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幕間 古くからの知人

 *** *** ***




 時は遡り、四大神獣白虎がひとりの青年によって討伐され、二つの大国レイド王国とアスラ帝国が合同で大きなお祭りを開催するらしいと噂が流れ始めた頃。

 ルフシロン・アイオラートはレイド王国のパースの街にあるシリウスという名の自身が店主の服屋にいた。


「ああ、君たちお疲れ様、今日はもう上がってもらっていいですよ。あとは私がやっておきますから」


「わかりました、シロンさん、ありがとうございます!」


 シロンと愛称で呼ばれているルフシロンは、従業員たちに帰る支度をするように告げると、店のカウンターから見える窓を眺めた。外の景色は陽が落ちる寸前の黄昏時であり、家に帰る人々で行き交っていた。


「お疲れさまでした!」


「おつかれ様です。みなさん、帰りはお気をつけて」


 帰る支度を終えた従業員たちがルフシロンに挨拶をして店の出口から帰って行く。

 彼らを見送り店内でひとりになったルフシロンも今日の残った店じまいの準備を終わらせるために動き出した。

 といってもルフシロンがいつもやることは、最終確認ぐらいで毎日の店じまいは従業員のみんながほとんど終わらせてくれていることがほとんどだった。

 そのため、ルフシロンは、今日の売り上げが記録された紙を確認して、その売り上げたお金を店の金庫に入れ、その後店内を見回りと戸締りをしながら軽く掃除をすると、ほとんどやることは無くなってしまう。

 みんな優秀であることはいいのだが、ルフシロンもあまりやることが無くなるのは好きではなかった。どちらかというとルフシロンは尽くすタイプの人間であるため、むしろ自分が何もかもやってしまいという欲があったが、上に立つとそうもいかないものだった。


「ふう、今日もいい一日でした。さて、私も帰りますか…」


 店じまいを終えたルフシロンが、カウンターにあった店のカギ束を掴んで、正面玄関に向かった時だった。

 店の玄関の扉についていた鈴の音が鳴り、誰かが入ってきた。


「…ん?」


 店に入ってきたのは、杖を突いたひとりの男性のエルフであった。


「すみません、お客さん、今日はもう店じまいなんですが…」


 ルフシロンが近づいて、その尋ねてきたエルフに声をかけた。


「ルフシロン君、久しぶりだね…」


 そこで、黄昏時の黄金の夕日が、はっきりとそのエルフの男性の顔を照らし出した。

 そのエルフの背は軽く二百を超えていた。この高身長はエルフの特徴であり特に変わったことではない。むしろ、同じエルフであったルフシロンの二百を切っている背の方が珍しいのだ。

 さらにそのエルフは、、くすんだ濃い灰色の髪に、エメラルドの様に美しい緑色の瞳を輝かせており、エルフにしては顔はごつく威厳があったが、表情が穏やかで優しいため、常に彼からは温和な雰囲気が漂っていた。見た目は人族での三十代の男性ほどに見えた。

 そんな彼だったが、身体の方は筋肉が乏しく痩せており、老人の様であり、杖もついていることから、かなりのご高齢のエルフであることがうかがえた。というより、その彼とルフシロンは古くからの知り合いであり、彼がエルフの中でもかなりの高齢であることは知っていた。


「…え?って、あ、え?ちょっと待って待ってください。どうして、エルカードさんがこんなところにいるんですか!?」


 驚き慌てるルフシロンとは反対に、穏やかな口調で優しく話すエルカードと呼ばれる老エルフがいた。


「いやあ、今日はちょっと君に用があったんで、寄らせてもらった。あ、迷惑をかけたのなら謝るよ」


「いえ、迷惑ではないんですが、えっと、おもてなしの準備とかが…」


「ああ、いいんだ。構わないでくれ、こう見えても私はまだ忙しくてね、ゆっくりはできないんだ。だから、立ち話で構わないかね?」


「ええ、私は構いませんが…」


 ルフシロンは突然のことで混乱するばかりだったが、二人は立ったまま話を始めた。


「それで今日はどういった用件で…?」


 ルフシロンが少し緊張しながら尋ねた。なぜなら、彼の用件はあまり嬉しい報告だったことは無い。遥か遠い昔の記憶を引っ張ってくると、舞い込んでくるのはいつも事件だったような気がしたからだ。


