表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/781

解放祭 祝福の鐘

 表彰式は最後の代表者を表彰していた。

 中央のステージには、レイド王国の国王ダリアスと、アスラ帝国の皇帝アドルの前に三人の騎士が立っていた。

 その騎士たちは、レイドの英雄で元剣聖のハル・シアード・レイ、同じくレイドの現剣聖のカイ・オルフェリア・レイ、そして、アスラ帝国の第二剣聖フォルテ・クレール・ナキア。

 いずれも、英雄や剣聖。今回の四大神獣白虎討伐作戦でも、大いに活躍した騎士たちであり、国の希望であった。



 そんな彼らの表彰される姿をビナ・アルファは観客席の北側のエリアの二層から、自分の両親と一緒に見物していた。


『あれが…ハル団長……』


 表彰式を見ていたビナは自然とそう口にした。

 いつも見ていたハルという優しさの塊のような人物は、今、背筋がぞくぞくするほどの威光を放ち、誰も寄せ付けない鋭さを持っていた。

 ハルの内を何も知らない者たちから見れば、それが彼のあるべき姿なのだろうと納得するだろう。

 しかし、彼をよく知る者からすれば今の彼は、目が離せなくなってしまうほど、恐ろしいと同時に魅力的に映っていた。


「素敵ね、あの白いマントの方がハルさんでしょ?」


 ビナの母親であるケリー・アルファがそう確認をとる。彼を深く知らない者はこうして恐れは感じず、ただ、彼の魅力だけを受け取っていた。


「ええ、そうです…」


 ビナは少し戸惑い返事を返す。はたして今、自分が見ている白い騎士の姿の彼は、本当に自分の知っているハル・シアード・レイなのか疑いたくなってしまうほど、雰囲気が別物に感じていた。


「あれが元剣聖のハル・シアード・レイさんか、祭りであったときとは別人に見える。いやはや、なんというか迫力があるし、騎士とはすごいんだなあ」


 ビナの父親であるマルク・アルファが感心しながらそう言った。


「………」


 父親の言葉に耳をかしながら、ビナは、ただ、黙って目をそらさず中央の表彰式を見つめていた。


『ハル団長、やっぱり、ちょっと、雰囲気が違うな…少し怖い…怒ってるのかな?』


 表彰式という儀式なのだから彼も真剣なのだろうとビナは思ったしかし、どこか真面目さとは違う何か別のものをビナは感じてやまなかった。

 その感じるものが何なのかビナには分からなかった。




 ***




 表彰式は最終段階に入っていた。

 レイドの王ダリアスとアスラの皇帝アドルの、ハルたち三人に感謝と賞賛の言葉を終ると、ダリアスは係りの者から儀礼剣を受け取っていた。

 その儀礼剣にはいくつもの装飾がほどこされおり、剣としての斬るという機能は極限までそぎ落とされていた。その機能の代わりに美と安全だけが追求され、まさに儀式用の剣だった。

 その剣を持ったダリアスは、ハルと向き合った。


「ハル・シアード・レイ、四大神獣の白虎討伐見事であった。よってこの解放剣を贈呈する」


 ダリアスはそういうと、ハルに儀礼剣を差し出した。

 儀礼剣である解放剣はショートソードであった。

 ハルは落ち着いた所作で、その儀礼剣を受け取る。


「………」


 ダリアスは、黙って、目の前のハルが儀礼剣を受け取るところを見ていた。


 ハルはダリアスから儀礼剣を受け取ると、静かに一歩下がって礼をした。


 ダリアスは、そんなハルを少し悲しい瞳で見ていた。


 その時、そばにいたハルが小声でダリアスに口を開いた。


「陛下、予定とは違いますが、少しだけ、わたくしからもこの会場にいらっしゃる皆様に言葉を告げる機会をいただけませんか?」


 急なことにダリアスは驚いたが、表にはその驚きを出さず、冷静に指示を出した。


「ああ、もちろん、構わない、フォルテ剣聖、ハルの声をみんなに届けてくれないか?」


 ハルの後に控えていたフォルテに声をかけるとダリアスは「かしこまりました」とすぐに返事をした。




 ***




 ステージの真ん中までひとり歩いていき周囲にいる観客たちに、ハルは告げた。


「我が名はハル・シアード・レイ。六大国のひとつ、レイド王国の元剣聖であり、今回の四大神獣白虎の討伐者でこの作戦の立案者であります。皆に伝えたいことがあって、今、この場をお借りした、少しだけですので私に時間をいただきたい」


