解放祭 始まりの鐘
解放祭の街中に、祝福の鐘が鳴り響く、その鐘の音はクレマンたちの宿の中にも届いていた。
「それじゃあ、俺たちは行くよ、ティセアは集合場所で待っていてくれ」
鐘の音が鳴り中、クレマンがそう言うと、ティセアは「ああ…」と短く返事をした。
クレマンの隣にはジュキがおり、二人は大きな狙撃銃のそばに立っていた。その狙撃銃の後には新しく大きなタンクのようなものが取り付けられていた。見たところ、そのタンクの中に魔力が詰め込まれているのだろうとティセアは予測したが、彼女にとってはもう知らなくても知っていても後はクレマンに任せるだけだった。
「それじゃあ、ジュキ、頼んでいいかい?」
「はい、クレマン」
返事をしたジュキは、クレマンの手を握り、狙撃銃に触れる。
「それでは、行きます」
ジュキがそう言った時だった。
「ま、待ってくれ!!」
ティセアが、二人に叫んだ。一瞬の静寂が部屋に訪れ、その後は鐘の音だけが鳴り響く。
「どうした、何かあった?…ティセア?」
「………」
クレマンがすぐに心配して尋ねるが、彼女は俯いて黙っていた。
沈黙するティセアを見て、クレマンはジュキに目くばせすると、彼女のそばまで行った。
「ティセア?」
「クレマン、約束しろ!」
声をかけると、クレマンは襟元を掴まれ引き寄せられた。
互いの距離は今までないほど近かった。
「何をかな…?」
穏やかなまなざしでクレマンは彼女の顔を見つめる。その眼差しはおよそこれから人殺しを行う人間のする目ではなかった。
ティセアは、その目を見てさらに、クレマンに対する憐憫の想いと、自分の辿ってきたこれまでの道に怒り、そして、最後に虚しさに襲われていた。
道が違えばと思ってしまったのだ。それは酷く物悲しいことだった。
けれど、最後に抱いた希望をクレマンにぶつけて、ティセアは前を向くことにした。
「生きて帰ってこい…」
「ああ、任せて」
手を離すと彼は最後まで微笑みを浮かべてこちらを安心させてくれた。
ティセアも笑顔を返そうとしたが、結局、上手く笑えなかった。
けれどそれが自分なのだと彼女はもう受け入れていた。
簡単には変われないと諦めて…。
クレマンはジュキのもとに戻ると、彼女と再び手を握った。
「それじゃあ、ティセア、行ってくるよ」
「ティセア、行ってきます」
二人は、少し離れた場所にいるティセアに向けて言った。
「ああ、二人ともいってらっしゃい…」
ティセアがそう言い切った瞬間、二人の姿は消えていた。二人のそばにあった狙撃銃ごと、この部屋から跡形もなく消えていた。
「絶対に死ぬなよ…」
独りになったティセアは、そう言い残した。
そして、短くあっという間だったが、人生の中で一番温かったその場所を後にした。
*** *** ***
目を開けると、クレマンとジュキは、風が吹きつける、見渡しのいい場所に立っていた。
さっきまで二人は自分たちの泊まる薄暗い宿の中にいたが、今は青空の下、鐘の音と共に、人々の大歓声が下から聞こえてくる、眩しい場所にいた。
二人が立っている場所は、ロール闘技場の西側の屋上であり、円形の建物の中を見下ろすと中央では表彰式の参加者が、みんなで集合し、祝い合っていた。
その中にクレマンが狙う暗殺のターゲットである、ハル・シアード・レイの姿もあった。
クレマンはすぐに大型魔導狙撃銃に駆け寄り、準備を進めた。
準備と行っても後は、銃弾であるマナを勝手に発射しないためにある、セーフティを外すだけであり、それを外した後は、ターゲットに狙いを定めて、狙撃銃の引き金を引くだけであった。
弾丸がマナであるため、風など外部による影響も受けず、距離もこの特殊な狙撃銃の適正範囲内であるならば確実に届いた。どんな障害物も貫通する上に、弾速は引き金を引いたと同時に着弾するため、ありとあらゆる生物の回避を不可能としていた。
この狙撃銃は、発射時に音が出ないのはもちろん、早すぎるが故に周りからも弾速は透明で肉眼では見えず、着弾地点を調整すれば、地面に衝突する前に消える。
そのため、外しても、誰にも狙撃したことが気づかれずに二発目を撃てた。さらにタンクの中のマナがなくなるまでは連射を可能としていた。
まさに最強の暗殺兵器であったが、当然、高性能で複雑な分、欠点も多かった。見た目よりもずっと重いため持ち運びに難点があるところや、射程距離の短さ、燃費の悪さ、などを考えると、使用される場所はとても限られることが挙げられた。
しかし、それでも、大型魔導狙撃銃は、この時代にはあまりにも行き過ぎた最先端の代物だった。
クレマンは、すぐにセーフティを外すと、狙撃銃についている、望遠機能を持った照準器であるスコープを覗きこみ、ハルの心臓に狙いを定める。
彼の心臓を破壊して、崩れ落ちたあと、即座に脳に次弾を打ち込むことで即死させるのが目的だった。
心臓を破壊した時点で、ほぼ、死ぬことは決まるが、確実に仕留めるには頭の破壊も必須だった。
きっと、この表彰式、白魔法を使える精鋭たちが大勢いるはずなので、ちょっとの大けがではすぐに癒されてしまう。
しかし、そのような万能な白魔法でも、死んだ者だけはどうすることもできない。それだけは、どんなにすぐれた魔導士でも実行に移すことはできなかった。それはもはや人間の所業ではなく、神々の所業なのだ。
息を整え、ターゲットであるハルが立ち止まり、誰とも重ならない瞬間を狙う。
クレマンは全意識を集中させて、スコープ越しのハルだけを見続ける。
時が来るのを待って…。
集中すると、鐘の音が、風の音が、大歓声が、自分の息遣いの音、すべての音が最初に遠ざかっていった。
そして、次に、世界はクレマンが意識したもの以外は、どんどん透明になって、暗くなっていった。
その暗闇の中で、クレマンが人生で出会ったすべての人が彼の横を通り過ぎて行くと、最後にいたのは、ティセアとジュキの二人だった。
その時、クレマンがスコープ越しに見る、ターゲットのハルが、たった一人で、立ち止まっていた。
『終わらせる!!』
引き金を引こうとした時だった。
「人は生まれながらにして罪人である…」
その声を聞いた瞬間クレマンの引き金にかかった指は止まってしまった。
「罪には罰、されば神は罪人に罰を与えた。それはこの世の理である」
スコープから顔を上げ左を見ると、クレマンの視線の先には、くすんだ金髪の男がひとり立っていた。