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二人の稽古

 ハルが新兵たちの午後の訓練を途中で抜けた時には、だいぶ今日の終わりが迫っていた。

 あと数時間もすれば夏の夕焼けがこの城をオレンジ色に染める、そんな時間だった。


『ちょっと、遅くなってしまったか…』


 少し足早にハルは、第一運動場から、ガルナのいる第二運動場に向かっていた。各運動場の土手となっている外周の道を進む。第二運動場の中では、この城の騎士団である、エリザ騎士団の騎士たちが訓練していた。


「ガルナはどこかな…いた!」


 ハルが第二運動場の中心に目をやると、一対五で試合のような形式で訓練をしているガルナの姿があった。

 ガルナと約束していた第三運動場に足を運びつつ、その試合を遠くから眺める。

 ハルの予想としてはガルナの圧勝と見ていた。たとえ相手が全員エリザの精鋭騎士だったとしても、彼女なら難なくさばいてしまうとそう思った。


「ハハ…相変わらず、容赦ないな…」


 試合結果は予想通りガルナの圧勝。五人はみんな場外に飛ばされてリタイアだった。そこでハルは彼女がろくに剣も使っていないところを見ていて退屈だと言っていたことを思い出す。


『まあ、でも仕方ないよな…ガルナは体術だけだったら剣聖並みだし、手が付けられないのもよく分かる』


 エリザの精鋭騎士とガルナでは、体術の面で実力の差がありすぎて、剣術の試合の稽古、以前の問題になっていた。


『そこらへんは、ガルナのために、今日ちゃんと考えてあげなきゃ…満足させるっていうか、喜んでもらいたいっていうか…いや、稽古なんだからそう言う考えは抜きでだ……そう、あれ、えっと、なんだっけ…俺はガルナにこの稽古で……まあ、いいや、とにかく今日はガルナには剣を使ってもらおう』


 今から彼女と行う稽古の具体的な目標を決めようとしていたが、なんだか、彼女に喜んでもらうための思考に偏っていた。つまり少しでも好意を持ってもらおうというなんとも残念な感情が入り混じっていたのだ。


「………」


『全く、落ち着け、落ち着け…』


 今日、ガルナに伝えなければならないこともあるため、彼女のことを考えていると雑念が混ざり始めたので、一度、気持ちを静めるために、少し視線を遠くの第一運動場の方に向けた。

 そこで思ったのは、ガルナたちの先ほどの戦いから何か新兵たちが成長するために必要な要素はないかという至ってまともな思考だった。その考えを挟むことで、自分を落ち着かせる。


 その考えの中、体術など教えるのはどうだろうかという考えに行きついていた。


 だが、それはすぐに自分の中で却下した。


『新兵には…いや、あれはガルナがずば抜けて特別な体術の素質を持ってるだけで、まだあの子たちには早いな…』

 ハルは体術の面も新兵たちにいろいろ叩きこみたいと思ったが、それは時間の方が足りないなと思うとその考えは頭の中で消えていった。


『大事なんだけどね、体術も…でも、彼らの優先は体力と戦闘の慣れだからな』


 上の空で新兵たちのことを考えていると、いつの間にか第二運動場と第三運動場に挟まれた土手の道にまで来ていた。

 第二運動場を見下ろすと、ガルナが見た目三十代ぐらいの男性と話しをつけている最中だった。たぶん、訓練を抜けることを告げているのだろう。その人物と話が終ると、ガルナは第二運動場に突き刺さっていた赤い大剣を抜き、第三運動場に向かっていた。

