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解放祭 逃走と亡霊

 三等エリアにある大通りをクレマンとジュキは駆け抜けていた。


「ジュキ、具合は大丈夫か?」


「はい、走るくらい問題ありません、ただ、三回目の発動はまだ…」


 瞬間移動という強力な魔法。まだ幼い身のジュキでは強力な魔法を乱発ができるほど、体力もなく、使用時に、マナが体をめぐる際の負荷も小さくなかった。

 問題ないと言ったジュキだったが、走る彼女の全身からは大量の汗が流れていた。


『どこかで休ませないと…、ジュキの身体が持たない…』


 そう思うクレマンだったが、今ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 なぜなら。


『ティセアが先に行ってるんだ…危険だって教えなきゃいけない…』


 宿で待ち伏せされていた時点で、次の瞬間移動先の集合場所である西側にある厩舎にも追手が先回りしている可能性があった。

 厩舎にはクレマンたちが用意した逃走用の馬型の使役魔獣がいるため、そこを最後の集合場所にしていた。

 ティセアには、そこで使役魔獣をいつでも出せる状態にさせておく、最後の仕事を任せていた。


『もし、さっきの刺客たちの仲間が集合場所にもいたら、ティセアが本当に危ない…』


 彼女が腕の立つ者であることは分かっていたが、それでも、クレマンは、ギルという男や金色の毛並みの獣人と対峙した時に、刺客たちの実力が相当格上であることを思い知らされていた。

 いくら腕が立つと言ってもそれはせいぜい裏社会にごろごろいる殺人鬼や犯罪者などの有象無象の中で、突出しているだけであって、さらに、もっと奥底にいる闇の深い人間たちに比べたら、彼女も赤子同然なのだ。

 クレマンが次の行動をいろいろ考えながら走っていると、ジュキがあることを口にした。


「クレマン、おかしいです…」


 考えるのをやめて一緒に走るジュキの方を見ると、彼女は走りながら辺りを見回していた。


「どうした?何かあった……!?」


 そこでようやくクレマンも異変に気付いた。逃げることと仲間の心配で精一杯になっていたため、気が付かなかったが、街の中は異常なまでに静かだった。

 いつの間にか鐘の音は止み、祭りの喧騒が聞こえるかと思えばそうではなかった。

 人が集まるはずの大通りに人っ子ひとりいなかった。


「…なんだどうなってんだ……」


 まるで自分たちを逃さないために用意された舞台のようで背筋が凍りついた。


「おいおい、こりゃどうなってんだ!?」


 見知らぬ人の声にクレマンとジュキが後を振り向くと、すでに金色の獣人が追い付いて来ていた。


「お前たちの仕業じゃないよな?…いや、違う、それはありえないか…」


 追い付いて来たその獣人もこの無人の街に困惑しているようだった。

 しかし、そんなことよりもクレマンは無傷の彼に血の気が引いた。


『無傷…いや、そうか、だからこんなに早く追い付かれるんだ。でも、だったら…』


 気持ちを切り変えてクレマンは金色の獣人に向き合った。どうやら獣人の彼もこの異常事態に混乱して口が緩んでおり、ジュキの休む時間を稼ぐチャンスだった。


「あんたらの仕業じゃないのか?」


 クレマンが質問する。


「まさか、お前も魔法が使えるなら分かるだろ?これは人払いだよ、けど、今ここにかかってる魔法は桁が違う…個人でできる魔法の範囲を超えてるぜ…」


「ああ、そうだな、じゃあ、俺たちでもあんたたちでもないなら、別の組織が介入してるんじゃないのか?」


 クレマンは、新しい話題を振って、金色の獣人の思考の数を増やしていく。

 思った通り、金色の獣人は考え始め、無駄な時間を稼いでくれている。

 その間にジュキの息が整うのを待って見るが、そう簡単に疲れ切った体が回復するわけがなかった。

 そして、最悪なことに考え込んでいた彼が何か答えを見つけたのか、すっきりした顔をしていた。


「よくわかったことがあるんだが、他の組織が介入しようが、俺はお前を殺せばそれで全て終わりだから、そろそろ、始めさせてもらうぜ!!」


『全く、戦闘狂め…』


 クレマンは、無駄話がすぐに終わってしまったことにがっかりしたが、そもそも、物事を深く考えない人が多い獣人族と長話ができるとも期待していなかった。彼らは自分の感情重視で生きていることが多い。ただ、これはもちろんクレマンが生きてきた中での偏見でしかなかったが、イルシーにいた獣人たちもみんなこんな感じで単純明快な性格をしていたことを思い出していた。


「…仕方ない、ジュキ、走って!!」


 クレマンの掛け声で二人は全力で走り出す。


「おいおい、逃げるのかよ…つまらねえなぁ!!!」


 すぐさま金色の獣人も後を追いかけてくる。当然、普通の人族である二人よりも身体能力の高い獣人である彼の方が素早く、簡単に距離を詰められる。


 が、しかし。


 ボオオオオオオオオオオオン!!!


