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酒と本音

 祝い事には酒で酔うのが一番だと豪語するダリアスの贈り物とは竜酒と言われる特殊なお酒だった。

 竜人族にはもともと毒に対する耐性があるため、いくら酒を飲んでも、酔うということが無かった。しかし、それでも、竜人の中に、お酒をもっと楽しみたい、酔っていい気持ちになりたいなどの欲望から生まれたのが竜酒だった。

 竜酒は、毒に耐性がある竜人族のためにつくられた酒であるため、はっきりいって酒ではなく毒。というと言いすぎだったが、竜人族以外の種族にはほとんど飲めたものではなかった。ただし、当然、酒であるため他の種族でも飲める者はいる。

 ただ、普通の酒豪などと言われる程度の人では、コップ半分を飲み切る前に酔う潰れてしまう。そのため、竜人族以外で飲める者はごくごく少数ということになる。

 そんな、特殊な酒である竜酒なのだが、ダリアスはそれを十本以上用意していた。


「さあ、ハル、今日はとことん飲もうじゃないか!」


 上機嫌なダリアス、そんな彼の席の隣に戻ってきたハルの前に小さなグラスが用意された。


「そうだ、他に竜酒を飲みたい者はいるか?いたらそっちのテーブルにも送ってやるぞ、極上の竜酒だからな味は保証しよう、味はな。ただ、絶対に無理して飲むなよ、これは竜酒だからな」


 忠告をしたが、ほとんどのテーブルから名乗りを上げた者たちが出てきた。するとダリアスが近くにいた王族直属の護衛の騎士に指示を出した。


「お前たちよ、きっと、倒れる者が出るからその時は頼んだぞ」


 要するに興味本位で飲んで倒れた者に白魔法で治療を行えとの指示だった。護衛騎士たちは短い返事をすると、他のテーブルに散っていった。


「それでは、ハル、こちらも楽しむとしよう」


 ハルのいるテーブル席で飲むのは、ダリアスとハルだけ、アドルやエウス、他の参加者は普通のお酒だった。

 ハルのグラスに琥珀色の液体が注がれると、竜酒の独特な匂いがした。他のどのお酒とも似ても似つかない匂いであり、嗅いだだけで人を酔わせてしまうほど強烈なものだった。しかし、竜酒の匂いはどこか癖になるような者であり、飲める者にとっては気にならないというものであった。


