暗月狂気
彼に出会うまでは、ずっと悪夢を見ていた。それは、きっと、目覚めているときに酷いことをしていたから…。だって、そうじゃなければ他に理由が見つからない。それとも生まれながらにして自分は素敵な夢の一つも見ることができないような身体の、脳の、魂の構造をしているのだろうか?これは罪なのかそれとも罰なのか?寝ても覚めても悪夢なら自分はいったいどこに向かえばいい?どこが心安らぐ安全な場所なんだろう?彼女は探したが見つけられなかった。気づいたときには闇に触れていた…。
きっと自分はいてもいなくても、どうでもいいんじゃなくて、そもそも、必要なくて…なんならいない方がみんなのためで…。
じゃあ、なんで自分はまだ生きてるのかって言われたら、それは、やっぱり、死ぬのは怖くって、自分勝手だけど、どこかで幸せになりたくて…。でも、幸せを望み、もがけばもがくほど、周りを不幸にした。
ずっと闇の底で、他者を不幸にしていた…。
生まれながらに闇の中を彷徨って光を探していた。篝火の火を求める羽虫のようにただ光を求めていた…。
だから、その時、立っていた場所は暗い闇の世界だった。鏡も映らず自分の輪郭さえわからない。
光の届かないその場所は熱がなく人の心を凍らせる。一度、凍ってしまったのなら、その闇から抜け出さない限り、決して凍りついた心は溶けはしない。
だけど、例え、闇から抜け出して陽だまりでその凍てついた心を溶かしたとしても、その心はすでに凍死している。
救いは無い…。救いは無い…。救いは無い…。
闇の底に落ちた者に救いは無い。闇の底で生まれた者には救いなど無い。闇の底に愛など無い。
そう思っていた。
だけどそれは違った。
あの日、あの瞬間、彼女の世界の全てだった凍てつく闇の底を照らす光は確かにあった。闇の底にまで注がれる愛は確かにあった。
煌々と輝くあったかくて優しい、救いの光はひとりの青年の中にあった。
その光は愛をくれた。君を救うと、生きていいと、君はこの世界に必要だよ一緒に生きていこうと、愛をくれた。
全てを諦めて絶望して死を待つまで奪い続けなければならなかった彼女に生きる希望を与えてくれた。
それ以来、彼女の闇は照らされ続けていた。一人の青年の包み込むような優しくそして鮮明な光にずっと照らされていた。
照らされてからずっと、その光は彼女の心を温め続けて支えていた。
ルナ・ホーテン・イグニカは、ハル・シアード・レイに救われていた。
たった一度救ってもらっただけ…。だだ、その一回の救いは彼女のすべてを変えた。
救ってくれた彼のために全てを捧げるために、努力した。彼の傍にずっといられるようにたくさん努力した。
だけど、彼女の努力はたくさんの人から奪うことだった。
彼女は闇をばら撒きながらも、やっと出会えた光を手に入れるために、今の今まで生き続け、努力を続けた。
そして、彼と手を取り合って、話して、踊って、二人だけの世界を手に入れたとき、自分のあまりにも醜い姿に気づいてしまった。
彼女の心はすでに死んでいた。
*** *** ***
ぼやけた視界がゆっくりとルナを現実に引き戻していく。最初に確認できたことは自分がまだ生きているということだった。
「………」
そして、次にルナがとった行動は上体を起こしあらゆる感覚器官を使って即座に今の自分の状況を把握することだった。目覚めてからの状況判断の速さは今の彼女にとって、とても重要だった。なぜなら、ルナは戦いに敗れていたことを覚えているから…だから、自分がどのような状況に陥っているか確認しておきたかったのだ。
しかし、ルナが周囲を見回そうとした時だった。
素早く上体を起こしたルナの身体に頭から足まで一直線にまっすぐ痛みが走り、真っ二つに引き裂かれるような感覚に襲われる。
「…ッ……!」
ルナは慌てて自分が裂けていないか手であちこち触って確認した。
「大丈夫だ、くっついてる…」
しかし、実際には身体に傷はひとつもなく、痛みも気のせいで、そのことを認識してからは普通に身体や手足を動かしても何も痛みはなかった。
「…治ってる……」
そして、自分の身体の心配が去って、やっと、自分がどこにいるか知ることができた。
「…あれ、ここ、もしかして…」
