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幕間 仲直り 後始末

 強い風が吹きつける草原にルナは仰向けに寝転がっていた。見据える先にはどこまでも深い青空が広がっており、その奥に闇を抱えている空の青さは、先ほどまで一緒にいたひとりの青年の瞳を連想させた。

 優しい温かさを持った寄り添いたくなる恐怖。絶対に安全な殺気。一見矛盾しているかのような奇妙な感覚を抱かせてくれた青年の行く末をルナは楽しみにしていた。

 なぜなら、神の様にルナの中に君臨して、神々しく輝いていた彼が、今、自分のもとにまで降りてこようとしていてくれたからだ。

 闇の中で育ったルナは同類の匂いを嗅ぎつけたり、正体を見破るのには長けていた。だから、ルナは彼の中にその片鱗を見て心の底から嬉しかったのだ。

 一緒にどこまでも堕ちて欲しい、そんなあなたとなら自分はどこまでもいけると、共に生きていけるとそう思ったのだ…。

 ただ、そう夢見るルナにはもうすでにもう一つの感覚があった。


「…まあ、そう上手くはいかないと思うけどね…」


 それはルナが自分の欲望より、彼を優先したことで、生まれたと言ってもいい冷静さだった。これはきっと、彼と一回も対面しなければ芽生えない感情だった。

 今までは彼を、崇め、称え、信じ、祈って、神様みたいに扱っていた。だけどこの祭りで彼と改めて出会って、話し、踊り、笑い、想い、泣いて、喧嘩して、恋をして、愛していた。

 ルナは彼の前ではただの恋する少女であった。ルナはその時、ずっと、普通の女の子だった。ルナはみんなと同じ人間だった。

 そして、そんなことをルナに教えてくれた彼もちゃんと人間だった。

 もし、この祭りで彼と接することなく今でも遠くから見つめていたら、きっと自分は今でも彼を崇めていただろう。それではいつまで経ってもそばにいられないというのに…。

「良かった…私は一生間違えるところだった……でも、あれ、なんだろう…」

 だが、そこでこうして自分が気づけたきっかけを作ってくれた人のことを思うと、急に心が苦しくなった。親切にしてくれたのに、自分は身勝手に裏切ってしまったそんな感情が膨れ上がって来た。


「私…あの子に……」


 ルナがそう呟いたときに遠くから馬の蹄の音がした。

 すぐに上体を起こしたルナは音のする方を眺めた。

 解放祭の会場の方角からひとりの女性が馬に乗ってルナの方に向かって来ていた。


「あれ……」


 ルナが座ったまま呆然と眺めていると、その女性はどんどんこちらに近づいてきて、目の前まで来ると馬を止めた。


「こんなところにいたんですね…」


「ギゼラ…」


 そこにはルナの部下のギゼラ・メローアがいた。ウェーブがかかった金髪ロングにいつもならへらへらとふざけた表情を浮かべているのだが、今の彼女は、元気のない沈んだ顔でこちらを見つめていた。


「ルナさん、ケガはありませんね…」


「うん、大丈夫…」


 ルナは俯いて、どこか気まずそうに答えた。


『どうしよう、えっと、謝らなくちゃ…私、ギゼラに酷いこと言っちゃったから…謝らなくちゃ…』


 ルナの人生の中で初めて人として見れたのがハル・シアード・レイだけだった。それ以外はみんなルナにとっては殺すか殺さないかの対象。つまり、人か人ではないかのどちらかだけだった。それはルナが知らず知らずのうちに身につけた常識であり、防衛本能だった。

 ハル以外の人間はルナの瞳には色あせた白黒で映っていた。退屈な色でルナの人生にはどうでもいいものだった。


「あ、あのギゼラ…」


 しかし、そんなルナの瞳には今、ギゼラが鮮やかな色で美しく映っていた。それはルナにとって人としての色だった。


「はい、なんですか?」


「え、えっと、その、ううん…なんでもないの…」


「…そうですか、それではルナさん、乗ってください宿まで送ります」


「あ、うん」


 ルナが起き上がろうとするとギゼラが手を差し伸べてきた。


「掴まってください」


「…………」


 ルナは初めてのハル以外の色のついた人との接し方にどうすればいいのか混乱していた。さらにルナはギゼラに謝れておらず、喧嘩の最中のようなものだった。


「ありがとう…」


「いいんです、さあ、馬に乗ってください」


 その後、馬に乗った二人は解放祭の会場の自分たちの仮拠点であったレッドブレスに向けて出発した。

 ギゼラが馬の手綱を握って、ルナは後で彼女に掴まっていた。

 草原をゆっくり進む馬の上で二人は終始無言だった。


「…………」


 ルナはギゼラの後ろ姿を見つめる。彼女にいろいろなことを謝りたかったが、どうしても言葉が出てこなかった。

 それは何年間も彼女を裏切っていたことになるし、それに許されなかった時のことを考えると怖くて言いだせなかった。


『どうしよう、このままじゃ、ずっと、私はギゼラに謝れないまま……』


 相手の気持ちを考えないならもっと楽だった。だけど、ルナは彼女のことで自分は苦しみたいと思うようになったのだ。それは、ハルのために最後まで諦めないで生きようとしたのと同じ感情だった。


