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解放祭 二人の希望

 目の前で起きたことにジュキは目を奪われていた。

 突如、空から舞い降りた、黒い天使。しかし、見れば見るほどその天使は死神にしか見えない。闇を纏っているような長い黒髪。血塗られた赤い瞳。それらを穢れの無い美しい白い肌が際立たせる。息を呑むほど美しいその人は、右手に握られた赤い双剣一つで、相手の黒剣を受け止めていた。

 そして、彼女の左手にはおぞましい表情の生首がぶら下がっていた。

 その生首の正体は、金色の獣人の頭だった。

 彼女は、今、剣を拮抗させている、黒剣を持った赤黒い髪の女のその黒剣を弾かせて、距離を取らせると短くジュキに言った。


「邪魔だ、失せろ…」


 ジュキはそんな口の悪い、彼女でも心の底から感謝した。死ぬしかなかった自分に、大切な人たちとの約束を守る機会をくれたのだから。


「あ、ありがとう…」


 そのジュキの感謝に返す言葉も、一瞥もしない死神のような彼女は、ただ、自分の役割を果たすために黒剣を持った女の方に歩いていった。


「本当にありがとう!」


 もう一度お礼を言ったジュキは、最後まで生き延びるために、再び青い草原を走り出した。




 ***




 今度は、生き残るために、約束を果たすために、考えながら、ジュキは走った。生きることを考えてるたびに、何度も約束した時のことを思い出してしまって、勝手に涙が溢れ出し頬を伝う。


『一緒に生きていたかった…これから先も一緒に…二人と……』


 生きてきた中でほんの短い時間。けれど、そこに全てが詰まっているような気がして、今を生きるのが辛くなる。より幸せで幸福な日々を手に入れたいと願ったため、今、ジュキは泣いていた。大金を手に入れ、この大陸を出て、安全な場所で、静かに幸せに暮らす。

 そんな夢を見ていた。

 ついぞ敵わなかったその夢の反動は、ジュキに悪夢を見せる。

 初めて家族を知って、そして、その愛を初めて失った。

 残酷で、けれどもそれが現実で、どうしようもなく悲しい今をジュキは終わらせたくなる。

 だけど…。



『一緒に生きてみよう最後まで』



『愛してる』



 彼の言葉が、ジュキを支える。彼女の言葉がジュキをこの世に繋ぎとめる。

 二人がいたから、今、ジュキは自分を諦めず、走っていられた。

 誰にでもいつかは訪れる愛する人たちとのお別れは、悲しいけれど、とても悲しいけれど…。

 忘れはしない。彼らと過ごした幸せな時間があったことを絶対に忘れはしない。

 それは、次に生きていくための糧になる。それは、いつか来るひとり舞台に立つときの味方になる。

 忘れなければ、幸せな記憶は、人を導き救い続ける。


『…でも、もう、さよならなんだ……』


 気づけば、草原の中、走っていたジュキの目の前には、ひとつの巨大な厩舎のような建物があった。

 先ほどまで、全く存在していなかったかのような、その建物は、気づけば目の前に現れていた。 


「………」


 ジュキはその建物を見て吸い込まれる様にその中に入って行った。理由は彼女自身にも分からなかった。だけど、行かなきゃいけなかった、その場所に、生きるために。



 ジュキが入って行った建物の近くには看板が立っていた。


 その看板にはこう書かれていた。


【シフィアム王国管轄停竜場】


 そして、その看板の下には注意書きが続いて、こう書かれていた。


【猛竜注意】




 *** *** ***




 気がつくとクレマンは真っ白な空間の中にいた。

 その空間はどこまでも無限に広がっているかのように果てしなかった。

 辺りには一部、霧が立ち込めている場所がある以外は、本当に真っ白で、ただ明るく、何もない場所が広がっていった。


「………!?」


 クレマンが真っ白なその世界でただ、呆然と立ち尽くしていると、あることに気づくことができた。

 なぜ気づけたかは全く説明できないほど自分でも分からないほどだったが、立ち込める霧の向こうに何か、いや、誰か大切な人がいる。

 そのことがクレマンには、はっきり分かった。


「待って…」


 そう呟いたときにはもうクレマンは全力で走り出していた。


 臆することなく霧の中に入ると、視界一面真っ白になり、何も見なくなる。だけど、自分の中で訴えかけてくる正しさに従って、ただ、まっすぐ、霧の向こう側を目指してただ、ひたすらに走る。

 そうして、走っていると、霧は次第に晴れていき、視界が鮮明になり、簡単に霧の向こう側にでることができた。

 霧を抜けた先でクレマンは目にした。

 大切な人が迷いながら、戸惑いながら、真っ白な世界をひとりで彷徨ってる姿を…。

 居ても立っても居られず、クレマンは叫んだ。


「ティセア!!」


 名前を呼ばれた女性は、恐る恐る、こちらに振り返った。すると、彼女は、一瞬、目を見開いて、固まっていたが、すぐにその目からは大粒の涙が流れると、こちらの名前を呼んでくれた。