ルナが部屋の中を見回すとそこには、自分が寝ていたベットの他に五つ同じものが並べられており、医療器具や包帯など魔法以外でケガの治療に必要なものが積まれた机がひとつ設置されていた。そして、ルナのベットの横にある長方形の窓の外は夜であり、部屋の中は薄暗かった。
「レッドブレスの医務室だよね…?」
ルナたちが解放祭に来てレッドブレスという名の宿を拠点にした際に、宿の一階の一室を代用してそこを医務室としていた。ルナはここに来た初めに確認のため一度だけその医務室を覗いたことがあった。だから、今、いるベットの上から眺めた部屋の内装には見覚えがあり、おそらくここはレッドブレスの医務室であると判断できた。
「私がここにお世話になることなんてないと思ってたんだけどな…」
そこで、ガチャと、閉まっていた医務室の部屋のドアが開いた。
「!?」
ルナはベットの上で、くつろいだまま、開いたドアに視線を向けた。
誰かが三人、医務室に入って来る。薄暗いため最初顔はよく見えなかったが、三人の内こちらに二人が近づいてくると、その彼らが誰なのかもだんだんわかってきた。
部屋に入って来たのはサム・フェルトル・アサインと、リオ・バランの二人と、この医務室で暇をしていたであろう、ルナの医療班の女性の衛生兵だった
「あれ、ルナさん!もう、起きてるじゃないですか!?」
リオが、ルナの隣にいつも通りの調子で駆け寄った。
「ルナさん、目が覚めたんですね、良かったです。具合の方とかはどうですか?悪くないですか?」
サムがリオの後ろから顔を出して声をかけた。
「…うん、なんともない、ありがとう…」
ルナはまだ少し状況が飲み込めていないまま、返事を返す。
そこに、リオとサムの二人に衛生兵が椅子を持ってきていた。
「あら、ルナ隊長、起きていらっしゃったんですね。お二人はお見舞いに来てくださったんですよ」
「ええ…」
「あ、そうです!ルナ隊長、体に不調はございませんか!?」
その衛生兵は二人に椅子を渡しながら、ルナの体調の変化を尋ねてきた。椅子を渡された二人は礼を言ってルナのベットの隣に椅子を置いて腰をかけていた。
「ない、けど、ねえ、私どうしてここにいるの?状況を説明してもらってもいい?」
衛生兵の彼女にルナは尋ねた。
ルナが意識を失う前で覚えている最後の記憶は、ギルという男と一騎打ちをして、身体を縦に切り刻まれ、倒れたところまでだった。そこから先の記憶はあいまいで自分でも何をやっていたか、ルナは忘れてしまっていた。ただ、白魔法は自分にかけ続けていたことはなんとなく覚えていた。それ以外はやはり凄惨な斬撃を受けた記憶しか残っていなかった。
「はい、ルナさんは昨日ここに治療を受けた状態で運ばれてきました。運んできてくださったのはこちらのグレイシアのサム隊長なんです」
ルナが視線をサムに向けると彼は静かに頷いた。
「そうだったんだ。ありがとう、助かりました…」
「いいんです、助け合うのは当然ですが、その俺もあなたを助け切れたわけじゃないので何というか…」
「それはどういうことですか?」
じゃあ、なぜ私はここにいるのだろうか?と疑問に思っているとリオが口を開いた。
「なんか、ひとりのエルフがバッとやって来て、ルナさんとサムさんをババッと治してくれて助けてくれたんです」
なんとも具体性に欠けていたが、自分が助かっているのだからリオの言っていることは本当のことだったんだろうとルナは思った。しかし、引っかかるところがあった。
「エルフですか?」
「ああ、そうなんです、えっと、なんて説明すればいいのか、あの時は色々あって…」
リオが状況の説明に混乱していると。
「ルナさん、そのことは俺が全部知っているので、俺が話します」
助かりますとリオが言うと彼は口を閉じて、昨日の全てのことを知ったサムと交代した。
サムが話し出したのでルナは彼の言葉に耳を傾けた。
それから数十分経ってルナはサムから昨日の一連の流れと、倒れてから起こったすべての事件や出来事を知った。
ルナはサムから聞いたことを大まかに頭の中でまとめた。
まず、ハル・シアード・レイは今も安全なこと。
イルシーの暗殺者クレマン・ダルメートとティセア・マルガレーテの遺体が発見されたこと。
