解放祭 青星
見据える先には忘れられない仇がいた。遠い昔のことだけれど、今でも鮮明に思い出せる過ぎ去りし日々。きっと、こうなることは、忘れられないあのたったひとりの主人に仕えた時から何となく分かっていた。こういう日がいつか来るんじゃないかってことは…。ひとりになって立ち向かわなきゃいけない時が来るんじゃないかと。そして、それは現実になり、ルフシロンはこうしてドロシーという闇に対峙していた。
『大口を叩きましたが、やはり、ドロシーの相手は怖いですね…』
ルフシロンの手、脚は恐怖で小刻みに震えていた。それは過去に刻まれた恐怖が、時を超えて現在のルフシロンを支配していたからであった。
『怖いですが、もう、後悔しないように、大切な人達をこの手で守れるように、私は強くなったんです…』
恐怖に縛られていたルフシロンだったが決意を固める。恐れていても何も始まらないからとルフシロン知っていたからだった。
震える手、脚をなんとか押さえ、自分のなすべきことをなすために行動を開始した。
もう、後から何もできなかった自分に失望することが無いように…。
ルフシロンは、まず、隣で血だらけで唖然としていたアスラの剣聖のフォルテ・クレール・ナキアに、白魔法を掛けて傷を癒してあげた。すでに全身の骨が複雑に折れていたレイドの剣聖のカイ・オルフェリア・レイにも同じ処置を施し済みであった。
ルフシロンの白魔法を受けたフォルテの傷は一瞬で完治してしまった。
「あなたは…」
フォルテが目を見開いてルフシロンを見ていた。
アスラの剣聖フォルテとは一度面識があった。覚えてもらってさえいれば、自分がただの服屋の店主であり、そのような争いとは無縁の人物がこの戦場にいきなり現れれば驚くのも無理はないだろう。
ただ、ルフシロンだって最近尋ねてきた旧知の間柄の年老いたあのエルフの爺さんの予言めいた警告や、見覚えのある異質な張られ方をした結界が突然、街に張られたりしなければ、ここには来ていなかったのだ。
「えっと…」
そして、その驚きの眼差しはレイドの剣聖カイからも向けられていた。それも当たり前と言えば当たり前だ。突然現れた見知らぬエルフに白魔法で無理やり治されて窮地を救われては誰だって困惑する。
しかし、それらのことは全て、今、迫っている危機に比べたら、何も気にする必要のないことだった。
「混乱するのも分かります。ですがお二方とも今は私の後ろにいてください、あの魔法使いは非常に危険です」
ルフシロンだって後ろの剣聖たちほど強いわけではなかった。彼らは単騎で何頭もの神獣を狩れる猛者であり、ルフシロンにはとてもじゃないがそんなことはできない。だが、しかし、この場では彼らよりもルフシロンの方がドロシーという怪物を知っているという点では前に出るべきは自分自身であった。
「君は誰かな?エルフってところを見ると、昔、どこかで僕と会ってるのかな?」
ドロシーが興味深そうに尋ねてきた。
「忘れましたか…そうでしょうね、あの頃のあなたの目に私なんかは映ってなかったでしょうからね…」
「いつの話しをしているの?」
「いつの話しですか?って、ハハッ、遠い昔の話しですよ。あなたが忘れてても何もおかしくはないほどのね」
ルフシロンは自分の体中にマナを流し始めながら、続けて彼女に言った。
「ただ、忘れたなら思い出させてあげます、いや、無理やりにでも思い出してもらいますよ!私たちが紡いだ青い炎を!!」
ルフシロンはドロシーに向けて薙ぎ払うように手を振るうと、彼の手から一気に青い炎が広がった。鮮やかなその青い炎は扇状に広がり、一瞬にしてドロシーのもとまでたどり着く。
「これは!!?」
青い炎を見たドロシーはそこですべてを思い出す。忘れるはずがない脳裏に焼き付いているその炎が、一瞬の動揺誘ってしまい身体が硬直してしまう。
「マズイ、この青い炎は、マズイ!!」
逃げ遅れたドロシーは、回避を諦めるしかなくなり防御に徹しようとするが、それが無意味なことも過去の記憶が叫んでいた。
『青い炎には魔法は効かない』
しかし、それでもドロシーの防衛本能が自らの身体から闇を生成してその青い炎と自分の間に障壁を創り出す。
ただ、やはり、過去の記憶と全く同じで、その青い炎は簡単にその闇の障壁を焼き尽くすと、彼女の眼前を輝かしい青色に染めた。
「あっ」と短い絶望が口から漏れる。
