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解放祭 そして誰もいなくなる

「俺は神様なんてものは信じてないんだが、神書のこのセリフだけは気に入ってるんだ」


 突然気配もなく現れた、くすんだ金髪の男が、気さくに話しかけてくる。


『…な、なんだ…どうなってんだ…』


 今ここに起こっている事態を把握しきれない、クレマンはその男を凝視することしかできなかった。


「それにしても、よくもまあ、そんな古い物を持ち出したものだな…」


 くすんだ金髪の男が、気怠さを纏って歩いてくる。


 男からは敵意は感じなかったが、異常で異質なことは相対した時点で、はっきりわかった。こいつは危険だと戦わずして直感が訴えてきた。

 それを裏付けるかのように、今、クレマン自身におかしなことが起こっていた。


『指が動かない…』


 それは狙撃銃の引き金を引こうとしている指が全く動かないことにあった。しかし、この指が動かないという表現は適切ではなく、指はある方向には簡単に動かせたのだ。

 その動かせる時と動かせない時の違いは明確だった。

 狙撃銃を撃とうとすると指や手までが動かず、撃とうとしなければ指も手も自由に動かせた。

 そして、何よりクレマンが困惑していたことは、指や手が動かない際に、何かの力に押さえつけられているなどではなく、自分自身の意思そのものによって、その行動をやめてしまっていることにあった。

 つまり、引き金を引けないのではなく、引かない。

 自分の意思決定で決めたことなので何度挑戦しても、もう、引き金に触れることさえできなかった、いや、しなかった。

 しかし、自分の望みは、ターゲットであるハルを暗殺することと記憶しているため、行動に移そうとしない自分がいることで、矛盾が生じていた。

 それは明らかに異常だった。


「あんた何者だ?どうやってここに来た?」


 クレマンは目の前の不気味な男に質問する。それ以外今、自分にできることが、もう、無くなっていた。


「ん?ああ、俺はギルって者だ、そんで、ここにはお前さんたちと同じ【瞬間移動】ってやつできた」


 ギルと名乗った男が素直に答えると同時に、ジュキの表情が一気に険しくなった。


「クレマン、この男はドミナスの人間です!追跡者です!」


 ジュキが、ギルをドミナスの人間と断定するのには理由があった。

 瞬間移動、この魔法はドミナスが独占している特殊魔法であり、組織の人間以外扱える者がいるのは考えにくかった。例外として天性魔法に目覚めたという可能性もあるが、現実的にこの場で考えるにはその可能性は低すぎた。タイミングがあまりにも完璧すぎた。


「君がジュキって子か、なるほど、確かに俺はドミナスの人間だが、追跡者や処刑人とかではなく、組織に雇われてる暗殺者ってところだ、いや、便利屋といった方がいいか?まあ、そんなところだ本部の人間ではないんだ」


 相変わらず穏やかな口調で、こちらを刺激しないようになのか、おどけた様子で親し気に、ギルという男は話しかけてくる。

 しかし、それはこの異常な状況では不気味すぎた。


「あんた、目的はなんだ?ジュキを始末しに来たのか?」


「違う、俺の目的はあくまでクレマン・ダルメートさん、あんただけだ」


 クレマンのその質問に、ギルは少し難しい表情をして答えていた。

 自分の名前を呼ばれたクレマンは少しドキッとしたが、相手が諜報戦の最高峰であるドミナスなら自分の情報が洩れていても納得してしまった。


「俺を…そうか、さすがに、そちらの組織の追手を殺し過ぎて本命の刺客を送って来たってわけか」


 クレマンはジュキを守るためにすでに何人ものドミナスの追手を返り討ちにして一人残らず殺していた。

 しかし、クレマンのその推測は否定された。


「その考え方は違う、俺はお前さんがハル・シアード・レイを暗殺しようとしてるから始末しにきたんだ…」


「!?」


 クレマンは驚いて、言葉を失った。


「正直に言うと俺は最初、そこらへんにいる裏社会の暗殺者が、四大神獣白虎を討伐した英雄を殺せるわけがないと思ってたよ……」


 ギルがそこまで言い切り、わずかな沈黙の後に彼は続けた。


「ただ、その骨董品が盗まれる前まではな…」


 ギルが骨董品と指さしたのは、クレマンの隣にある、大型魔導狙撃銃だった。


「その兵器は確かにあの英雄を殺せる可能性があるからな…まあ、だからこうして俺が正義を執行しているわけなんだ、それに英雄を殺されちゃあ、どうやらこの大陸はやばいらしいからな、よくは知らんがやはり神獣なんかが関係しててだな、ハルさんにはそいつらを…」


 ギルは語りながら、視線をロール闘技場の下に移すと、そこにはハル・シアード・レイの姿があった。彼はしばらく、下を眺めながら一人で語っていた。


 そんなギルの注意が逸れているうちに、クレマンはジュキに小声で作戦を伝えた。


「俺の合図でまた宿まで飛んでくれ、二人だけでいい…」


 ジュキはクレマンの手を握り、小さく頷いて了承した。


 クレマンはハルの暗殺のことはすでに諦めていた。そのため、狙撃銃は放置することにしたのだ。


『残念だが、このギルって男、想像を遥かに超えてやばい奴だ、暗殺は中止だ…』


 熱心に会場の下を見ながら語っているギルを注意深く観察しながら、クレマンはそう思った。


 狙撃銃が握れなくなった時点で自分が相手から何らかの魔法をかけられたことを自覚していた。

 そして、何をされたか分からないという時点で相手が格上なのは戦闘する上で重要なことであり、感覚としては挑んではいけないというのが、鉄則のようなものだった。


『クソ!ドミナスってやつはほんとに底がしれない…』


「なあ、クレマンさん、あんたはどうして、ハルさんを暗殺しようとしたんだ?」


 聞いていなかったので、話しの流れは分からなかったが、その質問にクレマンも素直に答えた。


「金だよ」


 少しだけ嘘が混じっていたが…。


「ふーん、まあ、そうか、てっきり俺は…」


 ギルがのんきに話している間に、クレマンは逃走を開始した。


「ジュキ、いまだ!!」


 クレマンの叫び声と同時にギルの目の前から、クレマンとジュキの二人の姿だけが一瞬にして消えていた。


「その子のためだと思ってたのにな…」


 ギルはひとりで、言葉の続きを口にしたが、聞いてくれる者は誰もいなかった。

 ぽつりと放置された狙撃銃にギルは歩み寄った。


「ふう、ひとまず計画通りにことが運んだって感じか」


 二人が消えたことでギルはむしろホッとしていた。


「こんなところで戦闘になったら、ハルさんに気づかれるからな…まったく、相手が賢くて助かったよ、余計な手間が省けた」


 そして、ギルは狙撃銃の下にあった、円形の印に目をやった。

 その円形の印の模様は、三つの勾玉が互いに円の中にぴったりと納まっているものだった。


「この印は、壊しておかないとな…」


 ギルがそう言うと、円形の印に手をおいた。すると、その印は跡形もなく綺麗に消えていった。


「さて、俺も先を急ぐか…」


 印を消して立ち上がったギルは、狙撃銃に触れると、次の瞬間にはその狙撃銃もろともギルの姿はロール闘技場の屋上から消え去っていた。




 歓声と鐘の音が鳴り響くロール闘技場に、追い風が吹き人々が集まる…。










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