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解放祭 とどめ

 草原を駆けるギルが追いかけていたのは、死にかけの黒髪の少女。彼女は亡霊のように草原から解放祭の街に向かって、地面に足を引きずりながら低空を飛んで逃げていた。

 ギルはそんな瀕死の彼女にとどめを刺すために追いかけている。その黒髪の少女はギルの仲間のジェレドを首だけにして殺していた。

 闇の中で生きている以上、こうなる日が来ることをギルは覚悟していたが、いざ、その日が来ると彼は、どうしても、ジェレドのかたきを討ってやりたくなっていた。人の入れ替わりが激しい、闇の世界でいちいちそのようなことをしていたら切りがないが、ギルにはどうしてもジェレドの命を放っておくことができなかった。


『お前の女癖の悪さとか残虐なところとか嫌いなところはたくさんあったし、一緒にいてからろくなことがなかった……』


 走りながら、ギルは、ジェレドと初めて会った時から、今日別れた最後のときまでのことを思い出していた。ギルの頭の中で、その彼と過ごした日々の思い出が、どんどん通り過ぎていった。


『けどよ…俺の人生にお前が顔出してくれてさ、退屈しなくなってたんだぜ……』


 ギルの頬から一筋だけ、涙が伝った。ギルは後ろからついてくるアモネにばれないように、そっとその涙をぬぐった。



 そんな思い出に浸っているギルの目の前にはいつの間にか、もう黒髪の少女の背中が迫っていた。

 ギルは、刃が三分の一ほど欠けてしまったロングソードを握る手に力を込める。

 彼の吹き飛ばされていた指は白魔法によって元通りに戻り完治していた。しかし、白魔法による身体の欠損の完全回復は、患者の体力を大量に奪い、さらには強烈な睡魔にまでその患者は襲われることになる。

 そのため、ギルの身体に傷こそもう無いものの、彼は想像以上に消耗していた。持っているロングソードがやたら重く感じるのもそのせいだった。

 それでも、しっかり決着をつけるために、ギルはそのロングソードを構える。


「ジェレドのかたき取らせてもらうぞ」


 黒髪の少女の背中めがけて最後の一突きを入れようと刃折れの剣を突き出した。


 その時だった。


 ズブッ!!


 剣が肉に食い込む、刃折れでもギルの力なら人間の身体を貫くことは容易い。


 しかし、ギルの突き出した剣がついぞ黒髪の少女にとどめを刺すことは無かった。


 なぜなら、そこには黒髪の少女とギルの間に割って入ることで、盾になった青年がひとりいた。


「なんだ、お前…誰だ、どこから!?」


「ギルさん、上!!」


 アモネの叫びと同時にギルは上空を見上げた。


「な、なんだ…あれは!?」


 ギルの視界には空から降下してくるさらに二人の影を見た。その二人は飛んでいるのではなく、落下して来ていた。


 そして、そのまだ上空にいる二人のうちのひとりが、ギルの方にめがけて凄まじい勢いで突っ込んでくる。


「アモネ、下がれ!!」


 慌てて、ギルはその場にいたアモネと一緒に後方に飛び距離を取った。その何者かの着地と同時にギルとアモネの方に凄まじい衝撃が飛んできて、二人の身体を吹き飛ばす。


「グッ!!!」


 ギルとアモネは吹き飛ばされるが、しっかりと受け身をとって体勢を立て直す。

 そして、すぐに何が起こったか、まず周囲を見渡し、視界から情報を取り入れることから始めた。

 だが、しかし、大量の土埃が、まだ、ギルの視線の先にいる者たちを隠しており、見えるものといったら、先ほどの何者かの突撃の衝撃でめくれ上がった地面だけだった。


「クソ…一体なんなんだ…」


 状況が悪い方向に進んでいるのだけはなんとなく分かったが、それでもギルはあの黒髪の少女にとどめを刺すまでは諦めきれずに、土埃が止むのを待った。

 土埃が止み視界の先が晴れていく。


「!?」


 だが、視界が晴れて分かったことは、今この状況がどうしようもなくギルたちにとって最悪な方向に進んでいることが理解できただけだった。



 大剣を持った灰色の髪の青年に、刃が波打っている特殊な剣を持った白金髪の青年。

 土埃が去るとその二人が立っており、二人の後には黒髪の少女が、盾になった青年に抱えられていた。


 そして何より最悪だったのが、その黒髪の少女たちを守る様に立っている、二人の青年たちの存在であり、ギルもアモネも立ちふさがっているその二人の騎士のことを知っていた。


「レイドとアスラの剣聖…」


 ギルの前に立ちふさがっていたのは、レイド王国の剣聖カイ・オルフェリア・レイと、アスラ帝国の第二剣聖フォルテ・クレール・ナキアだった。


 ギルは今回の任務を遂行する上で、あらかじめこの祭りにいる危険人物たちを洗い出していた。その中にレイドとアスラの剣聖たちが入らないわけがなかった。


「だが、なぜここに…」


 深まる謎を解き明かす前に、アモネが叫ぶ。


「ギルさん、早くここから逃げましょう!今のあなたの体力じゃ剣聖二人は無理です!」


 アモネがギルの手を握った。


「飛びますよ!?」


その時、ギルは心の中で思う。


『ジェレド、かたきは討てそうにない…わりぃな…』


 さすがのギルも重たい疲労と強烈な睡魔の中で剣聖二人を相手にするには体力の限界があった。


 それにギルは本来復讐などしない、そんなことに力を入れれば、命がいくつあっても彼の住む世界じゃ足りはしなかった。だから、ジェレドのかたきが討てるのはこの一回きりで最後だった。


「…ああ、頼む、アモネ、飛んでくれ」


 二人は瞬間移動で安全な場所に飛ぶ。


 そのはずだった…。


「アモネ、どうした?」


「飛べません…」


「!?」


「瞬間移動が使えません…」


「………」


 二人の間に沈黙が流れている間に、二人の剣聖が歩み寄ってくる。



 ***



 霞む意識、ぼやける視界のなか、ルナは、一人の青年の姿を見た。

 たった数日前に同じ任務という理由で初めて顔を合わせただけの、人という名の【モノ】。お互いに部隊のリーダー同士だったから、仕方なく接する機会が増えただけの、他のモノたちと何も変わらないただの肉塊。

 そんな彼の腕の中にいるのは、ルナからしたら心底最低な気分だった。

 が、しかし。


『生き延びれるなら何でもいい、死ぬよりは遥かにまし…生きていればあの人との約束を守れる。そして、あの人にまた会える、それは何よりも大切なこと…』


 その時、ルナは白い光に包まれ始めた。そうすると、彼女は目も開けていられなくなり、視界が黒く塞がっていく。

 その間、青年の「もう大丈夫ですよ、ルナさん…」と優しい言葉が聞こえていたが、ルナからしたらただただ、不快で耳障りなだけだった。


『静かにして、私は眠たいの……』


 ルナの意識は深い眠りの中に落ちていく、だが、その寸前に彼女は口を開いてこういった。


「あり…がとう…」


 その言葉が青年に届いたかは分からなかったけれど、ルナにとって、そんなことはどうでも良かった。


 ただ、彼女は夢を見る。

 狂愛するほど大好きなあの人と一緒にいるそんな幸せな夢を彼女は見る。



 ***


















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