そして。
「ギャアアアアアアアアアアアア!」
青い炎がドロシーを包み込むと彼女は絶叫し地面を転げ回っていた。燦然と輝く灼熱の青い炎が彼女の生命を焼き殺そうと猛火を振るう。
「…ハァ…ハァ…思い出したか深淵の魔女ドロシー!この炎はお前らドミナスが恐れた革命の青い炎だぞ!!」
遠い昔によく仲間とケンカしていたときの汚い言葉使いが自然とルフシロンの口から出ていた。
だが、その威勢とは反対に青い炎を放ったルフシロンは、肩で息をして、身体中から大量の汗を流していた。たった一発放った魔法で体力を半分以上持っていかれたルフシロンはその大きすぎる反動で地面に膝をついてしまった。
「グッ…」
『あの方の魔法だけあって威力は抜群ですが…やはり連発はマナを大量に食いますね…あと連発できるのは二、三発が限界ってところですかね…でも…』
そんな疲弊しているルフシロンが顔を上げて前を見据えると、青い炎が消えてそこから復活しつつあるドロシーの姿があった。
彼女は青い炎で負ったやけどを白魔法で治癒しようとしていた。白い光が彼女のやけどを癒そうとするが、何度やってもその白魔法の効きが悪く、完治することは無かった。そして、彼女のやけどの跡には青い光が残って発光していた。
「てっめえ、よくもやりやがったなあ!?よくも、よくも、この僕をあの忌々しい青い炎で焼いてくれたなアアア!!?」
怒り狂うドロシーは焼かれた顔の傷を押さえながら、起き上がってきた。
『でも、効かないわけじゃない…私でも彼女を焼き切れる…』
想定通りの反応にルフシロンは心の中でほくそ笑んだ。
「思い出してくれましたか?」
「思い出すも何も、その青い炎、お前【オリオン】の人間だろ!」
「ええ、そうです、正解です…」
ルフシロンは震える足で立ち上がり、小さく呟いた。
「許せない。オリオンの生き残りがいたこともそうだけど、何よりその青い炎が僕は許せない。王に消えない傷を負わせたその青い炎、絶対許せない!!」
怒気を帯びた表情のドロシーが手を天に突き上げると、彼女の身体から大量の闇が一気に溢れ出し、空に瞬く間に巨大な漆黒の闇の球体を創り上げた。留まることを知らないその闇の直径は五十メートルを優に超えてさらに大きくなっていく。
その大きさまで膨れ上がるまでが一瞬の出来事で、ルフシロンも次の青い炎の準備が全く整っていなかった。
「なに!?」
想像を遥かに超えた力にルフシロンはそのとき、驚くことしかできなかった。
闇を生成する速さ、それを形にする技術、天性魔法だからといってその練度は人の域を軽く超えていた。
「死ね、死ね、死ね!今すぐ消えろ!お前らみたいな秩序を乱す奴らはさっさと地獄に落ちろ!」
ドロシーは叫びながら、両手をルフシロンにかざす。
彼女から生み出された、全く光が無い膨れ上がった真っ黒な球。その球に溜められた大量の闇が彼女自身に逆流し始める。
闇の球体からドロシーを経由して彼女の両手から再び闇の奔流が放たれる。
『くそ、間に合わない………』
青い炎を放つ前にドロシーから放たれた闇の奔流の着弾の方が早い。その闇の奔流の圧倒的な速度と質量はこの場にいる誰もが逃れられない勢いだった。
その結果、ルフシロンたちに待っているのは死だけだった。
『せめて後ろの二人だけでも、逃がす!』
ルフシロンが振り向いて後ろにいた二人を魔法で遠くに吹き飛ばそうとした。五体満足の今の彼らなら逃げるのは容易だろうと判断してのことだった。
『希望は絶やさせない…』
しかし、ルフシロンが振り向くと同時に飛び出す二つの影があった。
「え!?」
ルフシロンの前に出たフォルテが、守護の特殊魔法を発動して光の盾を展開して、どす黒い闇をせき止める。そして、同じくカイがフォルテの隣で天性魔法を発動して光の盾を弾き続けて後ろから支えた。
先ほどとはけた違いの威力だったが、剣聖二人が力を合わせることによって何とか防ぐことができたが、やはり、どうしても力負けしてしまい、防ぐのは時間の問題といった感じだった。
「すまない、俺たちにできるのはこれが限界だ、もって一分かそこらだ、その間に……ッ!」
フォルテが光の盾を支えながら魔法に集中して何かを言いそびれると、隣で天性魔法を発動し続けるカイが続けた。
