「…け!?結婚!?」


 一瞬意識がどこかに飛んでいたかのようなガルナが驚きの声をあげる。


「うん、唐突で悪いんだけど…」


「私とハルがぁ!?」


 驚くのも無理はない。親しい友人に(ガルナにとってハルが親しい人間であるかどうかは彼女次第だが…。ハルはそう思っている)いきなり告白されれば誰だって戸惑う。


「…そう、ダメかな?」


「…いや、でも、ライキルちゃんのことはいいのか?二人はとても仲が良かっただろ……」


 ライキルのこと、アザリアのこと、話さなくちゃいけないことはたくさんあった。ガルナから気持ちを聞き終えたあと、アザリアというもう死んでしまっている女性をまだずっと愛していることや、自分がライキルとも結婚すること、すべてを洗いざらい話すつもりだった。


 だけど今は…。


「そのことは、後で話があるんだけど…でも、今はガルナの気持ちを聞かせてくれないかな?」


 全てはそこからだった。


 呆然とした表情で、口を開いて固まってしまった、ガルナ。


 ハルは彼女が答えてくれのをただ待った。


「………」


 二人の間に短い静寂が流れたあと。ガルナが無言でそっとハルの前に身体を寄せた。そして、腕をハルの背中に回してぎゅっと抱きしめてきた。

 ハルは答えをもらっていないため、抱きしめ返していいのか一瞬迷ったが、すぐに彼女のことを抱きしめ返した。


 しばらく抱きしめていると彼女が口を開いて告げた。


「私、ハルと家族になりたい…ハルのことが好きだから…だけど、私はハルと結婚する自信がない…」


「それはどうしてか、聞いてもいいかな…?」


 優しく尋ねる。好きでいてくれたことは嬉しかった。しかし、ガルナが何かつまずいているのを見て不安になった。


「…わたし、その、私は相応しくない、私は他の人とは違う。みんなの様にしっかりはできない…だからハルのことも支えられない…それに私は頭が悪い、戦うことしか考えられない…」


 ガルナの抱きしめる力が言葉を発するたびに強くなった。その力強さがハルにはとても愛おしく感じた。


「私、結婚ってやつを知ってるんだ…デイラスのところを見てきたから分かる。とても素敵なものだと思った。家族になるってこと…だけど、私にはとても無理だ、ハルに迷惑しかかけられないから、無理なんだ…」


 どんどんガルナの声が弱々しくなっていくが、それとは反対に抱きしめる腕の力が離れたくないと強くなっていくのを感じた。


「前にも言ったけど迷惑かけていいし…その、俺もなんていうか、たくさん周りの人に迷惑かけて今ここにいる。だから、ガルナも俺にたくさん迷惑をかけて欲しいっていうか全然構わない…それに、ほら、前に言ってたよね、たくさんハルに迷惑かけてやるって…だったらガルナの迷惑の面倒を人生の最後まで俺に世話させてくれないかな?」


「………」


 そこで抱きしめていたガルナの体を少し離し彼女の顔を見ようとしたが、離れたくない彼女に掴まれ抵抗されてしまった。


「ガルナ…」


 ハルはガルナに告げる。愛してるという意味をずっとそばにいて欲しいということを…。


「どうかな?これからの人生、俺と一緒に家族になってずっと隣にいてくれることってできないかな…?」


 心の底からそうなって欲しいと願ったそれが今のハルの望むことだった。たとえ、後から伝えなければいけないライキルやアザリアのことで彼女に拒絶されたとしても、今一番伝えたいことを告げたのだった。


 そこでガルナの抱きしめていた力が緩んだので、ハルは彼女の顔を見ることができた。

 そこには真っ赤に頬を染めたガルナが気まずそうにハルから視線を逸らしている姿があった。

 ハルは初めて彼女のそんな顔を見た気がした。


 今まで見たことがないくらい恥ずかしそうな顔をしているガルナが答える。


「わ、わかった…私、ハルと結婚する。家族になる。ううん、なりたい、これからもハルと一緒にいたい」


 ハルはその時なんとも言えない幸せに包まれた。


「…そうか、嬉しい…ありがとう、ガルナ…」


 ハルはもう一度彼女を軽く抱きしめた。


『俺は、ずるいし、最低だな…』


 ハルは心の中で自分を軽蔑した。なぜならまだこれで終わりではなかったからだ。


 彼女の思いを聞くことができ、そして、好意を寄せてもらえていたのは、ハルにとってとても嬉しいことだった。


 しかし…。


 ハルは伝えなくちゃいけないことをガルナに伝え始めた。


「ガルナ、その、実はこれからが大事なことで、言わなくちゃいけないことがあるんだ…」


 ガルナが先程自分を受け入れてくれたのが、素直に喜べないのは最後に重要なことが残っていたからだ。


「ハル、それより私はライキルちゃんのことが聞きたいんだが…」


「そう、そのライキルやアザリアって女性のことなんだ…」


「…アザリア?」



 ***



 ハルは、もういないアザリアという女性を愛しているということ、そして、ライキルとも結婚するということを告げた。

 その時、ハルが自殺しようとしてたことは告げなかった。それはガルナに余計な心配をかけないためであり、もう、前を向いて生きようとするハル自身が、引っ張り出すような話しではなかった。そこは乗り越えられたと言えた。



