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なんでもない深夜に君がいて 

 夢は見なかった。

 夢の中の女の子に今日は無性に会いたかったのだが、こういう時に限って夢すら見れなかった。彼女が拒んでいるのかそれとも自分のせいなのか、どういった条件で再び彼女と会える夢にたどり着けるか、ハルは知るすべがあるならぜひとも知りたかった。

 眠るたびに期待を膨らませ、起きるたびに失望していては、どうしても、気分にも霧がかかるものであった。ただ、その反面、いつまでも夢に頼っていては、本当の彼女には一生会えない気がした。だから、毎日、そのことは気にしないようにしていた。また、いつの間にか記憶が薄れ、忘れてしまうことも怖かったが、その点に関してはもう大丈夫だった。なぜなら忘れられない彼女の名前を聞いたのだから…。


『アザリア……』


 夢を見なかったため、短くも長くも感じる暗闇を体験した。そのあと、ゆっくりと自身の目覚めに気づき、瞼を上げ視界に情報を取り入れた。

 ハルが目を覚ますとそこは、解放祭の一等エリアにあるブルーブレスという宿の自室だった。

 ハルはベットの上に横になっていた。上体を起こしてベットのすぐそばにある窓を見た。まだまだ、夜が深く、朝の光が姿を見せるには程遠かった。


「まだ、夜か、それにしても…」


 パーティからここに送られてきたハルが思うことは、誰がここまで自分を運んでくれたかということだった。

 記憶は定かではないが、ガルナが運んでくれたのかなと予想する。なぜなら、最後に見たのは彼女の凛々しい横顔だった気がしていたからだ。

 記憶が曖昧なのは竜酒を大量に飲んでしまったからだろう、まだ、酒気が抜けきっていない。それでも、ダリアスがせっかく用意した高級な竜酒あそこで飲めなければこの先も当分は飲めないだろうと思った。しかし、そんな欲張りな心がこんな急展開を引き起こした原因ともいえたのだが…。


「あとでみんなに何があったか聞かないとな…」


 もう一度二度寝しようとしたその時だった。


 ゴトッ


 ベットの下で何かが動いた音が聞こえた。


「ん?今、ここらへんで音がしたような…」


 ベットから身を乗り出して、視点を少しずらした。するとそこには、意外な人物が小さくうずくまっていた。


「ライキル…そんなところで何やってるの?」


 縮こまって頭を隠していたライキルがそこにいた。彼女は声をかけられると恐る恐る頭を上げてこっちに振り返って立ち上がった。


「こ、こんばんわ、ハル、いい夜ですね、気分はどうですか?具合とか悪くありませんか?もしよかったら水でも飲みます?」


 あたふたしながら、どこか落ち着きがない素振りの彼女はまさに挙動不審だった。ただ、慌てふためく彼女を見てもハルからしたらあんまり驚くことは無い。彼女がいつ部屋に居ようと気にすることはなかった。そんなこと、小さいころから、当たり前で、慣れた親しんだことだったからだ。


「あ、もしかして…」


 そこでなんとなく状況が分かってきて小さく呟くと。ライキルは心臓が止まったかのように動きを完全に停止してそのまま石の様に固まってしまった。


「ライキルがここまで俺を運んでくれたのかな?」


 ただ、そこまで言い切ると、石だったライキルは一瞬でふにゃふにゃになった。その後姿勢をびしっと正した彼女は自信満々に言った。


「は、はい!ハルをここまで運んだのは私です!」


「そっか、ありがとね、大変だったでしょ?」


「ふふん、私、鍛えているので楽勝でした!」


 得意げにライキルは言うが、なんだかハルからしたら申し訳なかった。それは彼女の姿を見たらまだ着替えてもいないでドレスのままだったからだ。それに、よく見ればライキルの顔もまだほんのりと火照っていて酔いが抜けきってはいなかったが、先ほどの自分よりは遥かに正常だった。


「あれ、そう言えばあれからどれくらいたった?」


「ああ、パーティからだいたい二、三時間ってところでしょうか、正確な時間は分かりませんけどそれくらいたったはずです」


 となるとなぜライキルがドレスのままここにいるかが不思議になってきた。もしかして、ずっと、ここで自分のことを介抱してくれていたのかとそう考える以外他に思いつくことが無かった。