 そこで、ハルは彼女に声を掛けた。


「ガルナ!こっち、こっち、遅くなってごめん!」


 声に気づいた彼女は、全速力で土手を駆けあがって来て、ハルの腕をがっしりと掴むとそのまま、第三運動場に駆けだした。


「ハル!急ぐぞ、日が沈んでしまうわ!!」


「え、ああ、ちょ、ちょっとガルナさん!まだそれは大丈夫…」


「ほら、早く!早く!!」


 彼女のなすがままにハルは引っ張られ、第三運動場へと引きずられていった。



 *** *** ***



 第三運動場に到着したハル。目の前ではガルナが早速大きなぶ厚い大剣を豪快に構えて嬉しそうな笑顔を浮かべていた。常人ならそんな人物がいたら普通怖くては近づかないだろう。


「さあ、ハル、始めよう!楽しい戦いの時間を!」


 彼女のやる気は満々、ハルからしたらそんなに自分との戦闘を楽しみにしてくれていたのなら、嬉しい限りで、彼女の相手をしてあげたかったのだが、今回は稽古であって、彼女の強さを引き出してあげたいというのがハルの本音だった。


「戦う前に、ちょっといいかな?」


 ガルナの傍に歩み寄り、彼女の大剣を下ろさせるように、手を軽くその剣の上に置いて下げさせた。


「どうした?」


「今日はさ、ガルナにこっちの普通の剣を使って見て欲しいんだけどいいかな?」


「この剣か…?」


「そうそう」


 ガルナが先ほどの試合で使っていた刃の無い練習用の剣がハルから渡される。大剣なんかよりは遥かに軽く、振りやすい、ショートソードだ。その剣は、使い勝手のいい剣で、好んで使う者は多い。稽古にもよく使われる。


 だが…。


「別にいいけど、あんまり、こっちは振った感じがしなくて、つまらないんだけどな…」


 しょげた顔をするガルナ。ショートソードは彼女には物足りない武器なのだろう。確かにショートソードは初心者向きの誰もが扱いやすい武器だ。しかし、だからこそハルは彼女に使ってもらいたかった。


「ごめん、でも、ガルナがそっちの剣でどんな剣を振るうか見てみたいんだ」


 ハルは彼女のがっかりした表情に少し胸を痛めた。が、これもガルナを強くするためだと心を鬼にして折れずに頼み込んだ。

 理由としてはひとつ。彼女の剣術のスタイルが見て見たかったというのがあった。

 大剣を使っている時の彼女の得意の剣のスタイルは【(ジュウ)】という特性を含んだもので、魔獣や肉食獣を狩るときを想定されて生み出された技術であった。


 獣を狩ることを専門とした技術やスタイル、その総称は【獣】と言われた。これは他の四つの【王】、【竜】、【魔】、【死】のすべてにも言えるものであった。ひとつ例をあげると【王】の特性を含んだ技術やスタイルだと、人と戦うことを想定された戦術で、さらに剣であれば王剣、槍であれば王槍など、どの武器でもこの五つの特徴またはスタイルは共通して使われていた。

 このように武器の扱い方や戦術には五つの根本的な特徴があった。


 そんな五つの特徴、はたまた、スタイルの中にも様々な派生があるが、獣のスタイルは、主に四足獣の相手を想定して組まれた剣術や身のこなしの技が基本であった。

 しかし、以前からガルナが見せてくれる獣のスタイルによる大剣の扱いは、かなり独特な剣術であり、基本からは大きくそれていた。

 獣の要素を含んだ剣術と他のスタイルを複合しているもので、それは悪いことではなく、むしろ、高度な技術であった。が、しかし、彼女にとって、どのスタイルが一番得意なのかは見極めずらかった。

 戦闘中などであればスタイルが分からなければ有利に働くが、稽古となると、彼女が一番得意な剣術が何なのかを見極めておくのは必要なことだった。


「どうかな、そっちの剣で戦ってくれるかな?」


「わかった、それでいいよ、その代わり…」


 ガルナは即答する。


「何かな?」


 何か条件があるのかな?とハルは彼女が喋るのを待ったが、彼女が口にしたことは…。


「早く戦おう!」


「アハハハハ、そう言うことね、分かったよ」


 なんでも答えてあげようとしたが結局はただの催促でそれはそれでハルとしても嬉しかった。


「じゃあ、俺が離れるからそこにいて、はじめって言ったら試合開始。ルールは魔法は禁止だね、剣の稽古だし、それ以外は特に無しかな、あ、武器は俺もこのショートソードを使うよ、直接稽古ってなると剣を交えなきゃいけないからね、木の剣じゃすぐ折られそうだ」


