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帰り道

 特等エリアの門を抜け、抜けた先にある石畳が広がる広場をさらに抜けると、そこからは一等エリアが広がっていた。

 一等エリアの周りの景色は、贅沢に間隔をぽつぽつと空けて建てられた館が立ち並んでいる他は、青々とした草原が広がって風になびいているだけだった。その風景は王都などの都会から離れた田舎の田園風景を想起させる。

 そんなのどかな景色を二人が楽しめるのはだいたい三十分といったところ。それは特等エリアからブルーブレスの宿まで歩いて帰った場合の時間がそれぐらいであるためだった。

 一等エリアの道には石畳で舗装された道路があり、二人はその脇道をくだらない話をしながら歩いていた。


「いやー、それにしても、ハルが王たちに謝ってるところ見ものだったな」


 からかうようにエウスが笑いながらいった。

 昨日のパーティでの酒の件についてのことであった。ハルはそのパーティで先に酔って眠ってしまいその後のことはエウスがいろいろしてくれていたのを彼自身から直接今日の行きの馬車で聞いていた。


「いや、あれは、だって、謝らないとアドル皇帝に失礼だったから…」


「おいおい、ダリアス陛下だけなら謝らなかったのか?」


 自分たちの王に敬意は無いのか、といった感じでエウスが指摘するが、ハルは彼がいろいろすでに知っているうえで喋ってるのを知っていた。


「エウスだって知ってるだろ?俺とダリアスのおっちゃんが飲み友達なこと…」


 とは言っても親しき仲にも礼儀ありである。きっと、自分はダリアスだけでも謝罪はしていたのだろうとハルは思う。友人と言っても彼は一国、それも大国の王様なのだ。いくら彼が無礼を許してもこちらとしてはそうもいかないことは多々あった。ただ、キャミルはそういった王族であるがための特別扱いをするとへそを曲げるため、特別な例もあったのだが…。


「へへ、まあ、確かにな、ダリアス陛下も酒に強いからよくハルを飲みに誘ってたな」


「そう、ダリアスと飲みで張り合えるのが俺しかレイドにいなかったからね…」


 そこで、ハルは昔のことを思い出す。


「ていうかその時いつもエウスも俺とダリアスと一緒に飲んでたよね?そんでいつもエウスだけが先に潰れて俺が介抱してたよね?」


 ハルはここぞとばかりに過去の出来事を持ち出すが、「そんなことありましたけ?」と悪戯っぽく笑って誤魔化すエウス。それにハルは「あったよ!しょっちゅうだったよ!」と切実な声で返していた。

 しかし、ハルはそこで少しだけ、態度を改めてエウスに言う。


「でも、昨日はエウスがいろいろ俺の分まで動いてくれて助かったよ、ほんとにありがとう」


 どんなにからかわれても昨日悪かったのはハル自身。さらにその後始末をしてくれたのはエウスだった。だから、感謝はしっかり伝えておく。


「いや、そんな大したことじゃねえし、いいのよ、あれくらい」


 ハルが改めて礼を言うと、エウスは少し困り照れたような顔をしていた。


 それから二人は美しい田園風景みたいな景色の中の帰り道を進んで行く。



 ***



 帰り道を、いつもの親友とくだらない話をしながら歩いて行くエウス。しかし、彼の中でその親友に切り出さなければならないことがあった。

 それは霧の森から今までずっと自らの臆病さで言いだせなかったことだった。

 それを切り出すためにこうして馬車で数分のところを歩いて帰ることを提案していたのだ。

 いつ切り出そうかと悩むエウスだったが、早く切り出さないと宿にも到着してしまうという時間も迫っていた。

 親友とならいくらでもくだらない話が永遠にできてしまう。だから、唐突な形になってしまうがエウスは勇気を出して、あのことを切り出すのだった。

 彼の親友でいられるために、そして、何よりも自分が前に進めるように。

 だって、それは彼女のためにもなるのだから…。



 ***



「なあ、ハル、少しだけ大事な話をしていいか?」


「え?…ああ、うん、もちろん」


 突然、立ち止まってかしこまった顔をしたエウスに、ハルはどうしたのだろうといった不思議そうな顔をして同じく立ち止まった。


「その、ずっと、言いだせなかったことなんだけどさ、でも、やっぱり、ハルには聞いとかなきゃいけないと思って…ほら、俺はなんていうかお前とずっと一緒にやってきたから、大抵のことならなんでも知ってるけど…えっと…な…」