「ライキル、もしかして、ずっと、ここにいた?」


「……え!?」


 素っ頓狂な声を挙げたあと、しばらく何かを考えていたが、黙って何度も頷くライキルだった。


「そっか、ほんとにいつも迷惑かけるね…」


 しかし、その言葉で何かに耐えかねたように気まずそうなライキルは少し俯いて言った。


「…違いますよ、迷惑かけているのはいつも私の方です……」


 そのまま、ライキルはさらに下を向いて落ち込んでしまった。


『あれ、どうしたんだろう?急に暗い顔して…』


 そんな彼女を心配したハルは、ベットから足を床におろして、ライキルの側に寄って声をかけた。


「ライキル、大丈夫、何かあった?」


 そう、ライキルの顔を覗きこもうとすると、彼女は突然顔を上げてベットに座っているハルの隣に腰を下ろした。


「どうした?何か俺に相談できることがあったら言って欲しいな。力になるよ?あんまり多くのことはできないかもしれないけどさ」


 そこまで言うとライキルが口を開いた。


「ハルに一つ聞いてなかったことがあったんです…」


「何かな?」


 ライキルがこっちに顔を向けたから、ハルも同じように彼女の顔を見た。相変わらず綺麗な金髪に黄色い瞳が輝いて、整った顔立ちで、綺麗になったなぁと改めてハルは思った。

 だが、そんな、いい雰囲気とは一変、質問は穏やかなものではなかった。


「ハル、どうしてあの時死のうと思ったんですか?」


「…………」


 今ここでは思いもしない質問だったが、確かにあれから一度もライキルたちにはそういった話をしていなかったことを考えれば何もおかしなことではなかった。それに、自分でもどこかで避けていた部分があり、目撃したライキルとエウスもあえて触れないでいてくれたみたいにも思え、忘れかけていた。けれど、そのことはいずれ話さなければいけないとも心の中ではずっと思っていた。

 特にライキルには…。


「ごめんなさい…その、変なこと聞いて…でも、私はハルのそういった部分を支えられる人になりたかったっていうか…その、えっと…」


「そっか、そうだったね、俺もそのことについてはいつか話さなきゃいけないと思ってたんだ…」


 死のきっかけ。それはアザリアのことだ。そして、そのことはライキルとここにはいないガルナ、二人のこれからのことにも繋がることだった。


『伝えなきゃいけない…』


 覚悟はきまったが、このことを話してどうなるかは全部彼女たち次第だった。


「ライキル、ここからは、真面目に聞いてほしいんだ」


 真っ直ぐライキルを見つめてそう言うと彼女は一回力ずよく頷いてくれた。二人だけの空間に今までにないほどの緊張が走る。


『わかってもらえないかもしれない。でも、言わなきゃ前に進まないんだ…』


 ハルは静かに語り始めた。


「俺が霧の森で死のうとしてたのは…アザリアっていう女性に会うためだったんだ…」



 ***



「アザリアさん、ですか?」


 聞いたことの無い名前の人物が出てきて私は混乱した。ただ、ハルの顔を見るからに本気で言っていることは確かだった。

 それはショックだったが、こんなところでくじけるわけにはいかない。まだ、話しも始まっていないに等しいのだから。


「うん、もう彼女は死んじゃってるんだけど、俺はその人に会いたくて、あの時死のうとしてたんだ…」


「…死んでる?…会うために死ぬ?…んん?……」


 分からないことだらけだったが、まずは過去の記憶から探る。つまり、道場でハルに会った時のことから現在までライキルの知っている人の中で死んでいった人を思い浮かべる。が、しかし、アザリアという人の名前に覚えはなかった。


「ちょっと、ここから、自分でも何を言っているか分からないんだけど…そのアザリアって女性俺は、ずっと前に一緒に暮らしてたんだ…」


「一緒に暮らしてた?」


 それは幼い時のことだろうか?ハルとは道場からはずっと一緒に暮らしていたから可能性としては、彼の幼少期しかありえなかった。しかし、ハルの返答はあり得ないものだった。


「そう、だいたい、二十歳ぐらいのころなんだけどね…」


「二十歳ですか!?」


 二十歳といったら今から二年前だ。その時はハルも私も王都の屋敷に一緒に住んでおり、彼が他の女性と一緒に生活する時間はない、いや、私も彼のすべてを把握しているわけではない。可能性として私に隠れてそういったことをする時間はあったのかもしれない。いや、別に隠れるも何も、私はまだハルのなんでもないんだけど、少なくとも彼はそう思ってるはず…。自分で言ってて悲しくなるが、それより尋ねなければいけない疑問がたくさん残っていた。