 ルールを話しながらハルはガルナのもとから離れていく。その間、彼女は持っていた大剣をそこら辺の地面に突き刺して、ハルと同じの刃の無い練習用のショートソードを構え戦闘態勢に入っていた。


『お、いいね、ガルナ、ほんとにやる気だね!なんだか、俺も楽しみになってきたなぁ…』


 ハルは少し笑みを浮かべ、浮ついた心で彼女から離れて行く。


 そして、ハルがある程度距離を取るとガルナの方に振り向いて言った。


「それじゃあ、はじめ!」


 と、ハルが軽く口にした瞬間だった。


 数メートル離れていたガルナとの距離が一瞬で迫って来る。

 速く、急速に、近づいて来る。その際にガルナは、剣を前に突き出して刺突の攻撃を放っていた。

 剣と一体になった彼女の初撃はまさに早矢そのもので、それは、ただ対象を貫くためだけの一筋の衝撃となっていた。

 凄まじい脚力で加速されたガルナの手の先にある剣は、刃が無いとはいえ簡単に人の身体を貫通する威力にまで高まっていた。


『これは死剣の一種だね、いわゆる相手を即死させる剣術の部類だ。先制攻撃には最適解だし、さすがだね』


 当たれば確実に死ぬその刺突の剣技を、ハルはいとも簡単に持っていた剣で、飛び込んで来た彼女の剣の軌道を少しずらすだけで防いでいた。周りの人から見たら先手必勝即死の剣も、ハルからすれば、それはただの剣術の基礎である刺突の攻撃に早変わりだった。だから、簡単に防がれた。


 しかし、あまりにも簡単に自分の練度の高い攻撃を防がれたガルナは一瞬自分の身に何が起こったか分からないほどで、目を白黒させていた。ただ、すぐに彼女は切り替え、これも想定内といった感じで次の攻撃の態勢に入るために、一度大きく横払いの剣撃でハルに牽制をいれると彼女は距離をとっていった。


 ハルとガルナ、互いに見つめあって、相手の次の攻撃の出かたを窺う。

 そして、仕掛けに出たのは当然というのだろう、好戦的なガルナの方だった。開いていた距離を駆け出して詰めてくるとハルの頭部を狙って素早い剣撃が振るわれた。彼女のその攻撃が当たればまず頭蓋骨は無事では済まないだろうという威力で迫ってくる。


『…何だろう…本筋じゃないのかな?』


 勢いはあるが必死さはない、これで仕留めにこようとはしてない。このガルナの剣には、先ほどの先制攻撃のような強い殺気がこもってないとハルは感じた。

 さらに彼女の狙いは頭の頭蓋骨などの面の破壊ではなく、目という局部を狙った一点への攻撃ということが彼女の振るう剣の斬道からも読み取れ、ただの目くらましであると予測がついた。もちろん当たれば致命傷ではあるが…。


『目を狙うのは陽動だね、本当の狙いはこの次の足で動きを止めたところに、腹を切り裂くか刺突でくし刺しってところかな?ガルナはやっぱり獣が得意なのかな?』


 獣剣にはよく足止めのために上に注意を逸らして、相手の足を剣で貫き、地面に縫い留める技があった。ハルはそれを予見していた。


 ガルナの剣がハルの目、めがけて振るわれる。

 その剣を予測していたハルは、剣と瞳があと数センチというぎりぎりのところで避けると、一手先を読んでいたハルが左足を後ろに引いた。するとすぐに左足があった場所に、予測通りにズドンと深々とガルナの剣が突き刺さった。


