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剣術試合

 走り込みを終えた新兵たちは次の訓練に移っていた。それは剣術の訓練であった。

 練習用の木でできた剣を使い、それぞれ十個のグループに分かれて、第一運動場で打ち合っていた。

 それをエウス、ビナの二人が見回って指導をしていた。

 そこにハルも、二人と一緒にくっついていくなどして、新兵たちの訓練の風景を観察していた。

 今回、ハルの役目は指導ではなく、新兵たちが普段どんな訓練をしていて、彼らがどんな子たちなのかを大まかに掴むためにこの訓練に立ち会っていた。だから、今やることといえば、できるだけ、いろんなグループを見て回ることだった。


「へえ、みんな、なかなか、いい剣さばきだなぁ…」


 ハルは小さく呟きながら各グループを見て回る。

 新兵たちは十人で一つのグループに分かれており、そのうち二人がそのグループの中で打ち合うといった練習試合の形式で剣を打ち合っていた。

 たいてい訓練などは剣の素振りや型の練習、さらに重りをつけて剣を振るなど地味なことの繰り返しであるが、彼らがやっているのは、練習試合で各グループが盛り上がりを見せていた。

 この試合形式の訓練が始まる前にハルが、エウスにいきなり試合するの?と聞いたところあっさりそうだぜと答えた。しかし、次にハルが口を開こうとした時、エウスはわけを話していた。


『いつもは素振りとか型の練習も挟むんだが、今日はハルもいるし、それに、あいつらがどこまで鈍ってるのかも見ておきたいんだ』


 さらにエウスは普段からそう言う地味な訓練は午後の自主訓練の方に回しており、そこで指導をしているようだった。

 新兵の内は剣術よりも、徹底的に実践に近い戦闘経験を積ませることの方が重要だった。

 戦闘経験が少なければ、学んだ剣技もどこでどう使いこなせばいいのか分からない。そのため、新兵たちには、まず、なるべくたくさんの実戦形式の試合をさせて、そこで自分たちに何が足りないのかを確認させていた。たいていの新兵がそこで相手より体力がなく、剣を振れなくなることが多いと言い、午後の自主訓練を、率先して体力や筋力の増強などに時間を充てる新兵が多かった。

 そのため、午後に剣術の訓練をする者などは、彼らの中でもほんの少しだった。

 しかし、もちろん、そんな新兵たちに全く剣術を教えていないというわけではなく、基礎的なことを中心に彼ら全員にはすでに叩きこんでおり、剣の扱いに関して素人という者はひとりもいなかった。


 そんなわけで、新兵たちは今、必死にまだまだ覚えたての剣術を駆使し木剣を振るって己の身体に経験を刻み込んでいる最中であった。


 ハルがしばらく十個のグループを見回っていると。各グループの中でどんどん試合が終わっていき、そのうち二人ほどが、近くを回っていたエウスやビナに報告しに行っていた。


『何だろう…』


 不思議に思ったハルは、エウスのもとまで歩いていき、彼に何があったのか尋ねた。


「エウス、どうしたのあの子たち」


 ハルは報告していた二人を見ながら言った。


「ああ、あいつらは勝ち抜いたやつらだよ」


 エウスの手元にはいつの間にか、何やら板と紙のようなものがあり、そこに新兵たちの名前がずらっと並んでいた。そして、彼はそこに何やらチェックを入れているようだった。


「これから、各グループで勝ちぬいた上位二名がさらに四つのグループに分かれて、そこでまた試合って感じだな」


「なるほど、そういうことか、最後までやるんだね」


「そうだな、いつもこうやって優勝者を決めてるんだ」


「ところでそれは何?」


 ハルがエウスの手元にあった板と紙を覗き込む。


「これは新兵たちの名簿と、あと、ほら、この紙にはあいつらの名前の横に印を入れる空欄があるだろ。これはな誰がいつ、この実戦形式の試合で、二十人の上位のグループに入れたかを記録しておく紙なんだ。あ、ちなみに、さらにそこから上の上位四人と、そしてその日の優勝者も記録してある」


