解放祭 意外な訪問者
表彰式の真っ最中に、ギル、ジェレド、アモネは、三等エリアにある宿のとある一室で、時間を潰していた。
窓際にあるソファーにアモネが座っている。その隣にはジェレドもおり、テーブルの上にある焼き菓子を口に放り込んでいた。
ギルは、二人から離れた場所にある机の椅子に腰かけて、ひとり葉巻をたしなんでいた。
「アモネさん、お菓子食べませんか?」
ジェレドがとびきりの笑顔を輝かせて、アモネに菓子を勧めるが、表情の変化に乏しい彼女は「いりません」と一言短く切ると、無表情のまま目を閉じて自分の世界に入っていた。ジェレドは、「美味しいのに…」と寂しそうな顔をしていた。
ギルはそんな二人のくだらないやり取りを、燃え尽きそうな葉巻を吸いながら、眺めていた。穏やかな時間が続き、外は晴れており時折、上空を雲が通りすぎては街に影を落としていく。表彰式が行われているロール闘技場の方向からは、人々の大歓声が聞こえてきていた。
『今日はいい日だ、こんな気持ちのいい日に殺しはしたくないものだね…』
ギルはもうほとんど燃え尽きた葉巻を灰皿に捨てた。
椅子から立ち上がり、二人のいるソファーの向かいに腰を下ろした。
「師匠はどうですか?この焼き菓子美味しいですよ。なんでもアスラ帝国で人気のお菓子屋が開いてる出店でこの祭りで一番の人気の菓子らしいですよ!」
「詳しいな、お前そんなに菓子好きだったけ?」
「いやー、食べ物を持ってきてくれる冒険者の女の子がかわいくてですね、ついつい話こんじゃって」
照れているジェレドを見て、ギルは決していい顔をしなかった。彼と深く関わった女性が悲惨な道をたどっているのをまさにジェレド本人から聞かされることがあるのだ。最悪なことに彼はそんな自分のあり方をどこか誇りに思っている部分があるのだ。
そこはギルにとっても吐き気がしたが、そもそも、この裏社会でまともな人間の方が少ない。むしろ彼は裏社会で見たら穏やかなほうなのかもしれない。世の中にはもっと醜い人間がうじゃうじゃいるのだ。
「そうかい、だが、今日は女のことも全部忘れて、任務にだけ集中しろよ?久々に骨のある相手みたいだからな、気を抜いてると足もとをすくわれるぞ?」
忠告はしておく、どんなにひどい奴でもギルにとっては頼りになる部下なのだ。ぞんざいに扱っていた目を見るのはギルとしても避けたいことだった。
「師匠、俺、別に任務のとき女のことなんか考えてないですよ?」
「…それならいいんだが…」
ギルは闘技場でのことを思い出すと、どうにも不安だったが、それでも確かに指示には忠実な彼は、そこらへんはしっかりわきまえていることがうかがえた。
「アモネさんも今日はよろしくお願いしますね」
「当然です」
素っ気ない態度で短くアモネは言った。彼女たちは人間味ある交流を完全に断ち切っていた。まさに任務を遂行するためだけの機械の様に、ただ生きているような存在だった。
ギルが、アモネの冷たい人間性に苦笑していると。
トントン!
部屋の扉にノックの音がした。
「!?」
その時、部屋にいた三人に緊張が走った。
なぜなら、この部屋には許可を出した者以外決してたどり着けない特殊魔法がかけられていた。
隠ぺいと人払いを重ね合わせた魔法を部屋の扉にかけていた。
それにより、この宿の従業員ですらこの部屋の扉を尋ねることは一度も無かったのだ…。
しかし、今まさにノックの音が響いていたのだ。
「ギルさん、俺ら以外の人に許可出したんですか?」
ジェレドがそう尋ねると、ギルはもちろん首を横に振る。
許可は魔法をかけた者のしか出せない、つまりギル以外の人間の許可があっても絶対にこの部屋に近づくことはできない。唯一の方法として、許可を得ている者が、勝手に部屋に連れてくることであったが、そもそも、ギルが許可を与えた者たちは、今、全員ここにいた。
一度勝手に連れてこられた人でも、その後、もう一度その人がひとりで魔法のかかったドアに近づくことは不可能に近い。
ただし、例外があるとすれば、それは優れた魔導士による、探知魔法の行使であった。
しかし、それでも、当然、魔法をかけた魔導士よりはるかに格上でなければ、魔法がかけられた扉を突破することは難しい。
そもそも、人払いの魔法という希少な魔法自体が、とても優れた魔導士でなければ実行できないのだ。
そのため、今、ギルが使用してる扉にかけた魔法を突破する者など、この祭りにいるはずもなく、いたとしても、それは途方もないぐらい低い確率なのだ。
「ギル・オーソン、どういうことですか?なぜ人が尋ねてくるんですか?魔法をかけたはずですよね!?」
アモネも慌てているようで、表情に余裕がなかった。声を挙げていることから冷静じゃないのがわかる、なぜなら、扉の向こうにいる者の圧が今、この部屋を息苦しくしていた。
だが、一番動揺しているのはギルだった。
「わからない、だが、ありえない、俺の魔法はまだ活きてる…!」
カチリ!