ドミナスの人間を取り逃がしたが、ルナが殺したジェレドという獣人の遺体は回収できたこと、そして、剣聖でも手も足も出ない強力な魔導士のエルフの存在や、ギルという男の存在を確認できたこと。
だが、その強力なドミナスのエルフを抑え込んだひとりのエルフがいたということ。
事件としては、その日、三等エリアの西部には巨大な人払いの魔法結界が張られていたこと。
青い光が発生して解放祭の西部の街の一部地域が吹き飛んでいたこと。しかし、その吹き飛んだ地域は人払いがされていたため被害はなく、早急に国の魔導士たちが修復したことで数時間後には形だけだが、元通りになっていたこと。
そして、最後にシフィアム王国が管理していた建物にいた特別な竜が、一匹逃げ出し、その竜の捜索でシフィアム王国の騎士団たちは、みんな自国に帰国したとのことだった。
今回の作戦【サーチ】内で起きた重要なことはそれぐらいだった。
***
サムの説明が終って一段落したあと、ルナは、リオの質問攻めにあっていた。
「ルナさん、それにしても本当にお疲れさまでしたですよ!あの身体が真っ二つにされそうになったって本当に大丈夫だったんですか?」
「え、ああ、うん、大丈夫、何も問題ないよ、サムさんとそのエルフの人の白魔法が効いたみたいだからね」
「ほんとに、無理しないでくださいよ、ルナさんにもしものことがあったらみんな悲しむんですからね!」
「ハハ…ごめん、ごめん」
積極的なリオに、少し困り顔をしていたルナ。もう終わってくれないかななんて思っていると、サムが助け舟を出してくれた。
「さあ、リオ、もう、君は十分ルナさんと話しただろ?そろそろ、戻って、今日のことを報告書にまとめておいてくれないかな?」
サムがそう言うと、しぶしぶ、リオは分かりました…と返事をして素直に医務室を後にした。
そこで、さらに、サムが医務室にいた衛生兵に二人だけにしてくれないかな?と頼むと彼女も一つ返事をして部屋を出て行った。
「どうしたんですか?サムさん、急に、それに話しって?」
「あ、いや、その、ルナさん君のことで少し話しがあって…」
「私のことですか?」
「はい、余計なことかもと思うんですけど…俺なら少しだけ分かると思ったんで…」
「はぁ…?」
何のことかさっぱりわからないルナは口をぽかんとあけていた。
「実はルナさんのことギゼラさんから聞いたんです…」
「………」
「二人の間に溝ができたこと…」
ルナの表情が少しづつ変わっていくのを感じた。物寂しそうな表情で申し訳なさそうな顔つきに…。
「ギゼラはいい子です。正しいのは彼女の方なんです。いえ、いつも正しいのは私以外の人なんですよ…喧嘩したのも原因は私にあるんです……」
ルナは少し目を下にそらしながら呟いた。
ただ、サムの次の言葉は思いがけないものだった。
「…ルナさんほんとのこと言っていいですよ…」
「!?」
「…ほんとはそんなこと思ってませんよね?」
サムのその言葉を聞いたルナは目を見開いてびっくりした様子で彼を見ていた。目が合った彼は困ったようにルナに微笑んだ。
「少しだけ、分かるんです。俺とルナさんは聞いていた限りだとなんとなく境遇が似てたから…」
「………」
二人の間にしばらく沈黙が続いたあと、ルナがゆっくり口を開いた。
「私、サムさんに会ってからずっと不思議に思ってたの。あなたからは私みたいな匂いがしたのに微塵も偽ってるようには見えなかったから…」
ルナにとって人は人ではなく、無価値な肉の塊と一緒だった。ルナの周りにはそんな肉の人形しかいない世界だった。だから彼女は偽って生きてきた。世界は彼らの手で回っていたから、ルナはその世界で生きるために、自分を無理やり溶け込ませていた。ただ、そうやって人が無価値に映るルナの瞳の世界にもちゃんと例外的な存在はいた。その中に、サムもいた。彼も無価値で他の人と変わらなかったが、彼は他の人間とは匂いが違った。それは自分と同じ血にまみれた最悪の匂いだった。だから、ルナは彼が自分と同じく手を汚していることは簡単に分かった。
「こんな現実であなたはなんでそうやって平然としていられるの?それともあなたには最初からこころが無いの?」
