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帰ってきた

 早朝の古城アイビーの中庭で優雅に紅茶を飲んでいたハルに質問が飛んできた。


「それで、お祭りの方はどうでしたか?詳しくお話が聞きたいです」


 そう、質問していたのは、この古城アイビーで使用人をしているヒルデ・ユライユであった。


「もちろんいいよ」


 ハルは、紅茶をテーブルに置いて、向かい合っている彼女に視線をやった。

 使用人であるヒルデにも紅茶が用意されていた。それは、早起きである二人はたまにみんなが起きてくるまでの間、時間つぶしのためにこうしてお茶会を開くことがあり、今、その真っ最中であったからだ。

 ヒルデは使用人で朝食の料理の支度があったが、それも、てきぱきこなしてしまう彼女には朝に余暇の時間帯があった。

 ハルもたまに、あまりにも早く起きてしまって、そのまま目が覚めてしまうことがあった。早朝が嫌いというよりは、むしろ日常から少し外れたこの時間が大好きではあったが、いつも時間を持て余してしまうことがほとんどであり、そのあつかいにハルは困っていたのだ。

 そんな中、ヒルデは料理人として、ハルは朝の空腹やのどの渇きからキッチンへ向かうことで出会った二人。そんな二人は何度か顔を合わせるうちに、互いの暇な時間を埋めるため、こうしてお茶会を開き、お茶友達になっていたのだ。


「ハルさんたちはどんなところを回ったんですか?」


「そうだな、いろいろ回ったけどやっぱり食べ物売ってる屋台が多かったかな、各国から集まって来た美味しい出店がたくさんあって、祭りの間ずっといろんな料理を楽しんでたよ」


「それはいいですね、あ、そうだ。食べ物のことで思い出しました。私たちにまでお土産ありがとうございました」


「ああ、いいよ、あれはみんなで買って来たものだし」


 ハルたちは、祭りで自分たちが持って帰れる分だけ、売っていたお菓子や保存の効く料理を買ってきて、古城アイビーにずっといたデイラス団長や騎士たち、そして、使用人たちにお土産として配っていた。


「それよりさ、ヒルデさんたちは解放祭に行く予定はないの?あの祭りは終わってないからさ、機会があればまだ間に合うよ?」


 ハルたちは一週間で帰ってきたが、解放祭はまだ数週間は続く予定であり、祭りでのイベントなども豊富に残っていた。そのため、祭りを楽しむことはまだまだ十分すぎるほどであった。


「私はいいんです。確かに今回の祭りは大きくて楽しそうでしたし、ハルさんの表彰式なんか見て見たかったですけど、あいにく、お祭りに誘おうとした二人の都合が悪くって…」


「それは、マリーさんとクロルさんのことかな?」


「はい、そうですね」


 マリー・エレオノーア。彼女は、この古城アイビーにある花園で働く、植物たちの世話係であった。ヒルデとは幼馴染で幼い頃からの親友だった。


 クロル・シャルマン。彼女は白魔導協会という白魔法に関する組織に所属しており、四大神獣白虎討伐の際にもその組織から衛生兵として参加してくれた白魔導士であった。彼女は昔、ヒルデとマリーたちの近所に住んでおり、お姉さんのような存在であった。そんな彼女たち三人は昔からの親しい友人であり、今でも仲が良いと聞いていた。


「マリーは植物相手なのであまりここを動けませんし、クロル姉さんは白魔導士の仕事で忙しいそうなので断られちゃいましたね」


「そっか、なんていうか、ごめんね…」


「フフッ、なんでハルさんが謝るんですか、いいんです。それに私は皆さんが帰って来てくれたおかげで、また、この賑やかなアイビーが戻って来てくれて嬉しいですよ!」


 普段、あまり、表情の変化を見せない、彼女であったが、この時は、少しばかり上機嫌で眩しい笑顔を見せていた。


「うん、俺も、また、ヒルデさんの美味しい料理が食べれるのは楽しみだよ」


「ええ、任せてください、私、ハルさんたちがお祭りで食べてきたどの料理よりも、美味しいもの食べさせてあげられるように努力しますから」


「ありがとう、でも、どうか無理はしないで」


「はい、当然です。無理しません、ですが、負けてもいられません、ハルさんたちが買って来てくれたお土産どれもおいしいものばかりでしたから」


 料理人として対抗心を燃やしている彼女に、それならとハルも声をあげる。

「そうかわかった、じゃあ、期待してるよ!」


「はい、私にできることは料理なので、それでみんなを支えさせてもらいますね!」

 やはり、今日の彼女はご機嫌なのか、いつもの誤解されてしまうような冷たい感じは一切感じなかった。


「あ、それより、もっと祭りのこと聞いてもいいですか?」


「もちろん、いいよ、何から話そうかな…」



 それから、ハルはこの早朝の非日常のような不思議な時間を、良い聞き手役のヒルデと、解放祭の思い出話に花咲かせて過ごした。


 早朝の特別な時間のお茶会はあっさりと終わりを告げ、二人はお互いの日常に戻っていく。


「今日も話し相手になってくれてありがとう、ヒルデさん。楽しかったです!」


「いえ、それはこちらこそです。私も、面白い話が聞けて楽しかったです。あ、そうだ、今度、マリーにも会って祭りのこと話してあげてください、あの子もきっと喜びます」


「わかった、そうするよ」


 二人でお茶会の後片付けをして、ヒルデが紅茶のセットを手押し車に乗せて、城の西館にあるキッチンに帰っていった。


 ハルはそのまま中庭にとどまり、椅子に座ってひとり、空を眺めていた。


「………」


 今日のお茶会は終始ヒルデが明るく、よく喋っていた。それは、昨日、解放祭からハルたちが帰ってくるのを待っていたデイラス団長と似たようなテンションであったのを思いだしていた。

 いなかった者たちが帰って来ると、嬉しいのだろう。ただ、その逆もそうであるように。ハルは、古城アイビーに帰って来るとどこか我が家の様に安心し、城にいる人たちに会うと家族のようにさえ感じた。


『帰って来たんだな…』


 ここはもうハルにとって、大きな存在の場所になっていた。


 そんな大切ないつもと変わらない日常に戻ってきたハルであったが、ひとつだけ決めていることがあった。


「今日から俺もみんなのことを見て行かなくちゃ…」


 それは、みんなを鍛え上げること。


 魔獣に敵わないとしても、せめて、彼らが理不尽な暴力にさらされた時、逃れる術や身を守る術を身に着けられるくらいには、強くなって欲しいとハルは思うのだった。


「ずっとまかせっきりだったからなぁ…」

 そして、それと同時にエウスや、ビナや、ライキルたちなんかに新兵たちをずっとまかせっきりだったのもハルは悪いと思っていた。


「新兵のみんなは俺が団長ってこと覚えてるよね……」


『………』


 しばらく、中庭でもハルの心の中でも沈黙が続いた。


「いや、さすがに大丈夫、覚えてる、覚えてる」


 心配な自分をひとり安心させるハル。


「覚えてるよな…」


 ちょとした不安を抱いたハルではあったが、今日から、また、みんなと強くなっていく日々が始まった。







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