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いつも通りの昼食

 午前の新兵たちの訓練の後、ハル、エウス、ビナの三人は城の中庭で昼食を取るための準備をしていた。

 雨など天候が悪くなければ、大抵、ハルたちは、残りのライキル、ガルナなどを合わせた五人で一緒に食事をしていた。

 お昼近くになるとみんなどこにいても一旦、その中庭に集合して昼食を食べるのは、ハルたちの中では決まりのようなものになっていた。


「じゃあ、俺、キッチンに行って昼食作って来てもらうように頼んでくるよ」


「ああ、分かった。じゃあ、俺とビナはテーブルとか用意しておくからな」


「了解、それじゃあ、また後で」


 ハルが中庭に到着すると、エウスとビナと別れ、西館のキッチンを目指した。中庭の途中には、西館や東館に出入りできる便利な扉が設置されていた。

 ハルはその中庭と西館の出入り口の扉を使って西館の中に入る。

 中庭からキッチンに向かうには本館のエントランスから西館へわざわざ通り抜けようとするより、こっちの中庭から西館に通じている道を使った方が早い。ただ、ハル達がいつも食事をしている中庭の場所からだと、本館のエントランスを通った方が近かった。


 ハルが広い西館の中を歩いて行くと、この城内の食事のすべてを担当しているキッチンがある部屋が見えてきた。この城内の西館のキッチンは、主に来客や、東館に住む一部の騎士たちにだけしか、料理を振舞っておらず。他の騎士たちはどこで食べているのかというと、各寮の区画の近くに設置されている大きな食堂で、彼らは食事をする。

 そう見ると城内のキッチンの料理人だけが一流で特別に見えるが、実際はこの古城アイビーで雇っている料理人たちは皆、変わらず一流の腕を持っているため、大勢が集まる食堂で食べようが来客をもてなすためのキッチンで作られた料理を食べようが、どこでも味は変わらず美味しかった。

 食というのは騎士たちの士気にも関わってくるため、手を抜くわけにはいかないという考えがあってのことであった。そのため、食事の時間はみんなの楽しみの時間でもあった。


『さて、今日はどんな料理が食べられるのかな!』


 ハルはご機嫌な様子で、いつも通り、あけ放たれているキッチンの扉の前まで行く。すると、キッチンにいた誰かしらが気づいてくれるので、料理を作ってくれるように頼んで行く。


「いつも通り、中庭にお願いしてもいいかな?五人分なんだけど」


「はい、かしこまりました!」


 元気よく返事をしてくれた使用人は、ヒルデではなく他の使用人だった。彼女が対応してくれる時もあるが、今日はその日ではなかった。それでも、ハルが、少しキッチンの奥を覗くと、料理と真剣に向き合っている彼女の姿があった。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


 そんな彼女にいつも通り感心させられたハルは声なんかかけずそっとして、その対応してくれた使用人に挨拶をして、その場を後にした。


 キッチンを後にしたハルは、今度は西館から本館のエントランスへと足を進めた。

 ハルはひとつの開けっ放しの扉をくぐり、西館から本館へ続く通路へと出た。


『さっきから扉が開けっ放しなのは、風を呼び込むためなのかな?』


 風通しを良くするためか、今日の城のあちこちでは窓や扉がよく開けっ放しになっていることが多々あった。


「まあ、夏が近づいて来たからな…」


 通路にある窓から差し込む日差しは、容赦なくハルにも照り付け、少し目を細めさせる。



 それから、夏の暑さを感じながら、通路を抜けたハルは、本館のエントランスにたどり着く。


「さて、俺もエウスたちを手伝わなくちゃ」


 そう思いハルが本館から中庭に向かおうとした時だった。


「ハル…」


 誰かに名前を呼ばれる。


「ん?」


 そこで、視線を声がした出口がある扉の方に向けると。


「あ、ライキル!」


 そこには訓練から昼休憩に戻ってきたライキルの姿があった。


「お疲れさま、どうだった訓練の方は?」


 そう、気さくにライキルのもとに駆け寄ろうしたときであった。彼女に片手を前に突き出され、ハルは止まるよう指示を受けた。


「ハル、止まってください!!」


 その言葉でハルはそれ以上近づかないで、その場に立ち止まった。


「ん?どうしたの?」


 ライキルの顔を見ると真剣な表情をしていた。何か問題があったのだろうかとハルは心配するが、その心配はすぐに彼女の次の発言によって消えていった。


「その…私、今、全身汗まみれなんで、気持ち悪いと思います!それに匂いも汗臭いですから、それ以上近づかないでください!」


 訓練が終った直後だったため、ライキルの全身からは滝のような汗が流れていた。しかし、それは騎士ならば皆、当然のことで、むしろそこまで汗をかくまでの訓練はなかなかできるものじゃない。


