解放祭 死の刹那
無人の街となった三等エリアの西側。その街中を通る一本の大通りで、リオは、金色の毛並みの獣人ジェレドとの戦闘で苦戦を強いられていた。
体術による接近戦を得意とするリオは、手に鉄のガントレットをはめ、足にひざ下までの鉄のブーツを履いていた。本来どちらも防具として使われるものだが、リオが身に着けているものは、攻防どちらも行えるように、あらゆる細工がされていた。
体術を得意とする者は、常に身軽であることが多く、例に漏れず、リオもそのガントレットとブーツ以外は最低限の防具だけで、あとは動きやすい身軽な服を着ていた。
そして、リオはその二つの武器兼防具を駆使ししてジェレドに接近戦を仕掛けていたが…。
バキィ!!
ジェレドの蹴りがリオに直撃し彼を薙ぎ払う。リオは、その蹴りで吹き飛ばされ、ボールの様に地面を跳ねながら、大通りの両脇に立ち並ぶ石造りの建物の壁に激突する。
「がはッ!」
打ちつけられた衝撃で一瞬呼吸が止まるが、リオはすぐに体勢を立て直すため、立ち上がった。
『クソ、こっちの攻撃がちっとも当たらねぇ…やっぱり、獣人相手に体術はきついか…』
「リオ、大丈夫か!?今、治すよ!」
「すみません、サムさん」
「いいんだ、動かないで」
サムの手から白い輝く光が溢れ一瞬でリオを包み込んだ。
さっきまで骨が折れたような激痛がしていたが、その光がリオの身体を包み込み終わった後には、何の痛みもなくなっていた。
「サムさん、体力は大丈夫ですか?」
白魔法の使用による体力消耗の心配だった。
「俺の心配は大丈夫、それより、リオの身体の方が心配だよ、あいつの打撃をもらいすぎてる、攻めるより回避に専念するべきだ…」
リオの身体はすでに何発もジェレドから重い打撃をもらっていた。その打撃はリオの体内の臓器を確実に破壊する一撃ばかりで、リオは打撃をもらうたびに、ともに戦っているサムの白魔法で全快になるまで治癒してもらっていた。
しかし、ケガが全快に治っても、白魔法をかけられた際にかかる負荷は、しっかり、疲労と睡魔という形でリオの身体の中に蓄積されていた。
「そうですね、でも、ここは俺が攻めないと隙が生まれませんから…やっぱり、攻撃の手は緩められませんよ」
リオは果敢に攻める以外選択肢はないと考えていた。リオが大胆に攻め隙を作るたびに、サムの暗器が確実にジェレドの肉体をえぐってくれた。
当然、ジェレドも白魔法ですぐに回復するが、疲労と睡魔が彼を蝕むという条件は誰にでも当てはまる。
だから、リオの体術の技が当たらなくても、せめて、相手の意識をそらし続けることができれば、こちらにも勝機があるのだ。
つまり、リオとジェレドの体力勝負ということになる。
マナがあり魔法が使える場所で、白魔法を持っている者同士が戦闘するとこのように体力勝負になり、長期化することが多かった。
ジェレドは、体勢を立て直す、二人を黙って見据えて観察していた。
『しぶといな、あの二人、まあ、楽しませてくれてる分、感謝しなくちゃいけないんだけど…』
二人を視界から外し、よそ見をするジェレドは、ギルやアモネがいる西の厩舎がある方角を見る。
『そろそろ、あっちも片付いてることだろうし、いたぶるのはやめて本気を出してあげますか…』
二人が完全に体勢を立て直して、戦闘準備が整ったのを見ると、ジェレドはゆっくり近づいていった。
「リオ、来るよ、気を抜くな!」
サムは中距離から援護をするためにリオから離れる。二人が距離をとることで、片方がジェレドの死角に入り、相手の意識を分断することが狙いだった。
「はい!」
リオは両手のガントレットを構える、ゆっくりと近づいてくるジェレドの動きに細心の注意を払う。