 エウスがここまで前置きを長く気遣うように話す時点で、ハルは彼がどんな大切な話をするかだいたい予想がついた。

 だから、ハルはこれ以上彼に気遣いをさせないように自分から言う。


「…自殺のこと…だよね……」


「…あ、ああ…そうだ…そのことだ……」


 ハルが恐る恐るそう言うと、エウスは力なく頷いていた。


「…その、すまないな、思い出させちまって…ただ、俺はハルのそのことを聞いておかないと、自分がこれ以上何やっても前に進めないと思ってな……」


「………」


 申し訳なさそうにするエウスに、ハルは罪悪感の気持ちでいっぱいになった。


『違う、エウスは何も悪くない。俺が悪いんだ…あんなことしようとしなければ…あんな…』


 自殺しようとしなければ、ハルはそう思った。それでも今でも一人で孤独にいるかもしれないアザリアのことを思うと、これで良かったのだろうかとハルは思う…。ただ、もう、そのアザリアやライキルと自分は死なないと約束したので、ハルが自殺しようとすることは無いのだが、アザリアを忘れることはできなかったし、忘れたくはなかった…いや、忘れてはいけないと自分の魂が叫んでいた…。


 ハルがそう思っていると、エウスが言葉を続けた。


「ハルがあのとき死のうとしたのって、魔獣たちを殺すのに耐えられなくなったからだよな…?いや、そう単純じゃないことは分かってるし…理由は聞かない、言いたくないことは誰にだってあるから…それより…」


 エウスは、転がる肉片と真っ赤血に染まっていた霧の森のあの凄惨な光景を思い出す。とても一人の人間がやったとは思えない地獄の具現化。それをあのとき全部背負っていたのがハルだった。英雄が誰よりも罪を背負って、みんなを守っていた。魔獣の命などいくら殺しても罪ではないと思う人もいるかもしれない。それでもハルはそのように考えられる人ではなかったのだ。それは時に偽善者と呼ばれる存在かもしれない。それでも、殺すたびに苦しんでいたならそれは本人にとっては罪であった。


「…もう、神獣討伐は、続けなくていいんじゃないか?俺が今更言えたことじゃないが……」


 四大神獣の討伐、それだけじゃない神獣による二回の王都襲撃、どれもハルが罪を被って人々を救済したことだ。だから、もう、その罪をハルが被り続ける必要はない、もう十分、伝説となったハルがこれ以上苦しむ必要はない。この大陸にいる人間一人一人が考え背負っていくもので、これ以上ハル一人に背負わせるものではないとエウスはそう思うのだった。


 しかし。


「ありがとう、エウス。でも、俺は続けるよ。もう、この両手がいくら獣の血に染まろうとも四大神獣だけは絶対に終わらせる。みんなが安心して暮らせる日々を俺が絶対に実現させる」