「心ですか、それは俺にもあると思いますよ。証明はできませんけど…いえ、なんだったら、俺も一度その心ってやつが壊れてた時期があったんです。ルナさんみたいに人を人として認識できなくなった時期がありました」
「………」
ルナは黙ってサムの言葉に耳を貸す。
「幼い頃から人を殺すことだけを教え込まれてくれば、人の命なんて軽くなって当然ですよね…でも、実際は人の命は重い。だから、殺せば殺すほど自分の身体だけでは耐えきれなくなる。ひとり、また、ひとり、誰かの命を奪っていく時、自分の中に取り除けない泥のようなものが溜まっていく感覚がしていたんです。そして、その泥が自分の中に溜まって溢れ出した時に俺は人が人に見えなくなりました…。びっくりしましたよ、どんなに仲良くなった人でもその人がターゲットになってしまったら殺せてしまうんですから…」
大国の裏社会におり、特名までもらっている若者が、ただの朗らかな青年であるはずがなかった。
目の前にいる青年も、ルナと同じ同類であった。
ただ、ひとつだけ違ったのは、二人の辿ってきた道だった…。
「ルナさん、今まで辛かったですよね…」
「………」
「ルナさんの、その人を人と認識できないのって、ルナさんの心が自分自身を守るためだと思うんですよ…だって、たくさん殺さなくちゃいけない環境なのに人を人だって認識出来たら、そんなの耐えられませんよね。でも、逃げられない。逃げれば自分が殺される…子供の頃からそうだったならきっともう、狂うしか選択がありませんよね、だって、そんな中で正常でいたら、それこそ心が無いのと一緒ですからね…」
サムは続ける、優しくただ、寄り添うように、語る。
「ルナさん、さっき心は無いの?って俺に尋ねましたよね。そう尋ねられるってことはルナさんにもちゃんと心があって、そして、その心はきっと優しさでできてたんですよ。だけど、現実の自分は優しくあってはいけないからそこで葛藤が生まれる。ただ、俺たちはその葛藤すら許されない場所にいた…」
俯くルナにサムは優しく諭し続ける。
「心は死にます。だけど、ルナさん一つだけ、これだけでいいんで覚えておいてください。死んだ心は終わったわけではありません。空っぽなだけです。なくなったならまた満たしてあげればいんです…」
そこでようやくルナが言葉を発した。
「満ちている、私の心はハルさんで満ち足りている…いいえ、私の心はもうとっくの昔に壊れてる…」
「だったら、また、その心のかけらから拾い集めましょう…」
「もう治らない…」
「そしたら、一から育てましょう!また、新しい心が大きく育つまで!」
「そんなの無理だ…」
サムは、ルナにギゼラと仲直りしてもらいたかったわけでも、彼女に、普通の人間に戻ってもらいたかったわけでもなかった。
サムも知っていた。ルナが自分ではないことに…。所詮、境遇が似ているだけで自分と彼女が全く別の人間であることを…。
サムはルナじゃないし、ルナはサムじゃない。
そもそも、性別も違えば、彼女の詳しいことなんて何も知らなかった。そんな自分が上からべらべらとものを語る。彼女からすれば迷惑極まりないことだとサムも承知していた。
だけど、サムも年下の女の子に同じように諭され本当の意味で前を向けたから、同じことをしてるだけだった。
『そう言えば、シエ…いや、そう、君もこんなふうに口うるさかったかな…』
過去の記憶が蘇っては、彼女がサムの傍にいた時のことを思い出す。太陽のような笑顔を振りまいていた彼女のことを…。
『やっぱり、君のようには俺はなれない。相手を選ばず誰とでも全力で向き合うことなんて…俺には無理だった』
サムとルナは出会ってからまだ一か月すら経っていない。この解放祭で出会ったのが初めてだった。そんな薄ぺらな関係で相手の話を少し聞いただけで分かったように語る。お前はこうなって幸せになるべきだと決めつける。
『そう思うと君はやっぱりどこまでも優しく温かい人だったんだって…』
サムはそこで少し寂しい顔をした。
『君にはもうあの人がいるから、俺も、もう、ずいぶんと変わってしまったけれど…人を愛せる心はまだ持っているつもりだよ…』
「まったく、俺はいつまで経っても報われないのかもしれないな…」
