甘い菓子
ドアの前にいたのは、ハルだった。軽装の鎧を脱いで、私服姿のハルがいた。
「ライキル、ちょっと下の街にいかないか?」
「あ、はい!もちろんです、ちょっと待っていてください、準備します!」
「分かった、その間、馬を持ってくるよ」
「あ、ハル」
ライキルがハルを呼び止める。
「どうした?」
「私、疲れて馬に乗りたくないのでハルの馬に乗せてください」
「疲れてるなら無理にとは言わないぞ」
「後ろに乗せてください」
その時のライキルの笑顔には何か圧のようなものがあった。
「わ、わかった、馬を一頭だけ持ってくるよ」
「はい、噴水の場所で待っていてください」
ライキルは急いで準備をする。上着を黒いへその出る短い半袖の服に着替え、下は白い長いズボンをはき、香水をふりかけ、青いピアスをつける。
持ってきた化粧品で薄く化粧をして、髪をとかし、必要なものを持って急いでドアを開け、玄関に走って行く。
玄関の扉を開くともうハルは、噴水の前に馬と一緒にいた。
「待たせました」
「ん、待ってないよ、行こう」
「はい!」
ハルが最初に馬に乗り、後ろにライキルが乗って、ハルの体につかまってバランスをとった。
馬は走り出し、二人を下の街まで連れ出していく。
道の途中でライキルはハルに質問した。
「ハル、どこに行くんですか?」
「冒険者ギルドに向かうよ」
「冒険者ギルドですか!?」
デートだと思っていたライキルは少しがっかりしてしまう。
冒険者ギルドは基本的にデートを楽しむようなところは、何もない。
一つ上げるなら、冒険者ギルドには酒場があるが、それならこの街にいくらでもいい酒場は存在した。
「そう、この街に着いたとき一番最初に行きたかったんだけど、忘れてしまっていて…」
「そ、そうですか、わかりました冒険者ギルドに行きましょう」
ライキルはそれでもハルと一緒ならどこでもいいかと考えていた。
しかし。
「ライキルすまない、ちょっと馬を見ていてくれ」
冒険者ギルドの前に着くとハルはそう言い残し、ライキルを一人、冒険者ギルドの前に残したまま、ギルドの建物中に一人で行ってしまった。
ぽつーんとライキルは馬と一緒に残されてしまった。
「ハル、まさか私を馬の番のためだけに、く、くそう、でもまあいいか…」
そう、ライキルがひとりで馬の隣で待っていると。
「おお、姉ちゃんひとりかい?」
ぼーとしていたライキルは不意に声をかけられてびっくりした。
「とっても美人さんだ、どうだい?俺たちと一緒にこれから飲みにいかないか?ちょうど今仕事を終わらせてきたんだ、いい酒飲ませるぜ、どうだい?」
そこに立っていたのは数人の冒険者だった。
彼らの身に着けている鎧や武器から、かなり強そうなことが分かった。冒険者などの強さは、身に着けている装備品などでだいたいわかる。
それは、単純に難しい仕事には高い報酬が支払われるからだ。
さらにその男たちは顔もいいから、こうして女性に自信を持って声をかけてきたのだろうとライキルはくだらない推測までした。
「いえ、人を待っているので…」
「いいじゃないか、俺たち結構稼いでるんだ、絶対後悔させないし、楽しいぜ、女性の冒険者仲間もいるんだどうだ?」
「だから、人を待っているんです」
すこし語気を強めてライキルは言った。
「冒険者か?」
「いえ」
「だったら…」
そうすると、ハルが冒険者ギルドから出てきた。
「あれ、ライキルその人たちはだれ?」
「ただの冒険者です、私に絡んできただけです」
ハルのでかい身長に冒険者の彼らは少し怖気づいてしまうが、ハルが剣も何も持っていないことから、彼らは少し強気になった。
「あんたがこの子の待ち人か、俺ら彼女にだけようがあるんだ」
「え、ええ」
ハルは急展開が続くこの状況が全く飲み込めず、少し混乱して、てきとうなあいづちを打った。
「ハル、しっかりしてください」