「ふむ、まずは、はい、これ」


 身構えていたルフシロンが渡されたのはひとつの手紙だった。


「なんですかこれ?」


「まあ、開けてみてくれ」


 手紙を開けてルフシロンが中身を確認している間、彼が口を開いた。


「そこに二枚の紙が入っているだろう?それは、今回、我々の組織と二つの大国が協力して開催する祭りの土地の権利書と営業許可書だよ」


「祭りのですか?」


「そうだ、噂とかで聞いてないかな?リーベ平野で解放祭という祭りが始まるということを?」


 今日の休憩中にルフシロンは従業員たちとそんな話をしたようなことを思い出す。


「ああ、確かに従業員のみんながそんな噂していましたね…」


「主催はレイドとアスラの二か国となっているが、その裏で私の組織も協力しているのだよ」


「へえ、リベルスが…」


 そこでルフシロンが平然と流してしまいそうになったが全く意味が分からないことに気づいた。というよりも異色であることが引っかかった。


「って、なんで、リベルスがそんなお祭りに協力してるんですか?組織の運営方針でも変えたんですか?」


「ハッハッハッ、まあ、そんなところだ。それより、ルフシロン君もその祭りにお店を出店してくれないかな?いい仕事も回すよ、表彰式の衣装の仕事とか、儲かる仕事をさ」


 何やらいろいろ大変な仕事になりそうだったが、彼は信頼だけはかなりぶ厚い人物であったため、彼が儲かるというのならその通りなのだろうと素直に信じれることができた。


「まあ、大まかな話しの内容は分かりました。ですが、後でいろいろな詳細を送ってください。私はそれから正式に考えますので」


「そうか、そう来ると思って、はい、これが詳細なことが載った資料だ」


 エルカードが資料を手渡してきた。


「あ、もうあるんですね」


「君は断らないだろうと思っていたからね」


「まだ、分かりませんよ、ちゃんと確認させてもらってから判断しますんで」


「ふむ、君も立派な商人になったものだね、昔は立派な執事だったのに」


 驚いた様子のエルカードには見向きもせずにはルフシロンは資料をみながら呟いた。


「時が流れたんです。だから環境も変わりました。環境が変われば、自分を変えるしかない。それだけですよ…」


「そうかい、うん、そうだね…」


 エルカードの少し寂しそうな声が響いていた。


 それから、ルフシロンとエルカードの話し合いは終わり、二人で店の外に出た。ルフシロンが店に鍵をかけ、エルカードのもとに駆け寄った。

 エルカードの後には馬車が二台あり、その周りには、いろんな種族の彼の護衛たちがいたが、全員庶民が着るような服装で街に溶け込んで待機していた。


「エルカードさん、お返事の方は…」


「ふむ、正式な返事はレイドの運営組織が請け負ってくれている。だから、返事の手紙ならそっちに送ってく」


「わかりました」


「協力感謝する」


「いえ、こちらこそ、いい返事ができそうです」


 二人は固い握手をした。


「ああっと、そうだ、ルフシロン君、最後にひとつだけ」


「はい、なんでしょうか?」


「もし、解放祭に参加してくれるなら、常に周りに気をつけ備えておいて欲しい…」


「それはどういうことでしょうか?」


 ルフシロンは首をかしげて彼の真意を問う。何に気を付けるのだろうか?


「君の力が必要になるかもしれないてことさ」


「私のですか?」


「まだ、そうと決まったわけじゃないが、緊急事態の時のために君みたいな力ある者がいると何かと助かるんだ。私みたいな裏の人間としてはね…」


「ああ、なるほどそう言うことですね。安心してくださいエルカードさん。何か困ったことがあったらいつでも言ってください駆けつけるんで…」


 ルフシロンだってエルカードが裏の組織の人間であることは知っていた。そんな彼の命を狙う者もいるのだろう。だからどんなに優しい彼にだって猜疑心はある。

 時間が空くと人の心は離れて行ってしまうことが多い、特にエルフは長寿であるため、エルフの間で、そのようなことが起こりやすい。さらにそこに裏社会の人間と加わればなおさら臆病になるのも無理はない。

 しかし、ルフシロンとエルカードとの関係は、ルフシロンの昔の主との関係から続いている固い絆がある。今のルフシロンはただの一般人であるが、それでもエルカードとは長い付き合いであったため力を貸すことは造作もないことだった。


「ありがとう、ルフシロン君、心強いよ…」


 その後、ルフシロンはエルカードの乗った馬車を見送ると自分も自宅に歩いて帰って行った。


「懐かしいお客さんだったな…」


 黄昏の中、過去を思い出しながら、ルフシロンは自宅を目指した。



 ***



 ルフシロンと別れたエルカードは馬車に揺られていた。

 今日はもう、日が沈みそうだったので、今日はパースの街の城壁内にある高級ホテルを目指していた。


「エルカードさん、言わなくて良かったんですか?あのことを」


 エルカードは不意に声のする方に顔を向けた。話しかけて来ていたのは護衛で仲間のひとりだった。


「ドミナスのことかな?」


「ええ、彼も実力者なら、作戦に参加してもらうべきだったのでは?どうしてあんな中途半端なお誘いを?」


 エルカードはそのことで頭を悩ませた。


「そのことなんだが、彼はもう裏社会の人間ではないんだ…表社会でああして平凡に服屋を営んでいる。わかるだろ、あまり深入りはさせたくない」


「…でしたらどうして今回、声をかけたんですか?」


「我々の組織は人手不足な上に軍事力が不足しているのはお前さんたちも分かっているだろう?」


 エルカードは馬車内にいた三人の仲間たちを顔を見ていった。


「ええ、そうですね。だから今回、レイドとアスラの協力を仰いだんですもんね」


「ああ、そうだ、信頼できる味方はいくらいても困らないということだ。それにドミナスが再び動き出そうとしているんだ。使える手は使わなきゃ、こちらが食われる…」


 ため息をつくエルカードに、違う仲間が尋ねた。


「彼は信頼できるんですね?」


「彼は私と古くからの付き合いだからな、何も問題はいらないよ、私が保証しよう」


「じゃあ、安心ですね」


「そうだよ、安心さ」



 エルカードは馬車の窓から外を覗いて、黄昏の空に浮かぶ星を見ながら思いにふけた。


『ルフシロン君は私と似ている。彼も私同様多くの人々と別れを告げてきた人だからな…』


 エルカードはそこで一人の少女のことを思い出していた。


『懐かしいな、彼女たちと居た時のことが、あの時は激動の時代だったが、それでも、輝いていた…』


 遠い昔、エルカードが人生の途中で出会った素敵な一人の少女のことを…。


『私はまだ地べたを息を切らして走っているよ…君はどうだい?君はもう自由な大空を飛び回っているのかな…?』


 エルカードはそのまま、ホテルに着くまで、窓の外の景色を眺め思いを巡らせていた…。




 *** *** ***





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