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さよなら解放祭 前編

 早朝に目を覚まし、被っていた毛布から顔出す。その状態から見える窓に目をやると、その奥には薄暗い青空が広がっており、これから昇ってくる太陽の光を反射した黄金色の雲が浮かんでいた。

 ハルは早朝に空の景色を眺めるのが好きだった。新しい一日の始まりは晴れであるとその日の気分もいいというものだった。ただ、天気が悪い日が続いてからの、晴れというのもなかなか好きで、雨上がりの青空にはよく、外に出て散歩をしたものだった。

 ハルは自室のベットから起きて、小さなバルコニーに向かう。バルコニーへの扉を開けると、空気が流れ込んできて肌に触れる。夜に冷却された涼しい空気は、今日の日中には再び灼熱の太陽に温められるのだろう。気温は日に日に上がり始めている。夏が来ようとしているのだ。


「いろいろあったな…」


 バルコニーの策に肘をつきながら浮かぶ雲を眺めるハルは、この解放祭であったことを思い出していた。

 みんなで遊び回ったお祭りは、ハルにとっても忘れられない楽しい思い出となっていた。

 この祭りで、いろんな人と再会しては、いろんな人と初めて出会った。そして、そこでハルは、よく話し、よく食べ、よく遊んでは、よく笑い、充実した時間を過ごせたと実感していた。


「でも、それも、もう、お終い…あっちに戻ったら俺も頑張らないと…」


 今日の昼前にはパースの街にある古城アイビーに帰ることになっていたハルたち。再び脅威に立ち向かう日々が始まり、鍛錬の日々が続くことになる。その中で、ハルも今まで避けてきたことに、向き合うことを決めていた。それはみんなに稽古をつけるという簡単なことだった。


「…今までの俺はずっと無責任だったけど、これからは変わらないと…アザリアにも笑われる……」


 ハルは肘をつくのをやめて、背筋を伸ばして顔を上げ、空を見上げた。どこまでも深い青空がそこには広がっていた。


「もう、手加減はしない…黒龍も他の四大神獣も俺が全部終わらせてみんなを救う…絶対に……」


 ひとり決意を呟いたハルは、バルコニーから部屋に戻って、古城アイビーに帰るための準備を人知れず始めたのだった。



 ***



 それからしばらくして、外が十分明るくなってみんなが起きてくると、怒涛のような時間が流れた。

 みんなで朝食を取って、すぐに出発のための準備を開始した。

 慌ただしくみんなが支度をするなか、ハルはひとり早朝にすでに準備を済ませていたため余裕があった。しかし、部屋に尋ねてきたガルナが部屋の片づけを手伝って欲しいと頼まれると状況は一変した。ハルがその頼みを受け入れて彼女の部屋に行くと、一週間でどうやったらここまで散らかるのかというぐらい部屋はゴミやものが散乱していた。出発に間に合わせるようにすぐさまその片づけに取り掛かり、大事なものやゴミなどをガルナに聞きながら迅速に部屋を綺麗にしていった。昨晩の内にみんなある程度片づけや荷物をまとめているはずなのだが、彼女に関しては全く手を付けていなかった。だから、ライキルが下に降りてくるように呼びに来るタイミングで半分終わったといった感じであった。

 その後、ライキルにも手伝ってもらいようやくガルナの荷物がまとまり部屋が片付き出発できるようになった。

「も、申し訳ない…」なんて珍しくガルナが弱々しい声を出していたのと、ごちゃごちゃしていた部屋が綺麗になった達成感もあってハルとライキルは笑っていた。


 その後すぐに三人は自分の荷物を持って、すでに館の外で待機しているエウス、キャミル、ビナに合流するために一階に下りた。チェックアウトはすでにエウスが済ませてくれているようだったので、あとは外に出るだけだったが。

 一階に着くと、ハルは受付にいた使用人の男性に一声かけた。


「短い間でしたが、今までお世話になりました」


 一週間と短い期間ではあったが、この宿には少しだけ愛着がわいていた。魔法で創られたため、この祭りの終わりと共に消えてしまうものだが、それでも、ここで過ごした記憶は忘れないのだろう。


「こちらこそ、ハル様たちにお会いできて光栄でしたよ」


 その使用人は少し驚いた様子のあとニッコリと笑って返事を返してくれていた。


 別れの挨拶を終え、ハル、ライキル、ガルナの三人が出口に向かう。

 ガルナが「みんな、待たせてすまない!」と言いながら先陣切って飛び出して行く。後にハルとライキルも続いて外に出ると、早朝とは打って変わって暑い日差しが照りつけていた。

「おお、来た来た、荷物はそっちの二台目の馬車に乗せてくれよ」

 エウスの指示でハルたちはまず二台あったうちの後の馬車に向かった。

 館の前には二台の馬車が止まっており、前の馬車は六人乗りの馬車で、もう一つ後ろの馬車は、ハルたちの荷物を運ぶ用の馬車であった。そして、その二台の馬車の後では、キャミルの王族直属の護衛たち数人が馬に乗って待機していた。

