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ハル団長

 パースの街にも夏が訪れ、晴天の空に昇る太陽からは容赦のない暑い日差しが降り注いでいた。

 そんな中、古城アイビーの城のすぐ裏手にある広い運動場では、レイド王国の新兵たちが隊列を組んで整列していた。


「というわけで、俺からの話しは以上だ。まあ、なんだ、楽しかった祭りの後だと、いろいろやる気が起きないかもしれないが、そこは少しずつみんなで頑張っていこうな」


 総勢百名ほどの新兵たちに向けて気さくに語り掛けていたのはエウス・ルオであった。

 彼は新兵たちが所属するレイドの新人騎士団の隊長であり、みんなのまとめ役だった。

 今日は、長期的な休暇を終えてから一番初めの訓練であった。

 新兵たちはその長期的な休暇をパースの街から少し北に進んだところにあるリーベ平野という場所で開催されている解放祭という大きなお祭りで大いに楽しんできたあとだったのだ。

 そのため、こうして、みんなが古城アイビーに戻って来ているか、点呼を取るために集めて整列させているのであった。

 しかし、すでに百名ほどの新兵たちの点呼は終わっており、全員が漏れることなく、この場にいることは確認済みであった。

 そして、点呼後、エウスがこの集まりで新兵たちに語ったことは、さほど多くなかった。彼が語ったことは、ここでの生活に関する基本的な注意事項と、今後もみんなで頑張って行こう、などありきたりな励ましの言葉だけであった。

 そのように、基本的に点呼を取るためだけに集めたこの集会ではあったが、最後にエウスの言葉から新兵たちに重要なことがさらっと告げられた。


「あと、今日から、ここにいるハルにもみんなの面倒を見てもらうことになったから彼のこともよろしく頼むな」


 エウスの後ろにいたハルは少し緊張気味に「よろしくお願いしますね」と言ったあと、すぐに後ろに引っ込んでいった。


「よし、じゃあ、みんなもう最初の訓練から始めていいぞ、ああ、忘れた奴はいないよな、最初は走り込みだからな」


「え!?」声を挙げたのはその場にいた百名ほどの新兵たち全員からであった。


「待ってくださいエウス隊長、どういうことですか?」


 新兵の中からひとりが声を挙げた。


「ん?なんだ、走るのが嫌か?しかし、体力が無きゃ騎士は務まらないぞ」


「いや、違いますよ、ハル団長が僕らに指導してくれるってことですか?」


「ああ、そうだ、これからそういう時間をたくさん設けていくから楽しみにしておけよ」


 そこまでエウスが言い切るとザワザワと新兵たちが騒がしくなった。

 彼らの口からは終始驚きと喜びの声が上がっていた。




「なあ、アストル今の話し聞いたか?」


 整列していた新兵のウィリアムが隣にいた同じく新兵で彼の友人であるアストルに声をかけた。


「うん、聞いた、ハル団長が俺たちに指導してくれるってことでしょ」


「ああ、これは、胸が躍る展開だよな!だって、あの四大神獣を倒しちまう英雄に直々に教えてもらえるんだぜ!」


「うん、ほんとにすごいよ…」


 アストルは、解放祭で見た純白の騎士姿であったハルのことを思い出していた。そこにはアストルが望む騎士としての理想があった。多くの人を救い、みんなから認められる、そんな最高の騎士の姿が。