「いえ、一分も持ちません、次第に圧が強くなってるのを感じます、もって後三十秒ほどです、その間にあなただけでもできる限り遠くに逃げてください!そして、ハル・シアード・レイって男を呼んできてください、あいつなら、こんな奴……ぐっ!」
フォルテとカイがするべきことは、国と王家、そして、民を守ること、二人のやることは最初から何も変わっていなかった。
「二人とも…」
見ず知らずの人。ただ、一度訪れた店にいた店主。二人からすればルフシロンはそんな取るに足らないただの一般人だった。そんな一般人のために剣聖という国の未来を背負っている希望ある人たちが命を散らそうとしていた。
しかし、ルフシロンのその考え方は剣聖の前に騎士である二人にとって全く見当違いのものだった。
カイとフォルテの騎士道の中に、民を犠牲にして自分が助かるなどそんな考えはひとつとてなかった。
だから、二人は圧倒的な闇に相対してもルフシロンという民の前に立つのだった。
「…………あなた達はそうか……」
ルフシロンは決心するこの二人だけは絶対に助けると、目の前の理不尽から救うと。
『それが、私にできる最後の任務になりそうですね…』
身体に大量のマナを限界を超えて高速で巡らせる。すぐにルフシロンの全身から大量の血が噴き出る。
「なぁ!?ちょっと、あなた何やってんだよ!?」
「すみません二人とも後もう二十秒ほど時間を稼いでもらっていいですか?私はその間にこの魔法を完成させるので…」
フォルテが心配したルフシロンの両手には、青い炎が高速で回転しながら集約していた。
「それは…?」
「魔を払う青い光です。これであの闇を払います。この魔法が完成したらお二人は逃げてください、巻き添えにしたくありません」
「巻き添えって何をする気だよ……って……あんた…まさか…」
そのとき、フォルテはルフシロンと目が合って、そこには彼の覚悟を決めた瞳があった。
「お願いしますね」
「………」
彼の願いを断るわけにはいかなかった。だが、フォルテにも譲れないものがある。
「わかった、あんたの言うことは聞くよ、ただ、ひとつ約束がある」
「なんでしょうか?」
「死なないでくれ、それが約束できないなら、俺たちは命尽きるまでここから離れないからな?」
「…………」
「生きて俺に特上の服を作ってくれ、あんた、服屋の店主だったよな?」
「…………」
「俺の約束守れるか?」
フォルテは背を向けて語っていた。
「…私は、もう、十分生きてきました。あなた達よりずっと長い間。だから、私は…」
エルフの寿命は長い、それも他の種族より群を抜いて、長寿な種族だった。平気で何百年も意識がはっきりした状態で長い時を過ごす。さらにエルフは老けにくく、見た目も若いまま保つことが多く変化が少ない。そんなことだから、自分の時間がずっと止まっているかのようにさえ思う時がある。
特に、人生の中の最も素晴らしい時間を過ごした後だと、余計に自分の人生が終わってしまったかのような感覚があり辛かった。
そんな終わってしまった自分より、今を全力で生きる剣聖の二人にルフシロンは希望を託したいと思ったのだ。
けれど。
「関係ねえよ、そんなこと…」
「え?」
「どれだけ生きたかなんて関係ねえ、俺はどんな奴にも生きてる間は、生きなきゃいけない理由があると思ってる。あんたにもあるだろそういうの…ッ!?そろそろ、限界だ、答えを出しな!!」
ミシミシと光の盾に亀裂が入り始めたため、フォルテは前を向いて魔法に集中した。
生きる理由。生きていなきゃいけない理由。死んではいけない理由、死ねない理由。
『シロン』
記憶の中で誰かがルフシロンを呼んでいた。
『シロン、お前はエルフで俺たちよりも長生きするんだから、俺が死んだあと店のこと頼んだぞ?』
ルフシロンの頭の中に遠い昔の主人の記憶が蘇る。
『何?私にはできない?いや、俺はお前が上手くやっていけるって思ってるぞ、だってお前は他人思いで、お節介だからな』
頭には青いシルクハットをかぶり、上品な青を基調とした服に身を包んで、ステッキを持った若い青年が窓際に立ってそう言っていたのを思い出した。
その記憶の中の主人の姿は、ルフシロンの中で未だにずっと少しも色あせることなく残っていた。
何気ない会話の中に答えは眠っていた。
「分かりました、約束します。必ずこの闇を払って生きて帰ってきます」
