譲位式
ハルは昼食をとったあと、1階にある応接間に足を運んだ。
応接間だけあって、室内は他の部屋に比べたらずっと豪華だ。赤いカーペットが敷かれ、中央にはソファーがあり、細部までこだわって作られたテーブル。絵画や金で装飾された家具が並べられていた。
部屋には大きな窓があり、やはり城下の街並みを一望できた。
ハルはソファーに腰掛け、壁に掛けられている、一振りの剣を見つめる。
その剣はハルが王様から剣聖の地位を与えられたときに、預かった儀礼剣だった。
「ずいぶん、昔のように感じるな」
ハルがこの『レイド』王国に訪れたのは約五年前、この儀礼剣をいただいたのは、剣聖になった、だいたい四年前のことになる。
「この国での毎日は、過酷だったが、悪くなかったな………」
ハルの独り言が応接間に寂しく響く。
目を閉じるとこの四年間の思い出が蘇ってくる。
「………」
「ハル………」
「ハル」
誰かの呼び声が、聞こえる。懐かしいような、その声が誰の声なのかわからず、ハルは目を開ける。
ハルの目の前にはライキルがいた
。二度寝を決め込んでいるハルの顔を覗きこんでいる。
「あれ、ライキル」
ハルは、目をこすりながら体を起こした。
「また、眠っていたのですか」
ライキルが言った。
「ああ、そうみたいだ……てっ!」
ハルが窓の外を見ると、日が沈みかけていた。
「もう日没になりますよ、剣聖の譲位式の準備があるので、王城に行きましょう」
「そうだな、遅れるわけにはいけない」
ハルは儀礼剣を持って、ライキルと王城に向かった。
*** *** ***
王城の謁見の間で、剣聖の譲位式が行われる。
ハルの入場に多くの拍手が沸き上がる。
王城のメイドさんたちに整えてもらった白い正装で、ゆっくりと、王座のある方に、歩いていく。
謁見の間には、王国の上位貴族、一般貴族、騎士団の幹部や、他国の国賓が多く参加していた。
その中にエウス・ルオの姿もあった。相変わらず、エウスは、この国の姫君である、キャミル・ハド―・レイドと楽しそうに話しているのハルは目の端にとらえる。
ハルが入場してきたのに気づき、王女様とエウスが、ともにこっちに向けて、手を振っていた。
ハルは儀式の最中だったため、目で合図するのが精一杯だった。
ライキルの姿もあり、服装はさすがに、礼服で参加していた。
王座の元にハルがたどり着くと、先に跪いている者がいた。
彼の名は、カイ・オルフェリア王国の騎士副団長で、今夜、新しい剣聖になる騎士の姿だった。王国の獅子のマントに包まれて、その姿はまさに、剣聖と呼ぶに、ふさわしい格好だった。
ハルもカイの隣に跪く。
王様が立ち上がると、拍手が鳴りやんだ。
「剣聖ハル・シアード・レイよ、貴公のこれまでの働き見事であった。王国の危機を我が騎士団とともに幾度も跳ねのけてくれた。我が王国の代表として感謝を申し上げる」
「もったいないお言葉、ありがたく思います」
ハルは述べた。
この目の前にいる王様ダリアス・ハド―・レイド、ハルにとって王様よりも、親しき友人に近い存在だった。それでも今は儀式の最中であり、気を許すわけにはいかなかった。
「剣聖ハルよ、剣をこちらに」
ハルは、鞘から剣を抜き、両手で王に剣を返上した。ハルの手から剣が離れ、少し顔を上げると、優しい表情をしたダリアスの顔を垣間見た。それがハルにとっては少しむず痒く感じたが再び顔を伏せた。
剣を受け取ったダリアスは、カイのほうに向かう。
それをカイの肩にあて、ダリアスは述べる。
「カイ・オルフェリア、貴公は我が国の剣聖となると誓うか」
「はい、我が王よ、誓います」
「マナよ、ここに集え、この者に王国レイドの剣聖の証を刻みたまへ」
ダリアスがそういうと、謁見の間の床に魔法陣が広がり、青白く光りだす。
カイの右手の甲にレイド王国の剣聖のしるしが刻まれた。
それと同時にハルの右手の甲からしるしが消えた。
「カイよ、これからの王国を頼むぞ」
「はい、お任せください」
ダリアスが剣をカイに手渡す。
カイが両手でしっかりと受け取る。
「ここに新たな剣聖が誕生したことを王ダリアス・ハド―・レイドが認める」
王が述べると、謁見の間は大歓声に包まれた。
王城からは魔導士によって、綺麗な光が夜空に打ち上げられ、それが国民に新たな剣聖が誕生したことを伝えた。
この日から、三日間レイド王国は剣聖際と呼ばれるお祭りが行われることになる。