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解放祭  敵討ちと約束

 目に飛び込んできたのは、血塗られた双剣を握っている黒髪の少女だった。赤い剣の方にはべっとりと血がついており、負傷しているアモネから察するに、彼女の仕業だということが一目で分かった。


『女か!?だが、容赦はしない…』


 女性であることに驚きつつも、ギルは突き出しているロングソードをまっすぐ、ためらいもなく、その少女に向けて突き立てようとする。

 理由もなくギルが、女、子供に剣を振るうことはない。しかし、そんなこと、仲間が殺されそうになっている場面に直面すれば、ギルに限らず誰でもそのように行動するだろう。たとえそれでどんな相手の命を奪ってしまっても、自分が罪をかぶろうと、救われた仲間の命に後悔することは決してないのだから。


 しかし、ギルは突進する際に、その黒髪の少女がただ、何もせずに立ち尽くす姿を見る。


 何もしてこないその少女に、ギルは少しだけ、先ほどの出来事を思い出してしまった。クレマンが小さなジュキという少女を庇い、死んでいった出来事が、まだ強くギルの心中で渦巻いていた。彼が庇ってくれなければ、ギルは自分の意思で、進んで、幼い少女を殺してしまうところだった。それは自分の定めている掟に逆らうようなもの、闇の中でも正しくあろうとするギルの信条に反するものだった。

 目の前の少女は矮躯であるだけで、子供ではないことは見れば分かったし、放っている殺気のような肌にびりびりくる雰囲気からもただものではないことは感じ取れていた。しかし、先ほどのクレマンたちとの出来事が、ギルの決心を躊躇させてしまう。

 そんなためらったギルに待っていたのは、死の宣告だった。


 何もせず向かってくるロングソードに、ただ、くし刺しにされるのを待っている黒髪の少女。ギルにはそう見えてしまっていたが、その見解はあまりにも浅はかで愚か者のすることだった。

 かざされたロングソードが黒髪の少女に届く前に、その少女が自分の懐に入って来ていることを、ギルが気づいたときには、赤い剣が自分の心臓を一突きにしていることを確認する。


「………グッ……」


 そして、ギルの動きが止まると、少女は赤い剣をえぐり取って、もう片方の手に持っていた黒い剣で彼の身体をけさぎりにした。


「ガァハ!!」


 双剣から繰り出された、刺撃と斬撃の激痛でギルは大量の血を流す。しかし、その時、黒髪の少女もギルという男の底知れない恐ろしさを知る。



 そう、ルナは確かに、心臓をえぐって、さらに傷口を広げるために、ギルという男をけさぎりにした。心臓への一突きだけでは、白魔法を習得していた場合、すぐに回復されることは目に見えていた。特にギルという男のような危険な匂いがする奴の場合一気にかたをつけて、相手が実力を発揮できないうちに瀕死にするのが一番だった。


『生け捕りじゃなければ、こんな、男すぐに殺したいのに』


 ルナの頭はいたって冷静、任務のことも忘れてはいない。


『腕の一本や二本、斬り落としておくか、後で白魔法で戻せばいいだけだからな』


 ルナが追撃を試みようとした時だった。


「!?」


 バキィ!!


 ルナの顔面に強烈な打撃が叩きこまれ、鈍い音が響き渡った。その打撃でルナは後方に大きく吹き飛ばされる。攻撃をして優位に立っており、追撃しようとしていた時に起こった不意の反撃。反応も対応もできず、そして、何がおきたかルナには理解できなかった。


「なんだ、クソ…!」


 ルナの鼻は折れて大量の鼻血が流れていた。顔にもずっと激痛が走り、打撃の強さを痛感していると、ルナは、殴った本人である男を見た。


「ケガが治ってる……早いな…」


 そのことにルナは目を見開いて感心しながら彼を観察していた。

 心臓を一突きにしてけさぎりにしたはずのギルの身体はすでに傷一つなかった。ギルの隣で這いつくばっている、赤黒い髪の黒剣使いの女はまだ、自分を白魔法で治療しているというのに、彼はすでに全快していた。その回復の速さにルナであってもギルが強者であることを認めざる負えなかった。