ガチャ
「!?」
その時、扉のドアノブの鍵が勝手に回って鍵が開き、扉が勝手に開かれた。
「邪魔するよ」
ひとりの女性が入って来た。
「あれ、なにしているの?」
その女性が目の前の光景に首を傾げながら言った。
そこには、ギル、ジェレド、アモネの三人が剣や素手を構えて戦闘態勢を取っていた。
しかし、三人は入ってきた女性を見るとすぐに戦闘態勢を解いて。
「え!?」
と声をそろえて驚いていた。
***
「ド、ドロシー様…!」
アモネが目を見開き、固まっていた。
「うん、そうだよ、僕はドロシーだけど、君は誰かな?」
その質問にアモネはすぐに跪いて震えながら自分の名前を告げた。
「ア、アモネと申します、ドミナスの兵士であります!」
「ああ、なんか聞いたことあるな、君の名前」
ドロシーと言われた女性は、鮮やかな紫色の髪を肩につく前の手前で綺麗に切りそろえられており、さらに、彼女の紫の色の瞳は蠱惑的に光っていた。
全身薄い紫の服で身を包んで、頭には同じく紫色のつばのついた帽子をかぶっていた。
そして、耳はエルフ特有のとんがった耳であり、彼女がエルフであることを示唆していたが、彼女の背はエルフにしてはあまりにも小さく、百五十センチほどしかなく、二百センチを軽く超える彼らの種族からしたら、異常な背の低さで愛らしい顔をしていたが、もちろん、ドロシーは子供ではなかった。
それは知り合いであるギルが知っていた。
「ドロシーさん、お久しぶりです」
「あ、ギル、久しぶりだね、どう元気してた?」
ドロシーは笑顔でギルの方を向く。
「はい、俺は元気でしたよ、ところでどうしてここに?」
「ああ、ちょっと、この大陸に用事ができてね、しばらくこっちで過ごすことになったんだ、よろしくね」
「そうでしたか…」
ギルはそれ以上深くは聞かない、なぜなら、今、目の前にいる彼女は、ドミナスという闇の組織の遥か深い、底の底にいる人だからだ。
本来、ドミナスでも表に出るような仕事をしている者が顔を合わせることが絶対にない人物。
しかし、こうして、わざわざ、ギルのもとまで顔を出してくれるのは、彼女がギルという人間を気に入っているからであった。
気に入られた経緯は、言ってしまえば偶然であった。
ギルが彼女に会ったのは冒険者ギルドの酒場であり、その時、彼女の正体を知らずに酔っていたギルは彼女に話かけた。
ことの発端はそこからであった。なんならドミナスに入るきっかけになったのもそこからだった。
ギルが自分の趣味の酒やタバコ、賭けの話しをひたすら彼女に熱心に語り続けていたら、ドロシーは面白そうに聞いてくれてそこから二人は、友人になった。
しかし、ギルはその時死んでいてもおかしくはなかったと今になればそう思うのだった。
「ねえ、ギル、君さ今、仕事の真っ最中なんだって?」
「ええ、そうですが…」
「終わったらさ飲みに行こうよ、僕さこっちに戻って来る間に面白いお酒持ってきたんだ、なんでもお米ってものから作られた珍しいお酒でさ、まだ、僕も飲んでないんだけど、すごくおいしいらしいんだ。それに飲むならギルと一緒にって思ってたんだよね、だからどうだい?」
まるでおもちゃを与えられた子供の様に、彼女の目は純粋にキラキラ輝いていた。
「いいですよ、ただ、それでしたら、場所はイゼキアとかでいいですか?」
ギルは、この祭りの会場の北にある国を指定した。イゼキアは六大国のひとつである。
「この街じゃだめ?」
解放祭の会場は街と言えた。それほど精巧に創られていた。
「いや、もしかしたら結構派手な仕事になってここに居られなくなる可能性もあるので…」
「珍しく弱気だね?」
弱き、ギルはその言葉を聞いて確かにそう思った。いつも任務に対しては絶対の自信を持って挑んでいたギルだったが、彼の気をそぐのはハル・シアード・レイという存在だった。