『私が変わる、きっかけをくれたのはあなたなんだ…ギゼラ……』


 ルナが後ろで自分の恐怖心と葛藤していると。


「ルナさん、一回もお見舞い行けなくてすみませんでした…」


 突然ギゼラが声をかけてきた。


「え!?」


「ルナさんが死にかけたって聞いてたのに、私、その、怖くて行けなかったんです。それは私が行っても迷惑なだけだと思ったからなんですけど、でも、それはやっぱり失礼だなって思って…」


 ギゼラが背中を丸め俯いていた。それをルナは申し訳なく見つめていた。


「そんな、迷惑なんかじゃない…」


 今更何を言っているんだとルナは思ったが、続けることにした。ここで黙っていたら、一生、ギゼラには変わった自分を見てもらえない気がした。


「ギゼラが来てくれれば、私はすごい嬉しかったと思うよ」


「…ルナさん…?」


「私みたいな人間にずっと一緒にいてくれるのはギゼラだけだったもん。でも、私は何も知らなかったからずっと間違ってたの」


「………」


 ギゼラは馬を止めて後ろを振り向いた。そこにはボロボロと大量の涙を流しているルナがいた。


「大丈夫ですか!?どうしたんですか!?…」


「大丈夫…私、今、ギゼラがこうして会いに来てくれて嬉しいの…だからこれは嬉し涙なの」


『今日はよく泣くな…いや、違うか、今までずっと泣いてこなかったから、今日たくさん泣いてるんだ…私は今、自分と相手のために泣けているんだ…』


 今までは、生きるか死ぬかの二択しかなかったルナにはもうたくさんの選択肢があった。


「…それは…どういう………」


 戸惑うギゼラにルナは謝ったこれまでのことを。


「ごめんなさい…ギゼラ、あんなひどいこと言って、私、あなたにたくさん支えてもらったのに…たくさん笑顔をもらったのに…ずっといい友達でいてくれたのに…あんなこと言ってしまって、ごめんなさい…」


 過ちを認めて心から謝る。たとえ許されなくても示したことに意味はちゃんとある。あなたとこれからも一緒にいたいルナが込めた思いはそれだけだった。

 今まで犯した過去の多くの過ちに押しつぶされようとルナは、ギゼラへのこの謝罪には誠意を込めた。

 それはルナがギゼラを友人として彼女を愛している証拠だった。

 それに、どんな過ちも決して許されないのなら、きっと、愛など、どこにもないのだ。


「ルナさん…」


 ギゼラはそこで馬から下りて泣きじゃくるルナの顔を見て言った。


「いいですよ、許します」


「…ほ、ほんと」


 そこでルナも馬から飛び下りて、ギゼラの顔を見つめた。あっさりと簡単に言うギゼラだったがその後に彼女は続けた。


「はい、ですが、ひとつだけ、条件があります」


「条件…」


「はい、それは、また私とパートナーになってもらう、それが条件です」


 ルナはそこでまた泣いて、ギゼラの身体を強く抱きしめた。


「もちろん、もう、ギゼラはずっと私のパートナーだから約束するよ」


 そこでギゼラはなんだか照れくさくなったが、ルナのことを抱きしめ返して呟いた。


「ええ、約束ですよ、ルナさん…」


 ルナは泣き止むまで、ギゼラの腕の中にいた。それは同じ人の温かさだった。


『ギゼラ、ありがとう…』


 それから、馬に乗って帰っている途中、弾けたように二人は喋っていた。


「それでルナさん、ハルさんにはちゃんと会えましたか?」


「会えたよ、ちょっと、御者を脅しちゃったけど、おかげで二人っきりにはなれた」


「なんですか!脅しちゃったってルナさんが言うと怖いですよ。ちなみにどうやって脅したんですか…」


「いや、普通に殺されたくなかったら、言うことを聞けって…」


「アハハハ!やっぱり、ルナさんって裏社会の人間の思考ですね。普通、脅さないっすよ」


「でも、脅さないと止めてくれないでしょ…」


「それはルナさんがまだ人っていう生き物を信じ切れていない証拠ですね」


「あ、で、でも、御者がギゼラだったら、ちゃんと話したと思うよ!」


「アハハハハハハハ!ルナさんってマジで今までハルさんしか見えてなかったんですね!」


 ルナの言葉から真意を読み取ったギゼラは大笑いして、今まで言っていたことが冗談でもなんでもないことを改めて理解した。しかし、それでも、今の彼女からしたらそんなのどうでも良かった。なぜなら、もうギゼラは常に大好きな先輩から特別扱いされているようなものだったからだ。