ライキルがハルの背中をバシッたたく。
「ああ、ごめん、ちょっと状況が飲み込めなくて、それで?」
そう言うとその冒険者が、ハルの態度にイライラしたのか。
「お前さん、少し冒険者に対しての態度がなっていないんじゃないか?」
と強く言葉を吐き捨てた。
「無知って恐ろしい…」
ライキルは誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
「すまない、謝るよ、怒らせてしまったようで」
「俺らがイラついてるのはお前のその態度なんだよ!!」
と冒険者がハルのひょうひょうとした態度が気に入らなかったのか胸ぐらをつかんだとたん。
ハルの胸ぐらをつかんだ冒険者の目の前が真っ暗になった。
「え?あれ?」
目を開けているはずなのに真っ暗で、次第に周りの音も体の感覚もなくなっていく。
そして、残ったのが恐怖という感情だけだった。
その間は、一瞬のようにも感じられたし、永遠のようにも感じられた。
気が付いたら、まだ相手の胸ぐらをつかんでいる自分がいたことに冒険者の男は驚いた。
そして、彼の顔を見上げると、その顔が少し、ほんの少し、笑ったようなきがした。
「お前ら…行くぞ」
手を放し、彼はハルから急いで離れていく、彼からは、大量の汗が流れていた。
「お、おいどうしたんだよ」
連れの男冒険者たちも彼のあとを慌てて追っていった。
「彼ら、なかなかいい冒険者だったな、体格もいいし、いい装備をしていた、ライキルよりも強そうだったしな、かなり悪いことをしてしまった」
そういうハルは彼らを本気で心配している様子だった。
しかしライキルはそれが気に食わない。
「女の子を救ったあとの言葉がそれですか、ハルは最低です」
「ああ、ごめん、ごめん、ケガとかない?」
「ありませんよ」
ライキルはハルにそっぽを向いた。
「お詫びってわけじゃなかったんだけど、甘いお菓子食べに行こうと思ってたんだけど…」
「行きましょう」
即答して、ハルを馬まで急いで押した。
甘菓子を売っているお店で甘菓子を買ってきて、近くの座れる場所を見つけて二人で甘菓子を食べた。
小麦という植物を粉にしたものをつかって、薄い生地にしたものを、牛から取れるミルクから作られたクリームに砂糖を入れて甘くして、小さく切られた果物などと一緒に先ほどの薄い生地でくるんだ、クレープというものを二人はほうばっていた。
「そういえば、ハル、冒険者ギルドには何をしに行ったんですか?」
「報告だよ」
「なんのです?」
「来るときの小さい森で魔獣に襲われただろ」
「はい」
ライキルはクレープを食べながら聞く。
「あのとき、俺がひとりで索敵したとき、冒険者や商人が襲われた跡があったんだ。荷馬車や血のついた衣服や冒険者の装備が散乱していたんだ」
「ああ」
ライキルが小さく納得し、軽く頭を振った。
「落ちてるだけの冒険者のネームプレートを拾ったから冒険者ギルドに届けてきた、その場所も教えて、荷物の回収するように伝えただけ」
「やはり、他の人も襲われていたんですね」
「ああ、依頼が張り出される壁に魔獣討伐の依頼がいっぱいあったよ」
「やはり、神獣の影響でしょうか」
「多分、それか周期的なものなのかもしれない、どちらにせよ危害を加えるなら、俺らは殺さなきゃいけない」
「そうですね」
ライキルは次のクレープに手を出していた。
「ライキル、食べすぎじゃないか、夕食入らないぞ」
「いいんです、今、幸せなんですから」
「ふふ、そうかい」
ライキルはとびきりの笑顔でクレープをほおばる。
日が傾いてきて、あたりがほんの少しうす暗くなっていく。
沢山買ったはずのクレープは一つとしてなくなっていた。
「ライキル、そろそろ城に戻ろう」
「はい、帰りましょう」
二人は馬に乗り、美しい夕焼けの街並みのなか、城に帰って行った。