金色の獣人は防具も何もつけておらず薄手の身軽な服装であった。そして、彼は完全に素手であり、武器を一切身に纏っていなかった。そこからは、彼の体術使いとしての絶対の自信が読み取れた。
『相手は格上、だが、こちらの攻撃が通らないわけじゃない、かわしているのがその証拠。だけど、サムさんに任せるのもいいが、俺も必ずこの拳を叩きこんで見せる!行くぞ!!』
リオが一歩踏み込んだ時だった、歩いていたジェレドが駆け出し加速した。
「!?」
その速さは今までの倍以上、当然リオはその速さに対応できない。
「お遊びはもうおしまい、残念だね!」
そう言いながら迫る金色の獣人ジェレドの手は握りこぶしではなく、その手の構えは剣先の様に鋭くまっすぐ指が伸ばされていた。
考えたくはなかったが、その手の構えは打撃ではなく、刺撃。打撃のように内部に衝撃を送る間接的な破壊ではなく、刺撃は、直接的な内外部の同時破壊。
そのような、攻撃で狙う目的はただ一つ、心臓の破壊による即死。白魔法でも対応不可能な必殺の一撃。
想像以上の相手の動きに唖然としている間に防御が間に合わなくなる。
『まずっ!!』
死が今、リオの目の前に現れた。
その時。
ビュン!!!
「………!?」
しかし、迫っていた死であるジェレドが、リオの前から消えていた。しかし、それは否であり、リオが足元を見ると彼が無様に倒れていた。
しかし、よく見ると、ジェレドの両足のふくらはぎには、太い鉄の槍が貫通して、くし刺しにされていた。
「サムさん!!」
「リオ、急いでそいつを拘束しろ!!」
指示を受け、すぐさま行動に移そうとしたとき、ジェレドは両腕の力だけで、飛び上がった。
「なっ!!」
ジェレドの身体能力の高さに二人は呆気を取られた。
その隙に彼は、二人から距離を取り、両足を貫通している鉄の槍を引き抜くと、すぐさまその開いた穴を白魔法で塞いだ。
「やはり、潰すなら、お前からの方がよかったみたいだな…」
ジェレドが怒りで顔を歪ませながらサムの方を睨みつける。
その威圧にサムは濃厚な殺意を感じとり、冷や汗を流した。何度も死線をくぐってきたサムだったが、この獣人の放つ邪悪さは今まで感じたことがないほど、気持ちが悪かった。
『まずいな、武器の貯蔵が減ってきた…こんなにタフな奴だとはな…俺も接近戦でいくか…』
先ほどサムが放った鉄の槍は、両足に一本ずつセットされているもので、特殊魔法の【放出】で発射されたものだった。
「おい、お前…よくも俺の顔に泥を塗ってくれたな…絶対許さない、手加減はしない、本気で殺す!!」
怒り狂い始めたジェレドを、見据えていたサムも覚悟を決めた。
ローブを脱ぎ、背中から剣を取り出す。
『どうやら、応援が来る前に、死神が迎えにきそうな展開になってしまったな…』
サムも相手が格上であることを理解していた。暗殺を専門とするサムにとってこのような白兵戦は苦手だったが、そんなことよりも、ドミナスの人間がこんな化け物だとは思ってもいなかった。
『ただ、もう、逃げられない』
「リオ!二人でやる、残念だが、生け捕りは無理だ。殺しに行く!!」
「分かりました!!」
リオがサムの隣に駆け寄ってくる。二人はそれぞれ構え、金色の獣人であるジェレドを見据えた。
「生け捕りだと…てめえら、ほんとに俺を怒らせるのが上手だなぁ…ああ、むかついてきた、むかついてきたぞ…」
なめれていたことで、怒りが頂点に達したジェレドは構える。
ジェレドからしたら、二人を屠るのは容易かった、ただ、二人があまりにも生に対して執着するため、いたぶりたくなる、性格が出てしまっていた。だが、もう彼にそんな思いはない。惨たらしい死を二人におくるため、駆け出していた。
サムとリオも駆け出した金色の獣人を見て、覚悟を決めて身構える。
互いの距離が縮まり、今まさに戦闘が行われようとした時だった。
「!?」
ズドン!!
