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新兵 ユーリ

 古城アイビーのすぐ後ろにある第一運動場で、決勝を戦い抜いた二人に声をかけるエウスの姿があった。


「優勝おめでとう、ユーリ」


「ありがとうございます、エウス隊長」


 赤毛の落ち着いた雰囲気の青年が、頭を下げる。彼はユーリ・メルキ。レイド王国の騎士に志願した新兵のひとりであった。


「ウィリアムも、惜しかったな」


「いやあ、今日は勝ちたかったんですけどね、ハル団長も見てたんで」


「そうだな、気持ちは分かる。ただ、今日はユーリの方が勢いがあったな」


「ええ、それは俺も認めます。今日のユーリはなんというか気合の入りかたが違うっていうか…」


 そこでウィリアムとエウスが、今日の優勝者のユーリの顔を理由を尋ねるかのように覗きこんできた。


「ああ、その、俺も、今日はちょっと、ハル団長が来てたんで…」


「ハハッ、なんだお前もかよ!」


「ああ…」


 ウィリアムがユーリを軽く肘でつつくと、彼は少し恥ずかしそうに顔を下に向けた。

 実際に今日、ユーリが死に物狂いで勝ちを取りにいったのは、あのハル団長が来ていたからだ。そうじゃなければ、こんなに頑張っていなかったかもしれない自分がいたことに、まだまだ自分も未熟であるとは思った。しかし、それでも、今日、憧れの人の前で小さいが結果を出せた自分を褒めてやりたい気分にはなっていた。


「よし、じゃあ、そんな彼にも来てもらおうか、おーい、ハル、ちょっとこっちに来てくれ!」


 エウスが、新兵たちと一緒に離れた場所で試合を見ていたハルに声をかける。


「ええ!?」


 しかし、心の準備ができていなかったユーリは、その時、目を白黒させることしかできなかった。


 エウスに呼ばれたハルが、ユーリとウィリアム二人のもとに駆け寄って来る。


 そこには本物のハル・シアード・レイがいた。レイド王国の元剣聖で英雄で、今では四大神獣の討伐者でもある。彼は、数多の騎士の憧れで、彼のファンは新兵たちの中では、ほぼ全員と言っても良かった。

 ユーリだって、解放祭に行って彼の表彰式での舞台を見に行くほど、熱心なものだった。

 そんな憧れの彼と直接言葉を交わす機会がやって来る。だから、ユーリが焦るのも当然であった。


 温厚そうな英雄が、二人の前にたどり着く。


 ユーリが前に、アストルたちがハル団長と直接会って話したと言っていた際に聞きだした情報によると、彼は本当にエウス隊長と同じように、気さくで優しい普通のお兄さんのような性格の人だと言っていた。さらに、自分たちの隊長であるビナ隊長とも、ハル団長のことについて話した際、全然怖い人なんかじゃないむしろ正反対な人と評していた。


『やっぱり、みんながそう言うだけあって、柔らかい雰囲気を持った人なんだな…』


 ユーリはそう思うが、いざ、目の前に彼が来ると自分の身体が緊張していることに気づいた。そして、それは隣にいるウィリアムも同じ様子であった。


 相手は元剣聖で英雄。新兵たちの憧れであり、緊張しない方がおかしかった。それにユーリたちは解放祭での彼の輝かしい姿を目にしていたのだから。


「二人とも、お疲れ様、いい試合だったよ!」


 二人は緊張で声を震わせながらも、ありがとうございます!と、ハルの労いの言葉に頭を下げた。

 そこで、ハルの視線が、今回の優勝者つまりユーリに移る。


「えっと、君がユーリだよね?」


「はい、ユーリ・メルキと申します」


「優勝おめでとう、こんなにみんな実力が拮抗する中での優勝はほんとに凄いことだ」


「あ、ありがとうございます!」


「よし、これからは一緒に頑張っていこう!」


「は、はい!」


 ユーリが少し緊張しながらも言葉を返し終わるとハルはひとつ笑顔を見せた。そして、ウィリアにもこれからよろしくねと声をかけ終わると、彼はエウスのもとに行ってしまった。


「………」


 そんな彼の姿を、ぼんやりとした様子のユーリはしばらく目で追っていた。


「おめでとう、ユーリ!!」


 そこに、上位二十名の周りにいた新兵のみんながユーリのもとに駆け寄って来た。彼らは次々と賛美の言葉をユーリにかける。


「今日のユーリ凄かったな!」

「ユーリ、私はお前が剣では一番だと思ってたぞ、あんなやつじゃなくな」

「よくやったユーリ、お前のおかげで賭けにかったぜ!!」

「クソ、ユーリ、よくも勝ちやがったな、だが、おめでとうだぁ!!」

「ユーリ、お前やっぱり強いよなぁ…」

「てか、二人ともよくあんなに動けるよな、疲れとか知らないの?」


 しかし、周りが賑わっていく中、ユーリの瞳には、憧れの英雄の姿しか映ってなかった。


『これからあのハル剣聖も俺たちのことを見てくれるんだよな…』


「フフッ」


 ユーリは小さく笑みをこぼすと、周りからは何笑ってるんだよと、小突かれていた。それでも彼の小さな笑いはしばらく止まらなかった。



 ***



 そして。


 カーン カーン カーンと城の鐘が鳴った。


 上位のグループの方に、ビナがやって来て、エウスに声をかけていた。


「そろそろ、昼休みにしようと思ってるんですけど、いいですか?」


「そうだな、よし、じゃあ、こっちも昼休みにするか!」


 新兵たちはエウスのその言葉を聞いて、歓喜の声をあげていた。


「あ、ビナ、そっちにも午後からは自主練習ってことちゃんと伝えておいてくれよな」


「ええ、分かりました。ちゃんと伝えておきます」


 確認を取り終えたビナは、他の新兵たちがいる場所に戻っていった。


「おい、お前たち、午後は自主練だからな、それぞれ、自分のメニューをこなせよ。ってことでこっちも解散!」


 エウスが、その場にいる新兵たちに、午前の訓練の終わりを告げた。


 第一運動場の周囲では、午前の訓練を終えたエリザ騎士団の騎士たちも、昼の休憩を取るために移動を始めていた。

 その流れに乗って、ハル、エウス、ビナ、そして、新兵たちも、昼の休憩を取るために移動を開始していた。


 ***








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