『俺もいつかあんなふうにみんなから認められてそしていつか…彼女と……』


 アストルが心の中で一人の女性のことをぼんやりと思い浮かべていると、ウィリアムとは反対側の隣にいた新兵に声をかけられる。


「アストル、どうした?ぼうっとして腹でも減ったのか?」


「え?ああ、違うよ」


「そうか、お腹すいてそうな顔してたけど…」


「…って、いや、それはフィルの方なんじゃないの?」


 声をかけてきたのは新兵でアストルの幼馴染であるフィルであった。


「アハハハハ、バレた?実はあのお祭りで食べた菓子パンが忘れられなくて思い出してたらお腹が減ってきて…」




 そのように新兵たちがいつまでも、ザワザワと騒いでいると、エウスがみんなに口を開いた。


「はい、はい、みんな静かに」


 するとすぐに新兵たちは彼の言葉に従い静かになった。


「いろいろ嬉しい気持ちはわかるが、ハル団長のことは後々みんなに伝えていくからほら、今は、最初の訓練を始めてくれ」


 エウスが整列していた新兵たちに解散するよう促すと、彼らはすぐに自分たちの訓練に戻っていった。

 その去り際の間、新兵たちの話題はすっかりハルのことで持ち切りであった。


「まさかハル団長が直接指導してくれるってすごくないか?元剣聖だぞ」

「元剣聖もそうだが、四大神獣の討伐の方がすごいだろ」

「前に俺、少しだけアドバイスもらったことあるぜ」

「知ってるかハル団長って他の剣聖たちが束になっても敵わなかったんだぜ」

「ていうか、俺たちってかなりいい環境にいるよな…」


 そんな新兵たちの話し声がハルの耳にも届いて、彼らの口にしている内容に少し安心した。


『…忘れられてたらどうしようかと思った…いや、団長ってことをね…』


 ハルはひとり心の中でそう思った。


 ハルが新兵たちの前に顔を出す機会は少なかった。それはハルが団長であり、いろいろ他の人に任せるのは当然ではあるが、それでも新兵たちとのやり取りはほんの数回程度であった。

 それは四大神獣の討伐などがあったため仕方のないことではあったが、やはり、それでも彼らとの騎士としての交流はほぼ皆無だった。

 しかし、なぜこんなにも四大神獣の討伐が迫っていた中でハルたちが彼らを受け入れたかというと。

 近年レイド王国の王都では大規模な神獣の襲撃があったためであった。レイドでは現在騎士不足であり、手の空いている騎士団が少なくなっていた。そこに四大神獣討伐の作戦が持ち上がって来ると、新兵に時間をかける暇がなくなるほど、忙しくなるのは当たり前であった。

 それでも、毎年行っていた新兵の教育であるこのパースの街など、他の都市に行って彼らを鍛える合宿は、なんとしてでも、途切れさせるわけにはいかない伝統のようなものであった。

 それに人手不足の中でも、次の新しい騎士たちを育てなければ、人は減っていく一方で埒が明かないのは明白であった。そこで、比較的自由が効き、目的地が、新兵たちを育てる環境も整っているこの古城アイビーであるため、ハルたちに今年の新兵たちが託されたというわけであった。それが四大神獣の白虎討伐作戦と並行して行われていたことであった。


「はあ、よかった…」


 とりあえず、新兵たちからの印象は良かったので一安心したハルは小さく安堵した。


「ハル団長、どうしたんですか?」


 そこでハルに声をかけてきたのはずっと隣に居たビナ・アルファだった。小さな背で綺麗な赤髪の女の子。彼女はよく子供と間違われてしまうくらいには背が小さく幼く見える。しかし、そんな彼女でもエウスと同じ新人騎士団の中では隊長であり、それにレイド王国で一番強いとされているライラ騎士団に所属していた精鋭騎士であった。


「今日はずっとそわそわした様子でしたけど…」


「ああ、その新兵たちに俺が団長だってこと忘れられてたらどうしようと思ってね、あまりにも彼らと関わってこなかったから」


「ええ!?それはあり得ないですよ、彼らたまにハル団長のこと話してましたし、自慢もしてましたよ、俺たちの団長は伝説の剣聖だって」


「ほんとに?それは嬉しいね」


「ええ、ですが彼らハル団長のこと中途半端にしか知らなくてですね。私、そのたびに、私が調べてきた、ハル団長のことに関する膨大で素晴らしい研究と知識をぶつけてやってあげたんですよ!」