フォルテがもう一度後ろを振り向くと、先ほどと同じ覚悟をしている目をしたルフシロンがいた。その目の覚悟が自分を犠牲にするのではなく、生き残ろろうとする覚悟に変わったことを確信して、彼の要求を受け入れる。
「よし、合図をくれ、そしたら、俺と彼は魔法を解いてこの場を離脱する!」
フォルテがそう言うとカイも頷いていた。
「ええ、分かりました。こちらの魔法も今、完成しました」
ルフシロンの両手の間には神々しい青い光が燦々と輝いており、まるで星の光のようだった。
「私が三つ数え終わったら魔法を切ってこの場から離脱してください」
「了解」
フォルテとカイが頷き返事をする。
フォルテとカイは、カイの天性魔法で離脱することを考えていた。三人で同時に離脱することもカイは考えていたが、どうしても、今、流れている闇の流れの速さを考えると自分の弾き飛ばす能力の天性魔法では闇に飲み込まれてしまうのがおちだった。だから、誰か一人が闇を押さえるために残らなければ脱出できない状況だった。それにたとえ逃れられたとしてもドロシーという闇の本体が生きている限り、追い付かれて再び闇を放たれて終わりだ。だったら、やることはただ一つ、その闇の根本を叩かなければ意味がなかった。
カイもフォルテもその闇を叩く手段が無い、残るは突然現れて助けてくれた。エルフの彼に頼るしかなかった。心苦しかったが、方法はこれしかなかった。
「三」
カイが光の盾を支えていた天性魔法を解く。
「二」
カイがフォルテに触れ、天性魔法を掛ける。
「一」
フォルテが特殊魔法の光の盾を解く。
闇が三人の前に広がる。
そこで、カイの天性魔法がカイ自身とフォルテの身体に発動して、二人を一気に後方に弾きとばした。
ひとりのエルフが荒れ狂う大量の闇の前に取り残される。
***
『ごめんなさい…』
嘘をついたわけではなかったが、やっぱり、約束というものは守るのが難しいものだとルフシロンは、思うのだった。
『生きて帰るのは無理なんです…』
両手の中にある、青い輝きが今解き放たれようとしている。
『この魔法は命を使い切る魔法だから…』
そう思い、覚悟を決めると、ルフシロンは叫んだ。
この大陸に自由と希望を約束した魔法の名を。
「特殊魔法【闇照らす青き星芒】」
ルフシロンを中心に輝いていた青い光が一気に強さをまし周囲に閃光を走らせた。
そして、迫っていた闇に向けてルフシロンが優しく両手を開いてあげると、その手の中に収まっていた青い輝きが、外に溢れ出した。
その青い輝きはドロシーの闇の奔流を消滅させながら押し返していく。
「お前、その光は…クソ、クソ、クソがあああああああああああ!!!」
怒りで絶叫するドロシーは限界を超えて身体から闇を生成し、頭上にストックし続けていた闇も一気に自分に流し込み前に押し出していった。
すると、ルフシロンの特殊魔法【闇照らす青き星芒】がドロシーの濃密な凝縮された闇に押し返され始めた。
「…くッ………」
ルフシロンは自分の魔法が押し返されるのを感じ顔を歪ませた。
そして、押し返され始めたら一瞬だった。
青い光はことごとく消え、巨大な闇が目前に迫っていた。
『命を削ってまでも届かないのですか…』
ルフシロンは命を消費する特殊魔法を放ったことによって身体に流れるマナに異変が生じて、全身に激痛が走っていた。さらに限界を超えて大量のマナを取り込みそれを高速で体中に巡らせ、魔法の威力を極限まで高めているため、負荷に耐えられず身体のいたるところにひびが入りそこから大量に出血をしていた。
だから死が訪れるのも間もなくといったところだった。
『私の魔法では本物の闇は照らせなかった…』
助けくれる人はもういない。
仲間は遥か昔に先にいってしまった。
ルフシロンはたったひとりだった。
『これは罰だったのかもしれないですね…私だけ生き残ってしまった…』
神様なんて信じていなかった。けれど、人生最後がこんな結末なら神様ってやつが罰を与えたと思うのも納得できたかもしれなかった。
『ごめんなさい、約束守れませんでした…』
人生の最後がここだったのなら…。
ルフシロンが諦めるように目を閉じ、青い光を支えていた手を下ろそうとした。
その時だった。
『シロン』
「!?」
誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「…その声は………」