『獣剣の基本的な戦術で、一応人間にも有効なんだけど、これをやる人は少ないんだよね…結構強いんだけど…』


 ハルはそのまま後ろに下がってガルナと距離を取り時間を作る。彼女は剣を地面から抜き取ると、追撃のためにすぐに距離を詰めてきた。

 そこでハルはガルナと互いのショートソードでの打ち合いに持ち込んだ。といってもガルナの怒涛の攻めをハルが少しの狂いもなく正確に打ち返している展開なのだが、これには狙いがあった。


『対人戦で相手に攻撃の隙を与えないような流れる斬撃の連鎖これは王剣の基本だ。さすがガルナ基礎がしっかりしてる。それに手数も多いし、技の繋ぎに無駄がなくてきれいだ。しかもほとんど狙ってくる場所が人間の弱点ばかりで…うん、なんていうか、ほんとに凄いなぁガルナは…』


 次々と浴びせられるこのガルナの剣の連撃は、王剣の教えの中にある剣術だった。さらに連撃の間に一撃でももらえば致命傷となる死剣をいくらでも挟んでくるため、ひとつでも防ぐのが遅れれば、その後はなし崩し的にその剣撃が当たる様になり、決着がつくだろう。というよりは常人ならまず彼女のこの連撃をすべて防ぐことは難しいだろう。大国のトップクラスの精鋭騎士や剣聖でやっと防げるといった連撃だった。


 だが、しかし、そこはハル・シアード・レイ。冷静にすべての彼女の高速の剣撃を防ぐのは並みの技術ではなかったが、顔いろひとつ変えずに余裕を持ってやってのける。


 ハルが一通りガルナの剣撃を受けたあと、今度はハルの方から剣を振るって牽制し、彼女と距離を取った。

 しかし、牽制といってもハルの振った剣は、ガルナの身体を軽く浮かせるほどの衝撃で、剣で防いだ彼女は息を呑んでいた。


「ガルナ、今度はガルナの剣の防御の技がどれくらいか見ておきたいんだ。だから今度はこっちから行くけどいいかな?」


「ああ、いいぞ!どこからでも、かかって来てくれ!」


 ガルナは決して構えを崩さず警戒しながらハルの問いに答えた。


「分かった、じゃあ、行くよ…」


 ハルの反撃が始まった…。




 ガルナは剣を構えてハルの反撃が来るのを待ち構えた。

 彼女がこの瞬間ほど、様々な複雑な感情を抱くことはまずなかった。たいていのことを恐れない彼女が、この時だけは息をするのを忘れてしまうほど緊張していた。

 ガルナの額からは嫌な汗が流れる。しかし、それと同時に心は踊っていた。なぜなら、相手はガルナが戦ってきた中で一番最強の格上の相手であり、歴代の剣聖の中でも最強ともうたわれている騎士だ。その彼の剣を受けれるとなると戦闘好きのガルナは興奮せずにはいられなかった。

『来る、来る、ハルが来てくれる…』

 ガルナがニヤッと笑うのも束の間、ハルが剣を前に構えて突っ込んでくる。これは先ほどガルナがやった刺突の攻撃と同じものだった。しかし、彼のスピードは自分と比べて桁外れの速さで目で追えるものではなかった。


「グッ…」


 ガルナはハルが剣を構えた剣先の位置と、自分のからだの延長線上に剣を置いて防御の構えをとった。だがそれも、目で追えない一瞬の攻撃であったため、自然と身体がそう動いていただけであった。

 経験からくる直感的な防御。それしか今ハルが放った技を防ぐ術はなかった。


 ギィン!!!