 そして、これら女性たちのことを全て話して最後にガルナに言わなければならないことがあった。

 それはハル、ライキル、ガルナの三人で結婚することが嫌な場合、ハルはライキルだけと結婚するという内容のことだった。


「これが伝えたかったこと…だから、もし、俺とライキル、ガルナの三人での結婚が嫌だったら…えっと…その…ガルナとは…その…俺は…」


 ハルはなんとか言葉を発しようとしたが、その先は言葉に詰まってしまった。

 もし、ガルナが三人で家族になるのが嫌だといったら、自分はライキルを選ぶことを決めていた。最低だと思うがそこはライキルを絶対に裏切れなかった。

 しかし、それでもガルナが二人で結婚したいといってきたら…。

 二人のことを愛してるからこそ、二人と家族になってずっと傍で守ってあげたい。

 それらの想いがぶつかりあって、ハルは、怖くてその先を口にすることができなかった…。


『いや、でもこのことはちゃんと伝えないとライキルに悪い…ああ、俺はどうして、こう肝心な時にダメなんだ…』


 ガルナが三人が嫌と言うならハルはライキルとしか結婚はしないつもりだった。これは幼い頃から一緒にいるのが大きかった。ただそれだけが理由だった。でも、それはとても大切なことのような気がしていたから、そう決めていた。そう決めていたはずだった。


「………」


 ハルが自分の決意を言い出せないことに失望していると、隣に座っていたガルナが声をかけてきた。


「なあ、ハル、だったらそのアザリアちゃんとは結婚しないのか?」


「…え?…アザリアと?」


「うん、私と、ライキルちゃんと、アザリアちゃん。ハルはこの三人のこと大好きなんだろ?だったらアザリアちゃんとも結婚しなきゃ、彼女が可哀想じゃないか?」


「えっと…え?ちょっと待ってガルナはいいの?その俺が複数の相手と結婚することは許してくれるの?」


「ああ、もちろん、家族は多い方がいいだろ?」


「………」


「それに私、ライキルちゃんのことも好きだし、アザリアちゃんにも会ってみたいしな!」


「えっと…だから、アザリアはもう……」


 ハルはその時、不意に涙がこぼれそうになった。アザリアとの結婚。そんなことハルの頭の中にはなかった。なぜなら、もう、彼女は死んでいてそもそも会えないのだから…。


「そっか、そうだね。アザリアとも、そう結婚する…ああ、ライキルにも、もう一回このこと言わなきゃ…」


 ハルは涙は零さずにそっと上を向いてやり過ごした。アザリアという女性が、ハルの中ではもう死んでいない人だった。だけど、彼女はハルの夢の中で、記憶の中で、心の中で生き続けていた。

 たしかに存在した女の子アザリアは、ハルの大切な人。たとえもう一生会えなくても、彼女はハルの中で生き続けている。


『君はいつだって俺に大切なことを気づかせてくれる…』


「ガルナ」


 隣に座って空を眺めていたガルナに、ハルは近づく。


「なんだ、ハル?」


「こっち向いて…」


 呼びかけるのと同時に彼女がこっちを向いた。その時、ハルは彼女の唇に自分の唇をそっと重ねた。


 そして、数秒間そのままで時間が止まる。


 柔らかで幸せな感触のあと、ゆっくりと彼女から顔を離した。


「急に、ごめん…」


 ガルナの顔を見ると美しい夕焼け空に負けないくらい真っ赤に顔を赤面させていた。

 そして、彼女はハルの顔が見れないのか、常に視線を外しながら甘い余韻を残した口を開いていた。


「…あ……っと…ゆ、許す、もう、わ、私たちは夫婦になるんだからな…キ、キスのひとつやふたつどうってことはない!むしろ、い、いつでもこいや!!」


 あまりに動揺すふ彼女が愛らしくてハルは笑ってしまった。


「フフッ、アハハハハハハ!」


 幸せな気持ちが心の奥底から湧き上がって溢れ出す感覚に包まれる。


「なんだよ!ハル、おい、なんで笑ってるんだよ!」


「別に可愛いなって思っただけ」


「そ、そうか、ならいい…で、その、もう一回しないのか…」


 とガルナが小さい声でぶつぶつと呟くが、隣にいたハルはすでに立ち上がっていた。


「じゃあ、ガルナ、続きしようか?」


「えっ!?」


「稽古の続き、ほら、まだ日が沈むまでは時間があるからさ」


「ああ…そうだな!やるやる!ハル覚悟しろよ!」


 ガルナは『そっちか…』と思いながらもハルから差し出された手を取って立ち上がった。


 二人はそのあとあたりが真っ暗になるまで剣を振るって、今日の稽古を終えた。



 稽古の終わりにハルとガルナが一緒に城に帰る際、二人の片手は、互いに相手の手を握りあっていたため城に着くまでずっと塞がっていた。


 夏の夜空には光輝く星が二人の帰り道をずっと照らしていた。















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