ジェレドの目の前に一本の真っ赤な剣が石畳を破壊して突き刺さる。
「なんだ…誰だ……ハッ!?」
ジェレドが空を見上げると、一人の鎧を着た騎士が飛行魔法で、空中に浮いていた。
その騎士の片手には地面に突き刺さっている赤い剣と全く同じ形の黒い剣が握られていた。
「おい、てめぇ、何者だ!?」
「………」
その騎士は無言でただ不気味にその場に浮かんでジェレドの姿を見つめている。
『飛行魔法の適性者…リングは四つ、光は赤。クソ、空の相手はかなり厄介だ…』
「降りてこい、こいつらを助けに来たんだろ?なら、遠慮すんなよ、お前も一緒に相手してやるからさぁ!!」
ジェレドは、そう言いながらも注意を怠らないで相手の出方をうかがった。実力も正体も不明な相手前に不用意な行動は死につながることぐらいは心得ていた。
その騎士はゆっくりと空から降りて来て、ジェレドの前に突き刺さっている赤い剣の前に着地した。
「おお、律儀な奴だな、それで、あんたは何者だ?そいつらの仲間か?」
「………」
「なあ、何か喋ってくれよ?」
ジェレドがそう言うとその騎士は突然鎧を取り外し始めた。
「あ?」
どんどん、その重苦しいが身を守ってくれるはずの強固なぶ厚い鎧が外れていくと、中にいた騎士の姿があらわになった。
その姿に、サムとリオも驚愕して声をそろえて口にした。
「ルナさん!!」
鎧を全て脱ぎ捨てて現れたのは、黒い長髪で赤い双眸のルナ・ホーテン・イグニカだった。
「!?」
『女か…それに…ほう、これはなかなかだぁ』
美しく妖艶な彼女の姿に、ジェレドは、サムとリオへの怒りを忘れて、目を奪われた。
「これは失礼しました。麗しい女騎士様」
ルナが姿を見せるとジェレドの態度は急変した。
「あなたはどうしてここへ?やっぱり、後ろの二人を助けに…?そうだ、お名前を聞いてもよろしいですか?私のことは後ろの二人から聞いてご存じでしょうか?」
丁寧な口調でジェレドはルナに語り掛ける。が、彼女は一向に口を開かない。
「…………」
「つれないですね…じゃあ、どうです?今から少し俺と二人っきりでデートしませんか?まあ、デートといっても命のやり取りですがね…」
「…………」
ジェレドが話している間に、ルナは突き刺さっている赤い双剣の柄を握った。
『おいおい、こいつは相当いたぶりがいのあるやつが出てきたなぁ、うん、いいこいつはガルナと違った意味で俺の興味をそそる。ぜひ二人きりで戦いたい…そうだ、さっさと、後ろの二人を殺して二人っきりになろう、そうしよう』
ジェレドが、にやりと不敵な笑みを浮かべ、すぐに実行に移そうとした時だった。
「…お前はハルさんの大切にしている物を傷つけた。それは許されざることだ…だから…」
ジェレドは、その美女が何かを呟くのを聞いた。そして、地面に突き刺さった赤い双剣を引き抜くところを見た。そして、気づいたときには、その引き抜かれた赤い双剣が、自分の心臓に深々と突き刺さっていることをジェレドは認識した。
「ハァ?」
ルナが赤い剣を引き抜くと大量の血がジェレドの胸から溢れ出た。
『…何が起こった?』
大量の血反吐を吐きながら、ジェレドは今起こったことを考えていたが、そんな時間はすでにもうなかった。
ルナは次の動作に入っていた。赤い剣と黒い剣の双剣を交差させるように持ち、構えている。
その構えから覗く彼女の真っ赤な血塗られた瞳を見てジェレドは戦慄した。
「ヒッ!」