「汗なんてみんなかくし、ライキルそんなに気にしなくても大丈夫だよ。それにそんなに汗かくってことは今日ライキルは、とっても頑張って来たってことでしょ?偉いよ!」


 ハルはライキルの忠告を無視して彼女に無遠慮に近づく。


「いや、確かに、今日はその頑張ったっていうか、身体がなまってるから、取り戻すために必死に走ったというか、そういうところもあるんですけど。でも、やっぱり、その…」


 ライキルは逃げるように後ずさるが、どう見てもハルが接近する方が早く、彼女からも逃げようとする意志は感じられない。


「それにしても、凄い汗だね。ほんと頑張ったんだね!」


 傍まで来たハルは、だらだら垂れるライキルの額の汗を自分の服の袖を伸ばして拭ってあげた。


「…あ、ちょ、ハル!?だ、ダメですよ!ハルの服汚れちゃいますから!?」


「はいはい、ライキル、動かないで」


 ライキルの意見などまるで聞かないハルは、彼女の顔を優しく拭ていく。


「ぬがぁあ、ハル、ダメです!」


 拭かれていくというよりは撫でられていくライキルは声をあげるが抵抗はしない。


「だって凄い汗だよ、放っておいちゃもっとダメだ」


 ライキルは何度もハルに優しく触れられる。


『あはぁ、幸せ…!疲れた体にはやっぱり、愛する人のぬくもりが……って違う!いや、違くないけど!違う!』


「わ、分かりました、でも、これからシャワー浴びてくるんで、だ、大丈夫です!もう、大丈夫です!ありがとうございます!」


 最後の方はライキルの本音であった。


「…そっか、じゃあ、いつもの中庭でみんなと待ってるから、ライキルもなるべく早く来てね」


「あ、はい、分かりました…」


 そこはゆっくりでいいから。や、焦らないでね。などではないのかと思ったが、よくよく、考えると。


『あれ、でも、なんだか、それはそれで嬉しいかも…というより、それがハルの本音なのでは!?』


 自分が求められていると思うとライキルの頬が赤くなった。


「………」


 ライキルは将来自分の夫になる男に熱い視線を向ける。

 その視線に気づいたハルもニッコリと微笑んで視線を返して応えてくれる。


『これはハルも私に惚れ込んでしまっているってことでいいんですかね?いいですよね!?』


「えへへへ」


 つい、いろんな欲望や妄想がこもっただらしない笑い声がライキルの口から漏れてしまう。


「フフッ、どうしたのライキル?」


「ああ、いいえ、なんでもないです!」


 すっかり自分の汗のことなど忘れ、酔心していたライキルは、ハルの傍に近寄っていた。


 その時だった。


「お、ハルにライキル、何してんだこんなところで」


 二人が声のした中庭のほうにある扉を見ると、そこには。


「あ、エウスだ」


 本館にある倉庫からテーブルや椅子を取りに来ていたエウスと鉢合わせる。


 互いに寄り添うハルとライキルを見たエウスはニヤっと少し笑った後、すぐに倉庫まで歩き出す。


「二人とも、ここら辺では、いろいろほどほどにしろよな、たくさん人が通るんだからよ」


 傍から見れば二人はこれから抱き合うような体勢を取っているように見えた。


「ち、違います。エウスは何を考えてるんですか!?」


 ライキルはハルの元からすぐに離れる。


「別に何もただ、べたべたするなら一目は気にした方がいいってことをだな…」


「違います!今、そんなこと考えてません!失礼ですよ!!」


 ハルの胸に顔を埋めようとしていたライキルはそれを阻止されたことの怒りをエウスに向ける。


「ほんとか?どうせ、愛しのハル様に抱きつこうとでもしてたんだろ?」


「ぐっ…この!?」


 結局、ライキルをからかったエウスが彼女の怒りを買い、追い回されることになった。


「二人とも気を付けなよ」


 中庭の方に飛び出していった二人に注意を促したハルは、その後、足りない椅子などを確認するために自分も中庭に向かった。

 その中庭に出ると、本館に向かっていたビナと出会う。


「ハル団長!」


「ビナ、そうだ、準備の方は何を手伝えばいいか…」


 ハルがそう尋ねるが、慌てた様子のビナが言葉を遮った。