サムが誰にも聞こえない声でつぶやくと不意にどこからか、懐かしさが込み上げて来て、笑わずにはいられなかった。
「ククッ、フッ…」
それは、下を向いて俯いていたルナが顔を上げた時だった。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
サムがとてもおかしそうに大笑いしていた。その彼の姿は、まるで別人、いや、狂人のようだった。
「!?」
ルナが急に笑い出したサムに、怯えて身を引いた。
「ハハハハハハ…ハ…ハ…ああ、ごめんなさい、ルナさん、ちょっと昔のことを思い出して笑ってしまったんです」
「…だ、大丈夫ですか……」
「ほんと、ごめんなさい、いるんですよ。こんなふうに急におかしくなる奴が、いえ、最初からおかしかった奴が、まともになっただけですかね。そうですね、そっちでした…」
「何言ってるんですか?」
ルナは何回も瞬きをして、ほんとに今そこにいるのはサムという男なのだろうかと疑いたくなるほどの豹変ぶりを垣間見たきがした。
「ふう、失礼しました。ルナさん、いろいろ、無責任に傷つけてしまいましたね」
「…いえ、それより、ほんとにあなたサムさんですか…?」
「ええ、俺は、サムですよ。ただ、人は常に同じとは限らないってことです」
そう言うとサムは退出するために席から立ち上がった。言いたいことは中途半端だったし、ルナのことを変えることができなかった。といっても、ルナたちとはこの解放祭だけの関係だったサムはさして後ろめたい気持ちもない。
「人は生まれながらにして善人である。善には幸。されば神は善人に幸を与えた。それはこの世の理である」
「神書、じゃない…」
教養として有名な神書の文章はルナも知っていたが、変なアレンジが加えられていた。
「そうです、俺は生まれた時から人殺しの家系で罪人ですが、生まれる前から俺のことを罪人て書いている本が気に食わなくてですね。一回、燃やしたんですよ。そしたら、教会の人にめちゃくちゃ怒られましたけどね、神を愚弄するなって」
「…そうですか。そういえば、ギゼラも同じことして怒られてました。ただ、こっちは資源を無駄にするなってですけど…」
「アハハハハ、ギゼラさんらしいですね!」
そう言ってサムは、医務室のドアまで歩いていくと、振り返ってルナに最後の挨拶をした、
「それじゃあ、ルナさんお大事にね、また、どこかで会いましょう!」
「え、それ、どういう意味ですか?」
慌ててルナは彼の言葉の真意を尋ねた。だが、サムの言ったことは言葉の通りだった。
「俺だけ明日から別の用事があって帝国に戻らなくちゃいけないんですよ、だから、ルナさんたちと会うのは今ここで最後なんです」
「なんで言ってくれなかったんですか?」
「…ルナさんに言っても無駄だと思ったので、それとあなたには分からないと思いますが、俺はほんとは仲良くなった人達との別れってのは苦手なんですよ」
悪態を叩きつけるがサムの心は全く痛まない。
「…はぁ…そうでしたか……」
綺麗な顔のルナもそんなこと言われても表情一つ変わらない。つまり互いに最初から心が死んでいた。
「あ、それとルナさんに言っておきますが、明日の朝、ハルさんたちがこの解放祭からパースの街の古城アイビーって軍事拠点に帰るみたいですから、会えるならそこが最後なんじゃないですか?」
「え!?なんでそんなこと分かるんですか?」
「ルナさんが寝てる間にハルさんたちが参加した会議がありましてね、そこで聞いたんです」
「なるほど…」
ルナは平然とした顔で頷いていた。
『いいな、その場にいたかったな…』
そして、最後にサムは彼女にとって言い忘れていた重要なことを言った。
「あ!!忘れてました!?」
「ど、どうしたんですか…?」
「ハルさん、次の神獣討伐も続けるみたいですよ。相手は黒龍だそうです。死なないといいですね。それじゃあ、ルナさんまたどこかでお会いした時にでも!」
サムはルナの返事を聞かないうちに医務室を出ていった。
「………」
ルナは一人、薄暗い医務室のベットの上に取り残された。
「そっか、凄いな、ハルさんは…フフッ…」
二人はすでに救われていた。それぞれの愛する人によって。闇は一方的に照らされていた…。
「私も頑張ろう…」