 ハルは自分の手のひらを見つめながら言った。

 そして、ハルが顔を上げて、次の言葉をこぼした時に空気が凍りついた。


「俺がみんなを救うよ…絶対に……」


 先ほど、会議室で見せた恐ろしいほどの気迫がエウスに迫る。


「………」


 そのときエウスは不思議な感覚に包まれていた。絶対的な恐怖と絶対的な安心が同時に存在しているようなそんな奇妙な感覚。


「だから、エウス、安心して!俺は、もう、死のうとしたりしないから…」


 何か開けてはいけない箱を開けてしまったような…。


「俺は人間だけを選ぶって決めたから…」


 自分たちの命を守ってもらうために、厄災を世界に放ってしまったような…。


「もう、躊躇はしないから…」


 優しく微笑む青年の姿がそこにはあった。その笑顔は、どこまでも穏やかで、どこまでも震えが止まらないほどの恐ろしさを兼ね備えたそんな笑顔。


「………」


 エウスは、ハルのその笑顔に何か狂気的なものを感じると同時に何も言えなくなってしまった。いつものハルがどこか遠くに行ってしまったような…そんな気がした。


「ん?エウス、どうしたの?」


 ただ、次の瞬間にはハルはいつも通りの彼に戻っており、いつもの優しい表情に戻っていた。さっきまでの凍りついていた空気も今では、穏やかな昼の日差しで溶けきっていた。


「あ、いや、なんでもない…ハルのこと聞けて良かった。話してくれてありがとな…」


「ううん、俺も心配かけてごめん…それに、ずっと、気遣ってくれてたでしょ?」


「…わかってたのか?」


「ええ、そりゃあ、ずっと、一緒にいましたから、エウスのことはなんでも知ってますよ」


 得意げな顔をしてハルは言う。


「そうか、なんでもお見通しってわけか…」


「そうだよ、だから、エウス、本当にごめんなさい…」


 そこで、ハルが頭を下げて謝った。こっちに心配をかけていたことに対してだろう。そりゃあ死ぬほど心配したエウスだったが、許す許さないのではなく、彼と約束したいとエウスは思った。


「いいよ、俺はハルが生きてくれればそれでいい、でも、約束してくれないか?」


「何をかな?」


 頭を上げたハルがエウスを見て尋ねた。


「無理をしないってこと…辛くなったら誰かに相談すること、例えばそうだな、ライキルとかにだ」


「…そこはエウスじゃないの?」


「…いや、ライキルの方が、ハルにはお似合いだ」


 エウスは、彼女とはいつも言い争いをしたり喧嘩をしていたが、ハルと同様、ガキの頃からの長い仲であったため、幸せになって欲しかった。


「…………」


 そこで少し黙り込んでしまったハルにエウスはどうしたのかと尋ねると…。


「エウスには今言っておくよ…」


 ハルはそう言って少し恥ずかしそうに再び歩きだした。



 それから歩きながらハルは、ライキルとガルナ、二人を妻として迎え入れたいと思っていること。そしてライキルからはすでに許可をもらっていることをエウスに話した。

 そのことを聞いたエウスは度肝を抜かれ、しばらく、放心状態でボーとした表情をしていた。


「…ていうかレイドって重婚いいのか?」


 抜け殻だったエウスが戻ってきて、最初に尋ねたのはそのことだった。


「キャミルに聞いたんだけど、レイドは特名持ちは男女にかかわらず重婚が認められるみたいでして…」


「…そうだったのか、知らなかった…」


 驚いているエウスに、ハルも最初は俺も知らなかったというと、続けた。


「それで、将来的には二人を迎えられたらなと思ってるんです…身勝手ではありますが……」


 それはハルがこっちで生きると決めたから、決断したことでもあった。一度は二人を見捨てようとした男が何を言っているんだと言われるかもしれないが、こちらで生きると決めた以上は思いを伝えなければいけないとそう決めていた。


 エウスはハルが告げられたことを頭の中で整理しているようだった。そして、その整理も終わるとこっちを向いて尋ねてきた。


「そうだ、ちょっと待て、ガルナもなのか?ライキルはまだわかる、ハルとあいつはずっと一緒にいたから、でも、ガルナもなのはどうしてなの!?」


「それは……」


 ガルナだって最初に会ったのはもう四年も前だった。ハルが子供の頃から一緒にいたライキルに比べたらそれは短いかもしれないがそれでも、彼女との付き合いもそれなりに長い。その中でハルが彼女に感じていたものは、庇護欲といったものだったのかもしれない。ライキルが家族としての愛していたのなら、ガルナのことは守ってあげたくなる不安定さから来ていたのかもしれない。

 もちろん、彼女はきっと誰に守られなくても一人で力ずよく生きていける。一人で魔獣を何十、何百と倒せ肉弾戦では剣聖に引けを取らない。そんな人間、普通に誰も守りたいではなく彼女に守ってもらいたいに属するのだと思う。