「それより聞いてください!さっきエウスとライキルが二人とも凄い勢いで走って行ったんですけど、何かあったんですか!?」


「ああ、大丈夫、あれはいつも通り二人でじゃれ合ってるだけだから」


「はあ…そうでしたか…」


「それより、他に何か準備するものってあるかな?」


 外で昼食を取るために必要なものを聞いた。


「はい、それでしたらさっきエウスに頼んでおいたんですけど…」


 と、ビナは後ろを振り向いて二人が走っていった後を見つめた。


「その頼んでおいたものって何かな?」


「えっと、それはですね」



 ハルとビナは本館の倉庫に向かい、足りない椅子などを持ち出した。そして、取って来るように頼んでおいたものとは、日よけ用の布やそれを張るための棒であった。

 中庭に戻ってきたハルとビナはみんなが食事をする場所が日陰になる様に日よけの布を長い棒に括り付けて張っていった。

 無事に準備が整うとあとは食事ができるのとみんなが来るのを中庭で待つだけになった。


 その間、ハルとビナは、今日の新兵たちのことを話し、会話に花を咲かせていた。その中で、特に話題に上がったのがユーリという今日剣の試合で優勝した青年のことだった。


「彼、ハル団長に憧れてるようですよ」


「ほんと!それは嬉しいな」


「知識も私に負けないくらいあって、張り合いのある子でした」


「知識?どんな知識?」


「ええ、ハル団長に関する知識です」


「…?」


 ハルはニコニコしながらもその知識てなんだろうと頭の中は疑問でいっぱいになっていた。


「その知識って例えばどんなことなのかな?」


「ああ、それは、ハル団長の生い立ちとか、成し遂げてきた輝かしい実績のこととかなんかですね!」


「な、なるほど…」


「はい、私たち、ハル団長のファンなので!」


 純粋なビナの瞳が、ハルには眩しかった。


「そう思ってくれてるとは、なんともありがたいね」


「本当ですか!私もハル団長がそう言ってくれると嬉しいです。私、こうしてまじかでハル団長のことを支えたり、応援できることを誇りに思ってるんです。力になれてるかはその分かりませんが…」


「そんな、ビナはとっても俺たちの力になってくれてるよ、新兵たちを指導してくれたり、みんなを守ってくれたりさ…」


「いえいえ、そんな!私はまだまだ何も…」



 そうこう話していると、一人の女性が二人のもとに歩いてきた。


「おーい、待たせたな!」


「ガルナさん!」


 ビナが席から立ち上がって駆け寄る。


「はい、ビナちゃん、ただいま」


 そこには、フサフサの毛で覆われた耳と尻尾を持った獣人のガルナがいた。


 ただ、本来獣人族は腕や足も毛で覆われているはずであるのだが、彼女はそこだけ、全ての基本と言われる人族と一緒で、普通の肌が見え、つるつるしていた。それは彼女が獣人と人族のハーフである証拠であり、半獣人といえた。

 そんな彼女の半袖短パンの短い服装から見える、その腕や足や胴体などの身体の表面には、古傷のようなものがいくつも散見され、そのことから、彼女が戦いに精通している騎士や戦士であると誰もが考えるのであろう。さらに、ガルナのその鍛え抜かれた肉体がなお一層、戦士の中でも強者であることが見て取れた。これではまず、彼女を守ってあげようなどという男は見つからない。そして、最後のダメ押しで、彼女は常人では扱いきれないような大きな赤い大剣を背負っており、決定的にまず人を寄せ付けることはなかった。

 しかし、そんな彼女に一人思いを寄せる者がいた。


「ガルナ、お疲れ様。エリザ騎士団の方たちとの訓練はどうだった?」


 ハルは、ビナの頭を優しく撫でまわしているガルナに声をかけた。


「ああ、いつも通り、つまらなかったぞ!」


 笑顔でそんなことを言うガルナ、だが、エリザ騎士団では一番実力のあるのは彼女であり、その堂々とした物言いには説得力があった。

 それに、そのストレートな言い方でもガルナが言うと全く棘がなかった。それは彼女がただ普通に心の底から思ったことを何も考えずに口にしているからとハルは分かっていたからだ。