「ハルは二十歳のころあの屋敷でそのアザリアって人と生活してたんですか?」


 自分で質問していてありえないなと内心私は思いながらもそう質問してみる。


「いや、それは違うんだ。ライキルも知っていると思うけど、二十歳の時っていったら俺たちが王都にいた時でしょ?アザリアと一緒に暮らしてた場所は、人里離れた森の中にある小さな木の家だったんだ」


「…んん?」


 もう、わけが分からなかった。ただ、可能性として捨てきれないのがハルがただの普通の人間ではないということ、まだ、もしかしたら、王都からその森の奥にわずかな時間で彼が往復していた可能性が…。とそんな意味の分からないことを考えているとハルが先にその考えを否定してくれた。


「ただ、俺は二十歳のころはライキルたちとずっと一緒にいたから、アザリアといるってことはあり得ないんだ。それに、彼女のいた森は、レイドの王都周辺にあった森とは全く別の森だったから…」


 ハルの言葉を聞く限り完全に矛盾していることになる。そうなると、ハルが嘘をついているかまだ酔っているかのどっちかと疑いたくなるのは当然だった。しかし、明らかにさっきの泥酔状態からは復活しており、意識がはっきりある。そして、嘘をつくには彼が死のうとした理由について尋ねているのだ。私も本気で聞いているし、こういうときハルが絶対にふざけないことは長い付き合いから分かることだった。


「じゃあ、ハルは二十歳のころの記憶を二つ持っているってことですか?」


「そうなんだけど、記憶として残ってるのは、ライキルたちと居たことの方が鮮明で、もう一つの記憶はすごいもやがかかっていて思い出せることが少ないんだ。それでも、俺がアザリアと一緒にいたって記憶は確実に残ってるんだけど…」


 これはもう一旦本気でハルとそのアザリアという女性が一緒だったという事実を認めた方がいいと思った。なんでかは分からないが、自然とその言葉の響きには引っかかるものがあった。


『アザリア…どこかで聞いたことがある?いや、でも、やっぱりないですね…』


 思い出せないだけなのか、それとも、今始めて聞いたから思い出せないのか、もう、分からないが、そんなことは置いておいて、さらに理解を深めるために、私はさらに質問を重ねた。


「ハルはその記憶にいつ気づいたんですか?」


「…思い出したのは最近なんだ、特に夢に出てきて思い出したんだ…こう言うとちょっと信じてもらえないかもしれないんだけど…」


「夢ですか?」


「そう夢…」


 ますます、ハルのことが心配になってきたが、それでも、夢と聞いて思い当たることがあった。


「そう言えばハルってよく悪夢を見てましたよね、あの時ですか?」


「悪夢…ああ、そうそう、悪夢を見た時もアザリアの夢を見てたんだ…」


「アザリアさんの夢は悪夢なんですか?」


「いや、多分違うと思う…彼女との夢は幸せな夢しかなかったから…」


「へー、そうですか…」


 誰かも知らない相手に少しだけ妬いた。

 いいじゃないか、顔も名前も知らない人ならいくら妬いたって、だって、悔しい、ハルはそのアザリアって人のために死のうとしたんだから…それは私たちより大切ってことの証明になってしまう…。


『いや、違うか…』


 そうおもったが、ハルが私たちにしてくれたことを考えると単純に比較はできなかった。なぜならハルは私のことも命をかけて救ってくれたことがあったのだから。


『ハルが私たちにかけてくれてる思いもそう軽くはないはず…それにタイミングとしては神獣を討伐したあと…もしかして、ハルは私たちが安全を確保してからいくつもりだったのかな…』


 レイド王国の被害が酷かったのは四大神獣の中でも白虎だけだった。

 色々とハルが考えていたことをまとめて想像していると、彼が声をかけた。


「ねえ、ライキル…ここまでの話しどう思った?」


 正直に言って、信じられないが、嘘でもないとくると、私の知らないことがまだまだたくさんあると思うしかなかった。ただ、ひとつ確認しておく必要があった。


「正直、信じられませんが、信じますよ。ここで私に嘘の話をしてもなんの意味もありませんし、それに、分かりますよ、ずっと一緒にいましたから、ハルが本気でそのアザリアさんて人のこと好きなこと…」


 言いたくなかったけど言った。認めたくなかったけど認めざる負えない。死んでまでその人に会いたかったといわれたら、どう考えても私の負けだった。


「ライキル、そのことなんだけど…」


 ただ、そこからハルに言われたことが、私の人生を変えた。



 ***














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