「そうだけど、私はこれから少しずつ変わっていくからギゼラには傍で見てて欲しい」


「くう、ルナさんからそんな言葉聞けるなんて私はハルさんに勝ったも同然ですね」


「それは違う…」


「あ、はい…」


 調子に乗ったギゼラは平坦な声を出し真顔になった。


「…ククッ………」


 しかし、自分の後ろでルナがクスクスと笑っているのを感じると、ギゼラも再び笑っていた。


「そう言えば、ギゼラ、あなたどうして私がハルさんに会いに行くこと知ってたの?」


「ああ、それはサムさんに聞いたんですよ」


「そっか、なるほどね」


「帰ったらサムさんにもお礼言わなきゃです。こうしてルナさんと仲直りで来たんでね!」


「うん、でも、いるかな彼」


「え、どういう意味ですか?」


「いや、何か別の任務があるって言って会うのは昨日で最後って私には言ってたんだけど、ギゼラはどうだった?」


「ええ、私、何も聞いてないですよ!?」


「帰ってリオに聞いてみよう」


「もー、サムさんもしいなかったらリオのことぶちのめしてやる」


「フフッ、どうしてそうなるのよ」


 二人はその後も仲良く喋りながら宿に無事に帰った。互いの絆は前よりもずっと強いものになっていた。


 そして、宿に戻った二人が、暇を持て余していたリオにサムがいないか尋ねてみると、彼はすでにこの解放祭を出ているとのことだった…。




 *** *** ***




 深夜の静まり返った屋敷の中の一室でひとりの男が眠っていた。彼の眠る部屋の中は黄金でできた装飾品や高級な家具などが立ち並んでおり、かなり裕福な生活をしていることがうかがえた。

 そんな中ふかふかのベットで眠る男は、深い眠りから覚めていた。


「トイレ、トイレ…と……」


 ベットから降りた男は自室を出て、広い廊下に出た。

 男が歩きながら廊下の大きな窓の外を見上げると、そこには星がちりばめられた美しい夜空があった。

 男は綺麗だなと思いながらも早くトイレに行くために足早に進んで行った。

 この屋敷は彼の自慢の自宅だった。商人である彼は荷物の運搬事業で成功をおさめていた。主にアスラ帝国と南に広がる小国群との取引を全て独占することで大もうけをしていた結果だった。

 そのため、廊下にだって財力を示す品が数多く飾られていたし、トイレが遠いのも郊外の広い土地に大きな豪邸を建ていたからだった。

 そんな男はトイレに着き、そこで用を済ませると、再び眠たい瞼をこすって先ほどまで寝ていた寝室に戻った。


「それにしても、夜でも暑くなってきたな」


 男が夏の訪れを感じながら寝室のドアを開け中に入った。

 そして、もう一度、豪華なつくりのふかふかのベットに身を預けようとした時だった。


「!?」


 男は部屋の違和感に気づき、すぐに入って来たドアの近くにあったテーブル席に振り返って目をやった。


「な、なんだお前は、何者だ!?」


 テーブルの椅子にはいつの間にか全く知らない誰かが座っていた。

 その誰かは真っ黒なローブに身を包み、闇の中でその姿を視認するのは困難だった。顔にも真っ黒なフルフェイスマスクをつけていたため、その誰かが男なのか女なのかも分からなかった。そのため、死神や幽霊の様に、存在するか存在しないか分からない曖昧なものにも感じた。