すぐ側から懐かしくてたまらない声が聞こえてくるが見えない。が、しかし、確かにルフシロンはすぐそばに誰かがいるのを感じ取れた。
『ここは俺に任せてくれ』
「あなた様は……」
『店の約束守ってくれてありがとな、シロン』
そこには人型をかたどった青い光の集合体があった。だが、確かにルフシロンにはそこにいるのが誰だか理解できた。
なぜ、そこにいるのか分からなかったが、ルフシロンはありったけの思いを叫んだ。
「私はずっと、みんなでいたあの日々を覚えています…忘れられないあの賑やかだった日々をみんながいた素晴らしい日々を、あなたが作ってくれた居場所を私は、決して忘れません!」
そう、ルフシロンが涙声で言い切ると、青い光の彼が嬉しそうに微笑んだ気がした。
そして、彼の最後の言葉を聞いたルフシロンの記憶はそこで途切れてしまった。
『天性魔法【闇照らす青き大星芒】』
神々しく輝く青い閃光が、解放祭の街からその周辺全てを駆け抜けていった。
その刹那の間で闇は全て払われ、青い輝きだけが残った。
やがて、その青い輝きも消えると。
解放祭には雲一つなくなった空から暖かな日差しが降り注ぐだけであった。
*** *** ***
ルフシロンは草原の上で目を覚ました。
相変わらず身体は瀕死の重傷だったが、それでも、すぐに周囲を確認するために這いつくばったまま辺りを見渡した。倒れている場所は気を失った場所から一歩も動いていなかった。
「あの方は……」
青い光の彼を探すが、もう、どこにもおらず、ルフシロンは落胆した。が、代わりに、前方にひとりのエルフがいた。
ルフシロンが視線の先にいるそのエルフの名前を呟いた。
「ドロシー…」
彼女は青い光を防ぎきったのか、その場に立ち尽くしていた。
「この…や、ろう……」
何とかしてルフシロンは、ドロシーにとどめを刺したかったが、魔法はおろか自分の這いつくばっている上体を少し浮かせるのがやっとだった。
「まて…なんだ…?」
しかし、よく、突っ立っているドロシーのことを見てみると、彼女は立ったまま気絶しており、意識が無かった。
「くそ、動け……」
ルフシロンはチャンスだと思い、決着をつけるために這って彼女のもとまで行こうとするが、身体が動かなかった。
そして、その気絶しているドロシーのもとに一人の赤黒い髪の女性が現れた。
「誰だ…?」
その赤黒い髪の女は肩にくすんだ金髪の男を背負っていた。そして、その彼女が気絶しているドロシーの身体に触れると、一瞬にしてその場から消えてしまった。
「な!?」
そこで起こった出来事に啞然としてしまったルフシロンだったが、そこで自分の張った結界が崩れていることに気づいた。
『ああ、転移魔法を阻害する結界が壊れてる…』
そこでルフシロンは力んでいた身体の力を抜いた。敵を逃してしまったことは残念だったが、脅威が去ってくれて安心したのだった。
「………」
安心して草原に寝そべっていると、ふと、先ほどの不思議な体験のことを思い出した。
青い光の彼のことを。
そのことを思い出すとそれだけで、懐かしくて泣きそうになったが、それよりも嬉しくてたまらなかった。
「もう一度お目にかかれるなんて思ってもいませんでした…」
ルフシロンはそこで思った。
長生きしていてよかったと、再び、大切な人に出会えてよかったと、そう思った。
「ありがとうございます…」
最後にルフシロンは救ってくれた自分の主人だった人の名前を呟いた。
「………様」
聞こえたかは分からなかったがきっと届いたとルフシロンはそう思った。
それからルフシロンは仰向けになって空を見上げボーっとして、来るか分からない救助を待った。
正直もう自分の身体を動かすこともできず、白魔法を使う状況ですらなかった。
「このままだと、私、やっぱり、死にますね…」
そんなことを呟くと、遠くから三つの影が見えた。
そこにいたのは、フォルテとカイ、そして、サムの姿だった。
「おーい、大丈夫か!!」
フォルテの心配そうに叫ぶ声が聞こえた。
彼の声を聞いたルフシロンは最後の力を振り絞って彼らに手を振って言った。
「ええ、私はここです、ちゃんと生きてますよ!」
草原には気持ちのいい風が吹いていた。
ルフシロンが三人に救出されるのを青い光の彼が確認すると、彼はそっと青い空に消えていった。
それから日が暮れ、解放祭の街にも夜がやってくると、星たちが輝きを放っていた。