「ええ、まあ、ここにはハル・シアード・レイも来てますから…」
ハル・シアード・レイ。どんな人物か心の底から興味があった。しかし、そこでギルが目にしたのはハルの目も眩むほどの圧倒的な眩しい光だけだった。
ギル程度の闇では簡単に底が照らされてしまうほどの強烈な光。ハルという青年の存在は、何より恐ろしいものだと感じ取っていた…。
「でた、噂の彼だ、化け物って聞くよね、あの白虎を二日だっけ?ほんとありえないよ、はっきり言って、人間じゃないよね」
「実際に会いましたが彼は人間でしたよ。普通の青年でした…」
ドロシーは、少し落ち込んでいるギルを見て、「ほう」と驚いた顔をした。
「なるほど、実際に会ったのか。フフ、やっぱり、ギルは面白い奴だな、わかった、その話は酒の席で聞くことにするよ、ギルの仕事が終わったら迎えに行くから、それじゃあ、僕はこの祭りを楽しんでくるよ」
「え…ドロシーさん、せっかく来てくれたのにお茶ぐらい出しますよ」
ギルも彼女とは友人であるが、無礼を働くわけにはいかず慌てて止めようとした。
「僕は酒が飲みたいんだ、ギル。だから、喉が渇くように仕事頑張れよな」
それだけ言うとドロシーは、部屋の外に出ていった。
三人はその場でしばらくお互い無言で突っ立っていた。
「あ、あの方、たしか、ドミナスの三大貴族ですよね…」
ジェレドが沈黙を破るが、彼の身体は緊張で少し震えていた。
【三大貴族】とは、その国の最も有力な上から三番目までの貴族のことを指すが、ドミナスという組織にもそのように呼ばれる者たちがいた。
「ええ、ドロシー様は、ドミナスの王を支える、三大貴族の内のひとりの偉大な魔導士様です。お目にかかれるなんて私はなんて幸せ者なのでしょうか、それに私の名前を…ああ!生きてて良かったです…!」
アモネは感涙の涙を流して、喜びで打ち震えていた。
「ギルさん、ドロシーさんとはどういう関係なんですか?」
「ええ、ぜひ聞きたいです。そして、ギル・オーソン様、私あなたを見直しました」
二人はギルに詰め寄る。女癖の悪いジェレドでも、かしこまってしまうほどの、ドミナスの三大貴族の破壊力は凄まじかった。
「彼女とは、偶然、過去に冒険者ギルドの飲み屋で知り合ったんだ、ドミナスに入る前にね」
「ああ、そうだったんですね、なんでもっと早く言ってくださらなかったのですか?」
「いや、別に言う必要ないかなって思って…」
「ギル様は意地悪です…」
正直、そんなことを組織の中で話して得をすることが全くないのだ、本部の幹部でさえ、先ほどの三大貴族に直接顔を合わせたことのない者もたくさんいる。それで自分だけ友人など、わけのわからないことが広まると、誰かの恨みを買いかねないからだった。
特に、アモネのような奴らは言ってしまえば狂信者であり、彼らに深い忠誠を誓っている。
同じ仲間である限り危害は加えて来ないだろうが、めんどくさいことが増えることに変わりはない。
それでも、知られてしまったからには、ドロシーのことについて二人に全て話して理解してもらった。
話したことと言えば、二人で各国の酒屋を回ったことぐらいなのだが、それでもアモネは熱狂して聴きこみ、ジェレドはいつも通りいい聞き手にであった。そこはやはり、組織の兵士とそうじゃない人間の違いが垣間見えた瞬間でもあった。
「まあ、突然の来客でびっくりしたが、そろそろ、気持ちを切り替えて、俺たちも出るぞ!」
「了解です、師匠!任せてください!」
「はい、ギル様!必ず成功させましょう!」
話し終わるとギルは改めて二人に気合を入れ直させたが、どちらも調子は申し分なかった。
どちらかというと不安なのはギルだけだった。