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解放祭 崩れゆく月

 ロール闘技場の会場の中央広場にギゼラ・メローアはいた。彼女は表彰式に参加している者たちの護衛の任務に就いていた。このような式典では暗殺などの危険性が十分にあるからである。

 しかし、表彰式は何事もなく無事に終わり、今は同じロール闘技場の広場で、参加者たち同士の些細な交流会が行われていた。と言ってもその交流会は表彰式が終わった後の余韻のようなもので正式なものではなかった。


 ギゼラの視界の先には、ハル・シアード・レイがおり、友人のエウス・ルオや、ダリアス王、アドル皇帝、そして、レイド王国とアスラ帝国の二人の剣聖たちがかたまって会話をしていたりするのだった。


 そんな彼らをボーっと眺めながらギゼラは思う。


『結局、一番有力だった表彰式にイルシーの暗殺者は動かなかったなぁ、せっかく護衛も増員されたのにこれじゃあ無駄骨だ…』


 それから、ギゼラは本来の目的であるドミナスという組織について思案した。


『ドミナスの人間もそれっぽい人たちを見つけたけど、情報が足りな過ぎて、結局、何の手がかりもつかめなかった。ギルやジェレドなんて名前はたくさんいるし、オーソン家だってたくさんある、短い時間で割り出すのは不可能なんだよなぁ…』


「……………」


 ギゼラは表彰式の和やかな雰囲気にボーっとしてしまってる。誰もかれもがこの表彰式を祝福していたのだ、気を張る方が難しかった。

 それに、ギゼラはいつもにも増して、やる気が出なかった。

 こんなにも気が抜けてしまうのには理由があった。それは、ギゼラがパートナーであった、ルナ・ホーテン・イグニカとのコンビを解消してしまったからであった。


『私…これで良かったのかな……』


 ギゼラは空を見上げ、思い悩んだ。




 *** *** ***




 あの日、馬車の中で、ギゼラは、本当のルナに出会った。


『救われちゃダメなんだよ…私は……』


 男女ともに認めるほど美しい相好の彼女から、ありえないほど醜悪で気持ちの悪い笑顔が浮かび上がる。


『…そ、そんなことありません、ル、ルナさんはやっぱり救われるべきです…』


 ギゼラの声は震えてしまっていた。初めて見る彼女の醜い部分を見たような気がして、しかし、それは始まりに過ぎなかった。

 ギゼラは続けて、ルナという人間の素晴らしいところを語り擁護する。


『多くの人を、国を、裏から支えてきたじゃないですか…それに、たとえ、あなたの功績が人々に知られなくても私やインフェルの仲間たちは知っています。それにサムさんやリオも、ルナさんがどれだけすごくて、どれだけみんなのために頑張っているか、私たちは知っています…』


 真剣なまなざしをルナに向ける。それはギゼラからのまっすぐな思いだった。

 が、ルナは下卑た笑いを見せる。


『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』


『!?』


 驚きのあまりギゼラは、固まってしまう。そして、そこにいるのがほんとに自分の知っているルナ・ホーテン・イグニカなのか疑問に思ってしまうほどだった。

 ひとしきり腹の底から笑ったルナは、不気味な笑みで口を開いた。


『お前らに私の何が分かるんだ?』


『え……』


 怖い。あまりに今まで接してきたルナという人物とかけ離れ過ぎていて、怖かった。


『お前らみたいな無力で無価値の人間に、仲間意識持たれても不快なだけなんだよ!!』


『…ルナさん……?』


『インフェルがやってることは所詮国のお遊び、本当の地獄も知らないくせに何が知ってるだ!!ふざけんなぁ!!!仲間…お前らなんか仲間でも人間でもない!!!』


 恐ろしいことに怒鳴り声を上げるルナは全く興奮していなかったし怒っている様にも見えなかった。むしろ、不気味なほど冷静沈着で、逆にそれが彼女の人間としてすでにおかしいところが垣間見えている気がした。


