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特名・選んだ愛する人たち

 午後の新兵たちの訓練の見回りから帰って来たハルは、再び、中庭でみんなと食事を取っていた。

 薄暗い中、テーブルに置かれた蝋燭の炎が鮮明に輝き周囲のものをよく照らしていた。これはマナが周囲に漂っているおかげであった。マナが無い場所では蝋燭の光もある場所に比べれば弱くなってしまう。炎はそういった意味ではマナのある場所への道しるべになっていた。

 そんな道しるべとなる炎をハルはぼんやりと眺めていた。


「………」


 静かに炎を見つめるハルは無意識にすがっていたのかもしれない。何が正しくて何が正しくないのか、その炎から答えを導いて欲しかったのかもしれない。

 ハルの視線は自然と吸い寄せられるようにゆらゆらと燃える炎に集中するというよりは、目が離せなくなっている。そんな感じだった。


 そんなぼけっとしているハルの周りではいつものメンバーである、エウス、ライキル、ビナ、ガルナの四人が芝生の上のテーブルを囲んで夕食を取っている。


 ハルは隣の席にいたガルナに目をやる。相変わらず豪快な彼女は切り揃えられた肉を素手で掴み、油でべとべとになりながら、かぶりついていた。きっとナイフやフォークを使うのがめんどくさくなったのだろう。彼女はたまにそうする。手についた油をかたっぱしから自分の服や尻尾なんかで拭いていた。


「あ、ガルナ…」


 ハルはそんな彼女にハンカチを貸そうと腰の小さなポーチに手をやるが、今日そのポーチをつけ忘れていたことを、忘れていた。


「なんだ?ハル」


 口いっぱいに肉を頬張りながらしゃべるガルナに、ハルは、「手拭くものでももらってこようか?」とそれでも彼女のために動く。そこでガルナは短く「お願い!」と口の中のものをこぼさないように言ったのでハルは席を立ち上がった。

 ハルが席を立ちあがると、反対側の席に座っていたライキルが袖を引っ張ってきた。


「ハル、私が行きましょうか?」


 いつも気が利くライキル。そんな彼女にハルは、大丈夫だよ、と丁寧に断って中庭から本館へ使用人を探しにいった。

 しかし、よく考えれば自分の部屋から持ってきた方が早いと思い、自室に戻ってハンカチを何枚か持ち出して、みんながいる中庭へと再び戻る。


 ハルが東館の自室の扉を開けて廊下に出た。本館へと続く通路の窓の外を眺めながら歩いて行く。薄暗くなった夜空には一番星が輝いていた。


「ライキルには明日のこと言っておかないと…」


 明日にでも自分の想いをガルナに伝えておこうと考えていた。

 ライキルとガルナの二人を娶ると決めていたハル。そのうちのライキルに関しては自分との結婚や重婚への許しはすでに了承済みだった。


『だけど、もう一回確認する必要はあるよね…』


 ハルが気にしていたことは複婚のこと。

 レイドの仕組みや制度に詳しいキャミル王女が語ってくれた話では、レイド王国内で現在一夫多妻である複婚が許されている者たちは三種類の人間とのことだった。


 一つ目は王族。これは言わずもがな、血を絶やさないためとのこと。


 二つ目は三大貴族の各主。彼らは国を支える柱となっているため欠かすことのできない存在であるためだ。


 そして、最後は、特名を持っている者であった。国に多大な恩恵をもたらし、貢献した者には特名が授けられる。

 特名は国によって基準は多少異なるが、例外を除けば、王族、剣聖、三大貴族の主、この者たちにしか与えられない。特名という者は爵位の位の外側にある位で、基本的に特名持ちの者の方が地位は高い。


 そして、剣聖や三大貴族という役職をやめても特名の効力は失われない。

 ただ、三大貴族と剣聖の場合は少し、やめた際の違いがあり、剣聖の場合は途中でやめた場合でも名前に特名をつけて名乗り続けることができる。しかし、三大貴族の場合はやめると効力が残るだけで特名を名乗ることはできないという決まりがあった。

 これは、剣聖が優遇されているわけではなく。過去に現剣聖が途中で引退して元剣聖になっても、その引き継いだ次の現剣聖がすぐに戦死してしまうことが多々あり、すぐに復帰しなければならないことが多かった。そのため、いちいち、特名の取り消しをするのが面倒になった国が、剣聖だけはやめても特名を名乗り続けてもいいという風習ができたのが始まりだった。

 ちなみに、王族に関しては、その家族全員に特名が付与される。


 特名持ちは国を存続させるために欠かせない重要人物たちが中心なため、庶民や一般貴族や上位貴族などとは別の特別なルールが適用されている。


 そして、複婚がまさにその特別なルールの中の一つであった。


 ただ、特名持ちゆえに縛られるルールというものもあるため、一概に良いというわけではない。そのひとつの例として剣聖の移動の制限などが挙げられる。

 剣聖は個人で多大な軍事力を示すため、国家間の移動の際には両国からの許可が出て初めて、国境を跨ぐことができるなど制限があった。

 そのため、ハルは四大神獣の討伐作戦が実行される以前は、国家間の移動にかなり厳しい制限が設けられていることなどがあったのだ。


 通路を歩いていくハルは、ひとりの間にいろいろ思った。


『…ライキルとガルナには、いろいろ苦労を掛けるな……あ、でも待って、そもそも、ガルナは俺と結婚してくれるか分からないし、それに彼女が三人で結婚することを許可してくれるかもわからない…』


 しかし、ハルは、もし、ガルナが将来三人で結婚することに反対であったならば、ガルナとの結婚は諦めることを決めていた。彼女のことも愛してはいるが、長年支えて来てくれたライキルのことを見捨てることはできなかった。それでも、そうならないように、ハルはガルナを必死に説得する気ではいた。


「それに…」


 ハルは立ち止まったあと小さく呟く。大事な話がまだひとつ残っていた。


「アザリアのこと…」


 亡き人で、いまだに大好きで、愛していて、どうしても忘れられない人。彼女との記憶は今でも曖昧で分からないことが多いが、それでも確実に彼女とは一緒の時間を過ごした実感があり幻想でもなく、そこから分かることは、ハルが二人と同じくらい彼女のことを愛しているということだった。


「ガルナにどう説明しようか…」


 悩むハルは、通路を抜けて本館のエントランスに出て、中庭に戻った。


 中庭に戻ると相変わらず食べる飲むに夢中になっているガルナ。やはり、また、手で肉を豪快に食べていたため、彼女の手は油まみれになっていた。


「ただいま、戻ったよ、はい、ガルナ食べ終わったらこれで拭いて」


 ハルは席に戻ると同時に、ガルナの方のテーブルに、持ってきた何枚かのハンカチを置いた。


「お、ありがとうな、ハル!」


 肉を頬張り幸せそうなガルナが笑顔を見せてくれる。


「いいよ、あとそのハンカチあげるから、自由に使いな」


「ほんとか!やったー!」


 ハルは無邪気に喜ぶ彼女の顔を見て、満足した様子で微笑んで、自分の食事に戻った。



 ***



















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