会食と贈り物
表彰式を無事終えたその日の夜。ハル・シアード・レイは解放祭特等エリアのパーティー会場に来ていた。そのパーティー会場は、レイド王国やアスラ帝国の君主たちが泊まる館から数十分ほど歩いたところにあった。特等エリア内は馬車が通る道が舗装されているため、彼らの館からなら馬を使えば目と鼻の先だった。
パーティー会場の建物はとても大きなドーム状の石造りの建物だったが、外装はパッとしないものだった。何本もある石の柱を円形に並べ、そこに半球体の天井を被せたような形の建物であった。その外装の造りもほとんど装飾がほどこされておらず、目立つものといえば建物を支えるその石の柱と柱の間にある数十メートルほどの大きなガラス状の壁くらいで、他は見るところの無いシンプルな構造の建物だった。
しかし、外装に力を入れていない分なのか、内装にはとても力を入れていた。何百人も入れる広々とした空間には、訪れる人々の心を魅了する絢爛豪華な装飾がところどころにほどこされていた。
そんな華やか極まる空間に多くの使用人たちがパーティーの準備をしてくれたおかげで宴の用意は出来上がっていた。
会場に広がる高級な白い生地の布を張った大きな丸テーブルがいくつも並べられ、その上にはいくつもの食欲さそう料理や、一級品の飲み物が並べられていた。
魔導士たちの光魔法による光源で室内は昼間の様に明るく、その中をパーティーに訪れた大勢の来賓がテーブルを囲んでパーティーを始めていた。
ハルがいるのはそんなパーティー会場を一望できる二階に用意された特別なテーブル席だった。
テーブルは円卓でいくつかのグループに分かれており、ハルはその中のひとつの席に座っていた。
ハルの座る席には、レイドの王ダリアス、アスラの皇帝アドル、そして、表彰式に名を連ねた各組織のトップたちがおり、気品あふれるテーブル席となっていた。
ただ、隣にはハルの親友でエリー商会というレイドに君臨する商会を持ったエウス・ルオもおり、少しは緊張もほぐれるというものだった。
離れたテーブル席にはハルが招待レイゼン卿や、見覚えのある人などがたくさん出席しており、挨拶に行かなくてはなんて思っていたが、パーティーはまだ始まったばかり、今は、目の前のお偉いさん方にいい顔をしなくてはいけない。ここで、品位を落とす様な痴態さらせばハルが所属しているレイド王国にまで迷惑が掛かる。そんなことハルも望んではいなかった。
だから目の前に出された料理にだってがっつくことができないのをハルは少し悲しく思った。それに来ている服が、今日表彰式で見せた真っ白な服のままでこれを汚すわけにはいかなかった。
『さすがにマントは邪魔で外してもらったが、白い服だと汚した時目立つな…』
小さく上品にごちそうを口に運んでいきながらハルはそんなことを思う。
『真っ黒な服にしてもらえばよかったかも…あ、でもそれじゃあなんか印象が悪いかも…』
そんなことを考えながらも出された料理が美味しく、ハルが無心で食事をしていると、隣にいるエウスが話しかけてきた。
「なあ、ハル、後でみんなのいる一階にも行こうぜ」
「ああ、もちろん、いいよ」
キャミルやライキルなどの女性陣は一階で今夜のパーティーを楽しんでいた。理由は単純に上品で重たい空気より、気楽に楽しみたいとのことだった。そこはハルもまあ分からなくはないと思うところではあった。国のトップが二人もいる席の圧というのはなかなかのものだ。
そういうこともあり、招待状を送っておいた家族連れのレイゼン卿も、妻と娘二人はライキルたちの女性陣のところで一緒に食事をしており、彼だけが二階のテーブルで他のお偉いさんたちと交流を深めていたりするのだった。
そこで、ハルとエウスが話していると、ハルの隣に居るダリアスが話に入ってきた。
「ハル、よくぞ今日は式を盛り上げ成功させてくれたな、礼を言うぞ!」
「ダリアス陛下、ありがとうございます」
みんなの前ではダリアスにも丁寧な言葉遣いを心がける。
「それで、そんなハルに私からも送りたいものがあるんだ」
「え、なんですか贈り物って!?」
しかし、プレゼントとなるとハルのガキの部分が露出し始めた。
「正確に言うとみんなに対しての贈り物なんだが…まあ、そうだな、ハルと私くらいしか無理だろうという意味でハルに対しての贈り物だな」
そう言うと、ダリアスはコップに入っていた酒を一気に飲み干した。
「え、それはどういう意味ですか…?」
ハルは、ダリアスの言った意味が分からず首をかしげていると彼の隣にいたアドルが声をかけてきた。
「ハル君、私からもあなたに贈りものがあるんですがよろしいですかな?」
「え、アドル陛下からも!ほんとですか!?」
「ああ、大したものではないけどね。君、すまないがハル君に例の物を彼に渡してくれ」
アドルが近くにいた側近の者に指示を飛ばすと、ハルのもとに一人の兵士が来て、小さな赤い箱を渡してくれた。
「開けてもよろしいですか?」
「もちろんどうぞ」
ハルが赤い箱の中身を開けるとそこには、真ん中に赤い宝石がはめられた星型のメダルが入っていた。
「これは…」