 クレマンが後ろに放った炎魔法が、その獣人の視界を一瞬で灼熱の炎で紅蓮に染める。獣人は立ち止まってその強力な爆炎に水魔法の水の壁で対応する。


「クソッ!!」


『あの炎で対応されるなら、俺の他の魔法ではどれでも無理だ…』


 クレマン得意の高速で放たれ広がる炎魔法は、金色の獣人を足止めするだけで、ケガひとつ負わせることができなかった。


『足止めだけじゃ、こっちの体力が尽きるのが先だ…それだと、もし、ティセアの方にも刺客がいたときに対応できない…』


「どうする…」


 無人の街を駆け抜ける中、クレマンは必死に思考する。


 その時。


 ガリガリガリガリガリガリ!!


「危ない!!」


 ジュキに飛びつかれ、突き飛ばされると二人で地面に倒れ込んだ。


「!?」


 直後さっきまで自分がいたところの地面に透明な何かが通りすぎて地面がえぐられていった。


「おい、邪魔すると、嬢ちゃんも殺しちゃうぞ…?」


 炎と水がぶつかり合って生まれた水蒸気の霧の中から金色の獣人が姿を現す。


『今のは風魔法か?こいつ、本当は魔法が専門か…』


「…っ!?」


 しかし、クレマンのそんな予測は瞬く間に外れて、一瞬で間合いを詰めてきたその獣人の蹴りを起き上がりにくらった。


 バキィ!!


 ジュキを庇ったため、避けるすべはなかった。そのまま、クレマンは後ろに吹き飛び、地面に叩きつけられる。


「クレマン!!」


 ジュキが慌てて駆け寄って来る。

 クレマンは鼻と口から大量の血が溢れていた。頭もボーっとしてきて意識が飛びそうになるが、ジュキやティセアのことを考えていると、今、ここで倒れるわけにはいかなかった。


「おいおい、そんなもんかよ…まだ、闘技場にいたガルナちゃんの方が歯ごたえあったぞ?」


 金色の獣人は意味の分からないことを言って余裕そうに歩いてくる。


「………」


 クレマンは片手を上げて、再び、その獣人に向けて灼熱の炎魔法を発射する。


 ボオオオオオオオオオオオオオン!


 三等エリアの大通りいっぱいに紅蓮の炎が広がる。一発目に比べて今度は、威力は弱いがかなり広範囲の炎が広がる。それは、金色の獣人の追撃を防ぐためであり、体勢を立て直すのが目的の炎だった。一発目に高威力を見せれば、二発目も同じ威力だと勝手に相手が身構えてくれる。威力が弱い牽制の炎なので流すマナも少なく、体力も節約できた。