 会場にいた誰もが、語り出したハルに注目した。


「まずはここにいるすべての者に、私からも直接感謝を申し上げたいのです。そばで支えてくれた者に、ともに戦ってくれた者、協力してくれた国や組織、そして、レイドやアスラ、各国の国民のあなたたち、ひとりひとりに心からの感謝を申し上げさせてもらいます…」


 会場は静まりかえり誰もが中央で演説するひとりの青年に釘付けになっていた。

 ハルは深々と頭を下げて礼を言った。


「この作戦に協力していただき、ありがとうございました。私がこうして白虎を討伐できたのは紛れもなく皆さんが支えてくれたおかげです。本当にありがとうございました」


 ハルの声以外は、静寂がこの場を支配していた。それはハルの純粋な思いや感謝が届いてる証拠だった。誰も彼の邪魔をしたくなく、彼の言葉を聞きたかったのだ。


「私が伝えたことはたった一つだけです。それは…どうかこれから先も共に生きていって欲しいということそれだけです…」


 生きて欲しい、愛してるから、愛されなくても、愛してしまったから、最後までみんなには生きて欲しい。

 人々の希望である英雄としてのハルからのみんなへの願いはそれだけだった。心のそこから伝えたかったことはそれだけだった。


「明日が辛くても、苦しくても、生きて欲しいのです…たとえ、大切な人を失って絶望し、自分を諦めてしまったとしても、立ち上がれなくても、生きて明日を迎えて欲しいのです…」


 ハルはもうこの世にはいないひとりの女性のことを想って言葉を紡ぐ。

 そして、この世に生きる意味を再びくれたハルの大切な人たちのことを想う。

 絶望の中でも自分の手を取ってくれるものはどんな時も必ずいる。たとえそれが悪人だろうと善人だろうと人である限り、いや、人じゃなくても、支えてくれる存在は必ずいる。


「俺も生きて、そして、みんなの明日を安全に平穏に何度も迎えられるように、これからも戦い続けるので、だからどうか共に生きていてください、そして、またこうしてみんなで祝いましょう、自分たちがこの世に存在して、生きてるということを…」