「それでは、カンパーイ!!」


「「カンパーイ!!」」


 ダリアスの合図で全員が酒を飲んだ。

 ハルも最初の一口は慎重に少量に抑えて注がれた竜酒を口にした。


「!?」


 酒にものすごく強いハル。それでも飲んだ瞬間に強烈な酔いという感覚の前触れが訪れる。


『久々に飲むとやっぱり来るものがある……』


 それでも、酒好きのダリアスが用意しただけはあり、味は極上だった。


「くう、さすがはダリアス王です…いいお酒です」


「そうだろう?私がシフィアム王国から事前に買い付けておいたものなんだ。こうやってハルを祝うためにな、ハッハッハッ!」


「わざわざ、ありがとうございます」



 すると、他のテーブル席でドサドサと倒れる者たちが出てきて、ダリアスの護衛騎士のお世話になる者たちが出て来ていた。


「皆、無理するでないぞ、せっかくのパーティーだからな」


 再びダリアスが他のテーブル席の者たちに注意を促していた。


「なあ、ハル、俺にも一口もらっていいか?」


 ここにも興味本位の者がいたとハルがエウスを薄目で見た。


「エウス、大丈夫なの?前飲んだ時は倒れそうになってたじゃん」


「大丈夫だって、だったら一滴くれよ」


「それって意味あるの?」


「いいからさ、頼むぜ!」


 アホだなと思いながらハルはグラスをエウスに渡した。


「よし、いただきます」


 エウスは琥珀色の液体に少しだけ下をつけると身体全体にびりびりと衝撃が走りすぐに舌を引っ込めた。


「ぐわあああああああああ!」


「だから言ったじゃん」


「ひええ、前から思ってたけど、それってほんとにお酒なのか?」


 飲めない者が口にするとすぐに倒れてしまうため、どんな味か忘れる竜酒はまさに人を選別した。


「ハッハッハッ、エウスにはまだまだ早かったか?」


 そう言ったダリアスは上機嫌で竜酒を喉に流し込んでいた。


「ダリアス王、お言葉ですが、早いなどという問題ではないのかと」


「そうだぞ、ダリアス王、竜酒は竜人たちのための飲み物だ。本来他の種族が飲むものではないんだぞ」


 アドルは、普通のお酒をおいしそうに飲みながら言った。


「そうか、こんなにおいしいのにもったいないな…ああ、でも、アドルは昔から酒は弱かったからな」


「お前が底なしなだけだ、それに節度を守らぬから私より酔いつぶれた回数はお前の方が多い」


「ぐぬぬ、それに関しては何も言えぬ…」


 そこにハルが追撃とばかりに口を挟む。


「そう言えば、そのことでよくキャミル王女にも怒られてましたね」

「これ、ハル余計なことを言う出ないわ!」


 四人はそこで声を挙げて笑い合った。普段酔わないハルにも強力な竜酒の効果は抜群でどんどん酔いが回っていった。


 そして、さらに夜は更けるが、パーティーはまだまだ、続く。一階では、食事も終わり、中央のテーブルが片づけられて、ダンスパーティーが開催されていた。そのため、一階には音楽隊が奏でる心地のよいメロディーが流れは始めた。


 二階の人々にも、お酒が進み、酔いが広がって皆が打ち解け合っていた。


 他のところに配られた竜酒は結局ハルとダリアスのもとに返って来ており、飲む者は二人だけだった。


 酔いが回りふわふわした気持ちになったハルはそれでもグラスに竜酒を注いで喉に流し込んでいた。

 すでに竜酒の瓶が半分以上が開けられていた。


「はあー、ほんとにおいしい」


 顔を赤くしながら呟き、空になった自分のグラスに新しく注ぎ直そう酒瓶に手を伸ばすと、ダリアスが代わりに取って注いでくれた。


「ダリアス王、そんな、申し訳ないですよ」


「ハルよ、そろそろかしこまらなくていい、ほれ見ろ、みんな酔いに酔って礼儀など無い良い雰囲気になっておる」


 ハルが周囲を見渡すと、皆が笑い合い、重い雰囲気は消え、街の酒屋のおやじたちの集まりのようになっていた。


「しかし、ですよ、俺はレイドの元剣聖で四大神獣を討伐してしまった男なんですよ…誰よりも自分の立場を考えなければならないんです。特にこういう場所では」


「全く、少し見ないうちに立派になりおって、あのやんちゃばかりしていたハルはどこに行ったんだ」


「そんなに暴れてましたか?」


「…ハルとエウス、二人が王城でぶっちぎちりで問題児だったぞ」


 ダリアスがそう言うと、エウスが苦笑いをしていた。が、ハルに関してはそんなことないと反発した表情をしていた。


「ただ、お前たち二人は我が国に大きな貢献をしてくれておる。ハルは魔獣の脅威からエウスには経済の面で支えてくれている。私は、二人に感謝してもしきれないほどだ…」


 すっかり酔いが回って顔が赤くなっているレイドの王は続ける。


「特にハル、お前さんは、四大神獣の討伐にまで乗り出して、この大陸までを救おうとしている。そんな、ハルに私は王としても友としても何もしてやれなかったし、酷いことをした…」


「そんなことありません、それに酷いことなんて何一つされてませんよ?」


「いや、そうなのだ。実際にハル、お前さんが四大神獣を討伐する案を持ってきたとき私は内心で喜んでいたのだ。もちろん、それはハルが必ずその作戦を成功させてくれると思って抱いた感情だ。ハルなら何の問題もなく、四大神獣を討伐してくれるとそう思ったんだ。それに、四大神獣の討伐をハルにやってもらえないかという案はレイド国内それから他国からも希望が上がっていた。その願いをどうしようか迷っていた時に、お前さんが自分から提案してくれたんだ…」


「それだったら、俺は、ダリアス王の期待に沿えてよかったです」


「ハル…私は君を、友人である君を簡単に死地に送り出したのだぞ」


 そのことを聞いてハルは何も悪くはないと思った。むしろ王であるならばそれは当たり前のことだ。国を守らせるために騎士を戦地に向かわせる。たとえそれが友であろうとも王ならば国のため民のために決断しなければならない義務だ。彼は何も間違っていない。