「え、ちょっと待って、それはどういうことなの??」


 得意げな顔のビナにハルが困惑していると、いろいろとさっきのハルのことで食い下がらない新兵たちを説き伏せ終わったエウスが二人のもとにやってきた。


「はあ、全くあいつら、ほんとに懲りない奴らだよ、後から伝えるって言ってるのに」


「アハハハ…なんかいろいろ急に決めちゃってごめん」


「いいって、いいって、むしろあいつら前よりもやる気になってやがるし」


 エウスが肩をすくめ、呆れた様子で言った。


「それにしてもエウスはみんなと仲がいいよね」


 エウスを見ていると下の子たちからよく慕われているのが分かった。


「まあ、俺は頼りになる男だからな!」


 前髪をかき上げるエウスは淡々と決め顔でそう言うが。


「いえ、ハル団長、エウスはなめられてるだけです」


「あれ、おいおい、ビナさん、冗談はよしてくれよ、俺はなめらてなんかないぜ、むしろ尊敬してくれてるはずだぜ!」


「いえ、ほんとになめられてるだけです!」


「いや、俺は…」


「エウスはなめられてます」


 エウスがいつものようにふざけて絡んでいこうとするのを、無視するビナがあまりにも自信満々に言うものだから、ハルは少し笑てしまった。

 しかし、先ほどエウスの一言で新兵が一瞬で静かになったのは、彼が信頼され尊敬されている証拠であることをハルは知っていた。

 それにエウスは小さいころ道場でもそうだったが、下の子からの信頼が厚かったことを覚えていた。


『エウスはガキ大将みたいなところがあるからな、みんな、彼について行きたくなるんだろうな…』


 ハルは自分もその一人であったため、なんとなくだが、新兵たちの気持ちはよく理解できた。


「それより、これからどうするんだハルは?」


 エウスが今後の予定を尋ねてきた。


「えっと、とりあえず、しばらく、新兵たちがどう過ごすのか見て回るよ、彼らがどんな子たちなのかも知っておきたいし」


「そうだな、教えるにしても、相手のことが分からなくちゃ、しょうがないもんな」


「うん、でも、大半の子がまだ基礎的な部分が足りないと思うから、そこからだと思うんだよね…」


 新兵の内でまず一番重要なことはまず体力作りであり、それ以外のことは二の次でもいいと言ってしまえるほど、体力をつけるということは大切なことであった。もちろん、戦闘の技量も重要なことではあったが、それよりも、体力があることが今は何よりも望ましかった。ただ、それはどんな騎士にも言えることではあるし、例外的な子がいることも、騎士団という軍の組織は広いのでハルは知っていた。

 特にその例外的な子とは、魔法のセンスや戦闘のセンスがずば抜けて高いことが当てはまるのであるが、そういう子はとっくに他の騎士団や他の軍の魔法機関に引っ張られていってしまうため、ここではあまりそのことを考える必要はなかったのだが、それでも、これからそのような人物たちがこの新兵たちから現れる可能性もないわけではなかった。


「よくご存知で、ただ、ハル、筋のいい奴らもいっぱいいるからそこはちゃんと見てやってくれよ」


「もちろんだよ、言っておくけど、俺はひとりひとりに丁寧に教えるつもりだよ」


「…それは、それで、俺はハルが黒龍討伐のために時間が割けるか心配だけどな」


 エウスが言うことはもっともであった。ハルたちには四大神獣の討伐があるため、新兵たちとこうしてこの古城アイビーで過ごす時間は限られていた。

 四大神獣黒龍の討伐についてもハルはいろいろ考慮しなくてはならないのだ。


 しかし、ハルは迷わず一言で返した。


「問題ないよ」


「…そうか、ならまあ、自由にやってくれていいが、俺たちのことも忘れないでくれよ?ハル先生?」


 エウスが、少しにやけながら、横目で見つめてきた。

 すると隣にいたビナも力ずよく何度も頷いて、珍しくエウスの意見に同意していた。


「ああ、当然、新兵たちだけじゃなくて、他のみんなにも俺ができることをしてあげるつもりだよ」


 ハルはみんなにも戦闘の指導をすることを約束していた。ここにいない、ライキルやガルナたちにも。


 この中でやはり一番質の高い戦闘経験があるのはハルであった。魔獣の他にも対人でも、ハルが積んで来た経験はどれも一級品のものばかりであり、四大神獣白虎はもちろん、過去には、シルバ道場や、王都での剣聖時代に積み上げた経験など、ありとあらゆる戦闘をハルは体験していた。


「ハル団長、私にも稽古、たくさんつけてください、私ハル団長みたいになりたいんです!」


 真剣に見つめて来るビナの美しい赤い瞳は、新兵たちの初心で純粋な瞳と同じくらい綺麗で澄んでいるように見えた。


「もちろん、いいよ!だけど、新兵たちのことも忘れないであげてね、ビナはこの部隊の隊長なんだから」


「…あ、は、はい!そうですね!」


 忘れてたのかなと思わせるほどの間でビナが返事を返してきてハルは少し笑ってしまった。

 そのように少しばかり、三人で談笑していると、さっそく新兵たちが最初の練習である体力作りの走り込みがこの城の裏手の運動場で始まろうとしていた。


「よし、じゃあ、俺たちも早速、あいつらのところにいこうぜ!」


 エウスの掛け声で三人にも移動を開始した。


 夏の古城アイビーの運動場には、立派な騎士を夢見る新兵たちの駆ける足音が響き渡り始めた。









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