 鉄と鉄が弾ける音がして、なんとか突っ込んで来たハルの初撃をガルナは防ぐことができていたようで、手にはジーンと衝撃の後の余韻が残った。


「!?」


 しかし、そんなあまりの勢いと威力の攻撃に目をつむってしまったガルナ。慌てて目を見開いたときには、目の前にいるはずのハルの姿はいなくなっていた。


「どこ…ハッ!」


 ガルナはとっさに、背後から迫る殺気を敏感に捉え、後ろを見ないまま背後に剣を構えた。振り向いていては間に合わないからだ。すると、構えていた剣に軽くギィン…と金属が擦れる音がした。それは剣が叩き付けられたのではなく、軽く触れられて撫でられたからと言った方が正確な音だった。

 ガルナがそのまま、ハルがいると思われる背後に大きく剣を振るうがそこにはもう彼の姿はなかった。

 そして、目の端でとらえたわずかな、影の動きでハルが自分から七時の方向にいることが分かり、剣を振るうと、そこにはようやくハルがいて、剣と剣を交えたつばぜり合いに持ち込むことができた。


「いいね、ガルナの感覚はずば抜けてる、凄いよ他の騎士じゃこうはいかないよ!」


「…うんん…」


 ハルが軽く語り掛けるが、ガルナには返事をする余裕がなかった。やはり度を超えた彼の攻撃の集中に疲れ切ったガルナは、たった短い間剣を交えただけでこの疲労っぷりは初めての体験だった。


『あの背後からの攻撃…剣を叩き付けられてたら…いや、もう、それだけじゃない…背後に回られてる時点で…』


 背後からのハルの奇襲で剣を叩き付けられていたら、ガルナはとっくに甘くしか握れなかった剣が落とされて勝負が決まっていただろう。いや、それ以前に背後に回り込まれる隙があるならその間に自分はハルに何回も剣を叩きこまれていただろうと考えるとこの戦いはすでに負けていた。そもそも、最初の刺突もわざと軌道を変えてくれなかったおかげで防げたと考えると…。


『相変わらず、勝てるイメージがわかないなぁ…』


「フフッ…!」


 疲れ切ったガルナは微笑む。彼女の中に、ハルに対して悔しいと思う気持ち。そんな感情、ガルナにはもう無かった。彼が先頭を走ってくれているおかげで自分はより上を目指して強くなれるから、そう思う。そもそも、ガルナも戦闘に関しては多くの経験を積んでいる。そこから分かる通り、ほんの少しでも彼に勝てると思ったことは無い。最初に彼と出会ったときはそんなことは無かったのだが、今は違った。


『いい、そういうところが…ハルはとてもいい!私が全力を出してもちっとも相手にならないところ…最高だ…』


 相対しているハルが、よし、そろそろ行くよ、と離れたところから声をかけてきた。


 ガルナは今、自分が本気で戦えていることに喜びを感じていた。


 二度目のハルの剣撃が襲ってくる。ガルナはその最中、防御だけではつまらないので反撃に出ようとするが、なかなか、その隙が無いくらい防ぐのが大変だった。それでも何とか先回りして剣や身体を動かし攻めに転じようとする。が、完全にガルナのどの動きもハルの中で掌握されており、彼の意識の内でしか動くことができなかった。


 ハルとしてはこの稽古でガルナの癖などを見ておきたいがために、いろんな角度から剣を打ち込んで防御させてその様子を観察しながら剣を振るっていた。つまり、今はガルナの剣の防御がどれくらいかを見ておきたかったのだ。だから、ガルナが反撃に転じようものなら即座にその芽を潰していった。それはハルが見ておきたいものとは今は別のものだったからだ。

 ハルにとってガルナが攻めてこようとしているのは、彼女なりのちょっかいなんだろうなと思いあまり気に留めていなかった。なぜならそれでも彼女はハルが見たい剣のときには的確に動いて示してくれたからだ。