『…ど、どうしちゃったんですか…ルナさん…?』


『フフフフフフフッ、アハハハハハハハハハハ!!!』


『……ルナさん………』


 今のルナの笑う顔を見るのはギゼラにとって苦痛になっていた。どんどん、どんどん、今までのルナが壊れていくから…。


『ああ、ごめんなさい、でも聞いて、私にとって人はもう人じゃないの。私にとって人はもう無価値な【物】なんだ。この感覚はあなた達には分からないと思うけど』


 上品にけれど今はどこか薄っぺらさを感じる笑顔でルナはそう言った。


『…………』


 ギゼラは少しの間、何も言えなかったが、金縛りのようなものが解けると、すぐに口を開いた。


『…なんですか…え?…待ってください、じゃあ、ルナさん自身はどうなんですか?ものじゃないんですか?あなたには価値があるんですか?』


 困惑しながらもギゼラは、今のルナを否定して、もとの彼女に戻そうと懸命に言葉を紡ぐ。


『愚問ね、そんなのあなた達が勝手に決めればいいことよ。ただ、私はもう人に価値を見出せないだけなの。人を人として見れないだけなの。あ、もちろん、ギゼラ、あなたも例外じゃないのよ?』


 ルナは薄ら笑いを浮かべた。


『…私もですか、私、ルナさんのためにいろいろ……』


 尽くしてきたと言いたかったが、ルナはギゼラの言葉を遮った。


『だって、あなた色が無いもの』


『…色ですか?』


『そう、無色透明で色あせてる。私の目にはそう映ってるの価値の無い人間どもはね』


 赤や黄色、青や緑、鮮やかな色が広がるこの世界で、ルナの瞳に映る世界に人だけがいつも色がついていなかった。当然、それではルナも日常生活に支障が現れる。しかし、人を人ではなく物としてみれば彼らには色がついた。

 道具と変わらない、物として見るときだけ彼女の瞳に、人は初めて色を与えてもらえていた。


『なんですかそれ…意味が分かりませんし、それに納得できません…』


 ギゼラは恐る恐る声に怒気を含ませた。なぜなら、それでは今まで自分たちはずっとルナに無価値な物として認識されていたことになる。それは許せないというより、認めたくなかった。


『勘違いしてるようだけど、ギゼラ、理解も納得もしなくていいのよ?』


 その返答は、あまりにもギゼラには、むごい仕打ちだった。だから必死に反発する。


『そんな…じゃあ、全部嘘だったんですか…私たちに向けられていた、ルナさんの想いや感情は…?』


『そうね…私があなた達を人間だと思って接したことは一度もないの、合わせてきただけなの。私みたいな人間は少ししかいないから、この世界で生きていくには色の無いあなた達に合わせて生きていくしかない、最悪だけど仕方のないことなの』


『『そんなふうに私たちのことルナさんは思ってたの…ずっと……』』


 心の中でそう思うと同時に、ギゼラはそこであることに引っかかった。ルナという人間は、ずっと周りの人を物として見ていた。それではハル・シアード・レイに対するあの異常なまでの執着は何だったのかと…彼もルナにとっては無価値で人として見ていないのか?と…。


 ギゼラは口にする、その疑問を。


 しかし…。


『じゃあ、ルナさんにとって、ハルさんも無価値な物なんですか?彼に向けていたルナさんの好意や愛情も全部偽物で嘘だったんですか!?』


 その時、馬車の中に濃厚な殺気が一瞬で充満した。その殺意は言うまでもなく、ギゼラの大好きだった先輩から放たれていた。そして、余すことなくその殺気はギゼラに向けられている。