「ダリアス王。それは王として当然のことではないでしょうか?王として我々騎士に国を守らせるように指示を出すのは当たり前かと…」


「ああ、そのことは私も一国の王であるからわきまえている…ただな、ハル、お前さんに向かわせたところは戦地ではなく絶対的な死地だったんだ。普通の判断なら大切な英雄を自ら処刑台に立たせたりはしない…」


 四大神獣の巣。何百年も人の手が入らなかった魔境。そんな未知の領域に兵を出す。今思えば狂っていた。おまけに調査もできないとくれば勝算以前の前に手を出さないのが方が良いのは顕然だった。

 しかし、ダリアスはハルの圧倒的な強さに依存していた。

 実際にその強さは四大神獣の巣を壊滅させるというとんでもない彼の偉業に繋げてしまったわけだが、万が一彼が死ぬようなことがあれば、レイド全体は国を救った英雄を失うという絶望に叩き落とされていただろう。


「ハル、ここで言うのもなんだが、四大神獣の討伐はここで終わりにしないか?」


「え?」


 とんでもない意見が飛んできてハルは驚いた。


「アドルにも話しをつけたんだ、これ以上はハルに四大神獣の討伐をさせないかもしれないってな…」


 ハルがアスラの皇帝のアドルの顔を見ると、彼が口を開いた。


「ハルさん、私も君の意思を尊重するよ、正直、私としては白虎を討伐してくれただけでもう、大助かりなんだ、ここで黒龍までとは、とてもじゃないが私の口からでも言えないのだよ」


 そんな彼の表情はとても穏やかなものだった。


「もし、ハルさんが黒龍の討伐をやめるというのなら私はダリアスと協力して、他の国にも作戦の中止を願い出るつもりだよ」


「…………」


 言葉が出なかった。王たちがそこまで自分のことを考えてくれているとは思ってもいなかった。なぜなら、彼らは国のトップなのだ。何よりも国のために行動しなければならない者たちなのだ。それだったら、ひとりの騎士の命より、国の脅威を取り除くことを優先しなければならないのではないか?ハルはそう思った。


「どうして、そんな、俺のことを…」


 その疑問にダリアスは簡潔に答えた。


「ハル、君は最強の騎士である前に我々と同じ人間だ。国を救う道具ではない、だから、選択肢があるんだ」


「同じ人間…」


「そうだ」


 酔って顔が赤くなっているダリアスであったが、目は真剣そのものだった。


『そうか…うん…俺は人間だ。ああ、本当にレイドって国のダリアスって王様に仕えられて良かった…』


 ハルはグラスに注がれた竜酒を一気に飲み干すと、もうすでに決めていた答えを言った。


「お気遣い心から感謝します、ダリアス陛下、アドル皇帝陛下。ですが、私は、四大神獣の討伐を続けます」


 ハルもまっすぐ真剣に二人の王の目を見つめ返し誠意を伝える。


「これ以上、魔獣の被害で死んでいく犠牲者を増やしたくはないのです。それはレイドの人だけではなく、アスラの人…いえ、この大陸にいるすべての人間にそんな思いはもうして欲しくはないんです」


 ダリアス、アドルも真剣にハルの気持ちを受け取っていた。


 しかし。


 そこで二人はハルの異変に気付いた。


「救う生命は選択しなくてはいけないんです…だから、私は人間の命を救います…人間に危害を加える魔獣たちを……」


 ハルの顔色が変わる。その顔つきはナイフの様に鋭かった。

 ハルの話す内容は素晴らしいものであったが、二人は彼に奇妙なものを感じていた。彼が口にしていることは一貫して人々を救うということで何もおかしなことは無かった。しかし、彼のその人を救うということにひどく執着しているような話し方はどこか狂信的であった。