「嬢ちゃんかなり強いな、正直、剣で斬られたのはかなり久しぶりだ。いやあ、まいったものだ」


 ギルはそう言いながら、ロングソードを握り直して、続けた。


「ほんと決めつけたりするのはいけないなことだったな、仲間もやられてるのに手を抜いちまった。でもよ、さっき危うく俺はガキを殺しちまうところだったんだ…」


 ギルの仲間というのはアモネのことについて言っていた。そして、そうべらべら話しているとギルの視界に、あるものが映り込んでしまった。


「ちょっと、待ってくれ、あれはなんだ?」


 ギルが指さす方向をルナが一瞥すると、そこにはただ、肉の塊がころがっているだけだった。


「ああ、あれは、お前たちの仲間だったものだよ!ジェレドってやつ、知らない?あれ、一緒にいなかったっけ?」


 ルナは、優しく微笑んで、とびきりの悪意を詰め込んだ言葉を吐いた。


「…なるほど、お前がどんな人間か分かったよ、躊躇した俺がバカだった。お前はこの世の害そのものみたいなやつだ」


 ギルはそう言った。自分たちのことは棚に上げて、静かな怒りに身を任せて、感情的に声にしていた。

「そんなに褒めてもらえると私、嬉しいな…」


「お前みたいなやつは生きてちゃだめだから、俺がここで終わらせてやるよ」


「それは困ります、私、ともに生きなくてはいけない人がいるので、そう言ってくれた大切な人がいるので」


「じゃあ、そいつには俺から言っといてやるよ、お前の女は俺が殺したってな…」


 そうギルが言うと、ルナは恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせた。


「お前の女…フフッ、ああ、あなたほんとに嬉しいこと言ってくれるのね!」


「はあ?」


 ギルは、その黒髪の少女が、恥ずかしそうに照れて顔を真っ赤にさせているのを見ると、いよいよ、彼女が異常者であると、そう確信した。


「ううん、いいの、こっちのことなの、ごめんなさいね、フフッ…私の男……」


「お前とは話が通じなさそうだから、もう、終わらせるぞ」


 ギルがロングソードを構え戦闘態勢に入る。


「それは残念。私は今あなたを少しだけ気に入れそうだったのに…」


 ルナは嘘を吐く、言葉で感情を刺激されても、肉の塊に好意は抱けない。


「もう始めるぞ、がらじゃないが俺はあいつのかたきのために、お前を討たせてもらう」


「じゃあ、私も、彼との約束のために!」


 ルナも戦闘態勢に入るために、自分の顔に手を当て白魔法による治癒を行った。瞬く間に折れていた鼻が綺麗に治り、もとの美しい顔に戻った。


 そして、両者ともに、戦闘態勢に入ると、辺りは灼熱の地獄に変わった。




 ***




 ギルがまず取った行動は目の前に広がる視界いっぱいに、巨大な炎魔法を放つことだった。


 剣を見せてからの不意打ちの炎魔法。その威力は牽制などの火力ではなく、確実に相手を焼き尽くす炎の波だった。

 誰もが習得できると言われる二大魔法の一つである炎魔法。どんな戦闘の実力者でもその利便性を十分心得ている。魔法が使える場所での戦闘の基本は、全てこの炎魔法に集約されていると言ってもよかった。何をするにも使い勝手のいい炎魔法は戦闘を有利にしてくれる。