「………」


 その闇に紛れている何者かは返事はせず、そのまま、背中にあった片手剣を抜いた。


「貴様、殺し屋か、誰の使いだ!?」


 その時、男は嫌でもその者が暗殺者であることを理解した。


「くっ、誰か!誰かいないか!誰か!?」


 男は必死に叫ぶ。


「誰かぁ!助けてくれ!!誰か!誰かいないのか!?」


 必死に叫んで助けを呼ぶ。

 男はこの屋敷に金で雇っている警備兵がいた。さらに男のいるこの二階の寝室の下の階の近くには警備兵たちがいる警備室があった。

 そのため、声の限り叫べば誰かは異変に気付いてくれるはずなのだが…。


「誰かぁ!?助けて!助けて…たすけ…」


 いくら叫んでも返って来るのは静寂ばかりで、誰一人として駆けつけてくる様子が無かった。


「なぜだ、なぜ誰も来ない!?」


「誰も来ませんよ、あなたが最後のひとりなんで」


 暗殺者がゆっくりとにじり寄りながら口を開いた。その声から暗殺者が男であることが推測できた。


「最後のひとりだと、どういう意味だ!?」


「そのままの意味です。あなたがこの屋敷で生き残ってる最後のひとりなんです」


 男もバカではない。しかし、その暗殺者が言ったことを信じたくなかったし、信じられるわけがなかった。


「待て、貴様、まさか私の家族にまで!?」


 男の怒りが頂点に達した時には、もう、遅かった。暗殺者はすでに踏み込んで来ており、男の傍で真っ黒に塗りつぶされた片手剣を振るっていた。

 一撃目を刺突で腹に、それで動きを止められた。


「がぁ!?」


 すぐに二撃目のけさぎりの斬撃が男の胴体に鮮やかに決まり、男は何もできないまま、その場に斬り伏せられる。


「…ゆ、許さん……」


「よく、言われるよ…」


 激痛の中うめく男であったが、暗殺者はすぐに男の心臓に片手剣を突き立てとどめをさした。

 そして、暗殺者は男が確実に死んだことを確認した後、すぐに屋敷の裏口に向かった。


 ***


 暗殺者は屋敷の裏口から外に出ると夜の星々に照らされた。

 すると、この屋敷の敷地をぐるりと囲っていた森の中から、その暗殺者と同じ格好をした者が五人姿を現し暗殺者のもとへと駆け寄って来た。

 そこで全員がマスクを外して、互いの顔を見せあった。


「お疲れ様です、サムさん」


「ああ、お前たちも何も問題はなかったな?」


「はい、こちらは何も問題ありませんでした」


「うん、ならいい、こっちもしっかり、終わらせたから」


 暗殺者の正体は、サム・フェルトル・アサインだった。


「次のターゲットも裏組織のトップです。暗殺対象はバパラム商会の会長ですが、こちらも彼の邸宅内の人間の殲滅の命令が出てます」


 仲間の内のひとりが紙を取り出して、次のターゲットの説明をした。


「そうか、そこも手を貸してたな…」


「はい、ここもイルシーに資金提供していました。さらにこのバパラム商会の会長は、今回のハル・シアード・レイの暗殺をかなり熱望していたようで、積極的にイルシーを援助していたようです」


「なるほど、まあ、この国は帝国と南の小国群との荷運びの仲介が大きな資金源だったからな」


「はい、ですが、霧の森が解放されたことで帝国と南の小国群との間に直接的な輸送経路を持つことになりましたからね。わざわざ遠回りをするこの国の荷運びは使わないでしょうね…」


「そうだよな、これからこの国は、帝国と小国群との取引が大幅に減るから、そりゃあ、恨みもするよな…まあ、悪党には違いないんだけど…」


「ええ、この国は帝国の傘下でもありませんでしたし、裏組織の悪党たちにはいい環境だったんですよね」


 このサムたちが今訪れている国では、悪い噂が絶えなかった。密輸、人身売買、違法な商品の輸出入など、荷運びの国として大きく成長したからこその弊害がでていた。この国から多くの違法な商品が帝国に流れて来ることがたびたび確認されていた。

 帝国もその問題に頭を抱えていたが、南の小国群との道がこの国しかなく頼らざる負えなかった。

 それならば、この国と戦争して勝ち取ればいいと思うかもしれないが、現在、帝国では侵略という選択肢は設けておらず各国と共存という姿勢をとっていた。それは現在のアドル皇帝の考えが強く表れているといえた。

 しかし、その他にも帝国は四大神獣の黒龍に悩まされており戦争などしている場合ではなかったし、それに今の時代、戦争をやっている国はほぼなく。他の大国などとの関係や印象を悪化させるわけにはいかなかった。