「ええ、すごい、エウスこれ全部一人で作ったの!?」


 その名簿と合体したようなつくりの記録用紙は丁寧な作りでとても見やすく作られていた。ハルも一目見ただけで情報がしっかりと頭の中に入ってきた。


「まあな、少し雑な作りだが、暇な時間を利用してな、俺こういうの作るの好きだからさ」


 商人としてのエウスの側面が良い方向で現れていた。


「今、見せてもらっていい?これ凄いよ、あ、他の訓練のもまとめてあるじゃん!」


「ああ、もちろん、いいぜ。ただ、後でゆっくりみな、今はほら、あいつらの試合が始まったからさ」


 エウスは褒められて少し嬉しそうに微笑んでいたが、ハルの注意を新兵たちの試合に向けさせた。


「あ、本当だ」


「ここからは結構、激しい戦闘が見られるぜ」


 十個だったグループが四つになり、各グループ五人の計二十人ほどの強者の新兵たちが集まって再び試合が始まっていた。

 他の敗れた新兵たちは新兵たちで、ビナの指導のもと再びグループを分けられて、試合が行われている。

 訓練中は負けた者も勝った者も平等に時間を無駄にはしない。ただ、懸命に誰もが自分のことを研鑽するのみであった。


 それに、誰もがこのトップ二十の上位のグループに入り込もうとみんなが熱を燃やす。いわばこの午前の訓練とは他の日の午後自分が努力した成果を見せる場所ともいえた。


 五人組の四つのグループで、試合が進んで行く、その中でハルの目にも筋のいい子が目に留まる様になっていた。


「エウス、あの子ってアストルって子だよね?」


「ああ、そうだ、さっそくハルも顔を覚えてきたようだな」


「だって、あの子、さっきの走り込みでもかなり上位にいたし、結構目立つからさ」


 ハルの視線の先では、小さくても対戦相手を圧倒するアストルの姿があった。さらによく各グループを見渡すと、走り込みで上位に入っていた五人はこの上位グループの試合の方に全員顔を並べていた。


『さっきの子たちはみんないるのか、さすがだな』


 ハルも少しずつではあるが顔と名前を覚えだしていた。


「そうだ、この試合誰が一番優勝してるの?」


 一番気になっていたことを尋ねた。


「一番はウィリアムって新兵だ。彼の剣術はなかなかいい筋をしてる、ほら、今あそこで試合してる」


 エウスに示されたグループを見ると、的確な動きで攻防を繰り広げているウィリアムがいた。


「ただな、他の奴らも負けては無いんだ。なんせ、ウィリアムが一番って言っても、今のところは、だからな。他の奴らとの優勝回数はほぼ僅差でな、二番目はユーリってやつなんだが、彼とは一回しか違わない。そんで、三番目はヨアン、四番目はアストル、五番目はビンス、六番目はフィル、七番目はラウロ。正直、最後にここにいる間に誰が一番多く優勝するかは予想がつかない状況だな」