 次にギルは横たわっていたアモネに駆け寄り、彼女にこの場を離れる様に告げた。


「アモネさん、ここは俺に任せて先に飛んでください」


 ここでの飛ぶとは瞬間移動のことでギルは先にアモネを避難させたかった。


「待ってください、あの女は危険です。どういう原理で接近されてるのかさっぱりわかりません。ギルさんもここは一緒に逃げた方がいいです」


 上体を起こしたアモネはそう提案した。


「ええ、そうですね、あの女は確かに危険です。俺の天性魔法も効きませんでしたし」


 ギルはアモネを助けるために、一度自身の天性魔法をルナに放っていた。しかし、ルナには効果が無く、慌てて突進したのが、先ほどのアモネを助けた経緯だった。


「そ、それじゃあ、ますます、ギルさんが不利じゃないですか!?」


「まあ、そうなんですが、それでも、あの女は討って見せますよ」


 ギルは、アモネを落ち着かせようと笑って見せるが、その笑顔はとてもぎこちなく下手くそな笑顔だった。


「待ってください、ダメです、ドロシー様のご友人をここで見殺しにしてしまっては私は組織に顔向けできません、あなたが、飛ばないなら私もここに残ります」


「ううん…そうか…」


 アモネは兵士そこはきっとゆずりはしないだろうとギルは思った。しかし、ギルはジェレドを殺したあの女を許しておくこともできなかった。


『いずれこうなることは分かっていたが、それでも俺は許せないんだよ…死者を冒涜する奴はよ…』


「分かりました。でしたら、できるだけここから離れてください、そして、俺が死ぬか、アモネさんが危険になったらすぐに飛んでください。残念ですが、俺も今回は絶対に譲れないんで…」


 ギルの表情から、小さく灯り続けていた優しい炎のような温かさが消え、彼の冷酷になった瞳がずっと燃え盛っている先の草原を睨んでいた。


「分かりました、あなたに従います。その代わり、あなたが死んだら私も死にます。それが私の譲れない部分です」


 アモネは、はっきりと真剣なまなざしで、ギルに言った。

 すると、ギルはアモネをしっかり見て、わかったと力強く頷くと、ロングソードを握り直して、炎の広がる草原に歩き出した。


「ご武運をギルさん」


 アモネはそう呟いて彼を送り出した。彼に手を貸したかったが、実力手に足で纏いになるだけなのは分かっていた。だから、今は、彼の無事を祈ることしかできなかった。


「任せてくれ」


 彼は片手を上げて、歩いて行った。




 ***




 煙が立ち上る焼け野原で、ルナとギルの戦闘は続いていた。

 その煙の近くを飛行魔法で飛んでいたルナは、地上にギルを見つけると、にやりと笑い、急降下して、彼との距離を詰めた。

 相手はまだこちらに気づいていないのか、辺りを必死に見渡していた。

 そこで、ルナは天性魔法を、行使し一気に自分を相手に引きつけ距離を詰めた


『もらった!』


 ルナは、上からギルを斬りつけ、その斬りつけた激痛で怯ませると、離脱していく。それを何度も繰り返し、彼の腕を脚を胴体を手際よく斬りつけていく。

 その間、ギルは防御に徹していた。それでも彼女の剣があちらこちらの身体の部位に食い込むばかりで防ぎきれていなかった。


「…グッ…」


 斬りつけては離脱し続ける彼女を前にギルはなすすべがないようだった。

 が、しかし、それはギルの想定内のことであり、彼はずっと彼女の距離の詰め方を注意深く観察するためにわざと彼女に自分を斬らせ続けていた。そんなことができるのは、当然、ギルの白魔法の回復の速さや、その魔法を行使する際の消費体力少なさ、さらに不屈の精神があってなせる作戦だった。もちろん、彼にも限界があり、ずっとは続けていられないが、答えは近かった。


『この女の加速には癖があるな…たまに速度が緩むときと速すぎて見えないときがある。魔法の重ね掛けで調整してるのか…?いや、まあいい、だいたいのことは分かった』


 ギルは斬りつけられてできた、大量の出血を白魔法で治すと、改めてロングソードを握り直して縦に構えた。体力はごっそりと持って行かれたがそれでも、見極めたかいはあった。


『狙うタイミングは相手が最速で接近した時だ…』




 ルナは上空に浮かびながら、下にいるギルを見下ろす。


『防御ばっかり…これじゃあ、こっちがじり貧だ…』


 速度に関してはルナが圧倒的に上、ただ、それ以外はほぼ、相手が優れていた。剣技に魔法にあらゆる技術がギルという男は一級品だった。

 特に魔法に関しては相手がかなりの使い手であることが戦っているうちに分かってきていた。そのため、ルナの放った炎魔法などは全て相手の水魔法で完璧に防がれていた。


『ひとつ見せるか…』


 ルナは勢いよく急降下すると、その間に、速度を上げる魔法を自身に重ねた。

 特殊魔法の【加速】、同じく特殊魔法の【飛行魔法】の赤い光の噴射による加速、風魔法による追い風、できることを全て行って自分でも制御が効かないくらい速く加速する。

 そして、ルナはその最大加速のまま、ギルのいる方向めがけて飛んでいく、狙う必要はない後は自分の天性魔法で自分と相手を引き合わせれば、相手に必中の攻撃となるからだ。後はルナが双剣を構えているだけで、相手の手足を吹き飛ばすことぐらいは容易であった。そうすれば、戦いは決まったようなものであった。いくら白魔法でも、身体の欠損の回復はかなりの時間が掛かるからだ。