 ふらふらになりながら立ち上がった、クレマンは隣にいるジュキに声をかけた。


「ジュキ、先に逃げていてくれ…ひとりだけならもう飛べるんじゃないか?」


 瞬間移動先にひとりでジュキを送るのはかなり不安だったが、ここで、二人で死ぬよりは遥かにマシだった。


「ダメ、そんなの絶対嫌です!あなたを置いてはいけません!」


 ジュキがそう言ってくれるのは、なんとなくクレマンも分かっていて嬉しかったが、ここは譲れなかった。


「ジュキ、聞いてくれ」


 跪いて彼女と視線を合わせる。


「このままじゃ、二人ともあいつにやられちゃう、それだけは絶対にダメだ…俺はジュキにはもっとたくさん生きて欲しんだ。だからここは俺に任せて先に行って欲しいんだ」


「だ、ダメです、ダメです!それだったら、私もクレマンには生きて欲しいんです…」


「ジュキ…」


 彼の真っ直ぐなまなざしに、ジュキは怯んでしまう。そして賢い彼女もここで言い争っている時間が無いことも自覚していた。


「………」


 それでもジュキもここでクレマンとお別れなんてことは絶対に嫌だった。


「そうだよ、俺は彼と戦いたいんだ、お嬢ちゃんはどこかに行ってくれないかな?」


 広範囲の炎は大通りを焼いており、そんな燃え上がる炎の街を背景にして、金色の獣人が現れる。


「さあ、言って、俺は大丈夫だから…」


 優しいクレマンの声が、ジュキの心を揺さぶる。


「…うっ……」


 どうしようもなくなった状況で、ジュキが一方後ろに下がり、優しい彼をおいて駆け出そうとした時だった。


「オラァ!!!」


 炎の奥から聞こえた掛け声とともに、事態は一変する。




 *** *** ***




「なんでこんなに人がいねぇんだよ…」


 ティセアは通り抜けてきた街の異変に悪態をつきながらも、それでも自分の仕事を遂行するために、三等エリアの西にある第四厩舎に来ていた。


 大勢の人間がこの解放祭まで馬車で来ているため、この祭りの三等エリアの外周には、全部で七か所に大きな厩舎が設置されていた。


 その中でも最西端にある第四厩舎にティセアたちは逃走用の使役魔獣を預けていた。


 厩舎の建物の中は縦長で、遠くにまっすぐ伸びた通路の両側に、馬用の小部屋が用意されており、そこに使役魔獣や馬などを待機させることが可能だった。


「ちょっと、待ってどうなってる…」


 しかし、その厩舎の中に入ったティセアは、驚きのあまり呆然と立ち尽くしてしまった。


「なんで、一匹も馬がいねえんだよ…」


 不気味に静まり返る厩舎の中には、馬どころか生命一匹もいる気配を感じなかった。


「みんな逃げちまったのか…?あ、私たちの使役魔獣は…?」


 そこでティセアが急いで自分たちの使役魔獣を確認しに行こうとしたときだった。


「はぁ!?」


 さっきまで確かに誰もいなかった厩舎の中に赤黒い長髪の女性がひとり黒い剣を持って亡霊の様に立っていた。


「なんだ、あいつ…」


 その不気味な亡霊のような女はティセアの存在を確認するともの凄い速さで黒い剣を突き立て突進してきた。


「!?」


 突然の出来事で、声も出せないティセアは、腰に下げていた剣を抜き取るのを諦めると、かわすことに全意識を集中させた。


 その結果、初撃の刺突をかわすことには成功したが、追撃の素早い横切りの剣技には対応できずに、腹を斬られてしまった。


「いてぇな!てめぇ何しやがる!」


 ティセアは腹を触り傷の具合を確かめるが、かすめた程度の軽傷で済んでいた。

 しかし、殺しにかかってくる亡霊のような彼女は何も答えず、次の攻撃の予備動作に入っていた。

 たまらず、ティセアは、後ろに下がりながら今度はちゃんと剣を抜き、構えて対応しようとした。

 が…。


 バキン!!


「………なっ……!?」


 ティセアが取り出したショートソードと、亡霊のようなその女の黒い剣がぶつかり合った瞬間、その女のありえない怪力によって、ティセアの剣は簡単に折られてしまっていた。

 そして、その女は追撃で先ほどの倍の速さで剣を振るって、今度はティセアの腹を深々と切り裂いた。


「があああああああああ!!」


 ティセアは斬られた激痛で悲鳴を上げていると。


「ふぐっ!!」


 容赦なく飛んできた女のさらなる追撃の蹴りでティセアは遠くに吹き飛ばさた。

 その女の蹴りの威力も軽いものではなく、明らかにこちらに致命傷を与えてくるほどの絶大な破壊力を防いだティセアの左腕には激痛が走り続けた。


「ふう、ふう、ふうう…」


 吹き飛ばされたティセアは、うずくまりながら、まずは落ち着いて呼吸だけに集中した。


「………ふう…」


 そして、心の中で灼熱の闘志を燃やす。


『くそがあああ、ぜってえ、ゆるさねえ…ぜってえ、あいつ殺してやる!!』


 叫びはしない、叫ぶ体力が惜しいほど、腹部に受けたダメージが大きすぎた。それでも全く諦めないティセアは、覚悟を決めて炎魔法による腹部の荒療治をした。不幸中の幸いではあるが、あまりにも鮮やかで綺麗すぎる傷口は高温の炎で塞ぐことで応急処置ができた。


「ぐううううううううう」


 しかし、その焼いて縫合するという作業には壮絶な痛みが伴ってティセアの意識を吹き飛ばそうとするが、彼女の鋼の意思がそれを許さない。


『ここで死んだら私が約束を破ることになるだろうが…くっそ…』


 亡霊のような無表情の女は、ゆっくりと警戒しながら近づいて来ていた。


『なるほど、相当、手練れのようだな、追い込まれた生き物ってのは何をするかわからねえからな…不用意に近づいてきたら顔面にナイフのつもりだったんだけどなぁ…』


 服の下に隠し持っていたナイフを取るのをやめてティセアは作戦を変えた。

 うずくまった姿勢でもティセアは、近づいてくる女を視界から外さず、しっかりと相手の出方をうかがっていたのだ。


『さて奇襲がダメなら、こちらもそろそろ構えないとほんとに殺されちまうな』


 ティセアは、立ち上がり、腰の後ろに忍ばせていた予備の短剣を取り出して構え女と向き合う。


「なあ、お前、名前なんて言うんだ?それぐらいは聞かせてくれねえか?私はティセアってんだ」


 傷の痛みと闘争心でハイになりつつあったティセアは饒舌になっていた。


「………」


 しかし、その女は返答せずにティセアに無言で斬りかかって来た。


「ほんとにお前は気に障る野郎だなぁ!!!」


 静寂にティセアの怒号が響き渡った。


 


 先ほどまで鳴っていた鐘の音はいつの間にか止んでいた。












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