「ダリアス陛下、アドル皇帝陛下、必ず私がこの大陸の人間の命を救います。ですから、どうか信じて待っていてください。私は全力でその期待に応えますから…」


 だが、話しが終ると、ハルはいつもの青年に戻っていた。


「…………」


 二人は少しばかりハルの様子の変化に驚いていたが、国のために立ち上がってくれることを聞いて感謝を伝えた。


「あ、ああ、ハルの本意が聞けて嬉しいよ、ありがとう…」


「そうだな、帝国を代表して、私からも感謝を述べるよ、ありがとう、ハル君…」


 二人は、ハルの様子が少しおかしかったのも、お酒が回っていたからだろうということで納得することができた。


 なんせ、ハルはすでに最後の竜酒の瓶を開けていたのだから。



 それから、ハルとエウスは、席を外し一階に行くことにした。ダリアスはキャミルをよろしくといい、アドルもまた、いずれ一緒に食事をしようと言ってくれた。

 そこではすでにふらふらになっていたハルは酔いに酔った頭であることを思い出し、王たちに去り際に質問した。それは、表彰式で途中から抜け出してどこかに行ってしまった二人のことだった。


「そう言えば………両国の剣聖たちは……どこにおられるのでしょうか?カイにフォルテの二人は…?」


 その質問にダリアスが答えてくれた。


「彼らにはそれぞれ休んでもらってるんだ。今日はいろいろあったからね」


「そうでしたか…」


 いろいろとは何のことか分からなかったが、確かに今日は色々あった。表彰式が主だったがそれ以外にも…。


『そう言えば、あの青い光は何だったんだろう…』


 だが、数秒もするとハルの頭に回った酔いが、そんな自分に関係ないどうでもいいことを記憶の奥底に吹き飛ばしてしまった。



 それから、ハルとエウスの二人は、席を立つと、レイゼン卿のもとに行き、彼にも声をかけることにした。


「レイゼン卿、一緒に一階に行ってみんなに会いに行きませんか?」


 ハルより酔ってはいない、エウスが尋ねる。するとレイゼン卿はすでにべろんべろんに酔っており、ぐったりとしていた。


「おお、エウスさんに、ハルさん、そうだな、妻や娘たちにも会いたくなっていたところだ同行しよう!」


 レイゼン卿はふらふらと立ち上がると倒れそうになった。


「おっと、レイゼン卿、大丈夫ですか?」


 そんな彼をエウスがとっさに支えた。


「おお、すまない、ちょっと酒を飲み過ぎた。すまないが肩を借りてもいいかな?」


「ええ、構いませんよ」


 レイゼン卿はエウスの肩を借りていた。体格差があったエウスは大変そうでハルの方が適役だったが、竜酒を浴びるように飲んだ今のハルでは頼りにならなかった。

 ハルだって肩を貸さなきゃいけないぐらいふらついていたのだ。


「ハルも、大丈夫か?」


「…俺は大丈夫だ…よぉ…エウフくんは……レイゼン卿をしっかり連れていって……あげて…」


 ハルのろれつはあまり良くなかった。


「了解、さあ、行きましょうか」



 三人は一階に通じる階段に向かう、途中、ダリアスたちのいるテーブルの横を再び通ると、レイゼン卿はそこだけ、何とかしゃっきとして、王様たちに挨拶をしていた。

 ハルとエウスはそんな彼を見て少しだけ笑っていた。

 一階に下りる途中エウスがレイゼン卿に尋ねた。


「お酒強いのに何でそんなに酔ってしまわれたんですか?」


「いや、実は竜酒を少しばかり頂いてしまってな、存在は知っていたんだが、飲んだことが無かったから、興味本位でな」


「その気持ちわかりますよ、俺も最初そうでしたから、それにあのハルをあんなにする酒ですからね無理はないです」


 ハルは階段の壁に寄りかかる様にして何とかひとりで体勢を支えていた。


「ハルさん大丈夫かい?私よりひどいんじゃないかな?」


「いえ、俺は…………大丈夫です!元剣聖ですから………」


 ふらつく足で、意味の分からないことを言うハルに説得力はなかった。


「まあ、ハル、愛しのライキルちゃんにでも介抱してもらいな」


 エウスがそんなことを言うと、ハルはまた意味の分からないことを言った。


「いや、だから、俺は元剣聖だから………大丈夫だって」


「アハハハハハハハハハ!」


 三人は、そのまま階段を降りて、みんながいる、一階に向かった。














レイゼン卿の娘の次女であるルナルク・アルストロメリアの名前を→グレース・アルストロメリアに変更しました。2020/1/27

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