 そして、ルナがギルに接近して、彼女が天性魔法を発動させたときだった。



 ルナはやはりこの時、間違った判断をくだしていたことに後から気づくことになった。



 最高速度でルナが駆け抜けた結果。彼女の右側の頭からつま先にかけて一直線の深い斬撃が通っていった。

 飛んでいたルナは、その一直線の深い傷から大量に出血して赤い尾を引きながら、ギルを通り過ぎて地面に激突していった。

 あまりに深く長い傷はルナの身体から致死量の血を溢れさせ彼女を死へと誘う。


「…ぁ……ッ……」


 声が出ないでルナはその場にひれ伏すことしかできなかった。


「ふう……ふう…」


 ギルは振り返って遠くで血だまりの中に浸かっている黒髪の女をみた。


「助かったぜぇ…こんなに速く突っ込んで来てくれて…こっちも限界だったんだ…」


 ギルは疲れ切った顔をしていた、そして、そんな彼の手の指が吹き飛んでおり、大量の出血をしていたが、後方で倒れている黒髪の女に比べたらかすり傷だった。


「あんたは、自分の実力を過信しすぎだ……だから剣に自ら突っ込むことになるんだよ…」


 ギルはルナの動きを見切っていた。しかし、どんなに頑張っても彼女にロングソードを振って斬りつけることができなかった。


 そこでギルは彼女を徹底的に観察するところから始めた。

 まず防御して斬りつけられている間、彼女が飛んで攻撃してくる際に、瞬間移動しているのではなく、加速していることをギルは知った。どんなに超加速しても移動した後や、ほんの一瞬、影などが見えていた、さらに攻撃後の加速後には必ず一瞬速度が緩む、しかし、この時に攻撃を当てようとしても、体勢的に剣を振っても当たらない位置に毎回彼女はいた。当たってもせいぜいかすり傷程度しかつけられなかっただろう。

 反撃をもらわないように徹底していた辺り、彼女が相当な手練れであったことが理解できた。


 そして、次にギルが何をしたかというと、それは至極簡単なことだった。それは待つということだった。飛行魔法を使用し、さらに重ねてなんらかの加速魔法を使い続けている時点で、体力の限界が先に来るのは相手の方が確実だった。


 だから、待って彼女が決着を決める瞬間をただ待った。


 そこからさらに読み取れるのは、自分に速度でしか勝ってない相手にとって決着の決め方は速度でしかないと予測はつきやすい、だからギルの作戦は相手のその速度を逆に利用することだった。


 相手が最高速度で突っ込んでくるとき、ロングソードの剣身の部分を掴んで、長さを調整する。後はそのロングソードを身体で支えて、突っ込んで来たところに、剣先を押し当ててあとは、相手が勝手に自ら進んで引き裂かれに来てくれる寸法だった。


 それを実行に移せたのは彼女の動きを見切ることができたからだった。


 見切ることができたのは、彼女が一定の距離まで近づくと、武器を構えだす癖がついていてくれたおかげだった。さらに構えたあと彼女が超加速するタイミングが決まっているのも動きを見切る際に大いに役に立った。


 何度も高速で斬りつけられている間にそれらの癖を見つけた時は活路だとギルは思っていた。案の定、体力の消耗でしびれを切らした彼女が、空から今までよりも何倍も速い速度で急降下してきたときも、彼女の癖は健在で、どこから来て、自分のどこを狙って、どこを抜けていくか手に取る様に分かっていた。だから、目で見て体を動かすのではなく、ロングソードの剣先を押し当てる時、ギルは感覚で手を動かしていた。