 生きるということは、もう迷わないハルの決意と、ハルの大切な人たちに向けた約束でもあった。


「俺からは以上です…」


 ハルが語り終わると辺りには真の静寂が訪れた。誰一人として話さず動かず物音をたてなかった。

 その静寂にハルはひとり緊張した。受け入れられないのはやっぱり誰でも傷つきはするから…。


 パチパチパチ


 その時一人の女性が立ちあがって、拍手をしていた。懸命に誰になんと思われようともその鋼の意思を貫いて拍手をしていた。

 拍手のする場所は、先ほど、ハルが入場の際に立ち止まって手を振った場所だった。

 立ってひとり拍手をしていたのはライキルだった。


 パチパチパチパチ


 次に拍手の音がした場所は、同じ表彰式の参加者だった。エウスが、ステージのしたから、立ち上がって拍手をしてくれていた。

 その二人の拍手に遅れて多くの者が拍手をした。

 次々と人々は立ち上がり、大きな拍手を真ん中にいた青年に送る。

 それはあっという間にロール闘技場全体に広がった。しかし、皆最初の二人の拍手につられたわけではなく、純粋にハルに拍手を送りたかったのだ。


 誰もが共に明日を生きていく、きっと今ならそれはできるから、人々が協力して助け合う。


 今ならそれができるから…。


 果てしない犠牲の中の奇跡の時間、ハルを中心に誰もが心に決意する。


 共に生きようと。




 ***



 拍手だけが響く中、ビナは違和感の正体に気づいていた。


『あれはハル団長じゃなくて…剣聖ハル・シアード・レイなんだ…そうだ、何度も見てきた私の憧れの剣聖で…』


「私の目指す場所…」


 ビナはひとりだけ、拍手をせず、佇んで、中央のハル・シアード・レイを見つめていた。




 ***




 ステージの中央で盛大な拍手を受ける青年を、ダリアス王とアドル皇帝は見守っていた。


「いい言葉を使うなハルさんは、共に生きる、まさに我々の思い描いている未来じゃないか…」


 アドル皇帝が隣にいたダリアス王に言った。


「そうだな、小さいころから俺とお前で、約束してきたことだったな…」


 ダリアスは友人に話しかけるようにアドルと話す。


「ダリアス、お前がずっと約束を守ってくれたからこうして今皆が団結しているんだ」


 アドルも気さくに話しかける。


「それを言うならアドル、お前もじゃないか、ずっとガキの頃の誓いを破ってない」


「ふふ、あれか、私たちが王になったとき、お互いに協力して最高の国を作ろうってやつか?」


「それだよ、大人たちが憎み合うなか、俺たちはずっと親友でいられた、感謝してるよ…」


「いいんだ、ダリアス、それはこちらもそう思ってるからな…」


 ダリアスは、アドルのその言葉を聞くと、改めて心の中で感謝したあと小さく笑った。

 二人の間には幼い頃からの友情が残っていた。それは大人になっても変わらなかった。


「さあ、この式も終わりにして、祝福の鐘を鳴らそうか」


「そうしよう、ハルさんとこの祭りにいるすべての者に祝福の音を送ろう…」


 ダリアスとアドルは、ハルのもとまで行った。




 ハルが、大勢の人の拍手の中、感謝していると、ダリアスとアドル、その後ろにカイとフォルテもいた。


「ハル、いい演説だった、我が国の騎士として誇りに思うぞ!」


 ダリアスが笑顔で背中を叩くと、アドルも握手をして言葉をくれた。


「ハルさん、お疲れ様、いい式になった私からも祝福を送るよ」


 ハルは深く頭を下げ、二人に礼をした。

 ダリアスとアドルは、深く頷いて、笑っていた。


「それでは、ダリアス、この式を終わらせてくれ。それと、ダリアスが合図をしたらフォルテとカイさんは頼めるかい?」


 フォルテとカイは、「はい」と短く返事をすると、ステージから降りていった。


「何をするんですか?」


 ハルがアドルに尋ねると、彼はいたずらっ子の少年の様に笑った。


「まあ、見ていればわかるよ」



 アドルが、ダリアスに注目したので、ハルも同じく会場のみんなに語り掛ける彼に注目した。


「会場に集まってくれた諸君、表彰式はこれで終わりだ!この後も祭りは数日は続くから楽しんでいってほしい、そして、最後にレイドとアスラの両国から皆の先の明るい未来を願って祝福の鐘を鳴らしてこの式を終わりにさせてもらう!!」


 ダリアスがそう言い切って手を挙げた。


 次の瞬間、ロール闘技場にいた二人の剣聖の炎魔法により、巨大な炎がふたつ会場に出現した。


 フォルテとカイはそれを同時に空に放つ。


 空を駆けあがる巨大な相克の炎はどこまでも上っていき、限界を迎えると、上空に巨大な爆音と炎の花を咲かせた。


 この祭りにいた誰もが、その光景を息を呑んで見つめていた。


 そして、爆音と光の花が枯れると、それは聞こえてきた。


 解放祭の四つのエリアの各所に設置された大鐘は、ロール闘技場の上空で巨大な炎が打ちあがり鮮やかに爆ぜると、一斉にその鐘の音を周囲に響かせ始めた。


 どこからともなく祝福の音が、解放祭の街中に広がる。


 その鐘の音はみんなを称えている。


 勇気を持って今日を生きたみんなのために祝福の鐘は鳴っていた。




 *** *** ***




 そして、祝福の音を合図に、闇が動きだした。






















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