 何ができるかを見ておくのは、彼女の成長のために必要なことだった。


 だが、そんなハルの容赦のなさがガルナに変化を起こしていた。


『何だろう…この感覚……支配されていくようなこの変な感覚……』


 今までガルナはハルにのびのび自由に剣を振舞ってきたが、ここで徹底的に彼に剣の自由を束縛されることはなかった。

 いつも優しいハル。なんでも許してくれるハル。過去にも少しだけ相手をしてくれたことがあったが、いつも彼は受けばかりで、攻めてきたことはほとんどなかった。けれど、ここに来て初めて、ガルナの自由な剣は徹底的に彼に潰されていた。その自由な剣というのは、ガルナの振るう攻めの剣のことで、もちろん、ハルからしたら、ガルナがどれくらいまで、自分の剣を防げるのか今後の訓練のために試している最中だから余計な攻めの剣撃を打ち払っていくのは当然のことなのだが…。


『ああ、なんだか、ゾクゾクする、私、変になってしまったのか…』


 戦闘狂であるガルナ。剣聖にまで引けを取らないその自分の強さが今、訓練のためとはいえ力を発揮してくれているハルの前で、手も足も出ないこの感覚がとても痛快で気持ち良かった。これは相手のいなかった彼女にとっては感極まることだった。


『これはどう?この剣は!?』


 防御を見せて欲しいと言われていたガルナだったが、彼女は死剣を放った。その剣は近距離で喉に目掛けた高速の刺突だった。本来、死剣は、その代表でもある短剣でやるものだが、剣の技量の高いガルナは、一回り大きなショートソードでも難なく的確に必殺の一撃を繰り出していた。


 手を伸ばせば簡単に届く近距離で、それも急に、ガルナほどの精鋭騎士の技量で放たれる死剣は、まず剣聖ですら回避と防御どちらをとっても間に合うかどうかというほどの一撃だった。


 が、しかし…。


 ギィン!と剣と剣がぶつかる音が響く。


 結果、ガルナの死剣は、かすりもしないどころか、あっさりとハルの剣に合わせられて、今は防御に集中しなさいといった具合で、簡単に返されてしまった。

 一歩間違えれば即死させてしまうほどの一撃を簡単に…。


『これも防がれるのかハルは…ああ、最高、最高、最高だ!もっと戦っていたい!!もっとハルに私の剣を試したい!!』


 ガルナの相手は普段から人ではなく魔獣などがほとんどだった。それはちょうどいい相手がいなかったから。

 剣聖でもそうだが、強くなっていくと、どんどん本気を出して一緒に稽古してくれる者が減って来る。本気を出すと大きなケガや事故に繋がりかねないからだ。

 しかし、生死を掛けた戦いでなければ戦闘狂のガルナとしても退屈でつまらない。ガルナと互角の精鋭騎士以上の剣聖などがそこら中に転がっているわけではない。それに剣聖でも万が一の場合全力でやればケガなどに繋がりかねない可能性があった。

 だから、そこでハルなのであった。ハル・シアード・レイという前代未聞の最強の剣聖。彼と出会ってから、ガルナの悩みは消えていた。全力で戦える唯一の相手ができたからだ。何をしても全く歯が立たず、底が見えない最高の相手だった。


「よし、じゃあ、ガルナ。ちょっとスピード上げるからついてこられるところまでついて来て」


 危険なちょっかいを出していたガルナは、そのハルの一言から、ついに防御以外に手が回らなくなり追い込まれていった。

 手数だけではなく、一撃一撃が今まで戦ってきたどの魔獣や戦士たちよりも重かった。


 それから、結局、ガルナはハルの攻撃を防げなくなるところまで行くと、二人の稽古は一旦の休憩に入ることになった。


「はあ…はあ…はあ……」


「お疲れ様、ガルナ、少し休もうか?」


 ガルナが地面にへたりこんで座っていると、全く、疲労を感じさせない笑顔のハルから声を掛けられた。


「………すごぃ……」


 小さく呟くガルナ。さらに、休憩なしで続けたかったが、今は剣を持つ腕が上がらないほど疲労していたため、そうするよ、と休憩を受け入れたガルナは、ハルに手を貸してもらい起き上がり、第三運動場の近くの緩やかな斜面の土手に一緒に向かった。


























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