『まずい、逃げなくちゃ、ああ、まずい、あいつは、まずい。ああ、そうだ白魔法で治療だ…心臓をやられたんだ、でも、早くあいつから離れないと、まずい!!』
怯えだしたジェレドは得意の身体能力で素早く跳躍しその場を離脱する。その際に白魔法でしっかりえぐられた心臓の回復をする。常人ならすでに心臓に穴が開いた時点でショックで気を失って死んでいてもおかしくはなかった。しかし、ジェレドの強靭な肉体そして白魔法という強力な魔法のおかげで、心臓に穴をあけられても数分で完治することが可能であった。だが、やはり、心臓の破壊はあまりにも強烈で、白魔法だけに集中する必要があり、その間はとてもじゃないが、戦闘どころではなくなる。だから、彼は今逃げるというのが最善の行動だった。
『飛行魔法の四速、赤なら、俺の方が速い、このまま……』
ジェレドが、ルナから距離を取ってそう思った時だった。
「死ね」
すぐ真後ろから声がした。
「はぁ?」
直立不動のルナの、構えから解き放たれた赤と黒の双剣が、ジェレドの首を胴体から完璧に切り離す。
刹那の絶技は、思い出に浸る間も、後悔する間も、走馬灯を見る間も与えず、その者を現世からその命を引き剝がす。
「これは…いったい…」
リオが目を見開いて呟いた。
ルナは一歩も動いていなかった。ただ、外から眺めていたサムとリオは目撃した。跳躍して逃げ出したジェレドが、立ち止まっているルナの方に勝手に引き寄せられていく光景を確かにその目で見ていた。
「死んで償え、無価値のゴミが…」
ルナは死体を見下ろしながら、小さくそう吐き捨てた。
金色の獣人が、たった今、ただの肉塊に変わり、人ではなくなってしまった。
一瞬の出来事で、何が起こったのかサムとリオは理解ができなかった。
そして、ただ、呆然と二人がルナの姿を眺めていると。
ボオオオオオオオオオオオオォ!
「え、なんだ、あれ、炎が…」
遠くに炎の竜巻が突如出現する。
「魔法か、すごい、規模の魔法だ…」
サムもその炎を確認した時だった。
ゴオォ!!
赤い光がルナの四つのリングから放出されると、そのまま、彼女は再び上空に飛びあがっていく。
「あ、ルナさん、待ってください!!」
サムがそう叫ぶが、ルナは振り向きもしないで、炎の竜巻の方向に飛んでいってしまった。
「ルナさん、どうしちゃったんでしょうね?」
リオが小さくなったルナの姿を見ながら言った。
「…分からないけど……」
『ルナさん普通じゃないように見えたけど、何かあったのかな…?』
結局、二人してその場に立ち尽くすことしかできないでいると、後ろから誰かが走って来る足音が聞こえた。
サムとリオが振り向くとそこには、ギゼラが息を切らしながら全力でこちらに向かって来ていた。
「ギゼラ、伝鳥見てくれたのか、ありがとな、でも、もう、こっちは終わっちまったんだ」
リオが走って来て息を切らしているギゼラに言う。
「そう、ルナさんが助けてくれたんだ。ほんとに彼女には助けられたよ。相手は君たちが見たジェレドってやつだったんだ、そこに死体があるんだけど、正直、生け捕りは無理でね。殺すしかなかったんだけど…」
そこでサムが来てくれたギゼラに状況を説明していると、あることに気づいた。
「あれ、頭が……」
サムが死体を見てそう呟いた時、そこで息が整ったギゼラがやっと口を開いた。
「サムさん、リオ、二人に聞いてもらいたいことがあるんです…ルナさんのことです……」