 速度にギルは観察と経験で迎え撃つことがきたのだ。



 そこに戦闘を見届けていたアモネが駆け寄ってきた。


「ギルさん、あの女は死にましたか?」


「まだだ、あっちで倒れてる、ただ、あれは瀕死というよりもうほっといても死ぬから問題ない、深くえぐってやったからな」


 ギルは生き残った葉巻が無いか服の中を探しまわっていた。


「念のため、とどめさしてきますか?」


「ん?ああ、じゃあ、俺が自分でやります。ジェレドのかたきなんで、俺があいつと一番付き合い長かったんで、俺がけじめをつけますよ」


「分かりました、立てますか、肩貸しますよ?」


「ああ、大丈夫です、ひとりで立てます。ありがとうございます」


「いえいえ」


 アモネが優しすぎることにギルは苦笑いしながらも、立ち上がってジェレドのかたきにとどめを刺すべく、再度、後方の血だまりを確認したときだった。


「え?」


 血だまりにすでに、女の姿はなかった。その代わりに、解放祭の街に逃げようと超低空飛行している女の姿があった。


「あの野郎、しぶとすぎだろ!」




 ***




 ルナは必死に逃げていた。


「………」


 飛行魔法の光のリングを背中に一つだけ出して、赤い光を噴射して、前進していた。

 ルナの飛んでいる体勢は立った状態の垂直で、全身脱力しきり、頭を垂れながら、低空飛行で水平に滑るように移動していた。

 その姿はまさに亡霊のようだった。


「…ハ………ル……」


 ほとんど死にかけている中、かすれた声で愛しの人の名前を呼ぶ。


「…や…く…そく……」


 ルナは朦朧とする意識のなか、表彰式で純白の騎士がみんなの前で演説している姿を思い出していた。

 その演説をルナは兜の中で涙を流しながら聞いていた。

 純白の騎士は言った、何があっても最後まであきらめないで生きて欲しいと、そしてまた会おうと彼は言った。だから、ルナは死ぬわけにはいかなかった。明日を迎えて、彼に再び会わなければいけなかった。

 彼との約束を破るわけにはいかない。


「…いき…る…」


 体力が尽きかけて、身体にマナを流す力が弱まる。すると白魔法の効力が薄れて、応急処置で塞いでいた体一直線に伸びた傷が再び開きだす。


「…ぁ…ぁ………」


 ルナはなぜ負けたのかはなんとなく分かっていた。

 ルナの天性魔法の範囲内での加速の順応はあくまで、天性魔法で加速した分だけ、他の魔法で上乗せされた速度は天性魔法の範囲の中で順応されず、ルナの体感する速度はその他の魔法で加速した速度がそのまま乗る。

 つまり、他の魔法で速度を上げ続ければ天性魔法を使用しても自分でも制御不能となる。だが、ルナはそれでよかった、なぜならルナの天性魔法と特殊魔法で加速された速度の攻撃を見切れる者など今までで誰ひとりとしていなかったからだ。

 だから、ルナは今回もその切り札を切った。じりじりと追い詰められていたから…。


「…………」


 しかし、わかったところでルナには今どうでもいいことだった。

 負けを認めた、今は、無様でも生き伸びることだけが彼女のやるべきことだった。


「…に…げ……る…」


 片目の視界は真っ暗で、意識もふらふら、体力もそこを尽きそうで、飛行魔法の光のリングから放出される赤い光も勢いが弱まって、傷口から希少な血が零れ始め、ルナは再び、地面に這いつくばろうとしていた。


「…た……す……」


 その言葉だけは言いたくなかった。だって今世界中で助けてくれるのは同じ人間のハルだけだったから彼は今傍にいない。あの時の様に救ってくれはしない。



『救われなくても生きなきゃいけない、約束したから、私だけに言ったわけじゃないけど、ハルさんは私にも言ってくれてたから、一緒に生きようって、また、みんなでお祝いしようって…』


「し…ね…る…か……」


 それでも後ろから誰かが追いかけてくるのを感じるとルナは死を感じた。


『やだ、絶対死ねない…こんなところで絶対死ねない、また、会うんだ…』


 唯一自分と同じ色の世界に住む人。


「ハル…」


 ルナの体力はそこで力尽きた。








































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