 それから、遅れてきたハルたちは荷物用の馬車に荷物を載せ、六人用の前の馬車に乗り込み始める。

 その乗り込む途中でハルは、ライキルがひとり立ち止まって館を見上げているのに気づき、彼女のもとに駆け寄った。


『どうしたんだろう…?』


 ハルがライキルの傍まで来ると彼女は小さく呟くように口を開いた。


「私、ここに来れて良かったです…」


 彼女の風でなびく透き通った金髪からわずかに見える端正な横顔が、寂しそうにその建物を眺めていた。


「…うん、俺もここに来れて良かった」


 同じ気持ちだったからハルも繰り返した。


「私、ここであったこと絶対忘れません」


 ライキルはハルの方に振り向いていった。


「俺も絶対忘れない」


 ハルもライキルの黄色い瞳を覗き込むと、二人の視線は混ざりあって溶け合った。


「おーい、二人ともそろそろ出発するよ!」


 馬車から顔を出したキャミルに呼ばれると、二人は返事を返して一緒に歩きだした。

 ハルとライキルが、馬車に乗り込むとそこにはみんないて、いよいよ、馬車は出発して走り出し、ブルーブレスを後にするのであった。



 ***



 馬車の中はいつも通り騒がしく賑やかで笑いの絶えない空間となっていた。エウスはビナとキャミルに挟まれて冗談を言って二人をからかっては、ボコボコにされていた。

 ハルの両隣りにはライキルとガルナがおり、目の前で繰り広げられるエウスの喜劇に笑わされていた。


 そんなハルたちの馬車が解放祭を出る前に向かったのが、特等エリアだった。その理由としては王たちへの挨拶と何よりキャミルを送り返すことが目的だった。

 つまりキャミルとはこの解放祭でまたお別れということだった。


 二台の馬車が特等エリアに到着し、門をくぐって、王たちが宿泊する館を目指した。集合場所としてはレイド側の館に全員集まっているとのことだった。

 そして、ハルたちが特等エリアのそのレイドの館に到着して馬車から降りると予定通りそこには多くの人が送り出すために待機してくれていた。

 レイドの騎士やアスラの騎士。そうなるともちろん両国の剣聖のカイとフォルテもいた。さらにハルたちの前にはベルドナが姿を現し、霧の森以来の再開にみんなが喜んでいると、ハルの前にはレイゼン卿が姿を現していた。

 おとといのパーティーで別れを告げられていられなかったことを悔しく思っていたハルは、彼と最後に言葉を交わせたのは僥倖というものだった。

 そこに忘れてはいけないリーナとニュアも当然見送りに来てくれてハルたちに別れの言葉を送ってくれていた。

 そして、最後に館の奥からレイドの国王であるダリアス。アスラ帝国の皇帝であるアドル。その二人がそれぞれ出て来ると、ハルたちに、作戦の成功と無事を祈って祝福してくれた。


 館の前はちょっとしたパーティーのようになっていたが、今日、帰らなければならなかったハルたちは先を急がなけばならなかった。


 だから。


「それじゃあ、そろそろ、俺たちは出ます」


 王たちの前でそうハルが言うと、一緒に帰るエウス、ライキル、ビナ、ガルナの四人がハルのところに集まって来た。

 みんなに挨拶を終えたハルたちはいよいよこの解放祭を旅立つことになった。思い残すことはもうない。多くの人達とはここでお別れであったがそれも少しの間。また、みんなでこうして笑い合える日々は必ずやって来る。

 だけど、やっぱり、あの時みたいに彼女だけ笑ってなくて、心配になってしまうから、ひとりの青年が彼女の手を取ってあげるのだった。


「キャミル様、大丈夫です。どんなに離れていても私たちはみんな一緒です。それに、ほら、前回の約束はこうして守りました」


 キャミルの前には大好きなエウスがニッコリと微笑んで立っていた。


「そうですよ、キャミル様、何も心配はいりません。俺が何度でもみんなを守りますから」


 二人のもとまで行き手を重ねたハルが優しい笑顔で言った。

 そこにガルナとビナを引っ張って来たライキルは、重なっていた手にさらに三人分追加して乗せた。


「私たちは、何度でもキャミル様のところに戻ってきます。だからそれまでまた私たちの無事をみんなと祈って待っていてください!」


 ライキルが笑顔でそう言うと、ビナとガルナも続いた。


「きゃ、キャミル様、わ、私も頑張ってみんなを守ります!!」


「キャミルちゃん、また、会おうね!!」


 以前よりも増えた手はとても温かく心強かった。

 暗い人生を明るく照らしてくれる光が強まって、それでも、また一時の終わりを告げる。


『また、エウスに…みんなに励まされちゃった…』


 けれど、キャミルはまた次にこういった機会があるならばその時こそは強くあろうと思った。みんなを心配させないくらい強くあろうと…。


「ありがとう、みんな、私も信じて待ってますわ…だからまたこうしてどうか私たちみんなの前に元気な姿を見せてください。私との約束ですわ…」


 そこにはレイド王国の王女としてのキャミル・ハド―・レイドがいた。


 手を重ねていたハルたちは力強く頷いた。


 そして、ハル、エウス、ライキル、ビナ、ガルナの五人が馬車に乗り込むと、パースの街の古城アイビーに向けて出発した。


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