 そのような複雑な事情が絡まって帝国はこの国の事態を放置していた。

 だが、このことは、ハル・シアード・レイが白虎を討伐し、霧の森を解放させたことで一気に解決に向かっていた。

 そして、今、まさにサムたちが、解決に導いている最中だった。


「そこはイルシーに感謝だな」


 この国の悪党たちが顕在化したのはイルシーのおかげと言っても良かった。


「ええ、あそこは本当に都合がいい組織です。各国が泳がせているのがよくわかります」


「だろうな、悪い奴らの情報は全部あそこに集まってくるかなら…」


 サムと仲間の男が夢中で語り合っていると。


「サムさんそろそろ次に行きませんか?」


 別の仲間が二人に口を挟んだ。


「ああ、そうだった、すぐに移動しよう。馬車は予定の場所に?」


「はい、準備できています」


「よし、みんな急ぐぞ」


 サムとその仲間たちはすぐに移動を始めた。

 サムが今いた屋敷は郊外にあり、小さな森に囲まれていた。そして、その屋敷は小さな丘の上に立っていたため、馬車で出入りできる場所は一か所だけであった。

 あまり目立つわけにもいかないため、サムたちは馬車を待機させておく場所を、その屋敷に唯一出入できる丘のふもとの門の側に用意するのではなく、少し離れた別の丘のふもとに待機させていた。

 そのため、サムたちは森の中を下りながら進んで、その馬車がある場所を目指していた。


「サムさん、そう言えばお祭りの方はどうでしたか?楽しかったですか?」


 サムたちが森を進む中、後の仲間のひとりの男が口を開いた。


「ちょっと、あんた、サムさんはグレイシアの任務で行ったのよ、遊びにいったんじゃないの、そこらへん分かってるの?」


 更に仲間のひとりの女が口を開いた。


「んなこと言ったって、グレイシアは腰抜けばかりだ。ほんとに自分たちが帝国の裏を担っているって自覚を持って欲しいものですよ」


「あなたね、グレイシアだって大事な私たちの仲間なんですよ」


「かあ、おめえは分かってねえな、弱い奴らが集まったって足手まといなだけだ」


 二人が喧嘩し始めたのをサムはマスクの下で苦笑いしながら聞き流していた。いつものことなのだ。ただ、少しグレイシアの人達をバカにされたことでサムは口を挟んだ。


「あんまり、仲間の悪口は言わないで欲しいな…」


「あ、すみません、サムさん」


 横柄な態度をとっていた男だったが、サムの言葉で、すぐに聞き分けがよくなった。


「それに彼らの中にも強い人はちゃんといるよ。俺、彼らとも稽古したりするんだけど、時々負かされるし…」


「いや、それは、サムさんが不得意な明るい場所や肉弾戦で戦ってるからですよ。サムさん闇の中ならえげつないじゃないですか…」


「アハハ、そう言ってもらえると嬉しいけど、やっぱり、俺も暗殺だけじゃなくて白兵戦も強くならないと、って前回の任務で実感させられたよ…」


 サムは、解放祭で、獣人のジェレドという男に、手も足も出なかったことが記憶に残っていた。あの時、ルナがいなければ危ないところだった。


『あ、そういえば、ギゼラさんはルナさんと仲直りできたかな?ルナさん、相当、心が蝕まれてたからな…難しいかな……でも、そうなると、ギゼラさんが可哀想だよね…』


 サムがぼんやりとそんなことを考え始めているところに別の男が質問してきた。


「解放祭の任務ですよね?何かあったんですか?」


「ああ、それがさ、凄い強い獣人と出会ってさ…」


 サムはこのチームのみんなに解放祭でのことを話した。ルナやギゼラたちとたった数週間の間であったがとても充実した時間だったような気がした。リオ、ルナ、ギゼラ、あの三人と集まって食事をしていた時が解放祭でのサムの一番の思い出だった。


『また、集まりたいな…そん時は、やっぱり、ルナさんにもっとガツンと言ってみようかな…なんてね…』


 サムたちはそのまま、無事に何事もなく、森の丘を下りきって、待機させていた馬車にたどり着くことができた。

 馬車は道なき場所に止まっており、隠されていた。


「あ、皆さん、待ってましたよ!こっち、こっち!」


 その馬車の近くには、どこにでもいる普通の御者の格好をした女性がひとり立っており、サムたちを呼んでいた。

 彼女もサムたちの仲間の一人であった。


 それから、サムたちはすぐに馬車に乗り込み、先ほどの御者の格好をした仲間の彼女が馬車を出し、出発した。


 馬車に揺られる中、サムは、こっそりと馬車内のカーテンをよけて外を眺めた。


 そこには夜空に満天の星空が浮かんでいた。


 綺麗だと思いながらも、サムは任務中であることを思い出し、すぐにカーテンを閉めた。


 馬車は、死神を乗せて次の死を知らせるために、夜の道を駆けて行った。



 *** *** ***










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