 気づけばルナが愛用する双剣の一振りがこちらに向けられていた。


『…………』


 声は出せない、出せば殺されることは確実だった。

 赤い双眸がこちらをジッと見定める様に光っている。


『撤回して』


『…………』


『ギゼラ、撤回して』


 死が今目の前で優しく微笑んでいた。


『…………』


『喋っていいから早く撤回して?』


『…………』


『撤回しろ』


『…ハ、ハルさんは無価値なんかじゃありません』


 目をつぶって死の瞬間をギゼラは覚悟したがその時は訪れなかった。

 目を開ければ、そこには素敵な笑顔で微笑む先輩がいるだけだった。


『ありがとう、フフッ、ウフフフフフフフ!』


 ルナは恥ずかしそうに両手を頬に当てて笑っていた。まるで恋する乙女の様に。けれどその笑みは彼女の中の邪悪を抑え込んでいる様にも見えて、不気味だった。


『教えてあげるハルはね、ハルはほんとにすごいの!彼は物なんかじゃないの、私と同じ人間なの、それに彼はね色なんてそんなものじゃないの、輝いてるの、ほんとに綺麗に美しい色で、輝いているの!!』


 目を爛々と輝かせるルナの姿はまさに狂信者そのものだった。


『はあ、またハルに会いたいな…会えないかな…でもなぁ……』


 もう、ギゼラが知っているルナ・ホーテンイグニカはどこにもいなかった。全くの別人だった。


『…………』


 本性を現したルナにギゼラはただ、ただ、傷つくばかりだった。そして、このルナを呼び起こさせたのは自分のせいだと思った。ハルとルナを無理やり近づけなければ、こんなに自分が傷つく必要もなかった。


『『ルナさん、私、あなたのこと、とっても慕っていたんですよ…』』


 悲しくて泣いているギゼラの心の中の声など、ルナには全く聞こえない。


 ルナはただ、独り言を続けていた。自分の神であるハルを賛美するために。


『…………』


 その賛美を遮ってギゼラは彼女の名前を呼んだ。


『ルナさん』


『ん、何?』


『私とパートナーを解消してください…』


『わかったわ、新しいパートナーを用意するから希望を後で私に伝えにきて、そうだな、ギゼラは今まで頑張ってくれたから、どんな人でも私が用意してあげる。もちろん、男性でもいいよ、気に入ったレイドの男性がいるならどの騎士団からでもいいよ、私の力で無理やり引っ張ってきてあげる。あ、ただ、ハルはもちろんダメよ…フフッ』


『…………』


 本当にこの人は私をたちを人として見ていないんだなとギゼラはこの時理解して失望した。ただ、この失望もきっとルナさんにとって、私からでは意味がないのだろうと、そう、ギゼラは思った。




 *** *** ***




 ボーっとするギゼラは、物思いから現実に戻ってくる。


「ルナさん…」


 護衛の途中でギゼラは小さく呟く。

 彼女の遠い視線の先にはルナがいた。鎧を着こんでいるため兜で彼女の表情は見えなかったが、赤い腕章は隊長であるルナの証だった。

 今日も彼女は色の無い人間たちに溶け込むためにしっかりと職務を遂行していた。


『どうすれば、いいんだろう…私、あなたのこと忘れればいいんですか…』


 ルナにそう問いかけてひたすら視線を送るが、当然、彼女は気づきもしない。


『あんなこと言わなきゃよかった………でも…』


 もう一緒にいるには、耐えられないとそうも思ってしまっていた。


『どうしたら…』


 ギゼラがどうしようもなく俯いて立ち尽くしていると、突然、会場がざわつき始めた。


「…何?」


 ギゼラが顔を上げると、交流会が行われている広場の端で、ひとりの護衛騎士が飛行魔法を行使していた。


「ルナさん!?」


 飛行魔法で飛ぼうとしていた騎士は、赤い腕章をしたルナだった。


 ルナの両足に一つずつ、背中に二つの、計四つの光の丸い輪っかのようなリングが浮き上がって出現していた。

 その四つの光のリングから、赤い光が体の外側に放出され続けると、彼女の身体は浮き上がり、次の瞬間には一瞬でロール闘技場の広場から、白い雲浮かぶ上空に飛び上がっていった。


「何かあったのか…………!?…」


 そこでギゼラは、空に飛んでいるものを見て、言葉を切った。


 赤い布を着せられた伝鳥が数羽、ロール闘技場の上空を飛んでいた。


『緊急事態の合図!!』


 ギゼラもその赤い伝鳥を確認した次の瞬間には駆け出していた。













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