「アスラ帝国の名誉ある者に送られるものだ。つまらないものですまないが、ハル君にはどうしても送っておきたかったんだ」
「いえ、大変嬉しいです。ありがとうございます!」
ハルからしたら他国から勲章をもらえるのはとてもありがたいことだった。なぜなら、それはさらに他の国にも、ハルが他の国と絆を紡いだという、その信頼の証を示すことができるからだった。
「アドル皇帝、無知を晒し失礼極まりなく申し訳ないのですが、この勲章はなんというお名前がついており、どのようなものなのか、詳しくご教授いただけないでしょうか!」
意外な食いつきにアドル皇帝は驚いていたが、自分が送ったものが予想以上に好評だったことが嬉しく饒舌でアドルは語った。
「それは【宝騎士中綬章】というアスラの名誉ある騎士に送られる勲章でね。今、ハル君の他に授与されてる者は、我が国の第一剣聖のシエルだけだね。ちなみにそれのひとつ下は、【宝騎士小綬章】ひとつ上は【宝騎士大綬章】と三つの勲章がある。我が国の過去の剣聖たちでもその勲章自体授与されるものは少ないから、まあ、胸を張るぐらいはできるよ」
そのことを聞いたハルは結構すごいものを簡単に受け取ってしまったと思った。
「ハル君、すまないね、本当だったらアスラの帝都にある城内でちゃんと送りたかったんだが、君は忙しい身だからね」
「いえいえ、大変名誉なことで、もらえただけでありがたいです!」
ハルとアドルがニコニコとダリアスを挟んで話していると、彼は少しいじけていた。
「ふん、まったく、私だってハルにはもう一番位の高い勲章を送ってるんだからな」
「ダリアスそれは当たり前なんじゃないか…何度も彼に国を救ってもらってるだろ」
そんなことを言うダリアスにアドルがツッコミを入れていた。
一方、ハルは、新しいおもちゃを見つめる子供の様に受け取った勲章を大事に服にしまっていた。
それから、パーティーは進み、ハルは他のテーブルにいる人達とも会話を交わすために席を立った。
四大神獣の討伐者。それは言ってしまえばハルに実際に会ったことの無い者たちからしたら恐怖の対象になってしまうかもしれない。そんな、印象を消すための行動だった。
いろいろなグループのお偉いさんたちのテーブルにも顔を出し、挨拶をして彼らの輪の中に入れてもらう。一人では心細いのでエウスも引き連れて一緒に回った。大抵ハルが顔を出すとみんなご機嫌に対応してくれる、彼らからもハルと顔を合わせるということは都合のいいことばかりなのだろう。それに大商人であるエウスがひとつハルと他の組織の間に入ると、かなり話が盛り上がり、彼のことを尊敬するばかりだった。
そうこうして、ハルがテーブルを回っていると、レイゼン卿のいる席にもたどり着く。
「レイゼン卿、お席よろしいですか?」
「おお!ハルさんに、エウスさん、どうぞ、どうぞ、待っておりました!」
椅子を持ってきたハルとエウスは、レイゼン卿のいるグループの中に入れてもらうと、ひとまずそこにいた全員に挨拶をした後、二人はレイゼン卿と腰を据えて会話を楽しんだ。
何を話したかと言うとやはりハルたちがビスラ砦を去ってから神獣白虎を倒すまでの冒険譚めいた物語だった。
ハルたちが神獣討伐を決意し旅だって最初に親切にしてくれたのがレイゼン卿であり、最終的には白虎討伐の際に使役魔獣を援助までしてくれた人。そんな彼には感謝の言葉しかなかった。
レイゼン卿と歳は離れているが、ハルとエウスは友人の様に語り合うことができた。
そして、ハルとエウスが語る神獣討伐の物語も一段落すると、レイゼン卿が口を開いた。
「ハルさん、エウスさん、この会食に招待していただき改めて感謝をしたい、本当にありがとう」
レイゼン卿が頭を下げたので、二人は慌てて頭を上げさせた。
「そんな、頭を上げてください、感謝したいのはこっちの方ですよ、レイゼン卿」
「いや、本当に君たちには感謝しているんだ。ダリアス王にも挨拶ができたし、妻や娘たちもライキルさんやキャミル王女に会えて喜んでいた。そうだな、私は、君たちに会ってからいいことづくめなんだ」
レイゼン卿はその時本当に嬉しそうに笑った。
「だから、ハルさん、エウスさん、また、私にこうして会って冒険譚を聞かせてくれないか?」
「レイゼン卿…ええ、もちろんです。必ずまたすごい冒険譚を用意してきます」
「ああ、楽しみにしているよ」
レイゼン卿のこの約束は、これからのハルたちの無事を祈っているという意味でもあった。剣聖を多く輩出してきたアルストロメリア家の現当主の切なる願いだった。
そして、それから、二人がレイゼン卿と固い握手を交わしていると、ダリアスが二人を呼んでいた。
「おーい、ハル、エウスも来てくれ、私からの贈り物だ!!」
二人は、レイゼン卿に一時の別れを告げると、ダリアスのもとに行った。
「ハハッ、なるほど、贈り物ってそういうことですか」
そこで目にしたものを見て、エウスが納得した表情で言った。
「あ、それは!」
ハルも驚いた様子でダリアスが用意した贈り物というものを見た。
それは、ダリアスの腕に抱えられた大きな酒瓶だった。