 誰かをさげすもうなどの魂胆などがはなから彼女の頭の中には無い。彼女の中の絶対的な基準は単純に強いか弱いかそれだけであり、その基準が楽しいか楽しくなかったかに結びつくだけであった。


「そっか、それは…」


 だが、さすがにそこまではっきり言われるとハルもどう返していいかわからなかった。


「なあ、私は早くハルと訓練がしたいんだが?」


 ハルはみんなを鍛えると約束をしていたが、今日は新兵たちの一日を見届ける約束をしていたので、ガルナたちは明日以降から見てあげるつもりであった。


「ごめん、ガルナ、今日は新兵たちを見なくちゃいけないから、明日時間を取るよ」


「わかった、明日だな、約束だからな」


「うん、任せて…」


 燃えるような真っ赤な瞳でガルナに覗き込まれたハルはそこでたじろいでしまった。


「………」


「ん?どうしたハル私の顔に何かついてたか?」


「え!?あ、ううん、違うなんでもないよ…」


 いつの間にか、ずっと、彼女のことを見つめていたハルはすぐに視線をそらした。


「さあ、みんな食事にしようか!」


 ハルが二人にそのように声をかけるが、ビナが不思議そうな顔で言う。


「ハル団長、まだ、料理来てませんよ」


「え?ああ、そうだった…」


「アハハハハ、どうしたハル、お腹の減りすぎか?」


 おかしそうにガルナが笑ってくれていた。

 ただ、ここまでハルがから回ってしまうのは、きっと、緊張しているからだなとハルは自分では感じていた。


「よし、じゃあ、ガルナ、ビナ、一緒にキッチンまで行って料理ができてないか見に行かない?」


「いいですね、行きましょう!」


「そうだな、私もハルと一緒で腹が減ったからな!」


 それから、ハル、ビナ、ガルナの三人でキッチンを訪れると、まさに今運び出す途中であり、使用人と一緒に協力して、五人分の料理を中庭に運びだした。

 三人が中庭に戻ると、くたくたになって椅子に座り仲良く伸びているライキルとエウスの姿があった。

 これでいつもの五人がそろい、料理も来たため、昼食をみんなで取り始めた。


 いつもと変わらない賑やかな時間がそこには流れていた。


 ライキルはエウスと駆けっこをしていたため、結局シャワーは浴びれずじまいになり、食事中、隣にいたハルが近寄って来ると、少し距離を置こうとしていたが、それでも、最終的には彼女もあきらめて、ハルやみんなと普通に会話をしていた。


 エウスは、みんなに新兵たちのことや、午後の訓練の予定を話していた。今日の話しの中心はそのことでみんな持ちきりではあった。それもハルが参加したからであったのだろう。


 ビナは、自分も身体がなまっているから、午後は自分のトレーニングに時間を使うことを言っていた。


 ガルナに関しては、料理に夢中で、何度かおかわりをしにキッチンに足を運んでいた。


「じゃあ、ハルはまた、午後エウスと一緒に新兵たちの様子を見に行くんですか?」


 食事を終えたライキルがハルに質問した。


「そうなるね、ライキルも一緒に来る?」


「えっと、それは一緒に行きたいのですが、私、午後のトレーニングがあるので遠慮しておきます。それにエウスもいるだったら、行きたくないです」


「そっか、残念、じゃあ、午後の訓練も頑張るってわけか」


「はい、そうなりますね!」


 二人が自然に会話している中で、ライキルの隣にいたエウスが「おいおい、どういう意味だよそれ」とぶつぶつ呟く。


「ビナは、トレーニングだもんね?」


 続けてハルはみんなに振っていく。


「はい、そうですね」


「ガルナは…?」


「ん?ハルが稽古つけてくれるならついて行くぞ」


「ですよね、でも、ごめん、今日はやっぱり、新兵たちに時間を使いたいんだ」


「そうか、なら仕方ない、私はエリザの奴らたちと稽古してるから、暇になったら来てくれ」


「うん、今日はちょっと厳しいかもしれないけど、もし、時間が空いたらね」


 しかし、今日はむしろ時間が足りないくらいで、新兵たちの午後の訓練の様子を観察するのには苦労しそうであった。それは各自が独自に自分にあった訓練をするので、いろいろな施設や運動場にばらけているからであった。それでも、エウスはみんなにどこで何をしているかある程度記録していたため、後を追うことができた。それに関してハルはエウスに感服するばかりであった。