「クレマン!!」


 二人は互いに走り出し寄り合う、そして、触れられる距離までくると、強く抱きしめ合った。

 クレマンも彼女の温かさに触れると、目からは自然と大粒の涙が流れ出ていた。

 目を真っ赤に腫らして、二人は泣いて、泣いて、泣き崩れた。


「どうして、ここにクレマンがいるんだよ……」


「ごめん、ティセア、俺、君を守れなかった…君を死なせてしまった……気づいてたのに…君の気持ち気づいてたのに……ううっ……俺はほんとに…クソ……」


 ティセアよりひどく泣き崩れていたクレマンは子供の様だった。


「…そんなこといいんだよ…クレマン………」


「ごめん、ごめんなさい……ううっ……」


「………」


 ティセアは、泣き崩れるクレマンを初めて見て、胸の奥が苦しくなった。

 優しさの塊でできたような彼だったが、弱みは誰にも見せなかった。いや、見せれる世界に彼はいなかっただけなのかもしれない。ずっと、みんなを引っ張ってきた姿を見てきたから、ティセアにも彼が強い人間に映っていた。だけど、彼も人であることを、忘れてはいけなかったのだ。人には誰にでも弱く脆い部分がある。

 それを必死に隠して、彼は生きてきた。そして、彼は今こうしてやっと弱い部分をティセアに見せて、救われている。


『私の方こそ…ごめんなさい…』


 こんな世界でしか救われなかった彼を見て、ティセアは後悔したし、悲しかった、だけど、だからこそ、そんな彼に遅くなったけれど伝えたかった。


「クレマン…聞いて……」


 ティセアがそう言うと、クレマンは泣き顔を上げて、彼女を見た。


「その…ありがとう、私と出会ってくれて…あなたに会えて私、幸せでした。えっと…心の底からそう思ってます…」


 涙声でそう伝える。ティセアは相手に思いを伝えるとき、どう言えばいいのか正解が分からなかったけど、素直に自分の言葉でそう告げた。


「………」


 クレマンは泣いていたけど、やっぱり、そう、彼は優しい、優しすぎた。どんな状況でも彼は他者を想う気持ちが最優だった。

 だから、真面目にティセアが思いを伝えると、彼は泣きながらも笑顔を作って自分の気持ちを言ってくれた。


「俺も、ティセアに会えてよかった…誰になんていわれても、君がいてくれて俺の人生はほんとに良かった…幸せだった。だから、こちらこそありがとうだ」


 そう彼から伝えられると、ティセアも嬉しそうに笑顔を返した。

 笑顔が苦手なティセアだった。というより、ほとんど笑ってこなかったから上手くできないことが多かったけど、彼の前だと自然と笑えた。

 きっと、笑顔とはそういうものなんだろうとティセアは思った。


 それから、二人はもう一度強く抱きしめ合った。



「ねえ、クレマン…」


「なに?」


 すっかり泣き止んだ二人は手を繋いで真っ白な世界に立っていた。


「これからも一緒にいてくれるか…?」


「もちろん、俺はこれからもティセアの隣にいるよ」


 その言葉で、ティセアは少し俯いて照れて顔を赤くした。こんなこと、以前なら、唾棄していたことだったが、今はどうしようもなく、幸せだった。だから、もっと、素直になる。


「えっと…その…ずっとってことでいい?」


 そう言うと、彼は優しい笑顔で頷いてくれた。


「ずっと、一緒にいる、約束するよ、だから、ティセアも約束してくれるかな?」


「うん、私も約束する、クレマンとずっと一緒にいる」


 二人は互いの手を力強く握り合うと、笑い合った。



 そして、二人が真っ白な世界を歩き出そうとした時、ティセアが言った。


「そうだ、クレマン、その、ジュキのことなんだけど…」


「ああ、大丈夫、ジュキはまだ来ない。彼女は俺との約束を守ってくれたからね…」


 クレマンは、寂しそうに、けれど、とても嬉しそうに、微笑んで言った。

 ティセアも彼の言ったことを察して頷いた。


「じゃあ、行こうか、ティセア」


「はい、クレマン」


 それから、クレマンとティセアは、真っ白な世界を歩きだした。


 どこにたどり着くかは分からなかったけれど、二人はどこまでも一緒に歩き続けた。


 離れないように手を繋いで…そして、いつかまた、ジュキにも会えることを信じて…。


 二人はずっと歩き続けて、霧の中に姿を消した。


 真っ白な世界には誰もいなくなった。




 *** *** ***




 第四厩舎の近くの草原に血だらけのクレマンは自分の血だまりに倒れていた。

 視界がぼやけていく、意識が感覚が薄れていく、傷の痛みが止んで、徐々に冷たくなっていく、死はもう目前だった。


『…ティセア……』


 クレマンは、そばにいるティセアに声をかけるが、彼女はすでに冷たくなっていた。


『…ジュキ……』


 そして、最後にそばにいない家族のことを心配した。

 どうなったか、知りたかったが、クレマンには、もう、彼女を知るすべは残されていなかった。指一本動かないこの状況では、後は数十秒後に訪れる死を待つほかに何もなかった。


 だが、死を待つクレマンの最後にその瞬間は訪れる。



 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



「!?」


 竜の咆哮が遠くの空から、クレマンのもとにまで轟き伝わる。


 そして、クレマンは最後にその目で見ることができた。


「…ジュ…キ…」


 最愛の娘の生きる姿を見ることができた。


 真紅の竜の背に乗って、大空を翔る姿を、クレマンは死の直前に見ることができた。


『ああ、良かった、俺たちの希望が、生きていてくれて…』


 安堵とともにクレマンの視界は真っ暗になる。


 クレマンの隣にはティセアがいて、二人は手を繋いでいた。


 草原の奥からくる穏やかな風に撫でられながら、二人は一緒に永遠の眠りにつく。


 安らかな、安らかな、永遠の眠りに…。

























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