 しかし、ハルからしたら、彼女はただの守るべき普通の女の子だった。なぜなら、ハルにとっては、カイやフォルテなど剣聖までもが庇護の対象なのだ。そんな基準があやふやなハルからしたら当然彼女もみんなと何も変わらない。

 そんな中、少しだけ、変わっている彼女は、ハルの目に留まっていた。それは男の部屋で勝手に寝たり、部屋が荒れていたリ、常識が少し欠けていたリと多々あった。


「それは守りたいからだよ…危なっかしいガルナのこと……」


「…いや、あいつのどこが危なっかしいんだ?あいつ筋肉の化け物だろ、守るも何も…いや、ハルから見たら、みんな、守られる側ですけど…」


 筋肉の化け物?そんなことないと思ったハルは続ける。もう少し、彼女の良さを引き出すように。


「あと、だらしなくて可愛いところあるから世話したくなるし…それに優しいし…」


 ただ、ハルのガルナに関する良さは常人からはかけ離れていたらしく…。


「…ワカラナイ…オレハ、ハルノコトガ、ゼンゼン、ワカラナクナッタヨ…」


 エウスは首を左右にぶんぶん振って思考が停止していた。


「ちょっとエウス君?君、失礼過ぎません?」


 むっとしたハルが睨みつけるが、そのことを全く気にしないエウスは首を振るのを急にやめてこっちを向き質問してきた。


「で、そんな愛しのガルナちゃんにはいつそのこと伝えるんだ?」


「…それは、アイビーに戻ったら伝えようと思ってる…」


 レイドの交易都市であるパースの街にある古城アイビー。明日の朝ここを出てそこに戻ることになっており、ハルはそこで、思いを伝えようとしていた。帰る支度で忙しくなるタイミングで伝えてもそれはそれで失敗するかもしれないからだ。ただ、ライキルの時は急でタイミング的にもあの時しかないと思ったため、素直に伝えようとしたが、結果はなんともライキルの凛々しさにハルが引きずられてしまう結果となってしまった。


 そして、ハルが言ったことにエウスが、ふーんと言った感じで鼻を鳴らす。どこか納得していない感じだったが、結局、最後には応援してくれた。


「まあ、でも、俺も幸運を祈っておくから、頑張れよ、それとライキルのことはおめでとう良かったな」


「ありがとう、あ、でも、俺もエウスのことは応援してるから…」


 エウスの方はすでに結ばれているが、そっちはいろいろと複雑な事情があった。なんせ付き合っている女性が王族なのだから…。


「ありがとよ、て言っても、こっちは俺が頑張るだけだけどな…」


「何か手伝えることがあったら言ってよ、全力で協力するから!」


「…ハルにそう言ってもらえるだけで俺は嬉しいし、もう十分ハルには助けられまくったから、その言葉だけでいいよ」


「うん、頑張って…」


 エウスのことに関しては難しい問題ではあったが、最終的には自分の力で何とかならないかと思っていた。例えば、四大神獣を全て討伐したら、そばで支えてくれた彼にも大きな勲章が与えられるのではないかとか…。


『エウスも俺が救うよ…だから、待ってて…』



 それから、二人が将来の話しに花を咲かせていると、いつの間にかブルーブレスの前に到着していた。


「さて、やっと到着っと、みんないるかな、いたらライキルでもいじってやろうかな」


「ちょっと、エウスさん?」


 声に穏やかな殺気を込めると、エウスは笑顔のままその場に固まった。


「ハハッ、冗談ですって、ハルさん、そんなことしません、ちゃんと祝ってあげますよ」


「それで、よろしい!」


「アハハハ、お先に失礼!」


 エウスはそう言うと急ぎ足で館の中に消えて行った。


「………」


 そこでハルは立ち止まって、少し考えを巡らせる。


『アザリアのことエウスには言えなかったけど…これはいずれ言わなきゃな…でも、きっと、今じゃない…』


 ハルも少し遅れてブルーブレスの館に入っていった。





















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