 それから、全員が食事を終えると、エウスの呼びかけで後かたずけを始めた。


「みんな、そろそろ、時間だから、片付けようぜ」


 片付けが終ると、それぞれ自分たちの午後のやるべきことをやるために、みんなは行動を開始しすることになった。

 城の裏手にある運動場の方でも、人が集まってきたのか、活気が戻り始めていた。



 しかし、そんな別れ際にハルは、ライキルに呼び止められていた。


「ハル、ちょっといいですか?」


「もちろん、どうしたの?」


 周りに誰も聞いていないか確認したライキルは少し決まりが悪そうな顔をした後ハルに言いにくそうに告げた。


「その、あんまり無理しなくても私はいいと思ってます…みんなに稽古つけることに関して…だって、ハル、ずっと、その大変だったはずなんですから…」


「………」


 ハルはそこで稽古のことから自分自身のことを結びつけ、連想し、すぐにライキルが何を言いたいのかを理解した。


『…ああ、そういうことか…』


 ライキルやエウス。道場から一緒だった者は知っているが、ハルが人に直接教えなくなったのは、単純に力が強すぎたからの一言であった。単純ではあるが、その力は単純であるがゆえに強力であった。

 今では当たり前の様に制御できているが、小さい頃、ハルはその力のコントロールができない時期があったため、そのことが頭の片隅に残っていた。幸いそのことで誰も人にケガをさせなかったが、その出来事以来ハルは極力、人との戦闘や訓練を避ける傾向が出始めていた。


「ライキル、もしかして俺が稽古をつけること心配してくれてたんだね?」


「はい…」


 小さくライキルは返事をした。


「そうだね、俺の場合張り切りすぎるのはよくないね…でも、安心して、絶対にみんなのことは傷つけないし、昔みたいに制御できないなんてことはないから…」


 ハルはみんなに少しでも強くなって欲しかった。そのためなら、自分が力になれることがあるなら喜んで協力するつもりであった。それは誰にも死んで欲しくないというハルの強い想い、エゴが出発点であった。


「その、私、ハルが人を傷つけるだなんて思ってません。そういう意味で言ったのではなく、あなたの心の方の心配をしていたんです…だって、そのハルはずっとそのことで悩んでいたから…」


「…うん、俺はそのことで悩んでたし、ずっと逃げ回ってた。だけど、もう、向きわなくちゃいけないっていろいろ考え始めるようになってたんだ。それに、いつまでも、過去に引っ張られてちゃ前に進めないからね…」


 ハルの表情に一瞬暗い影が落ちたのを、ライキルの瞳は捉えていた。が、そのあと、すぐにパッと明るい表情をハルは浮かべていた。いつものハルがそこにはいた。


「………」


 ライキルは何か言葉を掛けてあげようとしたがそれよりも先にハルが口を開いた。


「…ライキル、ありがとう気にかけてくれて」


「いえ、私にこれくらいのことしか気づけませんから…」


「そんなことない、ライキルには多くのことを助けられてる。だから、俺からも恩返しさせてよ、そうだ、明後日とか空いてる?一緒に約束通り稽古しない?」


「え、ほんとですか、もちろん、喜んで…!」


「よし、決まり、俺も久々にライキルとの稽古楽しみにしてる!」


「はい…」


 やはり、ライキルは少しずつハルの感情が変化していることに気づいていた。それは小さな変化ではあったが前よりもハルは、ライキルに対して積極的であり、気持ちを前面に出してくれる傾向が強くなっていた。あの思いを告げた日から確実にハルが変わっているような気がしていた。そんな小さな変化がライキルにはとてつもなく嬉しいことだった。


「おーい、ハル、早く来い!置いてくぞ!」


 遠くからエウスに呼ばれるとハルが返事を返していた。


「じゃあ、俺、もう行くね!」


「はい、頑張ってくださいね…」


「そっちもね!」


 ライキルは小さく手を振って離れて行く彼の後姿を見送った。


「…私も頑張らなくちゃ…」


 ライキルはハルたちとは反対側の本館の方に足を進めていった。



 一日の半分が終り、古城アイビーにも午後の時間帯が訪れた。































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