 エウスの説明を聞いてる間にも、木製の剣が何度も激しくぶつかり合い、さらなる勝者と敗者を生み出し続けていた。

 そして、ついに四つのグループ内での試合が全て終わり、各グループの勝者四人が決定した。


 今回の四人は、ウィリアム、アストル、ビンス、ユーリの四人であった。

 そこから、さらに二人に絞り、最後に勝ち抜いた者が、優勝であった。

 準決勝はウィリアム対アストル。ビンス対ユーリとなり、四人の内の片方ずつが決勝に進めた。


「ハルはどっちの試合を見るんだ?」


 準決勝が始まる前にエウスが声をかけてきた。


「うーん、悩むけど、やっぱり、一番優勝回数が多いウィリアムって子がいる方を見させてもらおうかな」


「まあ、そうだよな、じゃあ、俺はあっちを見て来るな」


 エウスは、もう片方の試合を観戦しに行った。


 試合はすぐに始まった。観客はハルの他に上位二十人に入った新兵たちであった。さすがに彼らも連戦で疲労しているようで地面に座り込んでいる者がほとんどだった。


『…彼らにはいい練習量だね』


 ハルは、ウィリアムとアストルの試合に視線を向けた。

 彼らにも疲労が蓄積されているはずなのだが、一切そのような疲れを感じさせない軽やかな動きと、木剣の打ち合いを重ねていく。

 アストルとウィリアムは、新兵の中では確かに優れた技量の持ち主であった。何よりも二人の優れていたところは型の正確さであった。

 攻撃を仕掛ける時の身体の使い方や、相手の攻撃に合わせた正しい防御のやり方、どちらも最適解に近い答えを、その剣で表していた。

 そのため、互いに次の動作にスムーズに入り、打ち合いは激化する。基礎や型がしっかりし、さらに多くのパターンを覚えているのであろう。互いの木剣での攻防はとめどなく続いた。

 新兵は基本体力が重要であるが、こうした集団でもトップの者たちは同時に剣術までも早い段階で身につけ始める。彼らが良い例であった。こういった者たちは騎士としての成長は早い。

 ただ、こういった子たちはどこにでも一定数いるので珍しいことではない。百人からなる隊にもなれば、数人はいるのが普通であった。それに剣術はこのレイド王国の軍に入る前でも、いくらでも訓練することができるし、大抵、騎士になりたい者たちは入る前から剣術を習っている者が多かった。彼らもそうなのだろうとハルは予測すると同時に、やはり、大事なことはひとつであった。


『ただ、やっぱり、ここからは、体力だよね』


 結局、最後はそれであった。


 お互い剣術の技量もそこまで離れていない、ウィリアムとアストルの二人。勝敗を決したのは体力であった。

 ぎりぎりまでウィリアムを追い詰めていたアストルは、攻めすぎたことで体力のほとんどを使い切ってしまっていた。一方、ウィリアムは体力を温存するため、必要最低限の防御に徹底して、なるべく消耗しないようにしていた。

 ウィリアムは押されてはいたが、結局、休暇明けもあったのか、アストルの体力が先に尽きて、隙が生まれてしまった。その隙を逃さなかったというよりは狙っていたウィリアムが、アストルの首に木剣を軽く当て決着がついていた。

 試合後にウィリアムとアストルは互いを褒めたたえていた。

 その様子を見ていたハルは小さく微笑んで彼らの様子を見守っていた。


『いい子たちだな…』


 そこで、もう片方の試合も決着がつき、それを見ていたエウスがこちらに戻ってきた。


「よし、ハル、こっちも終わったぜ、勝者はユーリだった。そっちはどっちが勝ってた?」


「こっちはウィリアムが勝ってたよ」


「おお、それは盛り上がりそうだな!」


「うん、これでユーリって子が勝てばトップの彼と並ぶもんね」


「ああ、そうだ!よし、ウィリアム、ユーリ、二人とも準備はいいか!さっさと始めちゃおうぜ、昼も近いしな!」


 エウスは二人のもとに駆けていった。彼らには休憩が無く、連戦はきついかもしれないが騎士としてこのような状況は多々訪れるため、それもかねてのこの訓練なのだろう。本番はもっと酷い状況に見舞われることがある。ここで、こういった連戦に慣れておくのは悪いことではなかった。


『そういったことも想定して考えてたのかな?相変わらずエウスはすごい奴だな…』


 ハルが感心しながら、エウスの背中を眺めていると、決勝戦が始まろうとしていた。


「よし、それじゃあ、決勝の方を、始めるぞ、二人とも剣を構えてくれ」


 ウィリアとユーリ、互いが木の剣を構えて戦闘態勢に入った。


「始め!」


 エウスの掛け声とともに決勝戦が始まり、周りにいた新兵たちは歓声をあげていた。


 時刻は正午に近づき、辺りには陽の光が強く照りつけ始める。そして、そんな昼前で空腹が襲ってくるなかでも、第一運動場では、元気な青年たちの歓声が飛び交っていた。



 *** *** ***












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